平和な町でした。
八月。
夏休みに入った米花町は、照りつける日差しと蝉の鳴き声に包まれていた。
しかし、その暑さとは裏腹に、江戸川コナンの目の前、机の上には冷たい空気が流れていた。
新聞の切り抜き。
事件資料。
警察発表。
ここ数か月に起きた殺人事件が、時系列順に並べられている。
「博士」
阿笠博士は麦茶を片手に近寄った。
「どうした、新一」
コナンは資料から目を離さず答える。
「この事件、全部解決してる」
「でも、おかしいんだ」
「何がおかしいんじゃ?」
コナンは一枚の記事を指差した。
「犯人が違う」
「年齢も職業も、住んでる場所も」
「共通点なんて何一つない」
博士は頷く。
「そうじゃな」
「だけど」
コナンは次々と記事を並べ替えた。
「犯行だけが似てる」
「証拠の消し方」
「トリックの組み立て」
「失敗した時の保険」
「全部、同じ人間が考えたみたいなんだ」
博士は腕を組んだ。
「偶然ではないか?」
「違う」
コナンは即座に否定する。
「こんな偶然、何度も続くわけがない」
「誰かが犯人へ知恵を貸してる」
「しかも、相当頭が切れる」
静かな部屋に蝉の声だけが響いた。
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その頃。
小西浩平は近所の書店を歩いていた。
今日は珍しく黒いジャケットを羽織っていない。
それでも黒を基調とした服装は変わらない。
数学書を数冊手に取り、その内容を確かめる。
「小西先生」
後ろから声がした。
振り返ると、椎名小春が買い物袋を提げて立っていた。
「偶然ですね」
「ああ」
二人はそのまま並んで店内を歩く。
傍から見れば、休日に買い物を楽しむ恋人同士だった。
「工藤新一について、新しい情報はございましたか」
椎名が小声で尋ねる。
「ない。相変わらず六月以降の記録は空白だ」
「ですが、何か進展は?」
小西は数学書を棚へ戻した。
「周囲の人間の調査は進んでいる」
「帝丹高校」
「工藤家」
「交友関係」
「一つずつ、事実だけを積み重ねている」
椎名は静かに頷く。
「推測はなさらないのですね」
「ああ」
小西は迷いなく答えた。
「証明できない数式に価値はない」
「未来の僕は、それを身をもって知った」
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夜。
ライフ・ラインの管理画面が開かれる。
今日も多くの相談が寄せられていた。
そのほとんどは一般オペレーターへ転送される。
一件だけ、小西専用回線へ繋がった。
『先生……。』
疲れ切った女性の声だった。
小西は何も言わず耳を傾ける。
最後まで話を聞き終えると、静かに答えた。
「今日は結論を出さなくて結構です」
「一週間後、もう一度お電話ください」
通話が終わる。
椎名が尋ねる。
「計画は、お伝えにならないのですか」
「ああ」
「人は感情だけでは動かない」
「時間が経ってもなお復讐を望むか」
「それも見極める必要がある」
ライフ・ラインは復讐を急がせる場所ではない。
小西は、最後の決断すら相談者自身に委ねていた。
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同じ夜。
阿笠博士の家。
資料を見つめるコナンは、小さく息を吐いた。
「証拠がない……」
「黒幕がいるって分かっても、それだけじゃ事件にはならねぇ」
記事を閉じる。
探偵に必要なのは確信ではない。
証拠だ。
その点だけは、自分も相手も同じだった。
「どこかで必ず尻尾を出す」
コナンは静かに呟く。
その頃、小西もまた、自宅の窓辺で夜空を見上げていた。
「必ず事実へ辿り着く」
二人は互いの存在を知らぬまま、同じ結論へ到達していた。
推測ではなく、証拠だけを信じる。
だからこそ、その二本の線が交わる日も、そう遠くはなかった。