そちらをご覧いただくと、コンテクスト理解が深まるでしょう。
タイマーが音を立て、生徒達が一斉に筆を置く。
自信のある者が我先にホワイトボードに作品を貼り付けに動く。
並べ終わった頃、私は席を立ち端から講評していく。
「影が軽い。12点」
「上手いだけ。写真でいい。46点」
「構造が理解できていない。肉はどうした。21点」
「迷いすぎだ。34点」
どれも私を呼び醒ますものはない。
美術大学予備校には、未熟だからこその熱がある。芸術家と名乗るには腕も、実績も無い者達は自らの美に対するパトスだけを足掛かりに学びを深める。門戸を叩く、その事前準備を行う場所だからこその青い熱情がある。それから突破口への手掛かりが得られると思い、美大予備校の客寄せパンダを始めたが無駄だった。あの教授の言うことを鵜呑みにすべきではなかった。
窓に顔を向ければ、上野動物園と鉄道学校が見える。
JRの線路が、管理された野生と次代の駅員生産所を区切っている。抑圧と安寧が一つの画角に収まっている。その風景の方が、この場よりも興味深い。
―――――
課題提出のため、大学の研究室を訪れた。
作品を教授に提示して参考までに講評を聞く。
「わしはお前の作品に口を出したくない。
何を言っても世間からやっかみだと叩かれるからな。
だが、仕事だから言ってやる。完成しているし、売れもする」
作品を一瞥した程度で何が分かる。貴方は私と同じ芸術家の筈だ。
「その程度で勤まるなんて楽ですね。
何より、美に対する姿勢が悪い。素人どころか、そこらの予備校生にも劣る」
「お前にとっちゃあ、この作品は打算と妥協の産物なんだろう。付き合いから分かる。
だが、十分だ。これでいい。金にもなる。
評論家気取りは理解したつもりになれるし、大衆もその説明を誰かに受け売りするだけで鼻高々になれる」
「お前のことなんざ、誰も気にしない。
片手間の短時間で終わらせたんだろ。神懸かり的ななにかが降りて、作り上げたなんて美談になる」
「……それは門外漢の意見だ。貴方は違う。私と同じ地平に立って語ってくれ」
「同じなわけあるか。わしはこんな所で先生なんぞやってるんだ。今では最高学府で立派な肩書を与えられているが、お前の歳でアトリエなんぞ持てなかった」
だとしても、貴方は未だに美を追い求めている。だから、他の者とは違い講評だけはしてくれた。
「だが、苦しみだけは分かる。お前のは遅すぎただけだ。普通はもっと早くに壁にぶつかって、道具を壊すもんだ。そういう時は、自分の外にあるものと向き合ってみるといい。イデアは偏在している」
―――――
線路を電車が通るのを機に目を閉じ、椅子に背中を預ける。
それを合図に生徒達が私の講評を互いに解釈し始める。
誰の言葉だったか、信仰の火は議論によって燃え上がる。美術にも同じことが言えるだろう。原石だからこその視点というものがあるかもしれない。
固く目を瞑り、耳をそばだてる。
……そういえば、私は誰かと互いに欠点と美点を話し合う必要がなかった。その点、原鉱同士の研磨は普通の芸術家は通る関門であり、私が飛ばしたものといえる。それが教授の言っていた、壁と関係するものなのだろうか。
だが、耳に入る談義の生産性は低い。余計な雑談まで混じり始めた。
「スープーチャンをエロい目で見るな!」
なんて?
先程の講評会の題材は六時間でミロのヴィーナスを描けというものだった。
スープーチャン、これはなんだ。”ちゃん”と付けられているから女性への愛称ではあるのだろう。
だが、ヴィーナスの愛称には思えない。女神の別名はウェヌスやアプロディーテ。スープーではない。作品が発見されたミロ、ミロス、メーロスとも音は似ていない。
そして、エロい目。
美術にエロティカは不可欠だ。情動がなければ行動も研鑽も無い。
原初の熱ともいえるそれを引き出すための何かなのかもしれない。
考えている場合ではない。生徒達の中にあるパトスが感じられるかもしれない。目を開き、その音がした方に近づく。
―――――
男女入り混じったグループが話していたようだ。
だが、そのどれともあの声は違うように思えた。
「先生……あぁ……これは……息抜き! 息抜きです!」
手元を庇いながら女生徒が口を開いた。
その内側から音が聞こえる。
「シャバダバダバ、サンプ~チャ~ン~♪」
「あはは……話題になっている楽曲からインスピレーションを得よう……かな……なんて……」
「34点、見せろ」
34点の生徒のスマホを、私が見やすいように持ち上げさせて動画を再生させる。
中央で料理風景が流れ、端ではデフォルメされたキャラが揺れている。
少しすると訳の分からない歌が流れ始めた。
「
―――――
画面中央で黄色い何かが中華鍋の上で動かされている。恐らく、これがサンプーチャンなのだろう。だが、私にはこの物体が官能的とは捉えられない。
「34点、これが流行っているんだな?」
「はい、ボカコレ……楽曲投稿のお祭りみたいなもので人気になっています」
分からん。
音楽には手を出したことがないが、このような曲が大衆に受けるのか。
大衆芸術、即ち、共感を得る者が多いというわけだ。動画では黒光りした中華鍋と金属製のお玉が衝突し、カチャカチャと音を立てている。
楽曲用のミュージックビデオに雑音は要らないはず。
……日常の一部、あるいはその延長としての演出なのか?
映像作品では、しばしばまな板に向かう女性が描かれることがある。
これはその人物の役割や、その周辺との関係性を短時間で見せる演出として使われる。また、郷愁を誘うといった用途でも用いられる。その際、重要とされるのが包丁でまな板の上の食材を切る調理音だ。
「実家が中華屋なんですけど、そこでもこんなの作んないよぉ~って話してて」
「もう一度再生しろ」
一見、余計でしかない金属音もその要素を押し出すものとも捉えられる。このようにして、大衆の共感性を呼び起こすのか。エロスだけでなくエートスで初動を掴むテクニック。いきなり淫靡さへつなげるのではなく、日常と地続きの位置にあると示そうとしているのだろうか。
余計な部分が逆説的に主要素を引き立てる、美術における基礎技法にも通じる部分もあるな。
「
このノイズは冒頭のイントロ部分で確認しやすい。
ファーストインプレッションで視聴者を留めようとする手法なのだろう。
美術家の中にも、先ずは観覧者の足を止めさせるため派手なだけの色使いをする者もいる。
日常の延長から、唐突なエロス。
この落差を用いて視聴者の視線を釘付けにしているのか。そして、中央の不可解な物体に対する謎、つまり受け手へ解釈の余地を残した素晴らしい掴みと言えるだろう。
「中華屋の娘、
「中華屋の娘……美大予備校に居るんだから別の呼び方にしてください!
「ならば、34点。
「えぇ……」
34点が言い淀んだ。つまり、社会的には口に出し辛いことなのだろう。だから未熟なのだ。
隠そうとする心にも美は宿る。西洋美術における裸婦画はそうして洗練されていった。だが仮にも美を追い求めるのであれば、同胞と語らう場で恥を脱ぎ捨てられないのは褒められた姿勢ではない。
私にはこの
「34点! 何が必要だ!」
「はい! えぇっと待ってくださいね。動画のどこかに材料が書いてありました」
34点のスマホを奪い、教室を出てエレベーターのボタンを押す。遅い!
階段を駆け下り、タクシーを捕まえる。
「キッチンをくれ!
「……料理道具なら合羽橋ですかね。
「シートベルトをお締めください」
シークバーを動かして必要なものを探す。
「