34点の父親は
ただ一度の視聴の最中、鋭い目つきで調理工程だけを観察していた。対面にいる私には目もくれず、その全てを画面に向け、空で腕を動かしていた。ラーメン鉢から箸が落ちたことにも気が付いていないようだ。
この人物も私と同じなのか、まだ分からない。
「今はこういうのが流行ってるんだな……。
……俺の考えが古いのかもしれないし、お前も年頃とは思う。
外でこういうのは流さない方がいい。女だからとかじゃなくだ」
34点の父親が立ち上がり、私に向けて頭を下げた。
「先生にも御足労頂いて、本当に申し訳ありません。娘にはしっかりと言って聞かせます!」
「違っ……! こんなの外で流すわけないでしょ!」
「頭を上げてください。教室で公開していました」
「先生‼」
仮説の片方は外れたか。だが、収穫はあった。
この父子のやり取りからして、外部で
美術の流行もそうだ。写実と抽象は常に綱引きを続けて今に至る。そして、これからもそうなのだろう。門外漢だが、ファッションも繰り返しと聞く。性に関する部分でいえば、スカート丈が思いつく。ミニが流行した後は、必ずロングが復権するそうだ。
「……いやぁ、父ちゃんも昔は若かったからそういうのを開けっぴろげにするのがカッコイイって思ってた時期があるから分かる。すごく分かる。
注意されるのも恥ずかしいってのも分かる」
この方程式から考えるに、34点の父親の更に上の世代は
「やめて‼ 父親のそんな過去、聞きたくない‼」
昔の日本は混浴が当たり前で、性にも開放的だったと歴史書にはある。文明開化と共に西欧的なキリスト教の影響が増し、貞淑を重んじる大和なでしこが重んじられるようになった。そして、現代はその影響が残りつつも開放的であろうとも社会からつまはじきにはされなくなった。
従って、現代における経営者層のボリュームゾーンは
「……これ、家庭訪問だろ? 怒ったりしないから、正直に言ってみ」
「予備校の家庭訪問って何⁉
えぇっと……これは美の探求! 美の探究なの!」
「それこそ先生と街中華には来ないだろ……。それに、そういうのって美大に入ってからじゃないのか」
それに対し、若年層は社会への反発の一環として
「えっと……説明するのは難しいんだけど……そう! 実験みたいな感じよ!
お父さんだって新メニューのために色々やるじゃん。タピオカチャーハンみたいなやつ。
十中八九失敗するけど、それに取り組むことで新しい使い道を探すでしょ。今のタピオカウーロン茶は、そのおかげだったって言ってたじゃん」
これも考慮に入れるとなると、”エロい目で見るな”とは性的であるという一義にとどまらないのかもしれない。エロスと解放、いわゆる行き過ぎた人間解放に対するカウンターカルチャーの文脈が込められている可能性も捨てきれない。
「へへ、芸術家様も俺と同じようなことをするんだな。もっと高尚なもんだと思ってたぜ。
……とりあえずやってみますが、期待はしないでくださいよ」
34点の父親が鼻をこすってから、厨房で手を洗い、冷蔵庫から材料を取り出した。
―――――
34点の父親は空の中華鍋を火にかけ始めた。私は少しでも助力になればと思い、動画を流しておく。
「
私にとっては耳慣れたフレーズを意に介さず、34点の父親が口を開いた。
「悪いですけど、これから作るものは売り物にはならねえよ。
卵を常温で使うのか、油を何回に分けるのか、そんなことすらこの動画からは分からねえ。
だから、中華で飯食ってきたジジイの勘で作らせてもらう。ペチペチさせりゃあいいんだろ」
水の中に砂糖と片栗粉を順番に、何度かに分けて投入してしっかり混ぜ合わせた。卵はこの段階で入れてしまわないのか。
理由を聞きたいところだが、向き合う者の邪魔をしてはならない。私の考えだが、タンパク質が関係していそうだ。卵だけがそれを含んでいる。
この段階で、私含めた美の探究者達は最初の一歩すら踏み外していた。一抹の悔しさがあるが、それでこそというすがすがしさと満足感が強い。
34点の父親が顔を上げ、こちらにニヒルな笑いを向ける。
「中華料理は、名前そのままのものが多かったりするんだ。
それか三温糖みたいに材料の製法を示していると見た。あれは砂糖を三回煮詰めるって意味だが、今回は適用できそうにねえな」
ふっ、34点の父親――この男も道を歩む者だったか。だが、作品があってこそ評価は下される。我らと同類であるというのであれば、この姿勢を誉めそやされるなど愚弄に他ならない。
男は卵を割り、器用に殻だけで黄身と白身を分離する。ボウルの中に敷いたサラシの上に卵黄だけを入れている。それを水との混合液の中に絞り出した。……分からん。
似たようなものであれば、顔料から余分な素材を取り除く作業が思い浮かぶ。だが、あれでは残っているかもしれない卵白を完全に取り除くことは出来ないだろう。レシピに示されたように卵黄を使用しているが、こんな作業は指定されていなかった。
……道を歩んだものに野暮はすまい。だが、気にはなってしまう。
男は一つのボウルに集まった材料を軽く泡が立つまで混ぜ、塩をひとつかみ入れて、また攪拌する。ついに、別の材料まで加え始めた。
そして、その黄色い液体をざるで濾す。泡が残り、それを流しに捨てた。材料の削りだしか。素人はここを惜しんで駄作を作る。料理人も、そうなのだな。
濾された液体はかぼちゃやコーンのポタージュのような見た目をしている。私達が混ぜたものとは、この段階で既に違う。私の完成品よりも現段階のこちらの方が、外見は食欲をそそる。
「随分下ごしらえをジロジロ見るじゃねえか。まだ火にもかけてねえんですよ」
「鑑賞に値する。ただその一言に尽きます」
「へへ……」
不意に零れた言葉に気が付かされる。
「君がずーっとエロい目で見てるのマジヤバすぎ
この歌詞は真理を突いていた。エロスはまだ見つからない。
それ以上のライブアートが繰り広げられている。だが、まだ作品とは呼べない。彼が言っていたように準備段階だ。陶芸であれば、菊練りを行っているに過ぎない。
―――――
「素人が中華料理で失敗しがちなこと、分かるかい?」
「お父さん! 調子に乗って先生気取りは止めて! 恥ずかしいでしょ!」
未熟者め。
「畏怖の念を抱け。慢心は瞳を曇らせる。
芸術家は生来の、そして育んだくすんだ瞳で対象に向き合い、それを自己というフィルターにかけて再出力する。
余計なものを付け足してばかりでは、何を作り出したのかも判別付かなくなる」
「……そうですね。だから、私は我がなかったり、迷いがあり過ぎるんでしょうね。
お父さん、強い言葉を使ってごめんなさい」
「へっ……よく分かんねえけど気にすんな。オヤジなんてそんなもんさ。
難しいことはわかんねえ。だから、料理人の苦悩を教えてやる」
「味付けの匙加減だ。
食べた人が好みそうな濃さと自分の出したい味は違う。
そして、塩味や甘味ってのは入れた調味料だけじゃなく、香りや温度によっても変わる。
勿論、食べた時の気分によっても変わる。だから、どこまで行っても妥協が必要になる」
「分かります。芸術も理解されようとしなくては、ゴミ屑でしかない。
ただの線に意味はない。それを読み解かせる、あるいはそれ自体に引き付ける何かを付与できなくては作品にならない。アピールとして強すぎる自我を混入させると、個別性の高まりにより自慰的に終始してしまう。
それこそ、料理人の匙加減と同じなのでしょう」
「……お父さん」
34点は目を瞑り、考え込み始めた。
道へ分け入ろうとするだけあって、感ずるものがあったに違いない。
先達の言葉を咀嚼し、自らが消化できるところまで分解しているのだろう。
だが、今ではない。これから作品が作られようとしているのだから。
「目を開けろ。機会を無駄にするな」
男が熱した中華鍋に油を投入した。