世界の幸せを願う聖女の話 作:物書きの卵の素
────貴方に愛を、与えましょう
「おお……! 息子の、息子の腕が治っていく……ありがとうございます、聖女様、ありがとう……ございます」
「もう大丈夫ですよ、また治癒が必要でしたらすぐにいらしてくださいね」
微笑みながら告げると、父親は涙を流しながら何度も頭を下げて、子供を背負って帰っていきました。森で迷子になったところを魔獣に襲われて、腕を噛みちぎられてしまったそうです。とても怖かったでしょうに。
「聖女様! なぜガルバリン男爵より平民を優先して治癒したのですか! 男爵がお怒りです!」
「……すぐに向かうとお伝えください」
また怒られてしまいました。男爵様は確か、足首の捻挫で治癒を受けにいらっしゃったと記憶していましたが……なぜ皆さん身分や権力で治癒の順番を決めようとするのでしょうか、理解できません。とにかく男爵様の元へ向かわなければ。
私は全てを愛する聖女。
だから今日も唱えるのです。
────貴方に愛を、与えましょう
*
カーーーーッ! カーーーーッ!
教会にけたたましい鳥の鳴き声が響き渡る。これが教会の一日の始まりの合図です。音の発生源は数年前から教会の屋根に住み着いている白い魔鳥。毎朝、日の出と同時に大きな声で鳴くので、タイヨウと名付けました。
「聖女様、おはようございます」
「おはようございます、団長様」
身支度を済ませて自室を出ると、部屋の前に居た団長様が私にお供してくれます。
「いつも申し上げていますが、こんな朝早くに起きて私に付かなくても良いのですよ?」
「あなたがそれを言いますか? それに、私の仕事はあなたの護衛なので当然でしょう……」
彼は固有魔術を持っていないのにも関わらず、騎士団長まで昇り詰めた素晴らしいお方です。その剣技は教国一と名高く、他国でもかなり有名なのだとか。そんな方が私の元に付いているのは申し訳なく思ってしまうのです。
「そもそも、教会で寝ている者は全員、あの魔鳥の鳴き声で目が覚めてしまいます。あなたがタイヨウなどと名付けて可愛がっていなければ、とっくにあの鳥は駆除されていましたよ」
「あんなに愛らしいのに……」
タイヨウは私以外からかなり疎まれていたようなのです。どうにかして欲しいと言われる度に、その愛らしさを説くことを繰り返していたら、皆さん分かってくれたようでした。団長様には、皆諦めた、とか、素早く二度寝する術を習得する方向に転換したのだ、とか言われました。
さて、今日も街の浄化と見回りから始めましょう。
まだ肌寒い空気を感じながら、街に浄化をかけて歩いていきます。街は綺麗になり、空気も澄んでいく。路地裏などに溜まっている瘴気も浄化して、街中に魔物が発生することを防ぐ。教国は世界で一番住みやすい国と言われているらしいのですが、私もその一助になれているのでしょうか。
「聖女様、おはよー!」
「朝早くからありがとねえ」
「あれからすっかり元気になったぜ!」
「騎士団長……今日も凛々しいわ!」
日も高くなってくると街の方々も活動し始めて、私たちに挨拶をしてくれます。皆が笑顔を浮かべて幸せそうに生きている、なんて愛しいのでしょうか! 今日も素晴らしい一日になりそうです。
「予定の区画の浄化も終わったので、朝食を食べに行きましょう。今日は……三番通りの『ハムロス亭』ですね』
「はあ……こんなにも民衆との距離が近い英雄はあなたくらいですよ……」
団長様が呆れたようにため息をつきましたがこれは譲れません。本屋にオススメと書かれて置いてあった「聖女様にも行って欲しいお店百選」をもとに組んだスケジュールですからね。お客さんの少ない朝にしか行くことが出来ないのですから、毎日行っても百日間かかってしまうのです。
「今日で35軒目……あと65軒も私を待っているお店があるのですね。聖女として皆さんの期待に応えなくては……」
「『聖女様にも勧められるくらい良い店をまとめた本』であって、決して『聖女様の来訪を待っている店リスト』ではないと思うのですが……はあ……」
*
────貴方に愛を、与えましょう
私のことを待っていたのに、なぜか私たちを見て店主さんが腰を抜かすというハプニングがありましたが、私が治癒をすればすぐに復活して、このお店で一番の料理を出してくれることになりました。
「なんですか、そんなに私の顔をじっくり見つめて」
「いえ……先程店主さんがとても驚いていらしたので、その、団長様の顔が怖かったのかな、と。大丈夫ですよ。少々強面ではありますが、とても精悍な顔つきだと私は思います」
私が団長様を慰めると、彼は片手で顔を覆うと項垂れて、ため息をひとつ、つきました。褒め方が気に入らなかったのでしょうか。
「へい、お待たせいたしやした! ウチの期間限定メニュー、ブラックピグのステーキでごぜえやす! 隣国の希少なブランド豚がたまたま市場で手に入りましてねぇ、自慢の一品ですよお! ささ、熱いうちに」
運ばれてきたのは鉄板の上に乗って湯気をたてるお肉でした。溢れ出す肉汁が熱せられて、ジュワァァ、という音を鳴らす。湯気と共に旨味が爆発したような香りが充満して、口の中に入ったらこんな味が広がるぞ、という宣言をぶつけてきます。
大きな方が団長様の前へ、小さく切り分けられた方が私の前に置かれると、私たちは示し合わせたかのように同時にナイフとフォークを持ち、肉を口に運びました。
「一瞬でしたね……」
「はい……護衛のことすら頭から抜ける程夢中に食べてしまいました……」
私たちは朝食を食べ終えて教会へ帰っているのですが、いくら思い出そうとしても、ただ美味しかった以外の事が思い出せませんでした。味や、どんなふうに食べたのか、などは全く記憶になく、とてつもなく美味しかった、ということだけを覚えています。なんと恐ろしいことでしょう……
教会に着くと、広間では修道女と神父達がパタパタと準備をしていました。彼らと挨拶をしながら広間を抜けて廊下を進むと、右奥の角に大きな鉄の扉があります。
「お開けいたします」
「お願いします」
私の力では微動だにしない扉を団長様に開けてもらうと、ギィィ、という音ともに姿を表したのは螺旋階段です。私たち以外にこの階段を使っている人はいるのでしょうか、いないでしょうね。
ふと見上げると、カツ、カツ、という靴音とカチャン、カチャン、と鎧が揺れる音が螺旋の先に吸い込まれていきそうな気がする程に高い天井。実はこの階段は教会の屋上に繋がっていて、教会の屋上ということは……
カーーッ
「おはようございますタイヨウ、今日もきちんと朝を告げられて偉いですね」
「朝もそれくらいのボリュームで鳴けばいいものを……」
タイヨウと会うために上って来たという訳ですね。教会の屋根はタイヨウの縄張りで、私は好意的に、団長様は渋々、二人だけが入ることを許されています。一度他の修道女が上ってきた時は、散々つつかれた挙句にヴェールをとられていました。
「実は先程食事を頂いたハムロス亭の店主から、ブラックピグの切れ端を貰ってきたのです。タイヨウにもおすそ分けしますね」
持っていた袋の口を開けて渡すと、タイヨウは嬉しそうに袋をつつき始めました。すごく愛らしいです。しゃがみこんでその様子をじーーっとしばらく見つめます。
「聖女様、間もなく9時になります。速やかに下りた方がよいかと」
「分かりました。タイヨウ、あなたも早く飛んだ方がいいですよ……タイヨウ?」
大変です。タイヨウも先程の私たちのように無我夢中でお肉を食べています。なんとかしてタイヨウを、と思いながらしばらく四苦八苦してみましたが……効果はありませんでした。
「聖女様、もう階段を下りる時間は無いので抱えますよ」
「はい、お願いします……タイヨウ……」
団長様が私を抱えて屋根から飛び降ります。その時、ちょうど9時になって……
ゴーーーーン
ゴーーーーン
教会の屋上にある大きな大きな鐘が荘厳な音を響かせます。
私が団長様の肩越しに視界に捉えたのは驚いて飛び跳ねた後、目を回しながらきゅう、と鳴いて倒れるタイヨウの姿でした。
暗い展開の助走を書こうとしたら明るくなりすぎました。キャラが勝手に動くってこういうこと……?