世界の幸せを願う聖女の話   作:物書きの卵の素

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聖女は今日も愛を捧ぐ

 

 教会の鐘が鳴ったということは、私の仕事の始まりです。タイヨウは……まあ、いつか起きるでしょう。今回が初めてという訳でもありませんから。

 

 団長様に抱えられて教会の正面に降り立つと、既に治癒を求める方達の長蛇の列がありました。ありがたいことに、国外からお越しになる方も絶えませんからね。何やらこちらを見てざわざわしている様ですが、とりあえず微笑んで手を振っておきます。

 

 今日も、私の愛で皆さんを幸せにしなければ。

 私は全てを愛する聖女なのだから。

 

 

 *

 

 

 ────貴方に愛を、与えましょう

 

 転んで膝と手を擦りむいた子供を治癒する。

 

 ────貴方に愛を、与えましょう

 

 魔物に脚を噛まれた男性を治癒する。

 

 ────貴方に愛を、与えましょう

 

 包丁で手を切ってしまった女性を治癒する。

 

 

 私の仕事はとても単純で、教会に治癒を受けにやってきた方を、治して元気にするのです。広間に並んでいる方を、順番に治癒していきます。整列やお布施の管理などは修道女や神父さまがしてくださっているので、とても助かるんです。

 

 ────貴方に愛を、与えましょう

 

 私の固有魔術は「治癒」。その名の通り、他者を愛することで治癒する力です。死んでしまった者以外の全てを癒すことができるこの力で、教国の英雄、「聖女」という立場を頂いてるのです。

 

「次はあなたですね……おや?」

 

 目の前の男性に違和感を覚えます。目立った外傷が見当たらないため、まずは話を伺おうとしたのですが……雰囲気がおかしいのです。治癒を受けにくる方はたいてい、痛みで辛そうにしているか、治癒を心待ちにしているか、どちらかの雰囲気を纏っているのですがこの方は……覚悟を決めたような──

 

 

 

「聖女! お前さえいなければ!」

 

 煌めく凶刃。男性が叫びながら胸元からナイフを取り出すと、私の胸に向かって突き出しました。

 

 カァンッ

 

 私の胸に刺さるはずだったナイフは、私の横から飛び出た白い直剣によって弾き飛ばされました。団長様の愛剣です。ナイフは地面に転がり、後ろに倒れ込んだ男性は、駆け寄って来た教会騎士たちによって瞬く間に拘束されました。

 

「聖女様、お怪我はありませんか」

「はい、ありがとうございます皆様……あなたはなぜ私を刺そうとしたのですか?」

 

 私が何かこの方の気に障ることをしてしまったのでしょうか、それとも私の愛が足りなかったのでしょうか。ああ、騎士様によって彼が連れて行かれてしまいます。

 

「団長様、後で私があの方に会うことは可能ですか?」

「なりません聖女様、あなたが危険に晒されてしまうことを許容する人間は教会にはおりません」

 

 今回も駄目ですか……。時折、あのように私に襲いかかってくる方がいらっしゃいます。私はいつも、話を聞くために会わせてほしい、と願うのですが毎回却下されてしまうのです。どうにか理由だけでも聞けないでしょうか……

 

 とりあえず今は、治癒に集中しなくてはいけませんね。

 

 ────貴方に愛を、与えましょう

 

 

 *

 

 

「お疲れ様です、聖女様。今日は重体の方はほとんどいませんでしたね」

「はい、とても喜ばしいことです。人数こそ多くはありましたが、それだけ多くの方の助けになることができたのですから」

 

 日が傾きだした頃、並んでいた最後の方の治癒が終わりました。これで今日の私の仕事はほとんど終了です。普段は数件入っている面会予定も本日は一件のみで、確か……王国のゲレール子爵でしたね。彼は呼吸器官に持病があって、定期的に治癒を受けにくるのです。まもなく予定の時間になるのでそろそろ向かわなければいけません。

 

「ゲレール子爵はもうお越しでですか?」

「はい。面会室にお通ししております」

 

 神父様にお礼を言って、面会室に向かいます。扉をノックし、失礼いたします、と言って中に入るとゲレール子爵が笑顔を浮かべながら挨拶をしてくれました。

 

「聖女様に騎士団長殿、お待ちしておりました! 先月ぶりですなぁ」

「ゲレール子爵、お久しぶりです。お元気そうでよかったです」

 

 団長様は静かに頭を下げると私の後ろに控えました。私は子爵様の対面に座って、ふう、とひとつ息をつきました。

 

 ────貴方に愛を、与えましょう

 

 子爵様と世間話をしながら、治癒をかけていきます。症状も悪化せず安定していて、良好ですね。あと数ヶ月きちんと治癒を続けていけば完治しそうです、と伝えると、彼はとても嬉しそうな表情を浮かべました。私も幸せな気分です。

 

「今回の治癒はこれで完了です。またいらしてくださいね」

「どうもありがとうございます。……あ、そうそう、実は私少し前に教国民になりましてね」

 

 驚きました。子爵様は王国貴族なのですから簡単に帰化することはできないはずですが……。

 

 彼の話を聞くと、どうやら領地などはそのままに教国民としての籍を取得したのだとか。そうすることで国境を越えるのが楽になり、私の治癒も受けやすくなるそうです。当初、王国の上層部には反対されたそうですが、なんと枢機卿様が直接王国まで出向いて交渉してくだったことで認められたようです。

 

「だから、これからはしょっちゅうここに来ることになるかもしれませんなぁ。最近は体の衰えを感じるばかりで……」

「ふふ、どんな些細な不調でも治しますよ。それではまた」

 

 子爵様に一礼して退室すると、窓の外は茜色に染まっていました。お昼に食事をとれていなかったので、流石にお腹がすきましたね。まあ、忙しくて食べられないことはよくあるので、この空腹感にも慣れたものですが。

 

「聖女様、団長様! 持っていく食事の準備ができました。今から向かいますか?」

「そうですね、このまま向かいましょうか」

 

 広間に出ると、修道女のポーラさんが声をかけてくれました。彼女は希少な空間の魔術を扱うことができるので、重たい物や大量の物を運ぶ時にいつもお世話になっています。立場上は修道女ですが、教会所属の魔術師という表現の方が適切ですね。

 

「ポーラ、いつもありがとうございます。あなたのお陰で子供たちがどれほど笑顔になっているか……」

 

「そんな! 聖女様とは比べ物になりませんよ……それにまだ私は空間収納くらいしか使えないので……聖女様や、英雄じゃないのに教国最強と呼ばれている団長様の方がもっとすごいですよ!」

 

 少し頬を赤らめながら言うポーラさんと、

 

「ありがとうございます。いつかあなたが空間の魔術を極めたら、私なんて簡単に追い抜かれてしまうかもしれませんね」

 

 それに対して微笑んで返答する団長様。

 

 うーん……。ポーラさんは団長様に憧れていて、何度か私にどうすれば彼と親しくなれるか、と相談してきたことがあります。彼女も多感な年頃ですからね。しかし団長様は彼女が自分の強さを尊敬していると認識しているようなのです。

 

 今も、自分が会ったことのある空間の魔術師の強さやどんな魔術を使っていたかなんてことを語っています。うーん……まあ今は置いておきましょう。

 

 

 *

 

 

「せいじょさまだー」

「だんちょー!」

「ごはん!ごはん!」

 

 孤児院に着くなり、子供たちが扉の前で歓迎してくれました。数日おきに訪れてはいますが、やはり子供の笑顔は愛しいものです。団長様が院長様に挨拶しに行ってくださったので、私とポーラさんは子供たちと一緒に机に食事を並べていきます。

 

 

 スープにお肉、野菜や果物で長机が彩られました。ポーラさんに持ってきてもらった料理は、教会の厨房で作ってもらったものです。

 

 昔、孤児院の子供たちのために料理を作ってもらえるように教皇様にお願いしたところ、数日に一度ならと許可を頂きました。いつもパンとスープばかりでは栄養が偏ってしまいますからね。

 

「尊き命に、感謝と愛を」

「「とうときいのちに、かんしゃとあいを!」」

 

 挨拶を済ますと、子供たちはすごい勢いで食事を始めました。この挨拶はいつも食事の前に私が心の中で唱えているものです。ある時院長様に、子供たちに簡単な作法を教えられないかと頼まれたので提案したら、いつしかここのお決まりの挨拶になりました。

 

 スープをこぼしてしまった子。

 お肉をとりあっている子。

 果物の甘さに頬を緩める子。

 

 どれもとても微笑ましい光景です。聖女として、ささやかな幸せをもたらすことができたでしょうか。

 

 

 ああ、今日も世界が愛しい。

 




やっと日常の描写が終わった……ドミノを並べているような気分でした。後は倒すだけです。
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