世界の幸せを願う聖女の話   作:物書きの卵の素

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愛では変えられないこと

 

 パラリ、乾いてシワシワになってしまったページをめくる。

 

「これは……完全に読めなくなってしまっていますね。復元の魔術を使える方を探さなくては……」

 

 孤児院で夕飯を食べた帰り道、水路にこの本が落ちていました。シンプルですが美しい装丁をしていて、名前らしきものも書かれているので、どなたかの手記だと思います。持ち主を探すためにも修復しなければいけませんね。

 

 

 カァーーーーッ! カァーーーーッ! 

 

 

 机上のランプを消して立ち上がる。今日は治癒を行う日ではないので、重傷者が緊急で来ない限りは仕事はありません。まずはこの本を修復する方法を探しましょうか。

 

 

 *

 

 

「あー……多めに見積って一月ってとこですわ。本の修復はそれぞれのページに対して復元の魔術をかけにゃあならんのです。聖女様の頼みなんでなるべく優先させてもらいますがね……それで構わんのなら」

 

 団長様に尋ねると、あっさり修復の目処が立ちました。訪れたのはこの国で唯一の修理屋で、恰幅の良い壮年の男性が店主をしていました。普段は騎士団で使っている武器や防具の修復をしてくださっているそうです。教国は資源が豊富な土地ではないので、この国にとっても非常に重要な方だと聞きました。

 

 そもそも、復元の魔術師は空間の魔術師と同じくらい希少らしく、いるかいないかで国力が大きく変わるのだとか。そんな方に私の個人的な依頼を受けていただけるのですから、ありがたい限りです。

 

 

「これであの本を持ち主に返すことができるかもしれません。ありがとうございます、団長様」

「いえ、私は紹介しただけに過ぎませんので。それにしてもあの本を拾いに水路に入られた時は肝が冷えましたよ……浅瀬でしたから、などと言われても困ります。何かあったらどうするつもりだったんですか? 先程彼のことを教国にとって非常に重要だと評しましたが、あなたはその何倍も重要だという自覚はおありですか? そもそもあなたは英雄なのですから──」

 

 あー、あー、あー、聞きたくありません。団長様は時折、このように教皇様くらい長いお話をする時期に入るのです。彼が言うことには、私が聖女としてありえない行動をしているそうですが、私は誰かが幸せになるように行動しているのです。どこに問題があるのでしょうか。

 

 

 団長様の長いお話を受け流しながら、教会まで帰ってきました。お部屋で読書でもしましょうか、と独りごちながら自室の扉を開けると、ふわりと濃くて甘い香りが鼻腔をくすぐりました。

 

 窓際の机に目を向ければ、封筒が一つ置いてあります。赤い封蝋をナイフで剥がすと、中には手紙と黒薔薇の花弁が入っていました。彼女ですね。

 

『愛しの麗しき聖女様へ

 

 あなたが世界を愛し、祈るほど、その清らかな魂はいっそう美しく輝いて、この世界と私の心を明るく照らしています。あなたがその白い手をかざすだけで、人々は癒され、不幸が一つ消えるのでしょう。ああ、しかしその指先も眼差しも全て私だけのために向けて欲しい。できることならいつもあなたの隣にいたい。だから私は毎夜あなたを夢想し、願うのです。私があなたにとって──』

 

「相変わらずおかしなことばかり書かれています……」

 

 彼女からの手紙はいつもこうなのです。私へ向けた彼女の愛を綴った恋文のような内容が大半を占めています。けれども、私は毎回全ての文に目を通しています。

 

『──あ、そうそう。最近帝国軍の動きが怪しくて調べたの。そしたらなんと、近々教国に戦争を仕掛ける準備をしてるんだって。まあでも五英雄のうち女帝を除いた四人は今、他国でいろいろやってるみたいだから案外なんとかなるかも? 逆に、それでも勝てる手段を用意している可能性もあるけどね』

 

 そう、このように重要な情報を間に挟んで伝えてくるのです。この手紙の送り主こそ教国で、いえ恐らく世界で最も諜報能力に優れている英雄「影の女王」なのですから。

 

 それにしても戦争、戦争ですか……一大事です。帝国は私が聖女になってからは他国への軍事行動を行っていなかったのですが……。このままでは多くの命が失われることになってしまいます。教国民はもちろん、帝国民にだって家族がいて、帰るべき場所があるのです。……急いで教皇様に報告しに行きましょう、きっと戦争を止める方法があるはずです。

 

 私は手紙の重要な部分を書き写し、その文書を持って部屋を飛び出しました。

 

 

 *

 

 

「そんな! 迎え撃つのですか!? なんとか戦争を止める方法は無いのですか!」

 

 教皇様に文書を渡すと、枢機卿と軍の上層部が召集されて、緊急会議が開かれました。全員がピリピリとした空気を纏っていて、部屋の中には張り詰めた雰囲気が広がっています。教皇様は情報の共有から始めると、教国はこれを迎撃する、という言葉で締めました。私は思わず声を張り上げてしまいました。

 

「聖女よ、仕方のないことなのだ。何せ帝国軍の動機が不明である。恐らく、理由もなく教国を侵略して領地の拡大を狙っているのだろう。つまり、交渉の余地は無いのだ」

「教皇様、聖女様が持ってきた情報が誤りであるという可能性はないのですか?」

 

 なんとか戦争を回避する方法は無いのでしょうか、戦争が始まってしまえば互いに被害が出るのは必至、帝国軍相手に不殺かつ犠牲を出さずに勝利するなど団長様でも不可能です、やはり戦争自体起きないようにしないと──

 

「情報は影の女王からのものである」

「なるほど……あれは教国には忠義を持っていませんが、聖女様には呆れるほどの執着を抱いていますからな……聖女様に嘘を述べることはないだろうし、情報は確かなものでしょう」

 

 領地の拡大が狙いなら初めから明け渡す? いえ駄目です、そこで暮らしている方がいるのに無条件でそれを奪うなど、他には──領地よりも価値の高いものを渡す? いや、お金も食料も帝国の方が教国の何倍も持っています、何が、何がある? 教国が持っていて帝国が持っていないもの、例えば────私、とか

 

「私の魔術を、治癒を対価に出せば戦争を避けられませんか! 私の身柄を──」

「ならん! 聖女は自らの価値を理解していないようだ、頭を冷やしなさい。騎士団長、聖女を連れて退出したまえ」

「承知いたしました」

 

 どうして! 私の身一つで戦争を止められるかもしれないのに! このままでは本当に戦争が始まってしまう! ここで私の意見が通らなれば、ああ……

 

 

 バタン、と扉が閉まった。

 

 

 *

 

 

 後日、正式に教国の方針が決定しました。

 

 義勇兵を動員し、私の治癒と、国宝級の魔道具である転移門を利用した戦い方で戦力差を埋めて、帝国軍を迎え撃つそうです。団長様は教国の最大戦力として、私の護衛を離れて最前線で戦うことになっています。帝国内にいる英雄が女帝のみ、つまり現在戦場に出てくることができる英雄がいないため、早めに主導権を握ってしまおう、という作戦らしいです。

 

 私も覚悟を決めました。負傷した兵も騎士も、捕虜となった帝国兵も、全員私が治癒すれば、そうすれば、傷つく人を減らすことができます。

 

 少しでも多くの人を救わなければいけません。

 私は、全てを愛する聖女なのだから。

 

 

 二日後、戦争が始まった。

 

 




慣れている人なら同じ内容で5000字は書けるんだろうな……と描写力の無さを実感します。う、うちは文の巧さより内容でやってくから!(無謀)
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