紅蓮都市の闇夜 -オーバークロック・ガーデン-   作:A&T

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episode10 誰も斬らない刃

 地下道の湿り気が薄れ、代わりに重油と錆びた鉄の匂いが濃くなっていく。

 

 崩れた壁の隙間から、かすかに地上の光が差し込んでいた。そこは紅蓮都市の裏側に張り巡らされた廃棄区画の一つ。表の住人が決して足を踏み入れない、スクラップと密輸品と噂だけが積み上がる場所だった。

 

 その一角に、電子ゴミの山へ埋もれるようにして「店」はあった。

 

 店と言っても、看板はない。

 

 あるのは、錆びた鉄扉と、奥から漂う焦げた基板の匂いだけだ。

 

「……おい、ジジイ。生きてるか」

 

 キョウカが鉄扉を蹴るように開けた。

 

 中からガサゴソと音がしたかと思うと、部品の山の奥から、小柄な老人が這い出してきた。額には古びたゴーグル。肌は機械油で黒ずみ、指先には細かな傷が無数にある。

 

 老人はキョウカの顔を見るなり、露骨に嫌そうな顔をした。

 

「チッ。また厄介なガキが来やがった。今度は何を盗んできた、キョウカ」

 

「盗んでねえよ。上客を連れてきてやったんだ」

 

「お前の言う上客は、たいてい厄介事の別名だ」

 

「今回は本物だって」

 

 キョウカが横へどく。

 

 ヴェロニカは一歩前に出た。

 

 そして、カウンター代わりの作業台に、迷いなく装備を置く。

 

 黒い制服。

 

 返り血と煤で汚れてはいるが、組織の最高級素材で仕立てられたものだ。

 

 さらに、予備の短剣。

 

 エルフの魔力伝導率を最大限に引き上げる特注品。

 

 そして、特殊合金製の防具の一部。

 

 本来なら、裏市場に流れることなどありえない品々だった。

 

「……ほう」

 

 老人の目が、ゴーグルの奥で鋭く光る。

 

 彼は震える手で制服の生地に触れ、短剣を手に取り、重さを確かめた。

 

「ガーデンの特注品か。それも、相当上の奴が使う代物だな。これを売るっていうのか、アンタ」

 

「ああ」

 

 ヴェロニカは静かに答えた。

 

「これをここへ置いていくことが、どれほどのリスクになるかは承知している。だが、今の我々にはこれ以上の対価がない」

 

 彼女は、かつての自分の半身だった装備を見下ろした。

 

 黒い制服。

 

 組織の猟犬としての皮膚。

 

 それを脱ぎ捨てることに、もう迷いはなかった。

 

「四人分の保存食。目立たない中古の服。可能であれば、少しの現金も都合してほしい。足元を見ても構わん。我々には時間がない」

 

 老人は、ヴェロニカの顔をじっと見た。

 

 次に、アリス。

 

 さらに、キョウカとハルカ。

 

 最後に、もう一度ヴェロニカへ戻る。

 

「……全財産を投げ打って、ガキ共と心中か。エルフの騎士様も焼きが回ったもんだな」

 

「騎士ではない」

 

「じゃあ何だ」

 

「……逃亡者だ」

 

 老人は鼻で笑った。

 

「いいだろう。アンタの覚悟、買い取ってやる」

 

 奥の棚から、大型のバックパックをいくつか引っ張り出す。

 

「ただし、その制服の紋章は今すぐこの場で焼き潰す。ガーデンの印なんざ、残しておくだけで災いを呼ぶ」

 

「ああ」

 

「それと、そっちのピンク頭」

 

 老人の目がアリスへ向く。

 

「指についてるそのリング、置いていけ。発信機代わりになる」

 

 アリスは自分の指を見下ろした。

 

 細いリング。

 

 通信用の予備チップが埋め込まれた、装飾品に偽装した保険だ。

 

 彼女は苦笑する。

 

「あはっ。やっぱりバレてたか。さすが、ただのスクラップ屋じゃないね」

 

「褒めても安くはならねえぞ」

 

「褒めてない。感心しただけ」

 

 アリスはリングを外し、作業台に転がした。

 

 老人はバーナーを点火した。

 

 青い炎が、黒い制服の紋章を炙る。

 

 ガーデンの月桂冠が、熱で歪み、溶け、形を失っていく。

 

 ヴェロニカはそれを無言で見守った。

 

 組織のヴェロニカが死んでいく。

 

 ただのヴェロニカが、生まれ直そうとしている。

 

 そんな儀式にも似ていた。

 

 老人は火を止め、黒く溶けた紋章を作業台の隅へ放った。

 

「勘違いするなよ、エルフの嬢ちゃん。俺がこれを買い取るのは、情けじゃねえ。リスクへの対価だ」

 

 彼は油染みた袋に包まれた現金の束と、数日分の保存食、地味な市民服を並べる。

 

「ガーデンのブツを預かるってのは、自分の喉元にナイフを突きつけて寝るのと同じだ。もし連中が嗅ぎつけて来やがったら、俺はこの店ごと全部焼いて逃げる。アンタらのことも知らねえで通す」

 

「承知している」

 

「なら忘れるな。アンタらは今、行く先々で火種になる」

 

 老人の声は低かった。

 

「死にたくなきゃ、さっさと着替えて消えな。アンタのその面、一度見たら忘れられねえほど上等すぎる。汚れた古着の方が、今のアンタには似合うぜ」

 

 ヴェロニカは受け取った服のざらついた感触を確かめた。

 

 地味で、くたびれていて、どこにでもいる誰かになるための服。

 

 組織の制服とは違う。

 

 誰かを威圧するためでも、命令に従うためでもない。

 

 ただ、生き延びるための鎧だった。

 

「……ヴェロニカ」

 

 ハルカが袖を引く。

 

「急ごう。ここ、もう危ない」

 

「ああ」

 

 ヴェロニカは頷いた。

 

 四人は店の奥で手早く着替えた。

 

 黒いスーツは消え、かわりに灰色や茶色の古着が身を覆う。アリスの派手な髪は布で隠し、キョウカのガントレットには布と金属片を巻いて、ただの荷物のように見せた。

 

 ハルカは、まだ少し足元がおぼつかない。

 

 キョウカが自然に支える。

 

 アリスは鏡代わりの割れた金属板を覗き込み、露骨に顔をしかめた。

 

「あはっ。最悪。私の可愛さが三割くらい下がった」

 

「まだ余裕あるじゃねえか」

 

「当然。素材がいいからね」

 

「自分で言うな」

 

 キョウカが呆れる。

 

 ヴェロニカは軽いやり取りを背に、最後にもう一度、焼かれた制服を見た。

 

 もう戻らない。

 

 その事実を、胸に刻む。

 

 店を出る頃には、廃棄区画に薄い霧が降り始めていた。

 

 狭い路地を進む。

 

 ジジイの言った通り、長居はできない。

 

 だが、その路地裏で、思わぬ声が四人を止めた。

 

「……キョウカ……ちゃん?」

 

 震える声。

 

 闇の中に、小柄な少女が立っていた。

 

 灰色のローブを深く被り、両肩を小刻みに震わせている。

 

 キョウカの顔が変わった。

 

「――っ、お前! 無事だったのか!」

 

 今日初めてと言っていいほどの、純粋な喜びだった。

 

「ヴェロニカ、こいつだよ。前に組織の連中に追われてたところを、アタシが逃がしてやった子だ。よかった、ちゃんと生き――」

 

「待て」

 

 ヴェロニカの背筋に、悪寒が走った。

 

「キョウカ、近寄るな」

 

「は? 何言って――」

 

「下がれッ!」

 

 ヴェロニカはキョウカの襟を掴み、強引に後方へ引き倒した。

 

 次の瞬間、少女のローブの中から鋭い刃が飛び出す。

 

 刃はキョウカの頬をかすめ、背後のコンクリート壁を削った。

 

「……えっ?」

 

 尻餅をついたキョウカが、呆然と少女を見上げる。

 

 少女はナイフを握り締めたまま、大粒の涙をこぼしていた。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、キョウカちゃん……!」

 

 少女は狂ったように首を振る。

 

「でも、こうしないと、お父さんとお母さんが……あの人たちに、殺されちゃうの……っ!」

 

「……組織か」

 

 ヴェロニカは即座に周囲を警戒する。

 

 最悪の展開だった。

 

 ベアトはキョウカがかつて助けた人間を特定し、その家族を人質に取ったのだ。

 

 そして、その善意を刃に変えた。

 

「あはっ。やっぱりね」

 

 アリスの声は冷たかった。

 

「甘いよ、キョウカちゃん。ガーデンが一番得意なのは、力で殴ることじゃない。人の良心を天秤にかける精神的なゲームだよ」

 

 キョウカは何も言えない。

 

 ただ、震える拳を握っていた。

 

 ヴェロニカは、泣きながらナイフを向ける少女を見る。

 

 少女は刺客ではない。

 

 被害者だ。

 

 使い捨ての刃にされた子供だ。

 

「……キョウカ」

 

 ヴェロニカは問う。

 

「その子を、斬るか」

 

 キョウカの顔が歪む。

 

 答えはない。

 

 言えるはずもなかった。

 

「私は、その子を斬りたくない」

 

 ヴェロニカの声は静かだった。

 

 だが、鋼のような意志がある。

 

 かつての彼女なら、一瞬で少女を無力化していただろう。

 

 任務の障害。

 

 罠。

 

 危険因子。

 

 そう分類し、処理していたはずだ。

 

 だが今は違う。

 

「私はもう、ベアト様の部品ではない」

 

 ヴェロニカは腰のナイフに手をかけず、丸腰のまま少女へ近づいた。

 

「キョウカたちの未来を守るために組織を捨てた私が、その未来のために別の子供を殺すなど……そんな矛盾を許せば、私は本当に抜け殻になる」

 

「ヴェロニカ、何やってるの!」

 

 アリスが低く叫ぶ。

 

「その子の後ろには、間違いなく伏兵がいる。今のあなたは丸腰同然だよ!」

 

 ヴェロニカは止まらない。

 

「来ないで……来ないでよぉッ!」

 

 少女が半狂乱でナイフを振る。

 

 刃先がヴェロニカの頬を裂き、赤い筋が走った。

 

 それでも、ヴェロニカは前へ出る。

 

「怖いか」

 

 静かな声。

 

「家族を人質に取られ、恩人を殺せと命じられ、世界がすべて闇に塗り潰されたような心地だろう」

 

 少女の手が震える。

 

 ヴェロニカは、その小さな拳を、自分の血に濡れた手で包み込んだ。

 

「だが、絶望に負けてここで手を汚せば、お前は一生、その闇から抜け出せなくなる」

 

 ヴェロニカは少女の目を見る。

 

「それは、私がよく知っている地獄だ」

 

「……あ、ぅ……」

 

「お前の家族は、私たちが助け出す」

 

 ヴェロニカの声は揺れなかった。

 

「だから、これ以上、自分を汚すな」

 

 少女の手から力が抜ける。

 

 ナイフが湿った地面へ落ちた。

 

 彼女はヴェロニカの胸へ顔を埋め、堰を切ったように泣き始めた。

 

「……チッ。甘すぎんだよ」

 

 キョウカが立ち上がる。

 

 頬の血を親指で拭った。

 

「でも、そうこなくっちゃな」

 

 その瞳には、迷いはなかった。

 

「ヴェロニカ、その子の家族はアタシがなんとかする。あんたは周りに潜んでる本物のネズミどもを片付けろ」

 

「ああ」

 

 ヴェロニカは頷く。

 

「アリス。周辺通信を遮断しろ。組織の目を潰す」

 

「了解」

 

 アリスは指を弾く。

 

 さきほどジジイから受け取った安物の妨害チップを、路地の排水溝へ蹴り込んだ。

 

 パチパチ、と街灯が火花を散らす。

 

 路地裏は暗闇へ沈んだ。

 

「あはっ。生存確率はさらに低下。でも、計算外の方が今は楽しい」

 

 少女――リナに案内され、四人は古いビルの地下へ向かった。

 

 湿ったコンクリートの広間。

 

 錆びた配管が剥き出しの天井。

 

 その中央に、二人の大人が椅子に縛られていた。

 

 リナの両親だ。

 

 背後には、ガーデンの制服を着崩した男が立っている。手には、精神干渉用の細いプローブ。対象の神経へ直接干渉するための、悪趣味な器具だった。

 

「来たか、裏切り者め」

 

 男はねっとりと笑う。

 

「いや、今は野良犬のエルフと呼ぶべきかな」

 

 アリスがヴェロニカの隣で肩をすくめる。

 

「あはっ。やっぱりバレてたね。わざと足音立てて入ったんだから当然だけど」

 

 影から、さらに二人の工作員が現れた。

 

 銃口が向けられる。

 

「動くな。少しでも魔力を使えば、この夫婦の脳を焼く」

 

 男がプローブをちらつかせる。

 

 父親は恐怖で顔を歪め、母親は声にならない悲鳴を上げていた。

 

 ヴェロニカは両手を上げた。

 

 瞳は冷えている。

 

「トレスの部下か。相変わらず、主に似て趣味が悪いな」

 

「……そのプローブを離せ。私たちがここに来た以上、その人質に利用価値はないはずだ」

 

「価値があるかないかは、僕が決めることだ。ベアト様は仰ったよ。『ヴェロニカには、絶望という名の教育が必要だ』とね」

 

 男が薄笑いを浮かべ、プローブの出力を上げようとする。

 

 空気に紫色のノイズが滲み始めた。

 

「アリス」

 

 ヴェロニカが短く呼ぶ。

 

「分かってる」

 

 アリスの指が背後で音もなく動く。

 

 ジジイの店で受け取った古い妨害チップが、配電盤の中で短く火花を散らした。

 

「〇・〇〇一秒。ズレないでよ」

 

「十分だ」

 

 ヴェロニカの全身から、蒼白い魔力が吹き上がった。

 

 次の瞬間、空気が裂けた。

 

 アリスの妨害が、プローブの制御信号を一瞬だけ乱す。

 

 男の指が硬直する。

 

 その一瞬を、ヴェロニカは逃さなかった。

 

 低く踏み込み、男の手首を打つ。

 

 プローブが弾かれる。

 

 同時に、キョウカが横から突っ込んだ。拳が工作員の銃を粉砕し、壁へ叩きつける。

 

 ハルカはリナの肩を抱いたまま、小さく息を吐いた。

 

 足元の湿気が冷え、もう一人の工作員の足を床へ貼りつける。

 

「動かないで」

 

 静かな声だった。

 

 アリスは笑い、落ちたプローブを靴で踏み砕く。

 

「残念。安物の悪趣味玩具は廃棄処分だね」

 

 戦闘は一瞬で終わった。

 

 リナが飛び出す。

 

「お父さん! お母さんッ!」

 

 両親の拘束を解く。

 

 だが、解放された二人は、喜びより先に恐怖を見せた。

 

 父親はリナの肩を掴み、自分たちの後ろへ引き込む。

 

 母親は震えながら、ヴェロニカたちを睨んだ。

 

 当然だった。

 

 彼らにとって、娘を脅迫の道具にし、自分たちを恐怖へ叩き込んだのは、ガーデンに関わる者たちだ。

 

 ヴェロニカは、その憎悪から目を逸らさなかった。

 

「……当然の反応だ」

 

 ナイフを収め、深く頭を下げる。

 

「すまなかった。私の存在そのものが、あなたたちの平穏を壊した。どんな言葉も、受けた恐怖の償いにはならないだろう」

 

 父親は何も言わない。

 

 母親も、リナを抱き締めたまま震えている。

 

 ヴェロニカは、ジジイの店で得た現金の一部と、アリスが紙片に書き出した逃走経路を差し出した。

 

「これを持って、北の港へ向かえ。ガーデンの影響が薄い古い集落がある。この道順なら、監視を避けられる」

 

 父親は疑念を隠さないまま、それをひったくるように受け取った。

 

 ヴェロニカは最後に、リナを見た。

 

「約束しよう。私たちは二度と、あなたたちの前に姿を現さない。二度と、あなたたちの人生に影を落とさない」

 

 静かに告げる。

 

「だから、どうか生き延びてくれ」

 

 キョウカが一歩前に出る。

 

「おじさん、おばさん……リナ。ごめんな。元気でな」

 

 リナは泣きながら、何かを言おうとした。

 

 だが、ヴェロニカは踵を返した。

 

「行くぞ。長居すれば、今度こそこの家族の死が確定する」

 

 四人は地下室を後にした。

 

 振り返らない。

 

 振り返れば、余計な未練を残すだけだ。

 

 リナたちが闇へ消えていくのを遠くから確認し、四人は再び廃墟地帯を歩き始めた。

 

 重い沈黙。

 

 最初に口を開いたのは、ヴェロニカだった。

 

「……キョウカ。お前の善意を利用され、お前の知り合いにまであんな思いをさせた。すべては私が――」

 

「ストップ」

 

 キョウカが足を止める。

 

「それ以上言ったら、マジで一発殴るぞ」

 

 ヴェロニカは言葉を止めた。

 

 キョウカは振り返らないまま続ける。

 

「いいか、ヴェロニカ。アタシがここにいるのは、あんたに守られてるからじゃねえ。アタシが、アタシとハルカの意志で、あんたと一緒に行くって決めたからだ」

 

 彼女は振り返った。

 

 月明かりの下、不敵に笑う。

 

「組織が家族を人質にするなんて、今に始まったことじゃねえ。そんなクソみたいな世界だって分かった上で、アタシはあんたの手を取ったんだ。覚悟なら、あの隔離層を出た瞬間に決まってる」

 

「キョウカ……」

 

「謝る暇があるなら、次に来る猟犬をどう返り討ちにするか考えろ」

 

 キョウカの声は強かった。

 

「あんたのその甘さは、アタシが嫌いな組織のやり方とは真逆だ。だから、信じてるんだよ」

 

 ヴェロニカは言葉を失った。

 

 騎士道でも、誇りでもない。

 

 もっと荒々しく、泥臭い信頼。

 

 それが、胸の奥を熱く焦がした。

 

「あはっ。ヴェロニカ、顔が赤いよ」

 

 アリスが茶化す。

 

「生存確率は相変わらず低空飛行だけど、今ので私のやる気だけは上がったかも」

 

 ハルカも、ヴェロニカの服の裾を小さく引いた。

 

「……ヴェロニカ」

 

「何だ」

 

「次は、みんなで、おいしいご飯食べよう」

 

 小さな声。

 

「約束だよ」

 

 ヴェロニカは、しばらく黙っていた。

 

 そして、静かに頷く。

 

「ああ。約束だ」

 

 謝罪は、もういらない。

 

 必要なのは、共に歩くことだ。

 

 この地獄のような世界で、誰かを踏み台にしない道を選び続けることだ。

 

 ヴェロニカは前を見る。

 

「行くぞ」

 

 その声には、確かな力があった。

 

「ベアト様の庭を、跡形もなく踏み荒らす」

 

 四人の足音が、暗い路地裏へ響く。

 

 逃亡者たちは、もうただ逃げるだけではなかった。

 

 誰も斬らないために。

 

 誰も踏みにじらせないために。

 

 ベアトの庭へ、最初の泥を踏み込ませるために。

 

 彼女たちは、紅い夜の奥へ進んでいった。

 

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