魔王様が仰った。
───『同胞の中に裏切り者がいる』と。
人族との戦争の真っ只中、最前線で指揮を取る俺を内密に呼び戻したと思えば、あまりに胃に痛い要件を告げられた。
このところ人族の攻勢が強くなっているとは思っていたが、まさかまさかだ。
出来れば信じたくない話だが、他ならぬ魔王さまが仰るのなら嘘ではないだろう。
俺を内密に呼び出したのはこの裏切り者を突き止め、始末させるためだった。頼むぞ我が右腕と、俺の肩を叩いて微笑む魔王さまに俺は何も言えなかった。
魔王さまからの信頼が厚いと喜ぶべきか、面倒事を押し付けられたと嘆くべきか。
「はぁ⋯⋯」
最前線で人族や勇者と戦っている方が幾分か気が楽だ。敵か味方か、その判別が一瞬で終わるからな。
裏切り者を探すとなると、仲間である同胞を疑い、その行動を探らなければいけない。親しい友ですらその対象だ。
「シェードさま、ため息を吐いておいですが、いかがなさいましたかにゃ?」
これまで敵に行ってきた諜報をこれから味方にしないといけない、その事実に胃を痛めていると自然と漏れたため息に傍で控える獣人の少女が反応する。
彼女の名前はニャスパー。
魔王軍第一師団師団長である俺───シェード・フィアルティの副官であり、獣人族唯一の魔法使い。そして俺が最も信任を置く秘書でもある。
「いや、なんでもない。気にするな」
「ですが、魔王さまとの謁見を終えてからお仕事に手がついていないご様子ですにゃ」
仕事に手が付かない理由に関していえば、確かに魔王さまから拝命した裏切り者探しもあるだろうが、俺の目の前に存在する高く積み上げられた書類の山も俺から気力を奪っている。
おかしいな。魔王さまとの謁見の前にある程度書類を処理していた記憶があるんだが、戻ってきたら減るどころか書類が増えていた。不思議なこともあるものだ。
「少し考え事をしていただけだ。謁見の間で魔王さまと話していた事で思うことがあってな」
「それはボクもお聞きしても?」
「魔王さまからは最前線の様子を聞かれただけだ。とうとう勇者が出っ張ってきたからな」
上手に嘘をつくコツは、嘘の中に本当のことを混ぜることだ。魔王さまから拝命した裏切り者探しは俺の心の中に留めろと厳命されている。信任を置く副官に聞かれたとしても答える訳にはいかない。
とはいえ、それでニャスパーが納得しないことも分かっているので実際にあった魔王さまとのやり取りをさも本命の話のように伝える。
「これまで勇者の姿を目撃しても本格的な戦闘にはならなかった。こちらの足止めや、防衛がメインだったからな」
「ここ最近は人族の攻勢が強まってますからにゃー。ボクたちが中央の相手をしている間に勇者が率いる一団が南から攻めて、砦が落とされてますにゃ」
その動きが妙なんだよ。戦力は確かに中央に集めていた。南側は他と比べれば確かに手薄。だが、人族から見ればそうは映らない筈なんだ。
魔族領の南の境界線を防衛するのは第五師団。彼らはアンデッドやゴーストで編成された死霊部隊。
第五師団の得意とする幻術魔法によって人族には砦を防衛する兵の数は本来の数の10倍以上の数として見えていた筈だ。
事実として第五師団が防衛する砦を責め落とせないと判断して、人族の軍勢が引いたという報告も入っていた。
幻術だと見破って攻勢に出たとも考えられたが、第五師団を率いる師団長ネクロが中央の応援のために砦を離れたタイミングで、勇者が攻め入ってきた。
まるでネクロが砦を離れるのがあらかじめ分かっていたように⋯⋯。
他にも挙げだしたらキリがない。ここ最近の人族の動きは妙なところが多く、こちらの手の内を知っているように手薄となった場所ばかりを集中的に狙っている。
人族の諜報能力が急激に上がったとは考えにくい。
魔王さまも怪しく思い色々と情報を集めていたらしい。
それで裏切り者がいるという結論に至った。
「ここ最近の人族の動きは妙だ。俺たちの手の内を把握しているように最善手を打ってくる」
「人族の諜報員が潜り込んでいるのでしょうか?」
「それにしたって知りすぎている。軍の上層部しか知らない機密情報まで人族に漏れていた⋯⋯」
魔王さまは裏切り者は上層部の者たちだと絞り込んでいる。あるいは上層部と繋がりのある魔族。チラッとニャスパーを見ると何故か目が泳いでいる。
「シ、シェード様は人族に情報を流す内通者がいるとお考えで?」
「さてな、決めつめるにはあまりに早計だろう。仲間を疑いだしたらキリがない」
俺が笑いながら言えばニャスパーが安心したのか、ホッと息を吐く。
「これはただの冗談だ。適当に流してくれて構わない」
「何ですかにゃ?」
椅子の向きを変えてニャスパーと向かい合う。できるだけこの話が重く捉えられないように笑みを浮かべて、冗談を言うように軽く言え。
「副官のお前が情報を流してたりしないよな?」
「そそそそそ、そんにゃ訳ないじゃないですかにゃー」
目がグルグルと泳ぎ、不安を表すように彼女の尻尾は低く垂れ下がっていた。ここまであからさまだと、判断に困るな。そんなまさかだよな、うん。適当にカマをかけて一発目から当たるとは思えないし。
「ははははは!仲間を疑いだしたら本当にキリがないな。人族が俺たちの上をいったと素直に認めるべきか。つまらない冗談を言ってすまなかった」
「⋯⋯⋯⋯」
反応がない。相変わらず目は泳いでいるし、尻尾を股の間に挟んで気を紛らわすように触っていた。挙動不審とは今のニャスパーを指す言葉だろう。
「ニャスパー?」
「ぼぼぼぼぼ、ボクが人族に情報を流す訳ないじゃないですかニャ!ボクは身も心もシェードさまに捧げた腹心ですにゃ!マタタビを貰ったら別ですけど、流す訳ないですにゃ!」
俺が声をかけるとビクッと体を跳ねさせながら、早口で捲し立てた。
「ボクは内通者じゃないですにゃ!マタタビ神に誓ってもいいですにゃ!」
そんな神は聞いたことがない。
「そうだな。俺が信任を
「任せてくださいですにゃ!」
ビシッと敬礼するニャスパーを見ながら、黒認定を行う。
───