「めんどうだな、ほんと」
第三師団の副師団長ニャシュテルから報告書に記載する為の必要情報を聞き出し、忘れないようにしっかりとメモを取った後、第一師団の執務室へと戻る道中で思わず愚痴る。
───無駄な時間を使わされた。
その認識は否めない。
第三師団の報告書を書くだけならそれほど時間はかからないが、情報を聞き出すのにいつも苦労する。
獣人族というのは戦闘に特化しすぎた弊害か語彙力が基本的に壊滅的であり、一部の例外を除いて会話が上手く成り立たない。
人族の言葉にIQが合わないと話が合わないという言葉があるらしいが、まさにそれだ。
先ほどやり取りした第三師団の副師団ニャシュテルとのやり取りを1つの例として挙げよう。
武具の消費状況はどんな感じですか?と俺が聞くと『なんか減ってた気がするミャ』と返ってきて、具体的な数を聞くと『いっぱいミャ!』と返ってくる。
頭を抱えた。
彼女一人の話ではない。獣人族全体がこんな感じなのだ。逆に言えば獣人族同士はこんなやり取りでも理解できるということ。
種族だけで完結するならそれで問題ないが、魔王軍全体で物資や戦場を管理している以上正確な数字は必要だ。その数字を理解できる人材を用意してくれ、頼むから。
「⋯⋯はぁ」
第三師団にもニャスパーのような人材はいた記憶があるのだが、気付いたらいなくなっていた。
人族との戦いで死んだとかではなく、同族にイジメられて精神的に病んで戦線から離れた、だったか。
その子自体の戦闘能力は皆無に等しく、代わりに自分の長所として知識を蓄えて種族のためにと頑張っていたんだがな。
強さこそが全てである、獣人族ではその力は評価されず冷遇されていた。何度か第一師団にこいと勧誘してはいたんだが、決まって『同族のために頑張りたいワン』と健気に返してきていた。
その結果が、これか。
「やるせないな」
ニャスパーも似たような境遇ではあったが、その子と違って魔法が使えた。それでも獣人族の奴らには直接戦えない臆病者とバカにされていたらしいがな。
他種族ゆえの価値観の相違なので俺がどうこう言えたことではないが、使える人材を潰すという一点だけで許せないな。
「 今度、顔でも見に行くか」
そこにあるのは優しさではなく、打算。
あの頭脳と主に従順な性格はこれからの魔王軍に必要不可欠。第一師団に抱き込めなくても、レオの元以外なら活躍できる筈だ 。
できればうちに欲しい。平民出身の子が多い俺の部隊には読み書きができるものが少ないからな。間違いなく重宝する。
ニャスパーとスケジュールを擦り合わせて、アポを取って貰おう。ニャスパーの負担が減ることを考えれば、まず拒否はされないだろう。
「ん?」
無駄にだだっ広い魔王城の廊下を歩いていると見知った顔が正面から歩いて来ているのが目視できた。あちらも俺に気付いたらしく、笑みを浮かべて俺に手を振っている。
手を振り返せばスキップでもするような、軽い足取りで近寄ってきた。
「なんや、シェードも前線から呼び戻されたんか?」
「その様子だと、お前も魔王さまに呼び戻されたらしいな⋯⋯リオン」
「お互いに魔王さまに振り回されてばっかりやなー。気まぐれな上司を持つと苦労するで、ホンマ」
この特徴的な喋り方をする人物の名前はバーミリオン・モンタギュー。
第二師団師団長にして侯爵の爵位を持つ貴族、そして俺の親友でもある。共に魔王さまの近衛兵として仕えた経歴があり、長い付き合いから愛称でリオンと呼んでいる。
吸血鬼らしい陰のある顔と青白い肌とは裏腹に性格は明るく陽気。ニャスパーと同じで種族らしさがない男だ。
「とにかく、お互いに健勝そうでなによりやわ」
「互いにこの体の丈夫さだけが自慢だからな」
「せやな!」
プラチナブロンドの髪、瞼を開いているのか開いていないのか判断に困る細い目、男の俺から見ても容姿は決して悪くない。
だが、領民に不審者と通報された事もある怪しげな容貌。貴族らしさの欠片もない黒いローブで全身を包んでいるからだと、俺は考えている。現在地が魔王城でなければフードを目深に被って余計に怪しい姿をしているに違いない。
とはいえ、リオンがこのような格好をしているのは吸血鬼らしい理由がある。一言で言えば弱点である陽の光への対策だ。
吸血鬼は種族としては魔力、身体能力、固有能力等が非常に高い水準で纏まっているがそれと並行するように弱点もまた多い。
特に陽の光に弱く、青白い肌は太陽の光を浴びるだけで焼け爛れるとされている。本人曰くは太陽の光を浴び続けて灰になった同族を何人も見たとか。
それ故に、太陽の出ている日中においては吸血鬼はまともに外出できないほどに脆弱。だが、陽の光の途絶えた夜の世界において吸血鬼の右に出る者はいない。
どのような傷も瞬時に治す再生力、暗闇でも見通す暗視力、微かな音や臭いを聞き分ける聴覚と嗅覚、多種多様の能力は夜の世界で抗える者はいない。
───『夜の帝王』。
それが人族が恐れる彼のもう一つの姿。
共に戦う
「人族の攻勢⋯⋯強なっとるな」
「そうだな、強くなっている上に、無駄がない」
ここ数年の間で一度もなかった動きだ。
人族を纏める王は魔王さまと比べるのも烏滸がましいレベルの愚物。下に有能な部下を抱えているが扱いきれていないのが愚かさの証明。
勇者や賢者といった突出した戦力がまさにそれだ。人族の王は自らの保身ばかりを優先して、勇者や賢者を後ろに下がらせ王都を護ることばかりに注力する。
その結果、戦いは俺たちの一方的なものとなっていたが、最近になって勇者や賢者が出っ張ってくるようになった。
俺たちの同胞が人族に情報を流していたとはいえ、ここまで大きく体制が変わるとは考えにくい。トップをすげ替えたわけでもないからな。
可能性として高いのは公爵か。
俺の記憶が確かなら、リオンの領地と人族の公爵の領地は隣接していた筈だ。リオンがそうであるように、敵国との最前線を任される程に重用される人物。
少し前に代替わりがあった筈だ。
先代の名前は記憶しているが、三人いる後継者の誰が跡取りになったか把握出来ていない。諜報を担当している俺が多忙を理由に把握漏れしている事実。あまりに情けない。
恥を承知でリオンに確認しよう。領地が隣接しているリオンなら、公爵家の情報が回ってくるだろう。
「リオン⋯⋯お前の領地と隣接している、人族の公爵、今の当主の名前はなんて言ったか覚えているか?」
「なんでそないな事聞くねん」
眉間にシワが寄り、声はいつもより低い。
あからさまに不機嫌になったリオンに困惑を抱く。
俺は名前を確認しただけだ。それ以上でもそれ以下でもない。なぜ、ここまで露骨に態度を変える?
「⋯⋯⋯⋯」
魔王さまから裏切り者がいると聞かされた所為か、リオンの態度の変化を不審に思ったのは致し方ない。
「ただの確認だ。それ以上でもそれ以下でもない。敵のことを知ろうとするのはおかしな事か?」
「せやな、おかしな事ではないわ。⋯⋯ホンマに、それだけやな?」
「随分と念を押すな⋯⋯。お前らしくない⋯⋯」
「敵ではあるけど、交友があんねん、ジュリエッタ⋯⋯キャピュレット公爵とは」
敵対しているとはいえ、領地は隣接している。リオンと公爵との間に交友があっても不思議ではないが⋯⋯こいつ、ファーストネームで呼んだな。ジュリエッタ、と。
直ぐに家名に訂正していたが、俺が思う以上に親しい関係にあるのか?
「随分と親しいらしいな」
「シェードが邪推するような仲ではないで。停戦中にちょっとした交友があっただけや。人族と戦争が始まってからは途絶えとる」
「⋯⋯⋯⋯」
「なんや、私とキャピュレット公爵との仲を疑っとるようやから言っとくわ。シェードが懸念するような事は何一つないで。私が人族を嫌いなん、知っとるやろ?」
細い目が見開かれ、血のように紅い瞳が俺を見据えていた。これ以上詮索すると、俺を牽制するような鋭い目だ。
詮索を嫌がるのは総じて隠しておきたい疚しいことがあるからだ。
とはいえ、それだけで黒認定はできない。同時に白として見るにはあまりに不可解な点が多い。
グレーだな。要注意ってところか。
「そうだな。俺はリオンが人族を嫌いな理由も全て知っている。復讐を心に誓っていることもな」
「そういうことや」
リオンは実の姉を剣聖と名乗る男に殺されている。冷たくなった死体を抱き抱え、泣き叫ぶリオンを知っている。その胸の内に抱える恨み辛みは俺は理解している。
人族を嫌うリオンが、公爵家と親しくなる筈がない。
「悪い⋯⋯疑うつもりはなかったんだけどな」
「シェードの立場ならしゃーないわ。それが仕事やって、私も割り切ってるからそこまで気にしてへん」
「とはいえ親友に疑われるのは心象が悪いだろう。ちゃんと謝っておく。⋯⋯すまない」
「かまへんよー」
ヒラヒラとリオンが手を無造作に振るう。
いつもと同じ笑みを浮かべ、いつもと同じ仕草で軽く流す。普段通りのリオンだ。これだけ見ると不自然なところはない。
───それなのに、疑念は一向に晴れない。
気付いているか、リオン。
人族を嫌ってるお前が⋯⋯公爵のファーストネームを呼ぶ。それがどれだけ不自然で、不審な行動であるか⋯⋯。
「互いに魔王さまの為に頑張ろうや、シェード!」
「そうだな」
俺の肩を叩きながら笑うお前の目が一切笑っていないことを⋯⋯お前自身は気付いていないんだろうな。
付き合いの長い親友ではあるが、だからといって忖度をするような甘い性格でもない。事実を素直に受け止めるべきだ。
───