探し始めて間がないとはいえ、
「⋯⋯⋯⋯」
吐き出しそうになったため息を無理やり飲み込む。
チラっとリオンを横目で見ると赤い瞳が瞼に隠れていた。顎に手を当てて普段と変わらない、どこか胡散臭い笑みを浮かべて何やら考え事をしている。
見た目の怪しさから領民からも不審者として扱われ、その事で嘆いていた事も、どうしたらいいかと相談を受けた記憶もある。
長い付き合いから怪しいのは見た目だけで、外見で判断されて可哀想だなとつい先程までは思っていたが、人族の公爵と通じている疑惑が出てその考えすら変わりそうである。
頼むから⋯⋯見た目相応に怪しいのはやめてくれ。
怪しさしかない風貌のお前が怪しい行動を取ったらもうその時点でアウトなんだよ。
黒認定からの、粛清待ったなしだ。
裏切りの決定的証拠がまだ出ていないので、流石の俺も行動を起こす気はないが⋯⋯もし、リオンが本当に人族と通じていたなら、この手で親友を殺めることも覚悟しておかないといけない。
気の重い話だ。
「なんや険しい顔しとるけど、どないしたん?」
俺の顔色を見てリオンが話しかけてきた。どうやら険しい顔をしていたらしい。
お前のせいだよ、と喉元まで出かけた言葉を噛み潰して適当に話を逸らす。
「魔王さまの話を思い出してな⋯⋯」
「そういや、シェードも魔王さまに呼び出されとったな。どないな話やったん?」
謁見の間で魔王さまと交わした議題はいくつかあるが、本題となっているのは同胞の中に潜む裏切り者についてだ。
リオンが興味深そうに尋ねてきたが、裏切り者の存在を示唆する行為は他ならぬ魔王さまに止められている。
その上、リオンは容疑者の一人として挙がっている。口が裂けても言う訳にはいかない。
「南の砦の件と、人族の勇者についてだ」
魔王さまと交わした議題の一つ。
最前線から呼び戻された俺の当初の目的は勇者によって落とされた南の砦をどうするか、魔王さまの判断を仰ぐことだった。
呼び戻された理由も、勇者が出っ張ってきて砦が落とされたからだと思っていたからな。話し合いの過程で裏切り者について明かされたわけだが。
「なるほどなー、ならシェードが魔王さまに呼び戻されたのは私と同じような感じやな」
「リオンと同じ?」
「せや。南とは違うけど私が担当している北の戦線もこれまで違う動きがあった。賢者やなんやと人族に持て囃されとる優男も出っ張ってきたしな」
『賢者』───ローラン・シターチッチか。
人族の中でも特に秀でた
その実力を買われて平民の身であるが、第二王子の懐刀として扱われている⋯⋯だったか?
「賢者か⋯⋯エルフ以上の魔法使いと聞いているが、実際はどうなんだ?」
「現状やとなんとも言えんわ。魔法使いとして見れば詠唱時間は短いし、魔法の威力は高いしで確かに脅威ではあるんやけど⋯⋯」
「殺すことを躊躇している、だろ?」
「せやな。シェードの言う通り、殺すことを忌諱しとる。あの優男の魔法には殺意がない。どれだけ魔法に秀でていても殺す気がなければ脅威にはならんわ」
俺の調べと推測は凡そ間違ってはいないらしい。
賢者ローランは人族から最強の魔法使いとして持て囃されているが、実際のところは兵の士気を上げる為に作られたハリボテの英雄に過ぎない。
同じ三傑として扱われる『勇者』と『剣聖』と違って、賢者ローランは元は魔法の探求に力を注いでいた学者に過ぎない。実戦経験もなければ、魔法で生物を殺したこともない。戦争が始まって第二王子に引き抜かれただけの哀れな羊だ。
魔法使いとしての才能は確かなものだが、軍人としての心構えのない者が戦場に出てきたところで脅威にはならない。
「賢者は捨て置いても問題ないか」
「今のところは、な。覚悟が決まったらどうなるか分からんで⋯⋯ああいう手合いは吹っ切れたら何をしでかすか分からへん」
「その時は真っ先に殺せばいい」
「簡単に言うなー。まぁ、シェードならいけるか」
『勇者』や『剣聖』と違って『賢者』は隙は多い。危ない橋を渡る事にはなるが、暗殺という手段が取れる相手だ。脅威になってから消せばいい。
「今、重要なのは人族に奪われた南の砦だ」
「せやな。あの砦を奪われるのは面白くないわ。砦から近い位置に主要鉱山があるし、あの辺ドワーフのおっさんたちの領土が近いやろ?」
「そうだな軍の武具に大きな影響が出るな⋯⋯」
「それもあるけど、勢いに乗った人族にそのまま領土を攻められたら⋯⋯」
「ドワーフたちが、危険か」
一番の損失は人族に領土を攻められ、ドワーフたちを殺されること。鉱山を取られることも砦を奪われることもそれに比べれば安いものだ。
魔王の武具は領土のインフラにはドワーフたちの技術が必要不可欠だ。失う訳にはいかない。
「その辺はどうなっとるんや?」
「南の砦が奪われた時点で魔王城に詰めている第四師団を動かして戦線を維持している」
南の砦の防衛に当たっていた第五師団は死霊部隊だ。言っちゃなんだが、兵の替えはいくらでも効く。師団長である、ネクロさえいればな。
ネクロが戦線に戻ってさえくれば、南の砦はどうにかなる。人族の相手を医療部隊である第四師団に任すことは、正直最良の手とは言えないが、人族の侵攻を許すことが出来ないのもまた事実。
「第四師団か⋯⋯また小言言われたやろ、シェード」
「それはまぁ、仕方ないことだ」
グチグチ、ネチネチとそれはもう小一時間ほど嫌味を言われた。それでも戦況を理解しているからか、断る真似はしなかった。
「先代魔王に忠誠を誓ってた方やからな。下克上の末に魔王の座を奪ったリリスさまをよく思ってへん」
「その小飼である俺たちもな」
魔族の同胞に裏切り者がいると、魔王さまが仰った時に最初に容疑者として候補に上がったのは第四師団の師団長だ。
今のやり取りでわかる通り、第四師団の師団長は魔王さまのことをよく思っていない。それだけの理由で裏切り者として疑うのは些か短絡的過ぎるが、あの隠しきれない敵意⋯⋯可能性として十分。
「私たちは敵が多いな、ほんま」
「人族だけじゃない、同胞たちも俺たちをよく思っていない者は少なくない⋯⋯。それでも魔王さまについていくと決めたのは俺たちだろ?」
「せやな」
魔族は、世界全土を手中に収めようとする人族に対抗する為に集った数多の種族の総称だ。
領土や種族を護る為に手を取りあって人族と戦ってきたが、思想も文化も信仰も、何もかも違う数多の種族の群れ⋯⋯衝突が起こるのは必定。
俺たちが下克上を起こしたのもまた、思想の違いに過ぎない。
先代魔王の平民思想では、魔族は緩やかな滅びを迎える。
───人族に滅ぼされる。
その未来が
同じ道を歩むと決めた。
「やるべき事は多いがまぁ、一つ一つ確実に終わらせていこう」
「せやな!」
まずは南の砦の奪還からだな。
念の為、ドワーフたちには領土を移動して貰おうか。第四師団が動いているとはいえ、最悪は想定しておくべきだ。
ただ、長年住んでいた領土からの移動となると⋯⋯嫌がるだろうな。あそこの長老は頑固だから説得が面倒なんだよ。
この間も予算の問題で口論になったばかりだって言うのに。貧乏くじばかり引かされて嫌になる。
「あっ、そういやシェードに言わないといかんことがあったんよ」
「なんだ?」
手をポンっと叩いて、思い出したようにリオンが口にする。
口角が上がっている。悪い報告ではないと思うが、同時に俺にとって良い報告でもなさそうだ。
「さっき第一師団の執務室寄ってたんやけど、シェードのところの副官がマタタビキメてたで」
───oh......。