「こいつの魅力に気付いてるのアタシだけでしょw」って舐めてたら、NTRれて精神崩壊するヒロインたちの様相 作:破滅
1.
「あー、もう好き♡ 俊一好き♡ なのにどうしてアタシ、素直になれないんだろ」
帰宅早々制服を着替えもせずベッドにダイブした姶良は、ギュッと強引に掴まれた手首を見つめてぽぅっと頬を赤くする。
姶良が俊一に絡むようになったきっかけは本当に些細なことだった。
同じクラスで、何か陰気そうな奴が目についたから揶揄ってやろうと思った。
「ねえ、陰キャ。眼鏡外せば?」
何かよくわからない本を読んでいた俊一の机に座って、眼鏡を取り上げる。別に、姶良にとっては珍しくないただの遊び。美貌と権力とカリスマで、強者であるが故に許される弱者への格付け行為。
しかしそれは、姶良にとって開けてはいけないパンドラの箱でもあった。
切れ長の目、長い睫毛、通った鼻すじ。もっさい前髪と武骨な黒縁眼鏡に隠されていた俊一の素顔はイケメンだった。
「……っ。なんで隠してるの?」
それはシンプルな疑問だった。
ただ親が金持ちでもブスだったら舐められる。美人でなければ面白くても、ひょうきんキャラ止まり。姶良にとって、美貌は剣でもあり盾でもある。
それを隠してクラスの隅っこで息を潜めているこの男が本当に理解できなかった。
「関係ないでしょ」
しかし、俊一の返答は素っ気なかった。
拒絶されることは珍しくなかった。ただ、そういう奴らは例外なく、潰してきたのが姶良だった。
「ふーん。アタシが聞いてるのに、逆らうの? その意味理解ってる?」
「食い下がって来たね。気になるんだ。どうして?」
「……っ!」
大抵の相手は、ちょっと脅せば怯えて話すか、ムキになって反抗するかの二択。
しかし、俊一の反応は違った。質問を質問で返して来た。しかも、答えられないところを。
だって聞けば目の前の陰気な相手を格好良いと思ってしまったことを認めることになる。しかもそれを認めた上で自分が大切にしているものをひけらかさないのはどうしてなのか、なんて聞けるはずがない。プライドが許さない。
黙って答えろ、というのも怖かった。無理に聞き出そうとすれば、答えたくない、というこの内心を見透かされそうな気がして。
興味、対抗心、そして少しの恐怖。
思えばこの時、姶良は既に俊一に心を奪われていたのかもしれない。
それから姶良は、俊一をパシリにした。
小間使いにする姿を見せつけることで、俊一は対外的には姶良の所有物になった。悪い虫も、姶良の機嫌を損ねることを恐れてより俊一に近づかなくなる。俊一はクラスで孤立して、姶良だけのものになっていた。
はずだったのに。
「くぅ、アイツ。何、あの転校生。生意気。アタシの俊一にベタベタして」
生見 心春。今日から転校してきた、女子生徒。肩口で切りそろえられたしっとりとした黒髪と、整った容姿、物腰低めでありながら人懐っこく、男が好きそうな天然系清楚女子を体現したような……。
「まあ、転校初日だから、俊一がアタシのモノだって知らなかっただろうし、明日、しっかり教えないと」
チクリと胸が痛む。
その感情を、姶良は知らない。
ただ、俊一の隣で歩いて楽しそうに口元を隠して笑う彼女の姿を思い出して、全身がソワソワするような、それでいて息が詰まるようなそんな感覚になる。
世間一般では、不安や嫉妬と呼ぶ感情に近しい何か。
姶良は不安を覚えたことがない。だって顔が良くて人気者で能力が高くて実家がお金持ちだから。上手くいかないかもだなんて脳裏にも過らない。
嫉妬をしたこともない。だって一番は自分だと思ってるから。その視線を他人から向けられることはあっても、自分が抱くなんて……。
胸に溜まった黒い靄を吐き出すように、深呼吸をする。
「……あの女、俊一に気がありそうだった」
あの距離感をぐいぐい詰める感じとか、俊一にふと見せる柔らかくも妖艶さが宿る笑顔とか。
どうしてあの陰キャに気があるのかは理解らない。
偶然素顔を見たのかもしれないし、実は昔馴染みだったりするのかもしれない。でも、初めて、取られるかもしれない……と、脳裏に宿った。
素直になる? 無理。絶対無理。
お金を渡して遣いパシリにすることは出来る。揶揄うことも出来る。
でも好きとか、格好良いとかそんな、好意を伝えるようなことは言えない。言うとしたら、最低でも俊一が告白してきた後。
「(遠ざけよう。あの女を。俊一から……)」
竜ヶ水姶良は全てを持っている。
目立つ華やかな容姿も、高い能力も、そしてあの学園の理事長の孫娘という権力も。それらの力が裏付けしている、カリスマ性と人望も。
転校生一人いじめて、俊一から遠ざけることなんて容易い……はずだった。
2.
昼休み。
「俊一くん、一緒にお昼食べませんか?」
「俊一、くん?」
「だってほら、もうお付き合いしてるんですから。他人行儀に苗字呼びってのもおかしいでしょ? 私のことも、どうぞ心春って呼んでください」
「あ、えっと、心春……?」
「はい」
パァァっと花が咲くような笑顔で心春が答える。それはどこからどう見ても、付き合いたての初々しいバカップルと言った様相だった。
「ねえ、あのさ。転校生さ、そいつに慣れ慣れしくすんのやめてくんない?」
いちゃつく心春と俊一の前に現れたのは、金髪長身のギャル――竜ヶ水姶良だった。
「どうしてですか?」
「だってそいつ、アタシのパシリだから。俊一。昨日サボった分今日は倍パン買って来てよ」
いつものように千円札をひらひらさせてパシらせようとする姶良。俊一を庇うように心春が前に出る。
「でしたらパシリにするのはもうやめてください」
「は? 何でお前にそんなこと言われないと。関係ないでしょ――」
「関係ならあります。だって俊一くんは私の恋人だから」
「は?(えっ、嘘。恋人? いつの間に? だって転校生が転校してきたのって昨日のことで。嘘吐いてる? いや絶対嘘吐いてる。アタシのパシリを邪魔するために吐いたその場限りの嘘に決まってる)……嘘でしょ? だって転校してきたの昨日だし」
「本当です。昨日、私の方から俊一くんに告白してお付き合いすることになりました」
「嘘だ。だってまだ一日しか。昔馴染みとかなの?」
「そうではないですけど、ある事情で俊一くんに助けて貰って、好きになったので。時間なんて関係ないでしょう?」
その言葉が姶良の心の柔らかい部分に突き刺さった。
だって、姶良もまた俊一に初めて絡んだその瞬間に、一目惚れするみたいな早さで好きになったから。
なのに姶良はプライドと羞恥が邪魔をしてずっとグダグダしてたから。
「……マジで?」
否定してほしくて、縋るように見た俊一は、無情にも首を縦に振った。