『時を超える祈り!未来を紡ぐ時計の目覚め!』
【現代・とある都市――放課後】
快晴の空の下、中学校のチャイムがのどかに響き渡る。
中学二年生の時任あかりは、クラスでも有名なおっちょこちょいだ。今朝も派手に廊下で転んでノートをぶちまけたばかり。けれど、誰かが泣いていれば真っ先に駆けつける、人一倍優しい女の子でもあった。
夏休みの宿題である「地域の歴史レポート」を作るため、学校の図書館で古い史料集をめくっていたあかりの手が、あるページでピタリと止まる。
タイトルは『A町の戦争の歴史』。
そこには、昭和二十年の空襲で亡くなった女性の遺品――爆風の炎で黒く歪み、十二時ちょうどで針が止まった「お花の細工が施された銀の懐中時計」の写真が載っていた。
そしてその傍らには、その女性の白黒写真。注釈には、こう書かれている。
『立花千代(たちばなちよ)さん。女学校時代(昭和10年 14歳頃)』
空襲で家も、家族の記録もすべて焼かれ、戦後に残されていたのがこの写真と時計だけだったのだろうか。白黒写真の中で、自分と同じ年齢の少女が、どこか誇らしげに、しかし少しはにかんだような綺麗な笑顔でこちらを見つめていた。
「……十四歳。私と、同じ……」
胸がぎゅっと締め付けられたあかりは、何かに吸い寄せられるように、学校帰りの足でそのまま町の片隅にある郷土資料館へと向かった。
薄暗く、静まり返った資料館の展示室。
ガラスケースの向こう、赤フェルトの上に静かに横たわる「本物の懐中時計」を、あかりは見つめる。写真で見るよりもずっと生々しく、炎に焼かれた傷跡が残っていた。
見つめるうち、あかりの瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、ガラスケースに静かな音を立てて弾けた。
「……こんなに熱くて、痛い思いをして、ここで時間が止まっちゃったんだね……。可哀想に……」
その時だった。閉館間際の静かな資料館に、どこからか切なく、祈るような声が響き渡る。
『この子たちを……みんなを……助けて……』
「え……? 誰……?」
驚いて辺りを見回すあかり。次の瞬間、展示されているはずの懐中時計が、爆発的な、しかしどこか温かい黄金の光を放った。光はガラスを透過し、あかりの身体を一気に包み込んでいく。
「きゃああっ!? なに、これ……っ!」
激しい光の渦の中で意識が遠のいていく。だが、薄れゆく視界の中で、あかりの右手にはなぜか、あの重みのある、歪んだ銀の懐中時計がしっかりと握られていた。
◇
心地よい風の音。どこかでトンビの声が聞こえる。
あかりがうっすらと目を覚ますと、視界に飛び込んできたのは、吸い込まれそうなほどに澄み切った青空だった。
"……大きい
覗き込んできたのは、自分と同じくらいの年齢の少女だった。艶やかな黒髪をきっちりと結い、どこか懐かしい矢絣(やがすり)模様の着物を着ている。
その少女の顔が、あかりの瞳に映った瞬間――あかりの胸の奥で、カチリ、と小さな歯車が噛み合うような感覚があった。
「あ……。あれ……? 私、あなたを、どこかで……」
少女の顔をじっと見つめながら、あかりは思考を巡らせる。
(どこだっけ……。ついさっき、すごく悲しい気持ちで見つめていたような……。そうだ、図書館の本の、あの白黒の……)
記憶の霧を掴もうとするが、頭がズキリと痛んでうまく思い出せない。
「え……? 私、あなたのようなハイカラな方とお会いした覚えはありませんけれど……」
着物の少女は不思議そうに小首をかしげた。あかりは慌てて頭を振り、体を起こす。
「あ、ううん! なんでもない、私の勘違い! ……それよりここ、どこ? 私、資料館にいたはずなんだけど……。A町はどっち?」
混乱して立ち上がるあかりに、少女はさらに困惑した様子で答えた。
「ええ、ここはA町の裏手ですけれど……。それにしても、見ないお洋服ね。お国はどちら?」
「え? A町?」
あかりは戸惑いながら、慌ててパーカーのポケットからスマートフォンを取り出した。だが、画面の右上には非情な文字が躍っている。
「【圏外】!? 嘘、マップも真っ白……! どうしよう、お母さんにも繋がらない!」
パニックになりながら、狂ったようにスマホの画面をタップするあかり。
その様子を、近くの路地の物陰からじっと盗み見ている不気味な目が二つあった。薄汚れた羽織を着た、中年のおじさん――泥棒だ。
(なんだあのピカピカ光る宝玉のような珍しいものは……! 高値で売れるに違いねえ!)
泥棒はギラギラした目でスマホを見つめると、音もなくあかりの背後に忍び寄り、凄まじい手つきであかりの手からスマホをひったくった!
「ああっ!! 私のスマホ!!」
「泥棒ーーっ!! 待ちなさい!!」
あかりが呆然とするよりも早く、着物の裾をたくし上げた少女が、目を見張るような速さで猛然と走り出した。
「わあぁっ!? 待って、私のスマホーー!」
あかりも一瞬遅れて、慣れない未舗装の砂利道を必死に追いかける。
おっちょこちょいな二人は、途中で荷車を避けようとして転びそうになりながらも、必死に泥棒の背中を追う。路地の入り組んだ角に差し掛かった瞬間、着物の少女が意を決して地面を蹴った。
「とおおっ!!」
少女が泥棒の足にしがみつき、遅れて滑り込んだあかりも泥棒の腰にタックルする。
「うわぁっ!?」と声を上げ、三人は砂埃を上げながらもつれ合って地面にひっくり返った。
「いってて……このガキども、離しやがれ!」
泥棒が二人を振り払おうとした、その時。頭上から、冷徹で、地響きのような低い声が降ってきた。
「何をしている。人の大事なものを奪うのはやめろ」
泥棒が息を呑んで見上げると、そこには仕立ての良い軍服に身を包んだ、凛とした若い男が立っていた。腰には軍刀。その佇まいには、人を平伏させるような圧倒的な気品と強さが宿っている。
「あ……お兄ちゃん!」
着物の少女がパッと顔を輝かせた。
この男こそ、着物の少女――立花千代の兄であり、陸軍の若き精鋭、立花創(たちはな はじめ)であった。
創の放つただならぬ軍人の威圧感に、泥棒の男は一瞬で顔を青くし、ガタガタと震えながらスマホを差し出した。
「い、いや! 滅相もねえ! この娘さんが、見たこともねえ妖しいハイカラな物を持っていたもんで、軍人さんに見てもらおうと預かっただけで……!」
創は泥棒の前に静かにしゃがみ込み、その怯える目をまっすぐに見据えた。
「分かった。だが、嘘は目を見れば分かる。……行きなさい。次は、ただじゃ済まさないよ」
「ひぇ〜〜っ! ご免こうむる!」
泥棒は蜘蛛の子を散らすように脱兎のごとく逃げ去っていった。あかりは創からスマホを受け取り、不思議そうに尋ねる。
「あの……どうして警察に突き出したり、捕まえたりしなかったんですか?」
創は軍帽の庇(ひさし)を少し上げると、悪戯っぽく、しかし最高に優しい笑みを浮かべた。
「無駄に争う必要はないからね。泥棒といえど、この町の人間だ。……それより、怪我はないかい?」
その優しさに、あかりの緊張がふっと解ける。
「あ、そうだ、スマホ……!」
あかりは泥棒から取り返してもらったスマホの画面をパッと点灯させた。
相変わらず電波は圏外で、GPSも作動していない。しかし、時間跳躍の負荷によって内蔵時計のシステムが完全に狂ってしまっていた。
画面の最上部に表示されている、あり得ないデジタル数字。
【 1935年(昭和10年) 4月 〇日 】
「え……? 1935……昭和、10年……?」
あかりは息を呑み、ゆっくりと顔を上げた。
視界に飛び込んできたのは、さっきまで気づかなかった町のディテール。
近くの木造の商店の壁には、墨で書かれた『陸軍御用達』『万金丹』の木製看板。通りを行き交う人々は、みな着物や、泥臭い戦前の服。走っているのは荷車と、黒塗りのレトロな形の自動車だけ――。
「どうしたの?顔色が真っ青よ」
千代が心配そうに声をかけ、創もまたあかりの顔を覗き込む。
「うそ……昭和10年……!? 戦争の前……!? そんなの、そんなのありえない、ありえないよ!!」
あまりの精神的衝撃、そして時空を超えたことによる身体への強烈な負荷が、一気にあかりを襲った。視界が急激にブラックアウトしていく。
「ちょっと、大丈夫!?」
崩れ落ちるあかりの身体を、創が素早くその大きな腕で抱きとめた。
遠のく意識の中で、あかりは自分が握りしめている「銀の懐中時計」の温もりだけを、確かに感じていた――。
創の背中に背負われ、あかりはまだ名前も知らない二人が暮らす、小さな長屋へと運ばれていく。
ここから、二人の少女の運命の歯車が回り出す……!