チェンジヒストリープリキュア   作:RBうじざね

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『濁流の予兆、黒き溶接火』

【ドイツ・アルプス山麓、秘密研究施設――深夜】

黒々とした針葉樹林に囲まれたその施設は、ナチス政権が極秘裏に冷徹な予算を投じる「新型爆弾」の開発拠点であった。

凍てつく夜気の中、コンクリート剥き出しの地下通路を、数人の研究者たちが忙しなく行き交っている。

「……臨界計算が合わん。やはり、重水の供給量が足りないのが致命的だ」

「焦るな。我々が世界に先駆けて『神の火』を手に入れねば、総統の怒りを買うぞ」

狂気と焦燥が入り混じる研究室。

その時、施設内に鋭い警報ブザーが鳴り響いた。

 

――ピィーーー、ピィーーー、ピィーーー!

「何事だ!?」

スピーカーから、警備隊長の怒鳴り声が響く。

『中央通路に不審者! 繰り返す、中央通路に――おい、何だそれは、来るな、うわああああっ!!』

激しい銃声。そして、不気味な音が響き、通信は不自然に途切れた。

「おい、警備兵! どうした、応答しろ!」

白衣を着た主任研究者は、受話器を叩きつけると、引き出しから護身用のルガーP08拳銃を取り出した。周囲の助手たちも顔を青くしながら後に続く。

【地下中央通路】

研究者たちが恐る恐る通路の角を曲がると、そこに数人の警備兵が立っていた。彼らは侵入者がやってきたはずの暗闇に、背を向けたまま微動だにしない。

「おい、どうした? 侵入者はどこへ行った」

主任研究者が声をかけるが、兵士たちは答えない。

カツ、と不自然に一歩、兵士の体が揺れた。その瞬間、研究者たちは息を呑んだ。

 

兵士たちの背中から、ゆらゆらとこの世の光を吸い込むような「黒い炎」が立ち上っていた。

ドサリ、と糸が切れた人形のように兵士たちが崩れ落ちる。

その漆黒の炎の向こうから、ゆっくりと歩いてくる影があった。

少女にも、少年にも見える。

仕立ての良い黒づくめの服を纏った、子どものような小柄な人物。

その瞳は、底の知れない闇のように濁っていた。

「し、侵入者か……っ!」

主任研究者は悲鳴のような声を上げ、拳銃の銃口をその人物へと向けた。

だが、引き金にかけた指が、ピクリとも動かない。

それどころか、心臓が握りつぶされたように、全身の筋肉が恐怖で完全に硬直していた。

「な、なんだ……身体が、動かん……!」

黒づくめの人物は、そんな研究者たちのパニックなど意に介さず、口元に傲慢な笑みを浮かべながら、悠々と近づいてくる。靴音さえ響かない。

「はじめまして」

鈴が転がるような、それでいて背筋が凍るほど冷徹な声が通路に響く。

「まあ、そう警戒せず話をしようよ。君たちにとっても、悪い話じゃないと思うけどね」

黒づくめの人物が、小さく指を鳴らした。

パチン。

次の瞬間、研究者たちの目の前にあった頑丈な鉄扉が、まるで初めからそうであったかのように消滅し、代わりに部屋の中央の机の上に、膨大な「紙の束」が出現した。

それは、1930年代のこの世界には絶対に存在し得ない、未来の科学の結晶。

現代の『核分裂に関する詳細な論文』、そして――あまりにも精緻に描かれた『核兵器の設計図』だった。

絶望的な知識の塊を前に、研究者たちは言葉を失う。

「さあ、始めようか」

黒づくめの人物は、狂気の火を灯した目で微笑んだ。

「僕と一緒に、この世界を少しばかり『修正』しよう」

 

【東京・海軍内部――】

永守鉄志の暗殺未遂、前倒しされた2.26という大事件を経て、陸軍内の「皇道派」と「統制派」の激しい対立は、奇妙な静けさを見せ始めていた。あかりの持ってきた未来の資料、そして岡谷や永守らの裏工作が功を奏し、対立の激化が未然に抑え込まれつつあったのだ。

だが、この「陸軍の沈静化」を、極めて不審な目で睨みつける勢力があった。――海軍の「艦隊派」である。

「陸軍の身勝手な暴走が止まったということは、政府の予算が再び『軍縮路線』へと傾くということだ。ロンドン条約でただでさえ手足を縛られている我が海軍が、これ以上アメリカの後塵を拝してなるものか!」

危機感を爆発させた艦隊派の強硬派は、条約の制限を完全に無視し、新型の超巨大戦艦――のちの「大和」を中心とした圧倒的な軍備強化計画を、闇の手を借りて秘密裏に加速させ始めていた。

 

【同・岡谷邸の書斎】

「……というわけだ。海軍の身内で不穏な地殻変動が起きている。君たちの耳には届いているかね」

枯れた、しかし鋭い声を響かせる岡谷啓示。その前に座るのは、海軍内の良識派であり、対米開戦を絶対に避けたい「条約派」の双璧――本山九十九中将と、米田光輝中将であった。

米田「艦隊派の佐藤寛三らが、裏で何やら独自の資金を動かしているという噂は聞いています。ですが岡谷さん、彼らとて海軍の軍人だ。国を滅ぼすような暴挙に出るとは……」

岡谷「いや、出る。彼らの後ろには、人間の合理的な思考を超えた『何か』が憑いている。……信じられないだろうが、まずはこれを見てほしい」

岡谷が机の上に静かに差し出したのは、あかりが未来から持ち込んだ、文字通り「未来の歴史書」の写しであった。

そこには、1941年12月8日の真珠湾攻撃から始まり、潮目が完全に変わったミッドウェー海戦、無数の命が散った沖縄戦……そして、海軍の威信をかけて建造されたはずの超巨大戦艦「大和」が、航空機の猛攻の前にまともな戦果も上げられぬまま東シナ海に沈む、あまりにも凄惨な戦史が緻密に記録されていた。

 

本山は資料を読み進めるうち、冷静さのなかに激しい怒りを隠せなくなり、拳を震わせる。

「……ふざけるな。こんなもの、どこの不届き者が書いた三流の妄想小説だ! 真珠湾の奇襲に成功しておきながら、ミッドウェーで空母を四隻同時に失う? 我が連合艦隊が、これほど無様に全滅するなどと……こんな不吉なもの、信じられるかッ!!」

米田も同じく、顔を青くしながらも怒りを滲ませる。

「岡谷さん、我々を愚弄するのも大概にしてください。いくらあなたからの招きとはいえ、海軍の誇りをここまで踏みにじる嘘に付き合う暇は――」

 

「嘘ではありません」

その時、書斎の襖が静かに開いた。

現れたのは永守鉄志。そして、その背後には怪訝そうな顔で見守るあかりと、緊張に身をこわばらせた千代の姿があった。

本山「永守……! 陸軍の君がなぜここに」

永守「俺も、その未来の資料によれば、相川の手によってとっくに死んでいるはずの男です。実際に襲われましたよ。だが、彼女の持ってきた資料で事前に知っていたから、俺は生きている。……本山先輩、米田先輩。今ここに書かれている最悪の未来だって、今ならまだ、俺たちの手で防げるはずです」

 

現職の陸軍重要人物である永守の言葉に、本山と米田は絶句する。だが、あまりにも常識外れな現実に、まだ脳が拒絶を起こしていた。

その時――バタバタと廊下を駆ける足音が響き、警備についていた創が、汗だくになって書斎へと滑り込んできた。

創「会議中失礼します! 本山中将、米田中将に直接会わせろと、不審な海軍将校らが門前へ押し寄せています! 任務に戻るよう必死に説得しておりますが……奴らの身体から、あの『黒い光』が……!」

???「どけぇい、陸軍の小噪な犬どもがァ!!」

創の言葉を遮るように、廊下から怒号が響く。突き破られるようにして書斎へ乱入してきたのは、数人の海軍将校たちだった。

彼らの目は、生きている人間のそれではない。血のように赤く淀み、その背中からは、周囲の光をかき消すような不気味な「黒い炎」が、ゆらゆらと立ち上っていた。

米田「貴様ら……軍服を着て、一体何を――」

将校「条約派の国賊どもめ……。貴様らが日本海軍を弱体化させたのだ。ここで排除してくれるわぁッ!!」

正気を失った将校たちが、抜刀して本山と米田へ容赦なく襲いかかる。

あかり・千代「させないっ!!」

二人の少女が、提督たちの前に弾かれたように立ちはだかった。二人の懐から飛び出した『懐中時計クロノス』が、まばゆい光を放ち、部屋全体の動きを一瞬だけ静止させる。

「時を超えて、輝く未来へ! キュアフューチャー!」

「歴史を紡ぎ、気高き過去へ! キュアパスト!」

光の奔流のなかで、二人の少女の衣服が、時代を駆ける伝説の戦士へと瞬く間に変貌していく。その圧倒的な神々しさに、襲いかかった将校たちの動きが止まる。

フューチャーが目にも留まらぬ速さで刃を叩き落とし、パストが柔らかな光の鎖で将校たちの身体を優しく縛り上げる。二人が息を合わせて放った浄化の波動が部屋を包むと、将校たちの背中の黒い炎は消え去り、彼らはそのまま床へと倒れこんで眠りについた。

一瞬の出来事だった。本山と米田は、腰を抜かすことさえ忘れ、呆然と目の前の光景を見つめていた。

本山「……な、なんだ、今の力は……。陸軍が極秘に開発していた新兵器か……?」

 

千代「……いいえ。これは私たちだけに与えられた力です。詳しいことは私たちにもわかりません。ですが……これは、歴史を無理やり歪めようとする悪意に対抗するための、『世界の意思』だと思っています」

あかりも変身を解き、少し照れくさそうに懐中時計を握りしめる。

「私は……信じてもらえないと思うけど、100年後の未来から来たんです。本当です。誰かの声で、『この子を、みんなを助けて』って聞こえて、気づいたらこの時代にいて。この時計が力をくれたんです」

今度は永守が、二人の提督の前に一歩踏み出し、重々しく言った。

永守「俺の暗殺も、岡谷さんが狙われたタイミングも、この子の持ってきた資料の記述よりずいぶん早かった。……歴史の時計が、何者かの手によって早回しにされている。この子たちのような『未来を守る意思』もあれば、さっきの連中を狂わせたような『黒い意思』も、どこかで確実に動いている。……信じられんかもしれんが、動くなら早いほうがいい」

本山は、床に転がる海軍の部下たちと、机の上の資料を交互に見つめ、ようやく深く息を吐き出した。

本山「……まだ、すべてを信じたわけではない。だが……あの資料に書かれている『空母を主力とし、大戦艦の時代は終わる』という戦術的予測は、我々条約派が机上で懸念していた最悪のシナリオと、恐ろしいほど一致している。……米田中将?」

米田「ああ。艦隊派の連中が、我々のあずかり知らぬところで何か巨大な計画を進めているのは事実だ。……確かめてみる必要があるな」

二人の提督は、資料が示す悲劇の未来を阻止するため、ひそかに信頼できる若い工作員を、海軍の工廠へと放つ決意を固めるのだった。

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