【数日後――深夜の呉海軍工廠】
本山九十九の命を受け、厳重な検問と警戒を潜り抜けて、夜の呉海軍工廠へと潜入した条約派の若い諜報員。彼は、巨大なドックを見下ろす狭い足場に身を潜め、眼下の光景を目にした瞬間、恐怖で奥歯をガチガチと震わせた。
そこに鎮座していたのは、予算も、正式な建造承認もまだ下りていないはずの、想像を絶する超巨大戦艦の「竜骨ー船体の背骨」であった。
だが、それ以上に異常なのは、そこで働く人間たちだった。
真夏の耐え難い猛暑のなか、夜を徹して働く数千人の作業員たち。彼らは一言の私語も交わさず、まるですべての感情を奪われた精密なロボットのように、寸分の狂いもない正確さで巨大な鉄板を溶接し続けている。コン、コン、と響く金属音だけが、不気味にドックに木霊する。
そして――火花が飛び散る彼らの背中には、昼間の岡谷邸で見た将校たちと同じ、かすかに揺らめく不気味な「黒い炎」が宿っていた。
作業員たちの魂を燃料にして、強制的に作らされている巨大な鉄の城。
諜報員は、冷や汗を流しながらカメラのシャッターを切った。
「これは……国家の防衛のための兵器などではない。海軍の歪んだ妄執が、闇の力と結びついて作り出している……国を滅ぼす『呪いの牙』だ……!」
暗雲が、日本の海を覆おうとしていた。
【呉海軍工廠・会議室――夜】
呉に潜入した工作員からの緊急報告を携え、米田光輝中将は、軍令部総長・伏原宮博靖王や、艦隊派の重鎮である佐藤寛三大将らが集まる呉の工廠の一室へと猛然と乗り込んだ。
叩きつけられる無断建造の証拠写真。米田の怒号が部屋に響き渡る。
米田「総長! 承認なき新型戦艦の建造が始まっているとはどういうことですか! 国家予算をどこから流用したのです! 財政が破綻します!」
佐藤は机を烈火のごとく叩き、狂気を孕んだ目で立ち上がる。
「黙れ米田! 貴様ら条約派の弱腰のせいで、日本海軍はアメリカの後塵を拝しているのだ。これは国の未来を見据えた崇高な計画である。……我らの大艦巨砲の夢を、邪魔をするなァッ!!」
佐藤が吠えた瞬間、彼の脇に直立不動で控えていた数人の側近たちの影が、ドロリと巨大に膨れ上がった。
――パリパリパリ、バリィィィン!!
部屋の窓ガラスが凄まじい衝撃波で一斉に割れ散る。
側近たちの目は赤く淀み、その肉体は見る間に重厚な鉄の装甲、そして巨大な主砲を背負った「大艦巨砲の怪人(ネガティブ・ミリタリー)」へと変貌していく!
伏原宮・佐藤「な、なんだこれは……!?」
仕組んだはずの艦隊派の首脳陣さえも、その異形化の恐怖に慄き、腰を抜かす。
【会議室の天井裏 〜 ドックへ】
あかりの声「そこまでだよっ!」
永守からの密命を受け、軍令部の天井裏で息を潜めて待機していたあかりと千代が、目隠し用の軍帽とマントを鮮やかに脱ぎ捨てて乱入した!
あかり・千代
「プリキュア・タイム・リライト・プロトコル!」
懐中時計クロノスが眩い光を放ち、二人は一瞬でプリキュアへと変身。
襲いかかろうとする怪人たちの巨体を、フューチャーの強烈なドロップキックが吹き飛ばす。怪人たちは割れた窓を突き破り、そのまま夜の呉のドック――暗い軍港の海へと落下した。
二人のプリキュアも、その後に続いて夜空へ躍り出る。
【呉軍港・海上バトル】
ブワァァァッ!
騒ぎを察知した基地の軍用サーチライトが、夜の海面を白々と照らし出す。
波打つ漆黒の海を舞台に、海軍編の激しいバディ・アクションの幕が上がった。
怪人たちの背負った主砲が火を噴き、咆哮を上げる。
ドォン! ドォン! と水柱が激しく立ち上る中、キュアパストは、夜の海面をフィギュアスケートのように華麗に滑走した。衣服を翻し、重厚な砲撃の弾道をミリ単位で見切って舞うようにかわしていく。
キュアパスト「海は、世界と繋がる道です。あなたたちの閉じた妄執で、この海を血で染めさせはしません!」
一方のキュアフューチャーは、派手に水しぶきを上げながら海の上を猛スピードで疾走する。迫り来る砲弾に向かって自ら飛び込み、強化された拳とキックで砲弾を次々とはじき返しながら戦う。
ズガァァン! とフューチャーの手元で爆発が起きる。
キュアパスト「フューチャー! もう、無駄な体力は使わないで! これからよ!!」
キュアフューチャー「わかってるって! いっくよー!!」
二人はガシッと互いの手を握りしめ、並んで海上を一直線に疾走し始めた。
「小癪な娘どもめ、逃がさん!」と、完全にターゲットを絞った怪人たちが集団でまとまり、凄まじい波を立てて海の上を追いかけてくる。
海上のある地点――ドックの入り口付近に到達したとき、二人は急接近してくる怪人たちに向かって、あえて正面から突っ込んだ。集団でまとまって迎え撃つ怪人たち。
だが、衝突する直前、二人は繋いだ手を離し、怪人たちの目の前で左右二手にパッと分かれて鋭く疾走した。
怪人たち「……!? 消えた……!?」
翻弄される怪人たち。だが、二人の狙いはそこではなかった。
あかりと千代は、海上に浮かぶそれぞれ別の巨大な「防潜用のブイ」へと飛びつくと、それを二人同時に、全力のプリキュアパワーで思いっきり引っ張った。
怪人たち「……っ!?」
海中からバシャバシャと激しい音を立てて競り上がってきたのは、ドック周辺に張り巡らされていた巨大なスチール製の防潜網だった。
密集していた怪人たちは、一網打尽に地引網のように絡めとられ、そのまま二人の怪力によって岸壁の上まで一気に引きずり上げられる。
網を力任せに切ろうともがく怪人たち。その真上へ、二人は空高く跳躍した。
フューチャー・パスト
「私たちの熱い想い、過去と未来の絆で……元の姿に戻りなさい!」
「プリキュア・タイムライン・サルベーション!!」
二人の放つ、誰も傷つけない「浄化の光」が網の中の怪人たちを優しく包み込む。彼らの肉体を覆っていた鋼鉄の装甲が光の粒子となって消え去り、黒い霧が霧散していく。
【呉軍港・岸壁】
その凄まじい戦闘の顛末を、米田とともに駆けつけた本山九十九が、静かに見届けていた。
側近だった将校たちは完全に浄化され、無力化してその場に座り込み、正気を取り戻して呆然としている。
しかし――それを見つめる伏原宮と佐藤寛三の怒りはおさまっていなかった。
あかりの持つ「クロノス」のセンサーが、微かなエラー音を鳴らす。
おかしい。伏原宮や佐藤の背中には、黒い炎が全く上がっていないのだ。
彼らは、悪魔や未来の技術に魅入られたわけではない。
「これからの時代、アメリカの圧倒的な物量に対抗するには、一撃で敵を粉砕できる世界最大の戦艦ー大和ーを持つことだけが、日本が生き残る唯一の道だ」
と、本気で日本の未来を憂い、100%正気でこの計画を推進しているからだった。
本山と米田は、その事実を前に深い苦悩に包まれる。
「総長や佐藤は何かに操られているのではない……。純粋な『国防への妄執』だ。だからこそ……浄化では止められない……」
一度は目の前でプリキュアの超常の力を見せつけられた佐藤寛三大将。しかし、彼の口から出たのは、彼自身の内から湧き出る強固な「人間の意志」だった。
佐藤は鋭い眼光でプリキュアと条約派を睨みつける。
「……私は正気だ。少女たちよ、貴様らの奇妙な術には感謝するが、私の信念は揺るがない。軍縮条約など、アメリカが日本を縛るための罠だ! 我々は戦艦を作る。総長も同じお考えだ!」
佐藤の背後に宿る意思は、オカルト的な呪いよりもなお強固だった。彼はネガティブ・ミリタリーの力を借りずとも、自身の人脈と艦隊派の若手将校たちを動かし、承認なき「大和」の建造を、このままゴリ押しで継続しようとする構えを見せる。
あまりにも強い、生身の「大人の決意」を前に、プリキュアたちも返す言葉を見つけられない。
正義と正義のぶつかり合いの重苦しさを噛み締めながら、あかりたちは米田・本山とともに、静かに呉を後にするしかなかった。