1.極秘の親善使節、太平洋の洗礼
日米開戦の危機を未然に防ぎ、歴史の舵を大きく切った岡谷内閣だったが、永守鉄志の視線はすでに海を越え、世界の果てを見据えていた。
「……軍の核開発を凍結したところで、海外――特に米国での研究が相当に進んでいるという噂がある」
永守は冷徹な目で世界地図を指差した。「世界で初めて原爆を作り、使用したあの国の動きを探らねば、日本の破滅は防げん。……あかりくん、千代くん。交換学生の使節団に紛れ込み、潜入してくれ。君たちの『黒い炎』を察知する力が頼りだ」 形式主義の役人は「素性不明の娘など、皇国の恥晒しだ」と猛反対したが、岡谷首相はそれを一蹴した。
「型通りの令嬢を送り込んで何になる。今の日本に必要なのは、新時代の風を吹き込む、生きた人材だ」
首相特権の極秘国家ミッションとして裏から手を回し、普通の女学生である千代と、未来からの居候であるあかりが、超名門の枠をかっさらってへ貨客船と乗り込むことになったのだ。 だが、志は高くとも、大自然の壁は容赦なかった。
「う、うぷ……千代ちゃん……太平洋の波、舐めてた……世界が、回る……」
「あかり、情けない……。国を代表して行くというのに、そんなことでどう……うっ、頭が……」
現代を含めて初の海外渡航に大興奮していたあかりは、出航から数時間で猛烈な船酔さに襲われ完全沈没。呆れていた千代も数分後には顔を真っ青にして倒れ込み、二人は仲良く客室で寝込む破目になったのだった。 使節団に選ばれた他校の令嬢たちは、条約派や統制派の幹部、穏健派の実業家の娘ばかりの、文字通り本物の「お嬢様」たちだった。彼女たちは親から「ある特殊な任務を帯びたあかりたちに、命に代えても協力せよ」と言い含められていたが、住む世界が違いすぎる上に、到着早々ゲッソリしているあかりたちを見て、どう接していいか分からず遠巻きに見つめていた。
2.キャンパスのダッシュ、そして天才との邂逅
「うわあああ! これがアメリカ! 広い! 自由! 建物が映画みたい!」
米国に到着し、留学先の大学キャンパスに足を踏み入れた瞬間、あかりの船酔いは跡形もなく吹き飛んでいた。日本の厳しい女学校とはあまりにも違う、広大で開放的な雰囲気に、千代もまた目を丸くしている。
周りの令嬢たちが「日本の未来のために、現地の有力者の情報を……と言われても、何から手をつければ……」と社交パーティーに必死に励む中、あかりは完全に観光気分だった。 「ほら千代ちゃん、これが本場のハンバーガーだよ! 美味しそう!」
ハンバーガーを片手にキャンパスの廊下を猛ダッシュするあかり。
「あかり! 廊下を走ってはいけません、またですか……!」
千代の深い溜め息と同時に、あかりの靴底がツルリと滑った。
「わちゃああっ!?」
派手にすっ転んだあかりの手から、革鞄が弾け飛ぶ。中から大量の資料が、廊下一面にぶちまけられた。それはあかりが未来から持ってきた中学生向けの歴史や科学の参考資料を、永守が陸軍省の技術で複製した極秘データだった。
「おや、大丈夫かね、お嬢さん」
通りすがりの男が、親切に書類を拾い上げた。たまたまこの大学に講演に訪れていた学者だった。
「すみませ〜ん! ソーリーソーリー、アイアムソーリー!」
慌てて書類をかき集めるあかり。しかし、男の手がピタリと止まった。彼が拾い上げたのは、未来の教科書の巻末についていた、カラフルで詳細な『元素の周期表』のページだった。
パラパラとめくる男の目に、凄まじい衝撃が走る。
「……これは、一体何だ!? 92番のウランの先に、なぜこんなに元素が存在している!? 93番ネプチュニウム、94番プルトニウム……!? まだ発見されていないはずの未知の超ウラン元素が、なぜここに書かれているんだ!?」
「あ、それ、めっちゃ秘密のやつです!」
あかりは強引に資料をひったくると、「ありがとうございましたー!」と叫んで千代の腕を引っ張り、脱兎のごとく逃げ去っていった。
「……って、あれ!? 私、英語なんてそんなに得意じゃないなのに、なんでアメリカ来てからの言葉が普通に日本語で理解できちゃうわけ!?」
あかりが頭を抱えて叫ぶと、ポケットの中のクロノスが『キュピ!』と得意気に文字盤を光らせた。
『驚いたでしょ!ボクの「時空の文字盤(クロノ・ダイアル)」は、どんな時代のどんな言語でも、意味を直接心に届けて翻訳できちゃうんだからね!』
「なるほど、言葉の壁まで乗り越えてくれるのね。本当に至れり尽くせりな時計さんだわ」
千代が感心したように頷く傍らで、あかりは「これテストの時に欲しかったな……」と遠い目をするのだった。
3.未知なる学問、迫り来る焦燥
直後の講義室。千代は、壇上の教授が放つ言葉に、魂を激しく揺さぶられていた。
のちに彼女が生涯を捧げて研究することになる、「社会学」という概念との、運命の出会いだった。
『私たちは、正しい規範に従って生きていると思っている。しかし実際は、知らず知らずのうちに、社会という目に見えない仕組みによって動かされ、支配されているのだ』
丁寧に、お行儀よく、国や家が決めた規範に沿って生きることこそが美徳だと信じていた千代にとって、その講義は頭をハンマーで殴られたような衝撃だった。
(私は……私たちは、何に動かされているというの? 歴史? 時代の狂気? それとも――)
しかし、講義が終わって教室を出た二人の前に、目を血走らせた先ほどの男が立ち塞がった。彼はあかりの持っていた周期表が忘れられず、講義が終わるのをずっと待ち構えていたのだ。
「聞きたいことがある。ちょっと私の控室に来てくれないか?」
控室に連行された二人は、重々しい革張りのソファに座らされた。男は興奮を抑えきれない手つきで、胸ポケットから一枚の紙片を取り出し、千代へと差し出した。
「申し遅れたね。私はレオン・シラルド。一応、この国で物理学を研究している者だ」
英語で書かれたその名刺を凝視した瞬間、千代の背筋に冷たい戦慄が走った。
(レオン・シラルド……!? まさか、あの……!)
千代の脳裏に、日本を発つ前に永守鉄志から教え込まれた、米国核開発の重要人物リストが蘇る。欧州の高名な天才たちと並び称され、現在の米国物理学界の裏側で、核エネルギーの未来を事実上コントロールしていると言われる天才中の天才、国家級の超大物。
(どうして、そんな歴史の歯車を握るような重鎮が、私たちを……!?)
千代が驚愕で息を呑む傍らで、あかりだけは「へえー、シラルドさんっていうんだ」とのんきに首を傾げている。
しかし、シラルドは千代の驚きなど気にも留めず、机を激しく叩いてあかりに詰め寄った。
「お嬢さん、頼むから教えてくれ! 君はこれをどこで手に入れた!? なぜ、まだ誰も到達していない未知の元素の質量数や特性が、君の資料に載っているんだ!?」
「この94番の『プルトニウム』というのは本当に存在するのか!? これを使えば、ウランを超える凄まじい核分裂の連鎖反応が起きるはずだ! ナチスのドイツが先にこれに気づいたら、世界は終わるんだ!」
天才物理学者の予測に基づいた、怒涛の質問攻め。当然、ただの現代の中学生であるあかりに、そんな専門的な答えができるはずがない。
「え、ええっと、ウランとかその先のは、なんか、ものスゴイ爆弾の材料になるやつで……!」
あかりは涙目で必死に訴えた。
「ものすごく危ない爆弾ができて、みんな困るのに、一度作り始めたら怖くて誰もやめられないんです! だから、アメリカもドイツも,その危ない爆弾を作らないようにしてほしくて……!」
科学の進歩がもたらす悲劇を純粋に止めたいというあかりの言葉。だが、ナチスの脅威に焦るシラルドの天才脳には、その感情論の真意が今ひとつピンとこなかった。
「もう無理、私には無理です、千代ちゃん!!」
4.異国の怪物と、お嬢様たちの誇り
ズズズズンッ!!!!
あかりが頭を抱えたその瞬間、屋外から窓ガラスを震わせるほどの凄まじい爆発音と、学生たちの悲鳴が響き渡った。
「原子の力を解放せよ……! 我らこそが、新時代の神、科学の支配者となるのだ……!」
三人が慌てて建物から飛び出すと、キャンパスの広場は地獄絵図と化していた。
現地の若いエリート学生が狂気に満ちた咆哮を上げている。核開発への「焦燥」と「世界を制する功名心」の闇に付け込まれ、ネガティブ・ミリタリーの呪いによって、大学の粒子加速器と歪んだ数式がドロドロに融合した、異形の銃座型怪人へと変貌してしまっていたのだ。
「危ないっ!!」
あかりが叫んだが、二人はそこで驚くべき光景を目にした。
あかりたちを密かに尾行し、護衛していた日本の令嬢たちが、すでにその怪人の前に立ちはだかり、必死に応戦していたのだ。
彼女たちはプロの兵士でもスパイでもない。しかし、日本の名家の誇りと、父から授かった「あかりたちを何があっても護れ」という任務を果たすため、近くにあった園芸用の重いシャベルや、護身用の日傘を武器にして、果敢に怪人の進撃を食い止めようとしていた。
「異国のバケモノ風情が、私たちの学友に手を出すんじゃありませんわ!」
「お父様との約束です、ここは一歩も通しません!」
だが、怪人が放つエネルギーの衝撃波の前に、令嬢たちの武器は砕け散り、彼女たちは次々と芝生の上へと吹き飛ばされていく。絶体絶命のピンチだった。
「みんな……! もうやめて!」
あかりの目に強い光が宿った。千代はその手を、これまでにないほど強く握りしめた。
「……ここまでです。あかり、私たちがみんなを、この世界を護るんです!」
二人の決意に応えるように、懐中時計が眩い光を放子、周囲の時間を一瞬だけ完全に停止させた。
5.凸凹な輝きと、絶対の結界
シラルドや、倒れ伏した令嬢たちが激しい光に目を細める中、二人の少女の姿が、きらめく光の衣を纏って変貌していく。
ピンクと黒のラインが疾走する、シャープで現代的な未来のヒーロー姿――キュアフューチャー。
紫の気品ある和装ドレスをまとい、厳かに佇む過去の守護者――キュアパスト。
「な、何なんだ……彼女たちは……! 科学を超えた、未知のエネルギー生命体なのか……!?」
シラルドは完全に腰を抜かし、眼鏡をずり落として絶叫した。 戦闘が始まれば、二人の凸凹な個性がアメリカの地でも炸裂した。
「いっくよーー!」
テンション高く突撃したフューチャーだったが、アメリカの広大な大学の芝生に設置された、自動スプリンクラーの水流に足を取られた。
「ひゃああっ!? 冷たっ、滑るぅぅー!」
派手にバランスを崩し、芝生の上をズサーッと滑っていくフューチャー。
それを見た怪人が、ここぞとばかりにデタラメな軌道のエネルギー弾を乱射する。
「なんて品のない、美しくない軌道ですか……!」
パストは眉をひそめながらも、一歩も引かずに金の懐中時計を高く掲げた。
「プリキュア・パスト・シールド!!」
展開された巨大な光の歯車の結界が、怪人の猛烈な突進と爆風を、正面からピタリと受け止める。絶対防御。
「フューチャー、今です!」
「お待たせー! はぁぁぁーっ!」
滑りながらも体制を立て直していたフューチャーが、芝生を蹴って大跳躍。生じた一瞬の隙を見逃さず、最大出力の光を拳に宿した打撃(ストライク)を怪人の胸元へ一閃、叩き込んだ! 「ア、アリエナイ……科学が……敗れる、というの、か……!」
怪人は悲鳴と共に眩い光の粒子となって霧散し、中から正気に戻った学生が、静かに芝生へと崩れ落ちた。
6.天才の畏怖
静寂を取り戻したキャンパス。
科学の限界を超えた超常現象、そして命を賭して世界を、未来を護ろうとする二人のプリキュアの戦いを目の当たりにしたシラルドは、震える手で、地面に散らばった「未来の周期表」を拾い上げた。
「科学を超えた、意志の力が……本当に存在するのか。彼女たちは……本当に、未来からこの悲劇(核の暴走)を止めるために来た……『救世主』なのか……」
シラルドの目から、先ほどまでの焦燥に駆られた学者の色は消え去っていた。そこにあるのは、人知を超えた大いなる存在への、畏怖と真摯な眼差しだった。