チェンジヒストリープリキュア   作:RBうじざね

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『パンケーキと原子の火』

1.天才との契約

シラルドは驚愕のあまり言葉を失い、まるで全身の力が抜けたようにその場に崩れ落ちていた。

目の前で起きた超常現象、そして手元にある、この時代の科学を遥かに超越した冷徹な記述。頭脳が拒絶する異常事態を前にして、しかしあかりはその真摯な眼差しから目を逸らさず、覚悟を決めたように一歩前に進み出た。

 

「シラルドさん。驚かせて、本当にごめんなさい。……でも、嘘じゃないんです。私、ここから100年近く後の未来から来ました」

「100年……後……?」

シラルドの喉から、掠れた声が漏れる。

 

「うん。どうして私がここに来られたのか、どうしてこの時計で姿を変えて戦えるのか……本当のところは、私だってよく分かっていません。……だけどね、これだけは分かるんです。きっと私は、ここから始まる悲しい歴史を変えるために、この力をもらったんだって」

 

あかりの言葉は、中学生らしい拙く、お世辞にも論理的とは言えないものだった。しかし、だからこそ、そこには「歪んでしまった未来」を肌で知る者だけが持つ、純粋で、容赦のない重みがあった。シラルドの胸に、彼女の真っ直ぐな言葉が物理的な圧力となって突き刺さる。

 

「だから、お願いです。シラルドさん。その凄い知識を、世界を滅ぼすための兵器じゃなくて……誰も悲しまない歴史を、一緒に変えるために使ってください」

 

あかりの必死の訴えを前に、シラルドの脳内は激しい嵐に見舞われていた。

目の前で展開された超常の戦いは、網膜に焼き付いて離れない。しかし、合理性と客観的事実を何より重んじる科学者として、「未来人」というあまりにも荒探無稽な概念をそのまま受け入れることは、自らの理性を放棄するに等しかった。

(信じられるはずがない。そんな非現実的なことなど、あってはならない……! だが、ではこの目の前の少女は、そしてこの緻密極まる紙片は一体何だというのだ!?)

 

シラルドは激しい精神的葛藤に顔を歪め、震える指先で、床に散らばった未来の周期表のデータを凝視した。そこに並ぶ未知の理論と数字の羅列は、彼の科学者としての本能に「これは本物だ」と残酷なまでの確信を突きつけていた。

 

「……にわかには、信じがたい。私の理性が、そんな奇跡を拒絶している……!」

 

シラルドは頭を抱え、苦渋をにじませた。しかし、次の瞬間、彼の瞳に科学者としての強烈な飢餓感と執念が宿る。

「だが……もし、万が一にでもこの資料に書かれているデータが本物であるなら、これは人類の、そして我が国の、世界の未来を根底から変える……! お願いだ……頼む! この資料のメモを取らせてはもらえないだろうか!」

 

プライドを投げ打ち、縋るような狂おしい目で願い出たシラルド。その異様な熱量に、千代がすかさず二人の間に割って入った。

「あかり、いけません! これは永守さんから預かった極秘の重要資料です。いくら事情があるとはいえ、簡単に他国の学者に渡すわけにはいきません!」

 

しかし、あかりは千代の手を優しく包み込み、にっこりと笑った。

「大丈夫だよ、千代ちゃん。この人はきっと、これからの世界のことを真剣に考えてくれるはずだから」

 

あかりの真っ直ぐな信頼に、千代は一瞬目を見開いたが、すぐに小さく息を吐いた。

(……そうね。そもそも永守さんが、この危険な資料をわざわざ私たちに持たせたのは、こういう時のため。未来の悲劇と向き合える科学者と対峙させるためだったんだわ)

 

千代は考えを改め、静かに頷いた。

「……分かりました。ただし、書き写すのはこの部屋の中だけにしてください。私たちはここで見届けます」

 

2.ダイナーの喧騒と、小さな幸福

千代の冷徹な言葉に、シラルドは何度も深く頷くと、懸命にペンを走らせ始めた。

部屋の中には、ただカリカリ、カリカリと、ペン先が紙を引っ掻く音だけが硬質に響き渡る。

 

あかりと千代は、一瞬たりとも彼の手元から視線を逸らさず、張り詰めた緊張感の中でシラルドの一挙一動を監視していた。シラルドの額からは大粒の汗が流れ落ち、その瞳は完全に未知のデータへと没頭している。1分が、まるで1時間にも感じられるような息詰まる沈黙。

 

――ぐぅぅぅ〜〜〜……。

 

突如として、その厳粛な空間に、ひどく間の抜けた、けれど盛大な音が鳴り響いた。

あかりのお腹の音だった。

 

「あっ……! あはは、ごめん、ちょっと緊張したら急にお腹が……」

あかりは真っ赤になって自分の腹を両手で押さえ、千代は呆れたように、けれど愛おしそうにふっと肩の力を抜いた。

 

その音で我に返ったのか、シラルドは最後のページをノートに書き留めると、大きく息を吐き出してペンを置いた。まだ興奮に手が震えている。彼は丁寧に資料を揃えると、両手で押し戴くようにして千代へと返却した。

 

「……終わった。ありがとう。この恩は生涯忘れない。これを元に、私の知識と理性で、もう一度一から考えさせてくれ」

 

そう言って深く頭を下げたシラルドだったが、ふと顔を上げると、まだお腹をさすって恥ずかしそうにしているあかりの姿に、その険しい顔をわずかに和らげた。時計を見れば、すでに夕暮れ時だ。自分の研究に付き合わせ、この少女たちをすっかりお腹空かせさせてしまったことに、ようやく気づいたらしい。

 

「すまない、すっかり時間を取らせてしまったね。……二人がお腹を空かせているなら、大学のすぐ外の街に、私もよく寄るお気に入りのダイナーがあるんだ。少しアメリカの味を楽しんで、休んでいくといい。ここの街並みは、夕暮れ時が一番美しいからね」

 

 

すでに夕方近くになり、街灯がぽつぽつと灯り始めている。

あかりと千代は、シラルドに教えられた通りに街を歩き、ネオンサインが鮮やかに輝くアメリカ伝統のダイナーを見つけた。

 

「ねえ、千代ちゃん! あそこがシラルドさんが言ってたダイナーかな? 行ってみようよ! すっごくアメリカっぽい!」

「あかり、落ち着きなさい。岡谷首相から必要な資金を預かっているとはいえ、私たちの任務は物見遊山ではありません。無駄遣いは厳禁ですよ?」

「いいからいいから! お腹空いちゃったし!」

 

千代の正論を「いいから」の一言で押し流し、あかりは千代の腕を引いて、賑やかな扉を押し開けてしまった。

カランカラン、とドアベルが鳴る店内には、様々な人々が溢れていた。

仕事を終えて議論を交わす労働者、談笑する若いカップル、新聞を片手にコーヒーをすする老人。人種も、服装も、話している内容もバラバラなその空間を、千代は圧倒されながら見つめた。

 

先ほどの大学の講義が脳裏をよぎる。

『私たちは、知らず知らずのうちに社会の仕組みによって動かされている』

(これほど多様な人々が、それぞれの意志で生きているように見えるこの国でも、やはり目に見えない社会の構造が存在しているの? では、私たちのいる日本は……?)

深く思いを巡らせ、少し難しい顔になる千代。

 

その一方で、あかりはテーブルに運ばれてきた巨大なBLTサンドイッチを「おいしそ〜!」と口いっぱいに頬張っていた。

「んむ! おいひい! 千代ちゃんも食べなよ!」

「やれやれ……あなたという人は、どんな時代でも、どんな国でも変わりませんね」

 

千代は呆れ半分にため息をつきながら、自分の前に置かれた、シロップがたっぷりかかった分厚いパンケーキをフォークで小さく切り、口に運んだ。

「……っ」

 

その瞬間、千代の動きが止まった。口の中に広がる、バターの塩気とメープルシロップの濃厚な甘み。日本の女学校では決して味わえない、未知の、そして暴力的とも言える美味しさだった。

「どう? 美味しいでしょ?」

悪戯っぽく笑うあかりを見て、千代は堪えきれず、ふっと柔らかい笑みを漏らした。

「……ええ。悔しいですが、とても美味しいです」

 

3.科学者の選択

その頃、大学の研究室で一人残されたシラルドは、机の上に広げられたメモを前に、激しく苦悩していた。

科学を超えた、あの少女たちの光。反映された、自分の手で書き写した、ウランの先にある未知の原子番号「94(プルトニウム)」。

 

(原子の力を解放し、人類最大の武器にできないかと大統領に提案しようとしたのは、他でもない私だ。ナチスという独裁から世界を守るため、それしかないと信じていた。……だが……)

 

シラルドは頭を抱えた。あかりが泣きそうな目で叫んだ言葉が、胸に突き刺さって離れない。

『一度作り始めたら怖くて誰もやめられないんです!』

 

もし、その力が一度解き放たれれば、国家の焦燥と恐怖の連鎖を生み、100年後の未来すらも脅かす、止められない怪物になってしまうのではないか。

「今、私にできることは何だ……。科学者としての功名心か、それとも……」

 

熱くなった頭を冷やそうと、シラルドはコートを羽織り、夜の街へと歩き出した。

引き寄せられるように彼が入ったのは、地元の労働者たちで賑わうお馴染みのダイナーだった。

 

ふと奥のボックス席に目をやると、そこには不釣り合いな日本の女学生の制服を着た、あかりと千代の姿があった。

「あ! シラルドさん、こっちこっち!」

あかりがシラルドの姿に気づき、千代の制止も聞かずに大きく手招きをした。

 

シラルドは苦笑しながら、ゆっくりと二人の対面の席に腰を下ろした。テーブルの上には、すっかり空になった皿と、追加で頼んだレモネードのグラスが置かれている。

シラルドは二人を見つめ、先ほどまでの焦燥が、不思議と消えていくのを感じていた。

 

「……すまない。私の負けだ、レディたち」

シラルドは静かに、けれど落ち着いた声で、あかりと千代に向き直った。

 

「君たちの話を、もっと詳しく聞かせてほしい。未来の歴史がどうなって、私たちが何を間違えるのかを。……今度は、一人の人間として、君たちの言葉に耳を傾けよう」

 

ネオンの光が優しく照らすダイナーの片隅で、未来を救うための、本当の対話が始まろうとしていた。

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