チェンジヒストリープリキュア   作:RBうじざね

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『開かれた扉、狂気の臨界点』

1.決意の手紙と、二人の天才の握手

数週間後、レオン・シラルドの元に一通の手紙が届いた。差出人はロビン・アップルハイム。

『もう一度会えないか。我々の未来について、話をしたい』

あの日以来、アップルハイムは激しい苦悩の海に沈んでいた。原子力の持つ圧倒的なエネルギーは、人類を間違いなく今まで以上に発展させる。その科学者としての確信は今でも揺るがない。だが……あかりの置いていったノートに記された惨状は、彼の想像を遥かに超えていた。

不気味にそびえ立つ巨大なキノコ雲。一瞬で真っ黒に焼けた無数の遺体。生き残ってもなお、目に見えない放射線に内側から体を蝕まれていく人々の写真。

「……馬鹿な。ナチスが先に完成させれば世界は終わる。だから我々が……。だが、これは……。宇宙の真理たるあの美しい数式は、人を滅ぼすためにあったというのか……!?」

驚愕と動揺で、ペンを持つ手が激しく震える。だが、彼は天才だ。絶望の先で、彼はひとつの可能性を見出していた。

「いや、この力は同時に希望の光でもあるはずだ。なら、我々が進むべき道は……!」

 

手紙を受け取ったシラルドは、あかりと千代を伴い、再びアップルハイムの研究所へと向かった。

厳重な警戒が敷かれた施設の門の前まで来たその時、パタパタと小気味よい足音を響かせて、留学仲間の日本の令嬢たちが息を切らせて駆けつけてきた。千代が目を丸くする。

「みなさん、どうしてここへ……?」

令嬢たちは、いつもの華やかな笑顔を見せながらも、その瞳に固い決意を宿して微笑んだ。

「私たちは、あなたたち二人を守ることが使命ですから。詳しいことは私たちにはわかりませんが、今からこの中で、何かとても大事なことをしようとしているのでしょう?……ここは私たちがお守りします。お三方は、どうぞお進みください!」

彼女たちはそう言うと、周囲の警備の目を引きつけるように、流暢な英語で華麗に配置についていく。

「みんな……ありがとう!」

あかりは令嬢たちの背中に小さく手を振った。千代もまた、異国の地で示された同胞たちの誇りに深く感謝しながら、シラルドと共に門をくぐり、施設の中へと足を踏み入れた。

 

 

再び通された応接室で、アップルハイムは毅然とした態度で待っていた。

「レオン、やはり未来のために、原子力の研究は続けるべきだ」

 

その言葉に、あかりと千代がハッと息を呑む。やはり兵器を作るというのか――そう身構えた彼女たちを、アップルハイムの言葉が遮った。

「核は兵器としても強力だが……エネルギー、動力資源としても桁外れに強力だ。兵器は一度使えば終わりなだけでなく、その土地を汚し、禍根を残す。だが、正しくコントロールされたエネルギーは、そこからさらなるイノベーションを生み出すだろう。これで世界をリードしたほうが、将来的な国益となる」

アップルハイムはシラルドの目を真っ直ぐに見据えた。

「この膨大なエネルギーを産業の礎とするために、兵器ではなく、発電や動力での活用を優先するべきだ、と大統領に提案したい。軍事力だけに頼らず、アメリカが持続的に世界のリーダーシップを持つための最も優れた方法としてね。もちろん、私一人では国は動かせない。だから、物理学者の総意として話をしたいんだ。レオン、君の協力が必要だ。君の仲間たちにも、協力してくれるよう頼んでほしい」

シラルドの顔に、温かい笑みが広がった。

「……もちろんだとも、協力しよう!」

差し出された手を、シラルドが強く握り返す。二人の天才の志が、ついにひとつに重なった。

あかりがそっと一歩前に出る。

「……アップルハイムさん。原子力発電所は、未来で悲しい事故を起こすこともありました。それも忘れないでください」

「ああ、君の資料にも書かれていたね」

アップルハイムは優しく頷いた。

「リスクを完全に排除できないのは理解している。だが、あらかじめ知っていれば『想定外』ではなくなる。ここから先は、我々科学者の知恵と力が試される領域だ」

「今までの研究成果を平和のために生かすためにも……私も全力を尽くそう」

シラルドもまた、強く決意を語った。

 

未来の圧倒的なディストピアを突きつけられ、冷徹な科学者であり繊細な芸術家肌でもあるアップルハイムは、混迷の中で「平和利用」という新たな灯火へと舵を切った。

――だが、その希望を打ち砕くように、応接室の扉が乱暴に蹴破られた。

 

2.原子の怪人、襲来

「素晴らしい成果を出しているじゃないか、アップルハイム! それを捨てるなど、そんなことは絶対にさせんよ!」

 

不敵な笑みを浮かべて入ってきたのは、アメリカ原子力委員会の重鎮であり、海軍少将として資金調達を裏で牛耳る男――ルイ・ストラウスだった。

だが、その目は尋常ではない。彼の瞳の奥では、昏い赤色をした「ネガティブ・ミリタリー」の光がドロドロと渦巻いていた。

「ストラウス! なぜここへ……いや、君のその目は一体何だ!?」

シラルドが鋭く叫ぶ。

ストラウスは、自身のアップルハイムに対する激しい嫉妬、そしてアメリカを世界一にしたいという歪んだ愛国心と功名心を、その身に宿る闇の力へと変えていく。

「私は『アメリカの絶対的な勝利』を望む、正義の代弁者だ! いずれ敗れる日本のことなど知ったことか! この『神の火』をもって世界を恐怖で支配し、我が国が頂点に立つ歴史こそが、正しいタイムラインなのだ!!」

 

「そんなの、ただの暴論です……!」

千代が叫ぶが、ストラウスの暴走は止まらない。彼は研究所内の実験装置から放出される電気エネルギーや、科学者たちの「焦燥」の念を急速に吸収し始めた。

ギチギチと骨の軋む音が響き、彼の身体が膨れ上がっていく。皮膚は金属質に変色し、チェレンコフ光のような禍々しい青白い光を放つ――「原子の怪人(ネガティブ・マンハッタン)」へと変貌を遂げたのだ!

 

「キャーーッ!?」

怪人が放つ凄まじい放射熱線が壁を消し飛ばし、研究所が瓦礫へと変わり始める。

「危ない……! 千代ちゃん、行くよ!!」

あかりと千代は、胸元のきらめく懐中時計を掲げた。まばゆい光が二人を包み込み、激動の時代を駆け抜ける戦士へと変身を遂げる。

目の前で起きた、「奇跡の変身」に、アップルハイムは

「……そんな、馬鹿な……。 一体何が起こっているんだ……!科学の限界を超えている……!?」

と、科学者として最大の驚愕に目を見開いて立ち尽くした。

 

「科学は人を傷つけるためのものじゃない! みんなが笑顔になる未来のためにあるんだーーっ!!」

変身完了と同時に、キュアフューチャーはテンション高く拳を握り、怪人へと突撃した。

しかし、ストラウスが冷酷に手をかざす。

「重力場展開。地に伏せ、若き乱入者よ」

ネガティブ・ミリタリーの超科学が具現化した、凄まじい空間の歪みがフューチャーを襲う。

「う、うわあああ! 体がめちゃくちゃ重い〜〜! 物理法則仕事してーーっ!」

床に足を取られ、フューチャーはジタバタと苦戦を強いられてしまう。

 

「未来を、絶望の闇で塗り潰させはしません……!」

キュアパストが、鋭い踏み込みで割って入った。

だが、怪人ストラウスが放つのは、物理法則を無視したあまりにも容赦のない熱線攻撃だ。

ドガァァン! と足元が爆発し、パストの美しいドレスが煤ける。

「くっ……予測不能な速度です……!」

 

あまりの猛攻に一瞬戸惑うパスト。しかし背後には怯える科学者たちがいる。引くわけにはいかない。パストは自身の持つ懐中時計を頭上に掲げ、力を展開した。

「パスト・シールド……!!」

時計の文字盤を模した光の盾を展開するが、ストラウスの出力がそれを上回る。凄まじい熱線の前に光の盾にパキパキと亀裂が走り、パストの足がじりじりと後退した。フューチャーも重力に縛られ動けない。二人のプリキュアが完全に追い詰められた、その刹那だった。

 

――ガシャァァァンッ!!!!

 

窓ガラスを豪快に叩き割り、外で警備を引きつけていたはずのお守り役の日本の令嬢たちが、決死の覚悟で研究所内へと突入してきた。

「あかりさん! 千代さん! ご無事ですか――ッ!?」

 

彼女たちは命に代えても護るべき二人を探して叫ぶが、室内にあかりたちの姿はない。あるのは、熱線に押し潰されかけている見知らぬ二人の光の戦士と、異形の怪物だけだった。

「……あの子たちはどこ!? いえ、考えている暇はありませんわね!」

 

状況は絶体絶命。令嬢たちは瞬時に日本の誇りと覚悟をその瞳に宿した。

 

「異形の怪物、これでも喰らいなさい!!」

彼女たちはプロ顔負けの鮮やかな連携で、壁に設置されていた真鍮製の大型消火器を力任せに引き剥がすと、一斉に怪人へと向けた。底部の突起を床へ激しく叩きつけると、内部の薬剤が化学反応を起こし、凄まじい圧力の音が響く。

プシューーーッ、ドババババッ!!!!

「ぬおっ!? 何だこれは、前が見えん……小娘どもめ……!」

至近距離から浴びせられたのは、激しい勢いで吹き出す炭酸ガスと、真っ白な泡を孕んだ消火液の水飛沫だった。強烈な圧力の液体がストラウスの視界と顔面を完全に覆い尽くし、噴射の衝撃で部屋中に一気に白い水蒸気とガスの霧が立ち込める。

狙いが外れた熱線が明後日の方向へと逸れ、パストのシールド、そしてフューチャーを縛っていた重力場の数式が霧散した。令嬢たちの放った一撃が、完璧にプリキュアのピンチを救ったのだ。

「みんな、最高のナイスアシスト! 決めるよ、パスト!」

自由を取り戻したキュアフューチャーが、まばゆい未来の光を拳に宿して跳躍した。パストもまた、過去から現在へと繋がる確かな意志の光を足に纏う。

二人のプリキュアの光が交差し、巨大なエネルギーの奔流となって、視界を奪われ足掻くストラウスを包み込んだ。

「プリキュア・ヒストリー・リザレクション!!」

「我が、我がアメリカの……勝利がァァーッ!!」

絶叫と共に闇のエネルギーが霧散し、ストラウスは元の姿へと戻って、力なく床へへばり込んだ。

 

直後、怪人が消滅した衝撃波によって、部屋中に充満していた消火液の水蒸気と白い霧が一気にぶわりと激しく巻き上がった。

視界は完全に真っ白になり、一歩先すらも見通せない。

(……今です、フューチャー!)

パストの目配せに、フューチャーも力強く頷く。二人は令嬢たちの視線が遮られたその一瞬の隙を逃さず、胸元のクロノスにそっと手を触れた。眩い光の粒子が、部屋を満たす白い霧の中に溶けるようにして消え去り、二人の身体は元の日本の女学生の制服へと戻っていく。

「ゲホッ、ゲホッ……! みなさん、前がまったく見えませんわ! 大丈夫ですか!?」

消火器を噴射し終えた令嬢たちが、激しく咳き込みながら、水分を孕んだ白い霧を払おうと手で扇ぐ。

徐々に白煙が薄れ、湿った空気が落ち着きを取り戻していく。

そこに先ほどまでいた光の戦士たちの姿は、影も形もなかった。代わりに、机やひっくり返った瓦礫の陰から、服や髪をわずかに水滴で濡らしたあかりと千代が、おそるおそる顔を覗かせた。

「みんなー! 助けに来てくれたんだね!」

あかりがわざとらしく大声を上げながら、千代の腕を引いて転がるように令嬢たちの元へ駆け寄る。

「あかりさん! 千代さん!」

令嬢たちは二人の姿を見つけるや否や、駆け寄ってその肩を抱いた。

「ご無事でしたのね!? 良かったですわ……! 先ほどの光の戦士の方々は一体……いえ、それより、お怪我はありませんか!?」

千代は胸元の懐中時計をそっと服の裏へ隠しながら、少しバツが悪そうに、けれど深く安堵した笑みを浮かべて頭を下げた。

「ええ、私たちは机の陰に隠れて身を潜めていましたので、なんとか無事です。みなさんが消火器で怪人の目を逸らしてくださったおかげで、助かりました。本当に……ありがとうございます」

「当然のことですわ。私たちは、あなた方を護るためにここにいるのですから」

令嬢たちは誇らしげに胸を張り、お互いの無事を喜び合った。

 

その様子を、呆然と床に座り込んだまま見つめていたアップルハイム。あまりの出来事に言葉にならない驚愕を感じていた。

 

3.科学者の宿命、そして新たな歴史へ

静まり返った研究所。破壊された機材と煤煙の向こうで、アップルハイムは力なく横たわるストラウスを見つめ、それからシラルドを振り返った。

「レオン。……我々は、これで本当に正しかったのだろうか」

変身を解いたあかりと千代、そして令嬢たちが静かに見守る中、アップルハイムの葛藤は、未だに消えてはいなかった。

シラルドは、壊れた窓から差し込むアメリカの眩しい太陽を見つめ、静かに答えた。

「ロビン。我々は今、人類の手には余るほどの圧倒的な力を持とうとしている。アカリさんが示した未来の通り、それは世界を変える光にも、地獄に落とす業火にもなる。……であれば、それが『光』となる道を目指すことこそが、我々研究者の宿命ではないかね」

アップルハイムは、自身の白い両手を見つめ、呟くように自問を重ねた。

「仮に私たちが今ここで軍事研究を止めても、いつか誰かがそこに到達する。結果は同じではないのか? もし、ナチスが先にそれを作れば、さらなる悲劇が世界を待っているのではないか……」

彼はストラウスを見下ろした。

「ストラウス……君のやり方は最低かもしれない。だが、この圧倒的な力に他の誰かが到達する恐怖を捨てきれず、迷い続けている私もまた‥‥君と同じくらい傲慢で、醜いのかもしれないな……」

答えなどすぐには出ない。だが、天才はノートに写された未来の子供たちの笑顔、そして目の前で自分たちを命がけで守ってくれたあかりたちの姿を、静かにその目に焼き付けた。

「それでも……私は、あの地獄の雲を、歴史に刻みたくはない」

 

数日後、アップルハイムをはじめとする核開発チームの主要な科学者たちは、連名で大統領へ宛てた極秘の建白書を提出した。

『核エネルギーの開発は兵器としてではなく、将来的な持続可能エネルギー、および動力資源としての利用こそが、最も合理的であり、長期的な国益にかなうものである』

 

ネガティブ・ミリタリーによって限界まで加速させられていた「原爆開発(マンハッタン計画)」の歯車が、天才たちの意思によって、今、静かに「平和のためのエネルギー開発」へとその方向を変え始めた。歴史の濁流が、確かに書き換えられていく。

 

 

【千代の目覚め】

交換留学を終え、日本へと引き返す帰路の客船。窓の外には、行きと変わらぬ果てしない太平洋の群青が広がっている。

激動の任務を終えた安堵からか、行きの猛烈な船酔いが嘘のように、あかりはベッドで無防備な寝息を立てていた。

 

千代はその穏やかな寝顔を静かに見つめながら、自らの胸の内に灯った、小さくも激しい思考の火をじっと見つめていた。

 

昭和十年の日本において、千代は常に「良き家庭の娘」であり、「模範的な女学生」として生きてきた。国や家が定めたルール、伝統という名の規範。それを寸分違わず正しく守ることこそが至上の美徳であり、人間が幸せに生きる唯一の道だと、疑うことさえなく信じ込んできたのだ。

 

しかし、あの異国の講義室で耳にした言葉が、今も千代の脳裏を激しく揺さぶり続けている。

当時、最先端の学問であった社会学――マックス・ウェーバーやシカゴ学派が提唱する、社会構造と個人のあり方についての冷徹な分析。

 

『私たちが「絶対の正義」と信じている道徳や規範は、時代や環境、文化によって容易に形を変える、不確実な幻に過ぎないのだ――』

 

頭を厳かに殴られたような衝撃だった。気づいてしまったのだ。自分が命がけで守ろうとしていた「日本の美徳」も、眩しいほどに浴びた「アメリカの自由」も、どちらかが絶対の正解というわけではない。世界には、時代と人の数だけ、異なる「正しさ」が存在している。

 

では、絶対の正解などないこの世界で、私は一体何を指標に生きていけばいいのだろう。

――その問いの矢印は、自然と、隣で眠る最も理解不能な存在へと向かった。

 

時任あかり。二十一世紀という、遥か先の未来からやってきた居候。

言葉遣いは騒がしく、ハンバーガーを口いっぱいに頬張り、お行儀の「お」の字も知らない。戦う姿を見ればテンションばかりが高くて、案の定すぐにすっころぶ。

本来の千代の物差しからすれば、最も関わってはならない、はしたなくてデタラメな人間のはずだった。

 

なのに、どうして。

どうして私は、あかりが転ぶとあんなに胸を締め付けられるほどにハラハラして。

あかりが屈託なく笑うと、胸の奥がこんなにも温かくなるのだろう。

出会って間もない彼女を、なぜこれほどまでに、命に代えても失いたくない「無二の親友」だと誇れるのだろう。

(私は……あかりが「正しいルールに従っているから」惹かれたわけじゃない)

千代の思考が、暗闇を切り裂くように澄み渡っていく。

 

(あかりが「完璧な人間だから」信じているわけでもない。規範が、国が、時代がどれほど違おうとも……そこに関係なく、確かに剥き出しで輝く「個人の尊厳」がある。理屈を超えて胸を打つ、「心のきらめき」がある)

 

私は、形骸化した過去のルールを守るための人形ではない。

あかりが、そして世界中の人々が、それぞれの足でしっかりと立ち、自分だけの笑顔を浮かべられる「未来」を護るために。そのために私は、パスト(過去)の力を授かったのだ。

 

差し込んできた朝陽が、寝返りを打ったあかりの髪を金色に染める。

それを見つめる千代の瞳には、かつてのような迷いはなかった。社会という目に見えない枠組みを超えて、一人の人間として生きる、千代の新しい人生が今、静かに動き始めていた。

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