チェンジヒストリープリキュア   作:RBうじざね

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『冷徹なロジックと、仲間への信頼』

満州の防衛線を見つめながら、永守鉄志は一人、煙草に火をつけて考えを巡らせていた。白く立ち上る煙の向こうには、凍てつくような広大な大地がどこまでも広がっている。

 

(……これは明らかに、独ソによる大義なき侵略戦争だ。だが、国際社会の目が厳しいこの時代、さらに『核』を本当に使えば、世界を敵に回す。まともな指導者なら、核はチラつかせるだけの外交カードにするはずだ。……だが、敵の背後にいるのが『まともな奴』じゃないとしたら……? 奴らの目的が、最初から世界そのものの『破滅』だとしたら?)

 

最悪の予測に、永守の脳裏を凍り付くような寒気が走り抜けた。

彼は眼下に広がる、欺瞞に満ちた理想郷——満州国を見つめる。そこは多くの血が流れ、今なお現地の人々の反発が渦巻く、泥にまみれた土地だった。

 

(分かっている。現地の人間から見れば、我々はどこまでいっても侵略者だ。その泥を、今さら綺麗な言葉で洗い流せるなどとは思わん。だが……ここには、その欺瞞と泥の歴史の真っ只中にあっても、『どうすれば国や立場を超えて、皆が手を取り合って生きていけるか』を、それこそ死ぬ気で考えている奴らがいるんだ)

 

永守の脳裏に、あかりや千代、創の姿が浮かぶ。

(あいつら次代の若者が『答え』を導き出す前に、この地を、未来の可能性を、みすみす悪魔の火で灰にさせるわけにはいかない……!)

 

満州の広大な最前線に、ズラリと部隊を展開する永守。

国民や関東軍の過激派は「今すぐ打って出て、敵の出鼻を挫け!」と血気盛んに息巻いていた。しかし、敵の狙いが完全に読めないこの段階で不用意に戦端を開くわけにはいかない。永守は「敵の意図を掴むまで、絶対にこちらから仕掛けるな。防衛線を維持し、局地的な警戒を厳守せよ」と、あくまで慎重な「様子見の不戦」を貫いていた。

 

当然、この「不気味な静寂」に対し、本国の東京では国会や新聞が「弱腰だ! 永守は何を怯えている!」と大騒ぎになっていた。

前線の兵士たちの間にもじりじりと焦燥と不穏な空気が流れ始めたその時、幕僚本部の電信室に、本国からの暗号電文が飛び込んできた。

 

ジリリリ、とけたたましく鳴る電信機からリボンをひったくり、翻訳されたばかりの用紙を読み上げたのは、同行していたあかりだった。

 

「永守さん! 東京の小田さんから電信です!『国内ノ焦燥及ビ暴論ハ、一切心配御無用。国会デ弱腰ダト騒イダ議員ドモハ、私ガ直接、全員論理的ニ叩キ潰シテ黙ラセタ。新聞社ノ横槍モ1ミリノ隙モナク抑エ込ンデアル。前線ハ本国ノ雑音ヲ気ニスル事ナク、最も高度ナ時間稼ギニ専念サレタシ』……だって! すごい、小田さん完全に東京を無双して抑え込んでる!」

 

あかりが弾んだ声で読み上げると、緊迫していた幕僚本部の将校たちの間に、ホッとしたような、あるいは小田の凄まじい「激詰」を想像して戦慄するような、奇妙な安堵感が広がった。

永守はフッと口元を綻ばせ、煙草の灰を落とした。

「フッ……相変わらず、後方を任せるにはこれ以上ない男だな。よし、これで余計な雑音は消えた」

 

背中を預けられる強固な仲間の存在に、永守のロジックはさらに研ぎ澄まされていく。

 

2.満州決戦前夜:現場の眼、天才の眼

幕僚本部の幹部部屋。その荷物に隠れて極秘裏に現地入りしたあかりと千代、それを護衛する創は、殺気立つ補給基地の片隅、積み上げられた木箱の影に身を潜めていた。

泥まみれになりながら重い物資を運ぶ、疲れ切った兵士たち。その中に、千代の目を釘付けにする一つの背中があった。

 

深く被った軍帽の隙間から覗く白髪交じりの後ろ髪、汚れた古い軍服。見間違えるはずがなかった。東京の長屋で、いつも自分を優しく見守ってくれていた父親の姿だった。

 

(お父さん……!)

千代は思わず声を上げそうになり、咄嗟に自分の口を手で押さえた。最前線の過酷な環境に胸が締め付けられるようだったが、泥にまみれながらも、力強く木箱を運ぶその確かな足取りを見て、千代の胸に「無事でいてくれた」という深い安堵が広がっていく。

 

そこへ、緊迫した面持ちで前線視察に通りかかった永守鉄志が、ふと足を止めた。

木箱の影から進み出た創が、直立不動で音もなく敬礼する。その気配に気づき、木箱を降ろした父親が振り返った。

 

「お前……創か!? なぜこんなところに……」

父親は目を見開いた。しかし、深く被った軍帽の庇と、戦場の重苦しい空気のせいか、創のすぐ背後——木箱の暗がりに、愛娘の千代が息を潜めていることには微塵も気づいていない。

 

創は父親の驚きを受け止めながらも、任務の厳秘を守るため、ただ鋭い眼差しで「今は語るな」と無言の合図を送った。

 

永守は、父親の胸の名札と創の顔を見比べ、すべてを察したようにフッと表情を和らげた。そして父親に歩み寄ると、その泥だらけの肩にそっと手を置いた。

 

「あなたが、立花少尉のお父上か。息子さんには随分と世話になっている。非常に優秀な男だ。日本の未来を預けられる、私の大切な部下の一人だよ」

 

雲の上の存在である総大将から直々に息子を褒められ、父親は一瞬呆然としたが、すぐに泥の手で不器用に向き直り、直立不動で必死に敬礼を返した。

「は、はっ! 恐れ入ります!」

 

我が子の立派な姿と永守の言葉に、父親の目頭がかすかに潤む。

その横顔を、物陰から涙をこらえながらじっと見つめる千代。極秘潜入の義務ゆえ、父親の前に名乗り出ることはできない。けれど、父親の無事な姿は千代の心にこれ以上ない温かい光を灯していた。

 

だが、前線の緊張感はすぐに彼らを現実へと引き戻す。

偵察隊が持ち帰った、国境線の向こうに展開する「独ソ連合軍」の不気味な配置図面が作戦机に広げられた。永守や将校たちが頭を悩ませているすぐ近くで、物資を運び終えて汗を拭うお父さんとその仲間のベテランの輜重兵たちが、その図面をチラリと盗み見て、ボソボソと呆れたように話し始めた。

 

「おい、見ろよあの独ソさんの並び……。あんな大軍勢をあんな狭い山道にギチギチに詰め込んじまって。物凄い大砲の数だけどよぉ……」

「馬鹿だなぁ、あんなことしたら後ろからの荷車が一切通らねぇぞ。飯や弾はどうすんだ? 俺たち現場の感覚からすりゃ、あんな配置、怖くて逆立ちしたってやれねぇよ。俺たちじゃあ、ああは運べねぇ。数日突っ立ってるだけで全員干からびちまう」

 

「——待て。今、何と言った」

 

鋭い声が響いた。振り返ると、永守鉄志が鬼のような形相で補給兵たちを睨み据えていた。お父さんたちは「軍務の邪魔をして申し訳ありません!」と慌てて縮こまったが、永守は机を叩いて詰め寄った。

「気にするな、言え! 現場の眼から見て、あの配置は何が異常だ!?」

 

お父さんは恐る恐る、長年泥にまみれて培ってきた「飯と弾を運ぶリアル」を口にした。

「は、はい……。あの布陣は、一見すると圧倒的な攻撃陣形ですが、数日以上の『持久戦』を完全に無視しています。まるで、一発ドカンと殴ったら、そのまま自分たちも消えてなくなるような……そんな、兵站の繋がっていない、スカスカの張子の虎に見えます」

 

その言葉を聞いた瞬間、永守の脳内で、バラバラだったピースがカチリと噛み合った。

世界を破滅させようとしている歪んだ黒い意志(ネガティブ・ミリタリー)の狂気と、目の前の異常な配置図。

 

(そうか……! 奴らの目的は『戦争に勝つこと』ではない。我々に引き金を引かせ、戦端を開くことで、自滅的に世界を焼き尽くすことだ。だから最初から、兵隊を維持するための『兵站』が、綺麗に消落している……!)

 

永守の目の色が、静かな「確信」へと変わった。これまでは敵を刺激しないための『受動的な警戒』だった。だが、ここからは違う。不戦こそが、奴らの目論見を根本から叩き潰す最大の攻撃手段なのだ。

 

永守はバッと創を見た。隣では、あかりの持つクロノスが不気味な闇のエネルギーの波動を捉えて激しく震えている。

「立花少尉! 貴官の計算で、敵が『物資切れで自滅する限界時間』を今すぐ弾き出せ!」

「はっ!!」

 

創が猛然と数式を組み立てる中、永守は前線の全部隊へ向けて、これまでの迷いを一切振り払った、魂を震わせるような新命令を伝達した。

 

「全軍に告ぐ! 敵の狙いは、我々に一発目の弾を撃たせること、その一点にある! 奴らは勝つつもりなどない、ただの飢えた狼だ! こちらから打って出る必要は万に一つもない。いいか、これより我が軍は、敵を殺さず、弾を当てず、ただ時間を稼ぐ『完全な持久戦』へと移行する! ギリギリまで耐えて、あいつらを一歩も進ませずに干からびさせろ! 持ちこたえれば、それこそが我々の完全なる勝利だ!!」

 

狂気の連鎖を断ち切るための、本当の「ロジックの戦い」が、今ここに幕を開けた。

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