チェンジヒストリープリキュア   作:RBうじざね

23 / 48
『岡谷邸の夜風、100年のバトンタッチ』

1. 日常への帰還、そして宴の羽音

 

満州での激闘から戻った数日後。岡谷邸は、まるでここまでの世界を揺るがす戦乱が嘘だったかのように、華やかな活気と祝祭の熱気に包まれていた。

台所からは出汁の芳醇な香りが漂い、廊下を行き交う人々の足音が賑やかに響く。だが、そんな祝宴の直前であっても、居間にはいつも通りバタバタと不器用にハタキをかけるあかりと、それを厳しくも温かい目で見守る千代の姿があった。

 

「あかり、そこ、まだ埃が残っていますよ。隅々まで丁寧に!」

「え〜! もう、千代ちゃん厳しすぎっ! 私、満州で世界を救った大英雄なんだよ!? ちょっとくらい大目に見てよ〜」

「それとこれとは話が別です。これから岡谷閣下が、私たちを労うために開いてくださる大切な祝宴なのですから、ちゃんとお掃除を終えなさい!」

 

ぷくっと頬を膨らませるあかりに、千代はふっと目を細めて微笑んだ。

今回の祝宴は、あかりと千代、そして護衛として命がけで戦った創たちの無事な帰還を祝い、主である岡谷が自ら席を設けたものだった。

大広間には、永守鉄志をはじめ、海軍の本山や米田までもが顔を揃えていた。彼らはみな、少女たちが「プリキュア」として世界の崩壊を食い止めた、真の救世主であることを知っている。軍務局長の小田だけは「現役の軍人が公に席を並べるべきではない」と不器用な理由をつけて姿を見せなかったが⋯。

 

大広間で、永守が少し硬い表情のまま盃を手にする。

「岡谷さん、我々のような軍幹部まで招いて、これからの日本の、戦後処理の現実的な話をすべき席ではなかったのですか……」

「まあええじゃないか、永守くん。今日だけは堅苦しい話は抜きだ。これはな、国のためでも、お前さんらのためでもない。――あの過酷な戦場から、世界を救って無事に戻ってきてくれた、あの娘たちのための宴だよ」

 

岡谷は、あかりがこの家に女中見習いとして働き始めたばかりの頃の、ある日の光景を思い出していた。

慣れない仕事に疲れ果て、薄暗い階段の下でへばりこんでいたあかり。それを上からそっと覗き込んだとき、あかりは胸元の不思議な懐中時計に話しかけていたのだ。

『もー、大変すぎ! 私、今すぐ自分の時代に帰りたい!!』

『まだダメ! やることちゃんとやってから帰してあげるから!!』

 

あの時、未来へ帰りたいと泣き言を言っていた少女は、過酷な運命から逃げ出さず、この時代の人間と共に戦い、確かに歴史の運命をひっくり返したのだ。

歴史が正しい軌道へ修正された。それはつまり、あかりがこの世界に留まれる時間が、もう残りわずかであるということを、岡谷は感じていた。

 

2. 突然の「その時」

 

祝宴が始まり、膳には溢れんばかりのご馳走が並んだ。

あかりは「美味しい、美味しすぎる!」と涙目になりながら、大好きな白米やおかずをこれでもかと口に放り込んでいく。千代はそんなあかりの姿を「お行儀良くね・・・」と言いつつも、どこか愛おしそうに、切なさを隠せない目で見つめていた。

彼女たちの凄絶な戦いを目撃してきた永守や創、本山たちも、目の前で美味そうに料理を平らげる少女の屈託のない笑顔に、ようやく張り詰めていた心が解きほぐされていくのを感じていた。誰もがこの賑やかで温かい時間を楽しんでいた。

 

だが――その時は、あまりにも唐突に訪れた。

 

「あ……れ?」

 

あかりの手から、ぽろりと箸が落ちて畳の上を転がった。

自分の両手を見つめるあかりの指先から、蛍の光のような、淡く美しい光の粒子がフワフワと抜け出し、夜の空気に溶けるように消えていく。その身体が、陽炎のようにかすかに透け始めていた。

 

『……あかり。未来が、君のいた100年後が、呼んじゃってる……』

 

あかりの胸元から、クロノスの悲しげで、どうしようもない諦めを孕んだ声が響く。

あかりは激しく首を振った。光の粒子が舞い上がる自分の手を、引き止めるように強く握りしめる。

 

「嫌だ……。私、帰りたいってずっと思ってたけど……。でも、今は帰りたくない、帰りたくないよ……っ!」

 

あかりの目から、堰を切ったように大粒の涙が溢れ出し、畳にポロポロと染みを作っていく。

 

「せっかく千代ちゃんと本当の友達になれたのに! 永守さんも、創お兄さんも、みんな無事に戻ってきて、これからなのに……! 私、千代ちゃんに家事とか、たくさん教えてもらったのに。みんなに守ってもらってばかりで、私、まだ何もお返しできてないよ……! もっとみんなと、ここにいたいよぉ……ッ!」

 

声を上げて、子供のように泣きじゃくるあかり。

世界を破滅から救った最強の戦士――キュアフューチャーの姿はそこにはなかった。ここにいるのは、ただの「大好きな友達や、みんなと離れたくない」と泣き叫ぶ、一人の無力な女の子だった。

その異変に、大広間を包んでいた宴の賑わいは一瞬で消え去った。

 

3. 千代の涙と、気高きロジック

 

泣き崩れるあかりの前に、千代はゆっくりと膝をついた。

千代の目にも、すでに溢れんばかりの涙が溜まり、その白い頬を伝って流れ落ちている。

これが未来人であるあかりとの永遠の別れであること。そして、歴史を救った奇跡の代償であることを、その場の全員が理解していた。

 

千代はあかりの光り輝く両手をそっと包み込み、泣き笑いのような、世界で一番優しい顔をして静かに首を振った。

 

「……何をおっしゃるのですか、あかり」

 

千代の声は、確かに震えていた。親友を失う悲しさに、胸は張り裂けそうだった。けれど、その言葉の芯には、立花千代という少女の、凛とした確かな気高さがあった。

「お返しなんて、もう溢れるほど貰いました。あなたが遥か先の未来から来て、この世界で私に出会ってくれた。それだけで……ただ決められた通りに生きるだけだった私の毎日は、全部眩しいほどに輝き始めたのです。あなたが、私に明日を信じる勇気をくれたのですよ」

 

千代はあかりの涙を指先で優しく拭い、その目をまっすぐに見つめ返した。100年の時を超える、確かな論理と愛情をその言葉に込めて。

 

「あかり。あなたは、あかりの時代を生きてください。……それが、私への一番のお返しです。100年後のその場所で、あなたが思いきり自由に、やりたいことをして、美味しいものをたくさん食べて、大切な人たちと笑っていること。それこそが、私たちがこれから命をかけて、この時代で作っていく歴史の、最高の『答え合わせ』なのですから」

 

「千代ちゃん……っ、千代ちゃん……!」

 

「だから、笑って帰ってください。……私の一番大切な、未来の友達」

 

千代のその言葉は、悲しい今生の別れなどではなかった。100年の時を確かに繋ぐ、最も合理的で、最も美しく強い「約束」だった。

 

「うん……! うん……っ! 私、千代ちゃんたちが遺してくれた未来で、いっぱい、いっぱい笑って生きる! 絶対に幸せになるからね……!!」

 

あかりは千代の胸に飛び込み、二人はお互いの存在を確かめ合うように、壊れるほど強く抱きしめ合った。

大人たちは、その二人の少女の気高き絆と美しい涙を、畏敬の念を抱きながら、ただ静かに見守っていた。

あかりに日本の未来を託された永守も、命をかけて彼女たちを守り抜いた創も、その背中を静かに震わせ、目から涙を溢れさせていた。

 

光の粒子が二人を包み込み、爆発的な輝きとなって激しく明滅する。

やがて、網膜を焦がすほどの眩い閃光が静かに収まったとき、広間の中心には、もうあかりの姿はどこにもなかった。

 

彼女のいた場所には、ただ、夜風に揺れるカーテンと、満ち足りた静寂だけが残されていた。

けれど、あかりがこの時代に遺していった「未来への希望」という名の光は、その場にいる全員の胸の奥に、消えない炎として、熱く、深く刻まれていた。

 

「あかり……」

 

千代は、ぽつりとその名を呟いた。胸の前に差し伸べられていた両手は、今はもう、ただ夜の空気を虚しく掴んでいるだけだった。

その時、手のひらに、カチリ、と硬質でどこか懐かしい重みが戻ってきた。

 

驚いて目元を拭い、手元を見つめる。

そこにあったのは、先ほどまで言葉を紡ぎ、自らをプリキュアへと変身させていた妖精クロノスの姿ではなかった。長年、千代が胸に抱き、いつしかその奇跡の力を宿していた、「母の形見の懐中時計」だった。

 

文字盤のガラスは涙に濡れていたが、時を刻む三本の針は、まるですべての役目を終えたかのように、ただ静かに、優しく秒針を進めている。

 

大広間にいる大人たちが、それぞれの涙を堪え、あるいは静かに拭いながら、あかりの去った空間を見つめている。誰もが言葉を失うほどの静寂の中、千代の耳の奥に、本当に小さな、けれど不思議なほど澄んだ風の鳴るような音が響いた。

 

(ありがとう……)

 

それは、あかりの声ではなかった。

もっと優しく、もっと深く、千代が幼い頃にいつも自分を包み込んでくれていた、記憶の底にある温もりによく似た、愛おしい響きだった。

 

千代はハッと息を呑み、愛おしそうに両手で包み込んだ懐中時計を、そっと胸元に抱きしめた。

 

「……お母さん?」

 

その問いに、時計が答えることはなかった。ただ、冷たくなっていた千代の指先をじんわりと温めるように、その懐中時計は、どこか母親の体温のような確かな温もりを放っていた。

 

なぜ、未来から来た少女が自分の元へ導かれたのか。

なぜ、この形見の時計が、自分を「明日を信じる戦士」へと変え、運命を切り拓く力を与えてくれたのか。

すべてを語る言葉は、この世界にはもう存在しない。けれど、千代は涙に濡れた瞳をゆっくりと上げ、夜風の吹き抜ける窓の向こう、満天の星空を見つめた。

 

あかりが帰っていった、遥か100年後の未来へ続く空。

そして、かつて自分にこの時計を遺し、すべての始まりをくれた人が、今も見守ってくれているかもしれない、優しい空を。

 

「……私、がんばります。あかりと約束した、素敵な未来を、この手で作ってみせますから」

 

千代の言葉に呼応するように、懐中時計の秒針が、チク、タク、と力強く次の「明日」を刻み始めた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。