『奇跡の去った世界で、知のバトンを』
2032年、東京郊外
ある大学の広大で近代的な講堂は、心地よい緊張感と、そこに集う学生たちの静かな熱気に包まれていた。
最先端の音響設備と、巨大なプロジェクタースクリーンへと、数百人の視線が一点に集まる。その薄暗い空間を切り裂くように、壇上のおごそかなマイクが声を響かせた。
「──次は、映像学部二回生、時任あかりさんの作品です。上映をお願いします」
これは映像学部の学生たちが、それぞれ独自の感性と徹底したリサーチで、社会や歴史を切り取った自主制作ドキュメンタリーの発表会だった。その中でも特に優秀、かつ独創的であると評価されたいくつかの映像作品を、学生自身の手で大スクリーンに上映し、その意図をプレゼンする栄えある場。
講堂の照明がゆっくりと落とされ、完全な静寂が訪れる。
直後、巨大なスクリーンに、鮮やかで、どこか温かい光を帯びた映像が流れ始めた。
最初に映し出されたのは、私たちが日々目にする、極めてありふれた、けれど最高に活気に満ちたキャンパスの風景だった。
楽しげに友人同士で談笑しながら歩く女子学生たち。車椅子に乗りながらも、同級生たちと肩を並べてごく自然に講義室へと向かう学生。肌の色も生まれ育った国も異なる留学生らしき若者たちが、同じキャンパスの芝生の上で、何ひとつ気後れすることなく、対等に、等しく笑い合っている──。
そこへ、少しはにかむような、けれど芯の通った「時任あかり」自身の、優しくも凛としたナレーションが重なった。
『私がこのドキュメンタリーを作ろうと思ったのは、地元の、ある小さな歴史資料館の片隅で、一枚の古いモノクロ写真と出会ったことがきっかけでした。
……私たちは今、男性も女性も、身体にハンディキャップのある人も、それぞれ全く違う背景や文化を持った人たちが、この大学という場所で、遮られることなく同じように学んでいます。大学だけではありません。街へ出れば、あらゆる人々が自らの意志で学び、働き、社会の中で当たり前のように活躍しています。
でも、こんな私たちにとって「空気」のように当たり前な景色は、決して、最初から当たり前に存在していたわけではありませんでした』
カメラのカットが、リズミカルに切り替わっていく。
熱心に社会問題についてディスカッションを重ねる企業のモダンなオフィス、車椅子のまま乗車できる公共交通機関、街を行き交う多様な人々。誰もが自らの尊厳を守られ、自分の意志でそこに立ち、前を向いて生きている姿。
『社会構造の変化や、技術の革新が世の中を便利にしてきた、という側面はもちろんあるけど、でも、それだけじゃない。システムがどれほど進歩しても、そこに生きる人々の「意識の壁」は簡単には崩れないからです。
やっぱり、歴史の陰で、気の遠くなるような時間をかけて、「この世の中を少しでも優しく、まっとうな場所へ変えよう」と懸命に努力してきた人たちがいたからこそ、今の私たちの毎日があるんだと思います。
……その、最初の一歩を刻んだ先駆者の一人が、立花千代(たちばな ちよ)さんでした』
画面は、セピア色に染まった激動期のモノクロ記録映像、そして、あかりが「出会った」という一枚の古い肖像写真へと移り変わる。
『これが、私が資料館で出会った、立花千代さんの写真です』
そこに写っていたのは、和服をまとい、息を呑むほど上品で静謐な佇まいでありながら、その瞳の奥に、決して誰にも折ることのできない、炎のような強い知性の意志を宿した一人の女性の姿だった。
『彼女は、昭和の動乱期に海を渡り、女性社会学者の先駆者として、後世にこんな言葉を遺しています──
「誰もが、自分の人生を自分で選べる社会をつくる。」
彼女がどのような人生を歩み、その歩みの中で世の中がどう変わっていったのか。私たちが生きるこの世界が、どうやって作られていったのかを、皆さんと一緒に、もう一度見つめ直していきたいと思います……』
暗転した講堂の最後列、映写機の放つ鋭い光の束がスクリーンを照らす中。
自らが紡ぎ出した映像を、祈るような、しかし確かな手応えを感じながら見つめていた一人の女子大生──時任あかりが小さく微笑んでいた。
◇
昭和11年~ 満州決戦後の世界――
歴史は、確かに変わった。
あの日、二人の少女が、そして多くの大人たちが命をかけて止めた絶望の未来。
本来なら日本を、そして世界を破滅へと誘うはずだった「太平洋戦争」は未然に回避され、日本は都市を灰燼に帰す空襲を受けることも、焦土の絶望に塗れることもなく、激動の国際社会の中でなんとか平和な着地を果たした。
けれど──。
奇跡の力を使い果たし、ファンタジーが去った後の「生身の現実」を生きることは、決して魔法のように甘く、安易なものではなかった。
大戦の完全な回避。それは、国際社会における日本にとって、あまりにも重い代償を伴うものだった。満州をはじめとする莫大で甘美な大陸の利権から自ら退き、それらを完全に手放すという、国家としては身を削るような外交的敗北と混迷。
その大きな動揺の中で、二度と引き返せぬ平和を維持していくための法的足枷として、不戦の誓いをその核心に含む、新たなる『日本国憲法』が他国からの強制ではなく、混迷する日本自らの手によって起草され、決定されていった。
かつての「侵略の道具」となる可能性を恒久的に否定するため、強大すぎた大日本帝国陸海軍は組織的に解体・再編され、専守防衛に特化した『自衛隊』へとその形を大きく変えていく。
だが、あの最悪の破滅をギリギリの淵で阻止した、永守や小田といった、文字通り国家の裏を支えた男たちが、安易な平和主義者に転換したわけでは決してない。
彼らは、他国を侵略し、復讐の連鎖を生むような軍事力の行使こそ厳しく慎むようになったものの、「いかなる時代であっても、国を守るための冷徹な安全保障と必要な戦力、そして冷酷な現実主義は絶対に必要である」という国防の信念を、生涯にわたって崩すことはなかった。
しかし、歴史の大きな歯車を歪めてでも守り抜いた新時代の変革を見届け、安堵するように、彼らもまた一人、また一人と表舞台から静かに姿を消していく。そう遠くないうちに、彼らもまた「激動の昭和」という歴史の激流の中へと消え去り、次世代に席を譲ることになるのだろう。
──海の向こう、欧州の地でも、私たちの知る歴史とは決定的に異なる「歪な均衡」が始まっていた。
ネガティブ・ミリタリーの不気味な力を借り、世界に先駆けて恐るべき核兵器の開発を進めていたナチス・ドイツだったが、あかりや千代たちの戦いによってその闇の力が消失したことで、急速に軍事的な優位性を失い、内部から脆く崩壊、ついに敗戦を迎えた。
その結果、ホロコーストをはじめとする、あのナチズムがもたらした数々の非道極まる歴史の闇が白日の下に晒され、彼らは国際社会から容赦のない、峻烈な審判を受けることとなる。ナチス軍は跡形もなく解体され、彼らが独占しようとしていた初期の核兵器も、連合国の手によって完全に、かつ永久に放棄されたのだ。
プリキュアの手が直接届かなかった欧州の歴史もまた、人間の手によって、全く別の選択をさせられていた。
しかし──それでもなお、人類の愚行は、形を変えて、場所を変えて繰り返される。
ファシズムの脅威が去った後、今度は西側自由主義諸国と、東側共産圏の間の対立が急速に激化。「冷戦」の時代が幕を開ける。
かつてドイツから初期の技術供与を受け、独自に研究を進めていたソビエト連邦が、西側諸国の脅威に対抗する自衛を名目に、突如として「核兵器保有」を公式に宣言。これに激しく動揺したアメリカ、イギリス、フランス、そして中国が次々と自国を守る盾として核開発に手を染め、皮肉にも、歴史の修正前とほぼ同様の核保有国たちが、世界地図の上に誕生してしまう。
ただ唯一、少女たちが懸命に戦ったあの日々がもたらした、決定的な「救い」があるとすれば。
世界のパワーバランスの歪みにより、地球上に存在する核弾頭の総数は、私たちの知る修正前の歴史よりも「圧倒的に少なく、かつ警戒レベルが極めて高い状態」に保たれている、ということだけだった。
日本は、世界の凄惨な戦禍をすんでのところで生き延びた国として、国際社会に対して「唯一の大戦未経験・平和国家」というクリーンな外交カードを強くアピールすべく、いち早く『非核三原則』を国是として掲げた。
だが、周囲を取り囲む赤い大国たちの核の脅威を前にして、非武装の理想だけで国家を守りきれるほど世界は優しくない。冷酷な国防上の判断から、自国の安全保障のため、日本は最終的にアメリカとの強固な「同盟」という道を選択せざるを得なくなる。
奪われた大陸の利権、失った力を取り戻すため、国家の多くのリソースを経済活動へと傾け、やがて日本は、あの奇跡のような高度経済成長の、眩しい光の中へと真っ直ぐに突き進んでいくのだった。
──変えられた歴史と、どうしても変えられなかった人間の、生存のための業。
それでも。
決定的に異なる、あまりにも大きくて偉大な真実が、この新しく紡がれた世界には、たった一つだけ残されていた。
──世界全体が、あの破滅のトリガーともなり得た未曾有の大戦を未然に回避し、人類は歴史上、一度も「核兵器という悪魔の火を、実戦で使用しなかった」ということ。
人類は、地獄の淵で、自らの理性の力によって踏みとどまった。
その厳然たる事実だけが、この過酷な戦後を生きるすべての人類共通の、何ものにも代えがたい「人類は、破滅を自ら回避できる」という大いなる『成功体験』として、世界中の人々の胸に深く、強く刻まれていた。
魔法の奇跡が去った、地続きの、泥臭い戦後。
巨大な大国たちの冷徹な思惑と、旧い時代の価値観の残響がそこかしこに渦巻くこの世界で。
今度はプリキュアという「天から与えられた力」に頼るのではなく、人間自身が自らの限界に挑みながら生み出した、本当の「知性」と「ロジック」を唯一の武器にして。
100年後の、あかりが生きるあの青い空の下へ、少しでも「優しい世界」を繋ごうとした
一人の社会学者と、一人の若き数学者の、文字通り人生を賭けた第二の戦いが、今ここから、静かに始まろうとしていた。