チェンジヒストリープリキュア   作:RBうじざね

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『哀しみの夜を越えて、パスト覚醒!』

【千代の家(長屋)の庭――深夜】

 

 妹を戦火で死なせたくないという絶望の闇に呑まれ、鉄の装甲をまとった怪人と化した創が、地響きを立てて咆哮した。巨大な大剣が夜闇を引き裂き、千代の目の前へと振り下ろされる。

 

「お兄ちゃん、やめて……っ!」

 

 恐怖に目を瞑った千代。しかし、どれだけ待っても衝撃は訪れなかった。

 恐る恐る目を開けると、そこには桜色の光を放つ不思議なドレスに身を包んだ少女――キュアフューチャーが、怪人の巨大な大剣をその小さな両手でがっしりと受け止めていた。

 

 見たこともない華やかな姿、そして常人離れしたその力に、千代はただ唖然と目を見張る。

 

「お兄さん、違うよ! あなたの妹はここにいる! あなたが守りたかった千代ちゃんは、今あなたの目の前にいるよ!!」

 

 フューチャーは気合の声を上げると、大剣を力任せに押し戻し、夜空へと高く跳躍した。

 月を背に舞う彼女の姿は、まるで絵草紙から飛び出した神仏のようにつややかで、同時に圧倒的だった。フューチャーは拳に未来の希望の光を宿し、怪人の胸元へと突撃する。

 

「ウ、ウオオオォォッ! 千代……千代を……渡さん……!」

 

「これ以上、哀しい力に振り回されないで! ――ハァァァッ!!」

 

 フューチャーの放ったまばゆい光の拳が、怪人の胸の装甲へと炸裂した。

 激しい光の濁流が怪人の巨体を優しく包み込んでいき、「千代……」という最後の掠れた声とともに、創の心を支配していた恐れと怒りの闇が完全に消し去られ、綺麗に浄化されていく。

 

 光の粒子が夜闇に消えていく中、千代はただただ、その奇跡のような光景に息を呑み、立ち尽くすことしかできなかった。

 

 ◇

 

 激しい戦いの光が収まり、静まり返った長屋の室内。

 キュアフューチャーの暖かな光に包まれて正気を取り戻した立花創は、畳の上に膝をつき、荒い息を吐いていた。異形の鎧は消え去り、元の端正な軍服姿に戻っている。

 

「お兄ちゃん……!」

 

 千代がたまらず駆け寄り、兄の身体にしがみついて涙を流す。あかりも変身を解き、肩の力を抜いて安堵の息を漏らした。

 

 長屋の片隅で行灯を灯し、三人はお互いの名前を名乗り、静かに話し始める。

 創の話によれば、二人の母親は数年前に病気で亡くなっており、軍人である父親は満州の最前線に赴任中。今はここ東京の下町で、兄妹二人きりで身を寄せ合って暮らしているのだという。

 

 あかりは意を決し、自分が二〇二六年の未来から来たこと、なぜ変身できたのか自分でもよく分からないことを、ぽろぽろと涙を流しながら打ち明けた。

 

「でも、あの資料館で……千代ちゃんの時計を見て、胸がすごく痛くなって……。千代ちゃんを守りたい。戦争なんて絶対に起こしたくない。そのために、私はここに来たんじゃないかって思うの……」

 

 創はあかりが持っていた歴史の教科書や資料集、レポートのメモをもう一度見つめ、軍人としての厳しい表情に戻った。

 

「……この未来の資料と、時任さんの存在は、あまりにも大きすぎる。個人の手に負えるものではない。明日は私が陸軍省へ行き、最も信頼できる上司である永守局長に話をしよう。拘束ではなく、それが君の身の安全を守るためでもある」

 

 緊迫した空気が流れる。しかしその時、静かな部屋に「ぐぅ〜〜〜っ」と、あかりの盛大なお腹の虫の音が響き渡った。

 

 創は思わず吹き出し、ふっと表情を緩める。

 

「……まずは晩ごはんにしようか」

 

「そうね。お腹が空いていては戦えませんもの。準備するわ」

 

 千代は顔を赤くするあかりを見て微笑んだ。

 

「あ、手伝うよ!」

 

 そう言って立ち上がったあかりだったが、令和の最新キッチンと違いすぎる戦前の台所に完全にフリーズしてしまう。ガスコンロもなければ、水道の蛇口の形も違う。結局、味噌汁に入れる大根と油揚げを不格好に雑に切るくらいしかできず、あとは千代がテキパキと竈(かまど)に火をくべ、料理を進めていく。

 

 特にあかりの目を引いたのは、重い鉄の蓋がついた丸いお釜だった。

 

「あ、それって羽釜!? 炊飯器のCMとか和食レストランの広告で見たことある!」

 

「ハガマ……? 普通のお釜よ? これでお米を炊くの」

 

 千代は不思議そうにジト目を向けながらも、慣れた手つきで吹きこぼれる泡を調節していく。

 

 やがて出来上がった夕食が座卓に並べられた。  麦の混じったご飯、大根の味噌汁、少しの漬物と梅干し。

 現代の彩り豊かな食卓と比較すると、どうしても貧相に見えてしまう。あかりが思わず微妙な表情を浮かべたのを見て、千代は少し身を硬くした。

 

「……やっぱり、未来の方のお口には合わないかしら?」

 

「ううん! そんなことないよ、いただきまーす!」

 

 あかりは慌てて笑顔を作り、お茶碗のご飯を一口、パクリと口に運んだ。  咀嚼した瞬間、あかりの目が丸くなる。

 

「ん……!? おいしい……っ! ただのご飯なのに、すごく甘くて、一粒一粒がしゃんとしてる! なんで……そうか、これが本当の羽釜炊きなんだ!

本物はこんなに美味しいんだね!」

 

「何か変なものでも入ってて?」

 

 予想外の絶賛に、千代は目を瞬かせる。

 

「ううん、美味しすぎてびっくりしたの! こっちもいただきまーす!」

 

 あかりは箸で梅干しを小さくちぎり、口に入れる。

 

「ぶふっ……! す、酸っぱい!! しょっぱい!! ……でも、すごく美味しい! 体に染みるっていうか……。あの、これも千代ちゃんが作ったの?」

 

「当たり前でしょう、他に誰がいるのよ。……お味噌も、お漬物も、お母さんに教わって私が漬けたの」

 

「すごーい! 千代ちゃん、天才! 料理上手だね!」

 

「あ、ありがと……」

 

 生まれて初めて受ける「未来の女の子」からの素直で大げさな大絶賛に、千代は戸惑いながらも、耳まで真っ赤にして嬉しそうに俯いた。

 

 あっという間に味噌汁も漬物も平らげたあかりは、空っぽのお茶碗を両手で持ち、少し身を縮こまらせながら申し訳なさそうに尋ねる。

 

「あの……ご飯のおかわりって、まだある……?」

 

「えっ? あ……もう白いところはないわよ。おこげなら、少し釜の底にあるかもしれないけれど……」

 

 少し火加減を失敗して焦がしてしまったのが、千代としては恥ずかしいようだ。

 しかし、千代がしゃもじで剥がしてくれた茶色いおこげを口に入れたあかりは、今日一番の笑顔を弾けさせた。

 

「おこげ、香ばしくて最高に美味しい……!」

 

 幸せそうに食べるあかりの姿を見て、千代の胸のトゲが、すっと溶けていくような気がした。

 

 ◇

 

 食事の後、二人で並んで洗い物を済ませ、近くの銭湯へと向かった。

 湯上がりの夜道を歩きながら、あかりは「学校では何を勉強してるの?」「普段はどんな遊びをしてるの?」と、ずっと千代にここでの生活を楽しそうに聞き続けている。

 

(あかりちゃん……。私を元気づけようとして、わざと明るく振る舞ってくれているのかな……)

 

 凄惨な未来の記録を見せてしまったことを、あかりが一番、心に病んでいるのかもしれない。あかりの不器用な優しさが、千代には痛いほど伝わってきた。

 

 長屋に戻り、千代の部屋に二つの布団を並べて二人は横になった。  昼間の大騒動が嘘のように、下町の夜は静まり返っている。

 

「ねえ、あかりちゃん。未来の国って、どんなところなの? 車が空を飛んだり――」

 

 もう少しあかりと話をしたかった千代だったが、隣の布団からはすでに「すー、すー……」と規則正しい寝息が聞こえてきた。

 

「あら、もう寝ちゃった。……ふふ、本当におっちょこちょいで、自由な人」

 

 少し残念そうに微笑みながら、千代があかりの寝顔を覗き込んだ、その時。  月明かりに照らされたあかりの目尻から、一筋の涙が静かに流れ落ち、枕を濡らすのが見えた。

 

 眠りの中で、あかりの小さな唇が「お母さん……」と、微かに震える。

 

 千代はハッと息を呑んだ。  自分たちの前に現れ、眩しい光で兄を救い、未来を変えると言い放った伝説の戦士・プリキュア。

 けれど、その正体は、自分と同じ十四歳の、突然知らない時代に放り出されて家族に会いたくて泣いている――ただの、傷ついた女の子なのだ。

 

 千代は布団に潜り込み、数年前に亡くなった自分の母親の、温かかった手のひらを思い出した。

 寂しくて、怖くて、それでも誰かのために笑おうとするあかりの痛みが、千代の胸に深く深く突き刺さる。

 

(私、お兄ちゃんに守られてばかりだった。だけど……)

 

 千代は布団の中で、ぎゅっと拳を握りしめた。  今度は自分が、この優しい未来の少女を支えたい。泣いているあかりを、私の手で守りたい。

 

 千代はそっと手を伸ばし、眠るあかりの手を握った。  小さな手だった。未来を変える戦士の手ではなく、自分と同じ十四歳の少女の手だった。

 

「……大丈夫」

 

 誰に向けた言葉だったのか、自分でも分からない。  けれどその夜、千代の胸には確かに一つの祈りが灯っていた――。

 

 ◇

 

 翌朝、どんよりとした曇り空の下、重厚な石造りの陸軍省の庁舎がそびえ立っていた。

 創に連れられ、あかりは緊張で体を硬くしながらその門をくぐった。千代は敷地の外、大きな柳の木の陰で、心配そうに二人の背中を見送ることしかできない。

 

 創の上司である幹部たちが集まる一室。

 あかりのカバンから出てきた「教科書」や「資料集」「レポートのメモ」が机の上に広げられると、部屋の空気は一瞬で凍りついた。そこにある『日本の無条件降伏』『東京大空襲による壊滅』という信じがたい記述を見た幹部たちは、一様に驚愕し、激昂する。

 

「バカな……! 我が皇軍が敗北するなど、どこの国の不届き者が書いた妄言だ! 貴様、ソ連か、それとも英米の回し者か!?」

 

 あかりはすべての荷物を幹部の部屋に置かれたまま没収され、窓のない無機質な隔離部屋へと連行されてしまう。容赦のない激しい詰問に、あかりは恐怖で身を震わせるしかなかった。

 

 ――その頃、庁舎の廊下では、もう一つの不穏な火花が散っていた。

 

 この当時の日本陸軍は、深刻な二大派閥の対立に揺れていた。

 ソ連を最大の脅威と見なし、精神力と武士道精神による一撃を重んじる【皇道派】。対して、中国大陸での戦況を睨み、国力を総動員した近代的な総力戦体制を目指す【統制派】。

 かつては軍の革新を目指して固い同志として手を結んでいた皇道派の重鎮・小田敏次郎と、統制派を率いる永守鉄志。しかし、目指す国家のビジョンの違いから決定的な亀裂が生じ、今や二人は軍を二分する激しい主導権争いを繰り広げていたのである。

 

 あかりが尋問されている部屋へと急ぐ統制派の重鎮・永守鉄志の前に、何人かの部下を引き連れた大柄な男が立ち塞がった。皇道派の中心人物であり、野生的な鋭い勘を持つ男――小田敏次郎だ。

 

 小田は不敵な笑みを浮かべ、通せんぼをするように永守を牽制する。

 

「おい永守、朝から何をごそごそと隠し事をしている。妙なガキを連れ込んだそうだな?

我が皇軍の行く末を決めるのは、机の上で陰謀を巡らせる官僚の仕事ではない。不満があるなら、いつでも堂々と拳を交えて議論してやるぞ」

 

 永守は一歩も引かず、威厳に満ちた冷徹な目を光らせた。

 

「……国家の舵取りは、感情だけでできるものではないよ、小田くん。どきなさい」

 

 永守は一瞥もくれず、小田の脇をすり抜けてあかりの部屋へ入った。

 そこであかりが涙を堪えながら必死に訴える「戦力差、物資のデータ、数字に裏打ちされた未来の破滅」を耳にした瞬間、百戦錬磨であるはずの永守の脳裏に、かつてない激震が走った。

 

 その時だった。

 

 小田敏次郎の熱狂的な思想に強く影響を受け、現状の軍に強い焦りと憤怒を募らせていたひとりの青年将校の心が、陸軍省に渦巻く陰謀の闇(ネガティヴ・ミリタリー)に完全に取り込まれてしまった。

 

「生ぬるい……生ぬるいぞ! 腐った上層部ごと、この国を俺が叩き直してやるーーっ!!」

 

 凄まじき咆哮とともに、青年将校の身体が黒い霧をまとい、巨大な大砲と鋼鉄の肉体を持つ怪物へと変貌した。爆発とともに壁を突き破り、陸軍省内部は一瞬で大パニックに陥る。

 

「くっ、過激派の暴走か……! 永守閣下、ここは危険です!」

 

 創や永守が軍刀を抜き、拳銃を構えて応戦するが、怪物の圧倒的な力の前に次々と弾き飛ばされてしまう。激しい爆風と硝煙が廊下に立ち込めた。

 

 尋問室から避難したあかりは、荷物があるはずの幹部の部屋へと走るが、その重い扉の前で愕然とする。しっかりと鍵がかかっており、びくともしない。ドアノブを必死にガチャガチャと回すが、開く気配はなかった。

 

「嘘……鍵がかかってて入れない! 時計があの中なのに……これじゃ変身できないよ……!」

 

 その頃、外で待っていた千代の耳にも、陸軍省の庁舎から響く凄ましき爆音と地鳴りが届いていた。建物の隙間から不気味な黒いオーラが噴き出すのを目撃し、千代の顔色が変わる。

 

「あかりちゃん! お兄ちゃん!」

 

 門番の憲兵たちが動揺して右往左往する隙を突き、千代は小柄な体を低くして、決死の覚悟で敷地内へ飛び込んだ。

 

 煙が立ち込める、崩れかけた廊下。

 あかりを探して走る千代の前に、突然、暴れる怪物の巨体が現れた。怪物が放った容赦のない衝撃波が千代を直撃し、その身体が激しく壁に叩きつけられる。

 

「千代ちゃん!! 嘘でしょ……逃げて、早く逃げて!!」

 

 廊下の奥から駆けつけたあかりが絶叫した。  激しい痛みに顔を歪めながらも、千代は這い上がり、怪物をまっすぐに見据えた。その瞳に、怯えは一切ない。

 

 頭をよぎるのは、昨夜、布団の中で寂しそうに涙を流していたあかりの横顔だ。

 

「あかりちゃんは……自分の世界へ、お母さんのところへ帰りたいはずなのに……! 私たちの悲しい未来を、命がけで守るために昨日戦ってくれた……!

だったら今度は、私が……私が、あかりちゃんを、お兄ちゃんを守る番なんだ!!」

 

 千代の「大切な人を守り、過去から未来へこのバトンを繋ぐ」という確固たる覚悟が、魂の底から爆発した瞬間――。

 

 千代の着物の懐にあった、お兄さんから「お守りだ」と預かっていた【ピカピカに輝く、本物の母の形見の懐中時計】が、突如として激しい黄金の光を放ち、浮かび上がった!

 

 時空を歪めようとする絶望の黒いオーラを、過去から積み重ねられてきた「確かな愛の想い」が完全に跳ね返す。

 千代の手の中で、母の形見の時計が、美しく気高い変身アイテムへとリライト(再構築)されていく。

 

 千代は溢れる光の中で、凛として時計を掲げた。

 

「プリキュア! タイム・リライト・プロトコル!!」

 

 清らかな光の衣が千代の身体を包み、長い黒髪が美しくなびく。  気品溢れる和モダンなドレスを翻し、百年の歴史を紡ぎ、未来へ繋ぐ二人目の戦士がここに誕生した。

 

「過去を尊び、今を紡ぐ! キュアパスト!」

 

「千代ちゃんが……プリキュアに……!?」

 

 あかりは自分の手を握りしめ、その気高い姿に目を見張る。キュアパストは静かに、しかし力強く拳を構えた。

 

「あかりちゃん、お待たせ。……私たちの未来は、私たちが紡いでみせる!」

 

 怪物の凄まじい突進を、覚醒したキュアパストがその華奢な両手で正面から受け止める!

 激しい火花と強烈な衝撃波が廊下に吹き荒れ、その余波で、鍵がかかっていた幹部の部屋の重い扉が、メリメリと音を立てて完全に吹き飛んだ。

 

「今だ……っ!!」

 

 あかりはそのチャンスを逃さず、硝煙の立ち込める室内に猛然と飛び込んだ。散らばった書類の隙間から、自分のカバンと、あの歪んだ銀の懐中時計をひったくるように奪還する。

 

「よしっ、戻ってきた! ……千代ちゃん、お待たせ! 私たち二人で、お兄さんたちを……この時代のみんなを守るよ!」

 

 あかりは壊れた扉から廊下へと飛び出し、手にした懐中時計を力強く掲げた。

 

「プリキュア! タイム・リライト・プロトコル!!」

 

 まばゆい未来の光が空間を包み込み、あかりの身体を戦士の衣装へと変えていく。光り輝く可憐なコスチュームを身にまとい、あかりは「キュアフューチャー」へと変身を遂げた。

 

「時を超えて、輝く未来へ! キュアフューチャー!」

 

 二人のプリキュアが、ついに並び立つ。

 未来を切り拓くフューチャーの躍動的なステップと、過去の想いを繋ぐパストの無駄のない美しい動き。初めてとは思えないほど息の合ったコンビネーションで、怪物の猛攻を次々と受け流し、反撃の拳を叩き込んでいく。

 

「「ハァァァァッ!!」」

 

 二人の放った圧倒的な光の濁流が怪物を包み込み、過激派の青年将校の心から闇を完全に消し去り、浄化する。

 

 その凄まじい奇跡の光景を、壁際に身を寄せていた永守鉄志は、眼鏡の奥の冷静な、しかし驚愕を隠せない目で見つめていた――。

 

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