チェンジヒストリープリキュア   作:RBうじざね

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『遠い汽笛、それぞれの旅立ち』

千代がアメリカへ旅立ってから、数年の歳月が流れた。

日本の軍組織は、永守鉄志と小田敏次郎が遺した緻密極まるグランドデザインに基づき、かつての肥大化した帝国軍の解体と、専守防衛に特化した「自衛の組織(のちの自衛隊)」への改組という、前代未聞の過渡期を着々と進めていた。

しかし、その激動の最前線に、かつて陸軍の双璧と謳われた二人の天才の姿は、もう並んでいなかった。

 

陸軍病院の一室。

窓から差し込むうららかな午後の光のなかに、ベッドに横たわる永守鉄志の姿があった。満州での極限の頭脳戦、そして帰国後の戦後処理という超人的な過労が、ついにその頑強な身体を深く蝕んでいた。

 

コンコン、と静かにドアがノックされ、私服姿の立花創が入ってくる。

 

「失礼します、永守さん。……お体の具合は」

 

静かに一礼する創の姿を見て、永守は薄く笑い、枕元に置かれていた眼鏡をかけ直した。

 

「ああ、立花くんか。見ての通り、一日中数字の計算もしなくていい、極めて退屈な日々だよ。……ところで、その格好は?」

 

軍服ではなく、体に馴染んだ仕立ての良い、しかしどこか質素なスーツ姿。その佇まいを見ただけで、永守の鋭い眼光がすべてを察したようにわずかに揺れた。

創は真っ直ぐに永守を見つめ、静かに、しかし二度と揺らぐことのない決意を込めて告げた。

 

「軍を、辞めることにしました。……教員検定を受け、春からは学校の教師になります」

「教師、か……」

「はい。満州から帰国した後、配属将校としていくつかの学校へ赴く機会がありました。そこで痛感したのです。どれほど強固な防衛線を築いても、どれほど完璧な社会システムを作っても、それを動かす『人間』の根底が狂ってしまえば、世界は簡単に闇に落ちる。あかりさんや千代が守ってくれたこの不戦の未来を本当の意味で繋ぐには、銃の撃ち方ではなく、次の時代を担う子供たちに『考える力』を教えることこそが、私の生涯の任務だと確信しました」

 

永守は少し驚いたように目を見開き、それから天井を見上げて、心の底から嬉しそうにフッと笑った。

 

「教師か。……なるほどな。お前らしい、堅実で最も合理的な選択だ。……そういえば、小田の奴も軍を辞めて、今度は政治家になるらしいぞ」

 

「小田さんが、ですか……? ……予備役に入られたとは聞いておりましたが」

 

まさか。創は思わず声を上げた。あの冷徹な合理主義の塊であり、大衆迎合の政治を最も嫌悪していた小田敏次郎が政界に進出するなど、天地がひっくり返ってもあり得ない話だと思ったからだ。

 

「ああ。あいつの頭脳と作戦能力は確かだが、新しく上に立った防衛幹部連中の、形ばかりの生ぬるい作文が我慢ならなくてな。『机上の空論に付き合っている暇はない』と、自分からさっさと予備役を申し出おった。だが、あんな傑物を遊ばせておくのは国家の損失だと、岡谷さん辺りが裏で仕掛けたらしい。『平和な国になるのは結構だが、今の議会はあまりにも国防に対して無知で、ぬるすぎる。小田という劇薬を放り込んで、日本の防衛論議のネジを根底から締め直せ』ということだろう」

 

想像を絶するその人事に、創は少し同情するような苦笑いを浮かべた。

「それが本当なら……議会の諸先生方も、実に同情申し上げます」

 

「全くだ。あいつの『激詰』は、並の精神力では持たんからな。国会がお通夜にならんといいがね」

 

かつての唯一無二のライバルであり、最後に再び手を組んだ無二の親友の姿を思い浮かべ、永守は本当に楽しそうに、かつてないほど人間味のある笑い声を上げた。ひとしきり笑ったあと、永守は静かに、しかし深く温かい視線を創へと戻した。その目は、かつての軍務局長としての冷徹さではなく、未来を見つめる一人の先達の優しさに満ちていた。

 

「教師か。……悪くない。敏が新しい国家組織のネジを締め、お前の妹がアメリカで新しい社会の仕組みを学ぶ。ならば立花くん、お前は次の時代を担う『人間』そのものを育てろ。……本気でやれよ」

 

その言葉の絶対的な重みに、創の背筋が自然と伸びる。

創は私服のままであったが、かつて永守という偉大な背中を追った一人の軍人として、指先の一ミリにまで意志を込めた、完璧で、美しく力強い敬礼を捧げた。

 

「はっ。本気で、生涯をかけて務め上げます」

 

それから間もなく――千代のアメリカ留学からの帰国を待たずして、永守鉄志は静かにこの世を去った。

 

臨終の間際、枕元で涙を流す岡谷啓示たちに、永守はいつも通りの淡々とした、けれどどこか満足げな口調でこう言い遺したという。

 

「……何を泣いているんです、岡谷さん。私は、あかりくんの持ってきてくれたあの『未来の資料』では、昭和10年に暗殺されて死んでいたはずの男だ。それに比べれば、ずいぶんと生き長らえさせてもらった。……十分ですよ」

 

窓の外から、新時代へと力強く向かう汽車が、祝福の汽笛を遠く遠くへ響かせていた――。

 

【小田敏次郎、国会無双】

永守の死と前後して、日本の政界には前代未聞の嵐が吹き荒れていた。

岡谷啓示に請われ、泥にまみれる覚悟で政界入りした小田敏次郎は、新設される「防衛組織(自衛隊)」の予算や法案を巡る審議で、その圧倒的な存在感を放っていた。

 

「委員長!!」

 

国会の答弁席で、小田は眼鏡の奥の眼光を凍りつくほど鋭く光らせ、演壇を叩いた。

 

「議員各位の防衛論議は、そもそも『他国が攻めてこない』という、何の根拠もない甘い前提――ただの希望的観測に立っている! 抑止力とは、感情論や理想論ではない。冷徹な数字とロジックだ! 万が一の事態に、我が国の防衛能力が数式的に機能するか否か、ただそれだけを議論しているのだ。感情論で国防の予算が削れる、平和が守れると思っている狂人がいるならば、今すぐその席を退きなさい。国家の生存を、あなた方の安っぽいお気持ちの道具にするな!」

 

論理の刃で一切の妥協を許さない小田の「激詰」は、綺麗事ばかりを並べ立てていた国会議員たちを文字通り木っ端微塵に粉砕した。

感情的な反論はすべてデータで叩き潰され、揚げ足取りの質問は一瞬で論理破綻に追い込まれる。小田は国会に凄まじい嵐を巻き起こしながら、新しい防衛の法的な基礎(新・日本国憲法の運用論)の道筋を、完璧な実務能力で力技で整備していった。

 

そして、防衛組織の骨組みが、二度と瓦解しないほど強固に組み上がったその日。

小田は、首相の座を退いて裏舞台から国家の舵取りを睨む岡谷の私邸を訪れ、応接間の机の上に、白無地の封筒を音もなく置いた。

 

岡谷が眼鏡をずらして視線で問うと、小田は不敵に、しかしどこか晴れ晴れとした笑みを浮かべた。

 

「岡谷さん、頼まれていた『国家のネジ締め』はすべて終わりましたよ。これから官邸へ向かい、現内閣へこの辞表を叩きつけてきます。あとは、あの真面目な実務連中にマニュアル通りにやらせればいい。私は政治家どもの、中身のない泥仕合には一分一秒たりとも興味がありませんのでね」

 

「……これからの日本には、君の頭脳がまだ必要だぞ、小田くん」

 

引き止める岡谷の声を背に、小田はコートを翻してサッと立ち上がった。

 

「私の役目は、永守の遺した不戦のロジックを、この国の法と予算に力技でハメ込むことだけです。骨組みはもうびくともしませんよ」

 

そう言って、去り際に一度だけ岡谷へ向け、傲慢ながらも確かな信頼の籠もった一礼を残し、小田は風のように去っていった。

 

永守が遺した設計図に、小田が現実の鉄骨をハメ込んだ。

こうして、陸軍の双璧と呼ばれた二人の天才は、誰も知らない歴史の裏側でその役割を終え、日本の表舞台から静かに姿を消したのだった。

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