【陸軍省・永守の執務室】
戦いが終わり、変身を解いたあかりと千代、実の兄である創(はじめ)の3人は、永守に呼び出されていた。
永守は机の上に置かれた未来の教科書を見つめ、静かに息を吐く。
永守
「時任くん、そして立花くん。これほどの超常的な存在を陸軍内に留めておけば、皇道派の過激な連中や、あるいは我が統制派の人間であっても、必ず政治的・軍事的に利用しようとするだろう。それはかえって、君たちの身を危険に晒すことになる」
永守はあかりに向き直ると、没収されていた「懐中時計」を優しく手渡した。
永守「変身に必要な時計は君たちに返す。だが、この教科書などの未来の遺物は、国家の安全のため、そして何より歴史の不必要な改変を防ぐために、こちらで厳重に預からせてほしい」
あかりが「はい……」と頷くのを見届け、永守は創の前に歩み寄り、その肩をポン、と力強く叩いた。
永守
「立花少尉。表向きには目立たないよう、信用できる護衛を密かにつけてやる。今日は二人を連れて自宅へ帰りなさい。追って私から連絡する。……二人を頼んだぞ」
創は敬礼し、引き締まった表情で背筋を伸ばした。
「はっ! 了解いたしました!」
永守の眼差しには、部下への深い信頼が宿っていた。
【千代の家(長屋)――夜】
激動の一日を終え、下町の夜が再び静かに訪れる。
長屋の布団の中で、あかりと千代は横になりながら、昼間の興奮が冷めやらない様子で天井を見つめていた。
未来の世界にある「スマートフォン」や「新幹線」の驚くべき話、昭和の街の不便だけど温かい暮らしのこと、お互いのこと。二人は言葉を交わすごとに、少しずつ心の距離を縮めていく。
しばらくして、会話がふっと途切れた時、千代は少し照れくさそうに顔を背け、蚊の鳴くような声で口を開いた。
千代「……あのさ。私のこと、これから『千代』って呼び捨てにしていいわよ。私も、あなたのこと『あかり』って呼ぶから。その方が……その、これから一緒に戦う相棒として、効率的でしょ?」
クールを装いながらも、耳まで赤くしている千代。
その不器用な優しさに気づいたあかりは、布団の上をごろごろと転がって千代の顔のすぐ近くまで顔を寄せ、満面の笑みを浮かべた。
あかり「うーん! やっぱり私は『千代ちゃん』って呼びたいな!」
千代「えっ……? な、なんでよ、呼び捨ての方が簡単じゃない」
あかり「だって、千代ちゃんは真面目で、凛としてて、すっごくカッコいいでしょ? でもね、『千代ちゃん』って呼んだ方が、ちょっと可愛いでしょ? 大切な相棒だから、私は千代ちゃんね!」
千代「なっ……! か、可愛さなんて要らないわよ! ……もう、好きにしなさいっ!」
千代は完全に顔を真っ赤にし、抗議の声を上げると、プイと後ろを向いて勢いよく布団を頭まですっぽりとかぶってしまった。
布団の丸い塊を見つめながら、あかりは優しく微笑む。
あかり「ふふ、おやすみ、千代ちゃん」
布団の中から、小さく「……おやすみ、あかり」と、かすかな声が返ってくる。
窓の外では、静かに夜風が揺れていた。二人の絆が、本当の意味で結ばれた、そんな記念すべき始まりの夜だった。
大人の密談「タヌキと天才」
【首相官邸・総理執務室――翌朝】
朝霧がまだ残る時刻。陸軍省から首相官邸へと、お忍びで足を運ぶ永守鉄志の姿があった。
内閣総理大臣・岡谷啓示(おかや けいじ)の前に座り、永守は昨日陸軍省で起きた怪物の急襲、そして時任あかりが持つ「未来の敗戦の記録」について、すべてを淡々と打ち明けた。
常人なら鼻で笑うような突拍子もない話。しかし、岡谷は永守が「冗談や嘘で人を動かす男ではない」と誰よりも知っていた。
岡谷は深く煙草の煙をくゆらせ、灰皿を見つめたまま、いつになく真剣な面持ちになる。
永守はあえて困ったように息を吐きながら、お茶に目を落とす。
「……あの少女をどうすべきか、頭を痛めております。軍で囲えば、必ず皇道派の血気盛んな若造どもが『未来のデータ』を求めて奪いに来る。しかし、放り出すわけにもいかない……。実に、妙案が浮かびませんな」
――その実、永守の脳内ではすべての計算が完了していた。
(軍から遠く、かつ皇道派が手出しできない絶対的な権力。そして、奇妙な未来人を『ただの子供』として受け入れるだけの度量を持つ男……。この日本で、彼女を隠せる場所は『ここ』しかない)
永守は、岡谷がどう動くかを完全に読んで、この話を持ち込んでいた。
それを受けた岡谷首相は、フッとすべてを見透かしたような、老獪なタヌキの笑みを浮かべる。
――岡谷もまた、永守が自分を「利用」しようとしていることに気づいていた。そして、永守のその冷徹な計算の裏に、「一人の少女を軍の犠牲にしたくない」という、彼なりの不器用な誠実さがあることも、とうに見抜いていた。
岡谷ら笑みを崩さぬまま、煙草を灰皿に押し付ける。
「ふむ。満州からの孤児の面倒なら、私も慈善事業で何度か見たことがある。……永守くん、その子は我が家で預かろう」
永守
「ほう……」
岡谷
「ここなら皇道派の連中も簡単には手が出せん。『満州育ちで内地のことをあまり知らない、身寄りのない哀れな孤児』ということにして、我が家の女中見習いとして働かせながら、立花少尉の妹さんと同じ学校へ通わせる。……どうだね?」
永守はわざとらしく、ふぅと深く安堵したように頭を下げた。
永守
「それは妙案ですな。さすが岡谷先生、助かります」
岡谷はニヤリと笑い、永守を指さす。
「……永守くん。君は最初から、私にその『妙案』を言わせるつもりでここへ来たね?」
自分の計算が完全に読まれていたことを知り、永守は今度は政取り繕うのをやめ、降参の苦笑を漏らした。
永守
「……はは。やはり、先生にはかないませんね」
岡谷
「ふん、生意気な奴め。だが、いいだろう。その未来の教科書とやらに、私が女中部屋に隠れて生き延びるなんて不名誉な歴史が載っているなら、なおさら書き換えてもらわねばならんからな」
こうして、あかりの身柄は岡谷首相が直々に保護することに決定した。
さらに岡谷は、悪戯っぽく目を細める。
岡谷
「立花少尉も、妹たちが心配だろう。彼を私の私邸の警護メンバーの一人に編入するよう手配してもらえるか?これなら公然と、かつ自然に二人をサポートできる。……これで文句はあるまい?」
永守
「――完璧な布陣です」
天才とタヌキの密談により、未来の戦士を護る絶対の城が完成した。
【数日後――岡谷邸の前】
青く澄み渡った昭和の空。
大きな門の前に、少し緊張した面持ちのあかりが立っていた。その横には、凛としたセーラー服姿の女学校の制服に身を包んだ千代と、同じく警護の制服姿でビシッと佇むお兄さん、創の姿がある。
千代
「あかり、準備はいい? これから忙しくなるわよ」
あかり
「うん! お手伝いも勉強も、未来のために全力でがんばる!」
あかりは振り返り、二人に満面の笑顔を向けた。
歴史の濁流を止め、誰もが笑って眠れる100年後の未来へバトンを繋ぐため――。
時任あかりの、優しくも、賑やかで激動の「昭和での新生活」が、今ここからスタートするのだった