【岡谷邸・母屋――休日の午前】
激動の出会いから数週間。休日の岡谷邸に、あかりの様子を心配した千代が訪ねてきていた。
玄関先で出迎えてくれた先輩女中が、お茶を淹れながらクスッと微笑む。
先輩女中
「時任(ときとう)さん? ええ、最初は雑巾の絞り方も知らないし、生真面目にお辞儀したと思ったら襖に頭をぶつけるしで、どうしようかと思ったけれど……最近は一生懸命、少しずつ馴染んできているわよ。でもね、時々変な言葉を使うの。『これ、マジでエモいです!』なんて、どこの地方の訛りかしらねぇ?」
千代(ホッと胸をなでおろしつつ、苦笑いして)
「あ、あはは……。満州の、かなり奥地のほうの言葉(?)なんだと思います……。お騒がせしてすみません。ちょっと様子を見てきますね」
あかりが与えられた、敷地の奥にある離れの部屋。
「あかり、入るわよ」と、千代が何気なく襖を開けた瞬間――彼女の安心感は音を立てて消し飛んだ。
【あかりの部屋】
千代
「……ッ!?」
目の前に広がっていたのは、まさに「異界」だった。
令和から持ち込み「役に立たない」と没収を免れたアクリルスタンド、クリアファイルやキーホルダー、脱ぎ散らかした現代の私服や靴下、万年床のようになった乱れた布団。さらには、岡谷首相から「これ、美味いぞ」とこっそり貰ったらしい、高級和菓子の包み紙や落雁の粉が畳の上に散乱している。
当の時任あかりは、その混沌の中心で、お煎餅をボリボリと齧りながらのんきに手を振った。
あかり
「あ、千代ちゃん、おはよ〜! 今日お休みだからさ、ちょっと実家の部屋っぽくセッティングしてみたんだ〜」
千代は額に青筋が浮かび、眉がピキピキと震える…
「……あ、あかり?」
あかり
「ん? どうしたの、そんな青い顔して――」
千代
(背後に激しい大悲の炎を背負い、大喝!)
「なんたる事ですか!!! 仮にも我が国の宰相、岡谷先生の邸宅に居候させていただく身に余る光栄を受けながら、自分の身の回りすら整えられないとは! これでは未来の国の人ではなく、ただの怠け者です! 日本女子として、この私が一から鍛え直して差し上げます!!」
あかり
「ひゃ、ひゃいぃぃっ!?」
ここから、千代の容赦のないスパルタお掃除大作戦が始まった!
千代
「まずその怪しげな板(アクスタ)を箱にしまいなさい! 布団は叩いて干す! 畳の目に沿って箒をかける! ほら、手が止まっていますよ!」
あかり
「は、はいぃっ! 隊長、目がマジです!」
ノリノリになった千代の猛攻は部屋だけにとどまらない。
あかりの手首を掴み、雑巾とバケツを持たせたまま、邸宅中を引きずり回していく。長い廊下の雑巾がけ(一往復半)、使用人たちの共同風呂の湯垢落とし、さらには薄暗い厠(かわや)の隅々まで、徹底的に磨き上げさせる。
あかりは廊下の床にへばりつき、雑巾を持ったまま白目を剥いて
「千代ちゃん……もう、もう指一本動かないよぉ……昭和の家事、労働量が平成・令和の3倍はあるよぉ……」
千代
「甘えてはなりません! 部屋と廊下と風呂と厠が終わっただけです。次はお庭の草むしりです!」
あかり
「うそでしょーーーー!? 岡谷邸、広すぎーーー!!」
【下町の通り――午後】
あかりが絶望の悲鳴を上げたその時――。
遠くの街の方から、「ドカーン!!」という凄まじい爆発音と、人々の悲鳴が響き渡った。
あかりはガタッと立ち上がり
「この不気味な気配……闇の力(ネガティブ・ミリタリー)だわ!」
千代
「行きましょう、あかり!」
二人が現場へ駆けつけると、そこには街の頑固な一般市民とちょっとした口論になり、「我が軍の威厳を汚された!」とプライドを傷つけられて憤激した、血気盛んな若手将校がいた。彼の歪んだエゴが闇に取り込まれ、巨大な手押し車と銃剣を合体させたような怪物と化して暴れ回っている。
あかりはへとへとになりながらも、懐中時計を掲げる!
「……体に乳酸が溜まってるけど、やるしかない! プリキュア! タイム・リライト・プロトコル!」
二人は光に包まれ、キュアフューチャーとキュアパストに変身を遂げる。
しかし、あかりは午前中のスパルタ掃除のせいで足元がフラフラだ。
キュアフューチャー
「うう、腕が上がらない……っ!」
怪物が突進してくる。その時、キュアパストが庭箒を鮮やかに構え、鋭い視線を向けた。
キュアパスト
「フューチャー、お掃除の応用よ! 腰を落として、箒で塵を掃うように敵の攻撃を受け流すの!」
キュアフューチャー
「えっ!? お、お掃除の応用……!? よしっ!」
フューチャーは、パストの凛とした身のこなし(先ほどの雑巾がけのステップ)を思い出し、怪物の大振りの一撃を華麗なスライディングで回避! そのままパストが箒型のエネルギーワークで怪物の足元を「サッ!」と払い、体勢を崩させる。
キュアフューチャー・キュアパスト
「今よ! ハァァァァッ!!」
二人の息の合った、文字通り「街の汚れを清める」ような鮮やかな連撃が炸裂。眩い光の濁流が怪物を包み込み、若手将校の心を綺麗に浄化して、元の姿へと戻した。
【岡谷邸・離れ――夕方】
変身が解け、なんとか岡谷邸に戻ってきた二人。
あかりは畳の上に文字通りスライディングする勢いで倒れ込み、大の字になった。
あかり
「ふぅ……未来を護るって、本当に体力勝負だね……。今度こそ、おやすみなさーい……(バタンキュー)」
完全に意識を手放そうとするあかり。しかしその枕元に、影が落ちる。
そこには、一ミリも乱れていない美しい姿勢で、庭箒と一対の軍手を手にした千代が、夕日を背に不敵な笑みを浮かべて立っていた。
千代
「さあ、あかり。まだ『お庭』の草むしりが丸々残っていますよ? 今日中に終わらせないと、明日の朝食の麦飯の量を減らします」
あかりはバッと飛び起き、絶望の表情で
「うっそーーーーーー!!!(涙目)」
下町の夕焼け空に、未来の戦士の哀しい悲鳴が、こだまするのだった。
『人たちの渇き、未来という名の絶望』
【首相官邸・地下会議室――午後】
先ほどまでの下町の賑やかさ、そしてプリキュアたちの瑞々しい戦闘の熱量とは一転して、そこは重々しい沈黙が支配する空間だった。
紫煙が立ち込める薄暗い会議室。内閣総理大臣・岡谷啓示、陸軍の永守鉄志、そして数人の信頼できる部下の将校たちが、時任あかりが持ち込んだ「未来の歴史教科書」のコピーを前に、険しい表情で頭を悩ませていた。
永守はこめかみを指で強く押さえ、長く重い息を吐く。
「……確かに、驚くべき資料だ。だが、所詮は子供の学習用。歴史の大きな流れは分かっても、技術的な詳細や、具体的な戦術は何も書かれていないに等しい。 だが……この『核兵器』という悪魔の発明が、未来の世界における軍事秩序のすべてを作っていることだけは間違いない。……我が方の研究はどうなっている」
苦渋の表情で頭を下げる将校
「研究は進めておりますが……目立った成果の報告はありません。物資も、予算も、あまりに足りなすぎるのが現状です」
永守は眼鏡を外し、机の上に広げられた『広島・長崎の惨禍』のページを凝視した。
永守
「この先、核を持つ国が世界を支配する。ならば……広島や長崎で起こったというあの災厄も、我々が『先に』それを持てば防げるのではないか? 力を持たねば、未来の日本は列強の属国だ。国が弱くては、国民は守れん」
「日本を守るために、他国より先に核を持つべきだ」
それは軍人として、国を守る立場として、あまりにも冷徹で正当な防衛ロジックだった。しかし、それを語る永守の顔はかつてない苦渋に満ちている。自らが手にしようとするその「力」が、引き金を一歩間違えれば、この国どころか世界そのものを滅ぼすボタンになる可能性があることも、未来のデータは残酷に示唆しているからだ。
答えの出ない、未来という名の絶対的な絶望。
押し潰されそうな沈黙の中、書類を見つめたまま動けない永守の肩を、岡谷首相が静かに、しかし引きずるような重みをもってぽんと叩いた。
岡谷
「永守くん。力は確かだが……あの兵器の恐ろしさは、単なる破壊力だけではない。国を汚し、何十年も未来の子供たちの身体まで蝕み、文字通り国を滅ぼす。……そもそも、あれは『人』が扱っていい力なのかね」
永守は何も答えられず、ただ唇を噛みしめる。
岡谷はいつもの好々爺とした、しかしどこかすべてを悟ったような寂しげな笑顔を浮かべた。
岡谷
「休める時は少し休め、永守くん。そのような顔をしていては、肝心な時に頭が回らんぞ」
永守は自嘲気味に、力なく笑いながら答える。
「……分かってはいるのですがね、岡谷さん。……しかし、我々には、あとどのくらい、時間が残されているんでしょうね」
迫り来る「歴史のタイムリミット」への目に見えない恐怖。
大人たちの静かな呟きは、立ち上るタバコの煙の中に消えていった。
【岡谷邸――夕刻】
夕刻近く、岡谷首相は疲れ切った足取りで自邸へと戻ってきた。
玄関では女中や側近が出迎えるが、いつもなら「おかえりなさーい!」と空気を読まずに元気よく飛び出してくるはずの、あの賑やかな未来の少女の姿がない。
岡谷
「おや……あの新入りのお嬢ちゃんはどうしたかね?」
先輩女中は困ったように、しかしどこか微笑ましそうに視線をそらしながら
「それが……その、お庭を……」
不思議に思った岡谷が、外套を脱ぎ、縁側から庭へと足を向ける。
引き戸を開けた瞬間、岡谷は小さく目を見張った。
そこには、夕日に照らされて、見事に隅々まで綺麗に掃き清められた、息をのむほど美しい日本庭園が広がっていた。数日前まで少し荒れていたはずの雑草は一本残らず毟り取られ、落ち葉ひとつ落ちていない。
そして、その庭の隅――大きな庭木の根本だった。
あかりと千代が、大きな竹ほうきを互いの腕にしっかりと抱えたまま、お互いの肩を寄せ合って、すやすやと仲良く眠っていた。あかりの頬にはうっすらと泥がついており、いつもきっちりと結ばれている千代の髪も少し乱れている。
その、あまりにも無防備で、あまりにも愛らしい「未来の希望」たちの寝顔。
数時間前まで「核兵器で世界が滅びるかもしれない」と、暗い地下会議室で世界の終末に頭を悩ませていた岡谷首相の顔から、すうっと緊張のベールが剥がれ落ちていく。
岡谷は目元を優しく緩め、声のトーンを落としてつぶやく。
「……フフ、あちらもずいぶん、お疲れのようだな」
岡谷は、後ろに控えていた先輩女中に「風邪をひかせるなよ」と静かに告げた。そして、小さな二人の戦士を起こさないよう、ゆっくりと、静かに足音を忍ばせて自分の部屋へと戻っていった。
一国の総理大臣が、そんなにも優しい目で見守ってくれていたことにも気づかず――。
あかりと千代は、昭和の柔らかな夕暮れの風の中で、お互いの体温を感じ合いながら、静かに、そして幸せそうな寝息を立て続けるのだった。