チェンジヒストリープリキュア   作:RBうじざね

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『ひぐらしの坂道、届かぬ願い』

1.ひぐらしの坂道、届かぬ願い

ミーン、ミーン、ミーン……。

東京の夏の夕暮れは、じっとりと肌にまとわりつくような湿気に満ちていた。女学校の放課後、坂道を下るあかりと千代の影が、赤橙色の夕日に長く伸びている。

あかりはセーラー服の襟元をパタパタと扇ぎながら、ふと思いついたように千代の顔を覗き込んだ。

「ねえ、千代ちゃん。……この時代にも、夏祭りってあるの? その、花火をやったりとか」

「ええ、もちろんあるわよ。神社や大師様の参道に、ずらりと出店が並んでね。夜になると、夜空を焦がすような大きな花火が上がるの」

千代は歩みを緩め、遠い目をした。まだ世の中がこんなに殺気立つ前、優しかった母に手を引かれて歩いた、賑やかなお祭りの匂いを思い出す。 「ふーん、やっぱり花火は変わらないんだねー」

あかりは眩しそうに空を見上げ、それから満面の笑みを千代に向けた。

「いいな、夏祭り! 私、千代ちゃんと一緒に見に行きたいなー。浴衣とか着て、美味しいもの食べてさ!」

「えっ……」

千代は足を止め、あかりの無邪気な瞳を見つめた。

(私も……。私も、あかりと一緒に見たい。戦いのことなんて全部忘れて、ただの女の子として、あの綺麗な光を見上げられたら、どんなにいいか――)

千代の胸の奥から、切ない本音が溢れそうになる。しかし、彼女はそれを静かに飲み込んだ。自分たちは歴史の濁流の真ん中にいる。明日をも知れぬ戦いの中にいるのだ。

「……そうね。いつか、全ての戦いが終わったら、きっと行きましょう」

千代は寂しげに、けれど確かな温もりを込めて微笑み返した。あかりはその言葉の裏にある微かな陰りに気づかぬまま、「約束だからね!」と元気よく小指を差し出すのだった。

 

2.8月の作戦会議、早すぎる「2.26」

数日後。

涼やかな風の通る岡谷首相の私邸の一室だが、そこに流れる空気は氷のように冷え切っていた。

「……やはり、歴史のタイムラインが限界まで加速している」

永守鉄志が、卓上カレンダーの『8月』のページを、細く白い指先でトントンと叩いた。その前には、神妙な顔をした創、そして女学校の制服姿のあかりと千代が立っている。 「あかりさんの持ってきた『昭和史』の記述では、彼らの蜂起は雪の降る2月のはずでした」

創が苦渋に満ちた声を絞り出す。

「半年近くも前倒しだ。黒幕(ネガティブ・ミリタリー)の汚染が、青年将校たちの焦燥感を異常な早さで煽り立てている」

「先日、軍の会議で声を荒らげていた幹部の背中から、一瞬だけ『黒い炎』が見えたと兄から伺いました。クロノスも、その時からずっと怯えるように針を震わせています。……間違いありません。今夜、来ます」

千代の言葉に、あかりは千代の肩をぽんと叩いた。

「大丈夫だよ、千代ちゃん! こっちには永守さんが分析してくれた、敵の弱点データがあるもんね!」

永守は眼鏡のブリッジを人差し指で静かに押し上げ、ふっと不敵な笑みを浮かべた。

「ああ。前回の未遂に終わった相川事件の戦闘、および君たちのデータを詳細に分析した。奴らの汚染度合いには明確な段階がある。そして何より、闇のエネルギーは『急激な強い光』を浴びると、肉体的なダメージは受けずとも、確実に精神の制御システムが動揺し、動きが一瞬完全に停止する。軽度の汚染なら、君たちの力を借りずとも我々で戦えるはずだ。」

永守は立ち上がり、窓の外の闇を見据えた。

「万が一の備えは全て終えた。小田が皇道派の本隊を抑え込んでいる今、黒幕に操られて今夜決起する兵士は100人未満だろう。勝てるよ、我々の戦術なら」

3.夏の夜の急襲、そして「白い花火」

同日、夜。岡谷首相の自邸。

昼間の暑さが嘘のように、じっとりと重く蒸し暑い闇が敷地を包んでいた。

ザッ、ザッ、ザッ……。

漆黒の闇の中から、軍靴の音が近づいてくる。数十名の兵士たち。彼らの目は一様に赤く淀み、正気を失った手で無言のまま軍刀を握りしめていた。

「……国を……正すのだ……売国奴を……倒せ……」

うわ言のように呟く兵士たちが、いよいよ邸宅の門をくぐり、庭へと侵入しようとした、その瞬間だった。 ――カァッ!!!!突如として、夜の闇が爆発した。

庭の木々や物陰に巧妙に隠されていた、大型の軍用サーチライト数基が一斉に点火されたのだ。猛烈な、文字通り昼間をも凌駕する純白の暴力的光束が、兵士たちの網膜を直撃する。

「うわあああ!? 目が、目が眩むッ!」

「な、何だこの光はァ!」

兵士たちが悲鳴を上げ、視界を奪われてたじろぐ。永守の計算通り、彼らの身体を覆う黒いオーラが、光を浴びて激しく拒絶反応を起こし、霧散していく。

「今だ! 警護部隊、かかれ!」

創の鋭い大喝が響いた。光に怯み、完全に動きを止めた兵士たちの元へ、創が率いる憲兵・警護兵たちが一斉に飛びかかる。鮮やかな体術で軍刀を次々と叩き落とし、抵抗できない兵士たちを瞬く間に地面へと取り押さえていった。

 

4.凛々しき正論

「これっ!!!!」

地を割るような凛とした声が、混乱する庭に響き渡った。

見れば、岡谷邸の先輩女中が、襷をキリリと結び直し、一本の竹ざおを地面にドンと突き立てて仁王立ちしていた。その姿は、まるで戦国時代の女傑のようだった。

「どこの馬の骨かと思えば、お国を守るはずの兵隊さんたちが、夜中にコソコソと押し入って何てザマですか! 日本男児として、情けないと思わないんですか!」

凛然たる美しさをまとった先輩女中の、一点の曇りもない圧倒的な正論。それが、光によって闇の呪縛を緩められた兵士たちの心に、鋭く突き刺さった。

「うっ……あ、頭に響く……。……っていうか、あの女中さん、めちゃくちゃ凛として美しいな……」

「ああ……僕たちは、なんて汚く、なんて浅ましいことをしようとしていたんだ……」

「俺たちは国を正そうとしていたはずなのに……どうして、こんな夜に女子供を怯えさせているんだ……!」

兵士たちの目から赤黒い淀みが消え、涙が溢れ出す。彼らの身体から、シュルシュルと黒い不浄の炎が完全に消え去っていった。それはプリキュアの技による浄化ではなく、人間の、日本人の「良心」が勝ち得た、本当の正気への帰還だった。

「……お、終わったかね……?」

その時、庭の片隅にある、女中たちが住む離れの押し入れの引き戸が、そろそろと開いた。

中から顔を出したのは、小さくなって震えていた岡谷首相だった。額の汗を拭いながら、ヨロヨロと外へ出てくる。

「いやはや、命拾いしたわい……心臓が止まるかと思ったぞ……」

襲撃の直前、創の機転によって、首相は最も兵隊たちが捜索しそうにない「女中部屋の押し入れ」へと押し込められ、難を逃れていたのだ。

ふぅ、と緊張の糸が切れた岡谷首相の様子に、緊迫していた庭の空気は一気に和らいだ。 屋根の上で、あかりと千代が、その様子を静かに見下ろしていた。

「すごいね、永守さんの作戦大成功! プリキュアに変身しなくても、事件を止められたよ!」

あかりが嬉しそうに言うと、千代は静かに夜空を見上げた。サーチライトの光が、まるで夜空に大輪の花を咲かせる花火のように、白く綺麗にきらめいている。

(あかり。私たちは、歴史を変えられているわ。……きっと、いつか本当に、あかりと一緒に本物の花火を見られる日が来る。私、信じているわ)

千代は胸の中でそう強く呟き、隣で笑うあかりの手を、今度は自分からそっと握りしめるのだった。

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