1.官邸の異変、そして闇の重装甲
「……あかり、大変。岡谷邸は大丈夫だけど、クロノスが……!」
屋根の上で、千代が息を呑んだ。あかりのポケットの中で、懐中時計がまるで痙攣するように激しく振動し、その文字盤が赤黒く変色を始めていたのだ。針が指し示しているのは、ここから少し離れた「首相官邸」の方角だった。
「大蔵大臣たちが避難している、首相官邸だ……! 敵の本隊はあっちに回ったんだ!」
「急ごう、あかり!」
二人は顔を見合わせると、同時に頷いた。サーチライトの白光が揺れる岡谷邸を飛び出し、夜の帝都を駆け抜ける間に、二人の身体は光の粒子に包まれ、プリキュアへと変身を遂げていた。
同時刻、首相官邸の大広間。
バリァァァン!!!!
凄まじい音を立てて、頑丈なガラス窓が内側へと爆発した。
飛び散る破片の向こうから現れたのは、これまでの怪人とは一線を画す巨躯だった。全身が何十門もの銃火器と泥のような黒い煙で覆われた、ネガティブ・ミリタリーの「強化怪人」。
「ミライノ……レキシヲ……ココデ……ダンテツスル……!」
怪人が大蔵大臣らに向かって、そのおぞましい銃口を一斉に向けた。
「させるかぁっ!!!!」
間一髪、大広間の天井を突き破るようにして、キュアフューチャーが躍り出た。弾丸のような飛び蹴りを怪人の顔面に叩き込む。
「この人たちには、まだまだ日本のピンチを救ってもらわなきゃ困るんだから!」
「過去から紡がれた命の灯火、あなたの身勝手な早回しで消させはしません!」
パストもまたステッキを構え、大臣たちの前に強固な光の結界を展開した。 官邸の庭からも、異変を察知した憲兵たちが大型のサーチライトを照射する。しかし、強化された怪人は、闇の煙を編み上げて強固な盾を作り、光を遮りながら平然と進んできた。
「おのれぇ……!」
フューチャーが超人的な連続打撃を撃ち込むが、カン、カン、と硬質な装甲に弾かれ、逆に拳に鈍い痛みが走る。
「くっ……! サーチライトだけじゃ、あいつの動きを止めきれない……!」
怪人が巨大な闇の腕を不気味にもたげ、二人を圧殺せんと振り下ろした、その瞬間だった。
2.戦術的「花火」のハッキング
――ドーン、ドーン。突如として、遠くの夜空から、のんびりとした音が響き渡り、官邸の窓が赤や緑の光に染まった。隅田川の方向で、通常の花火が上がり始めたのだ。
「……ヌ? フン、ただの人間どもの、お祭り騒ぎか……」
怪人は一瞬、その視線を窓の外の空へと向けた。闇の怪物にとって、その程度の光の玩具など、警戒に値しない。怪人は光に目を慣らそうと、わずかにその防壁の出力を緩めた。 だが、それこそが永守鉄志の描いた、完璧な「視覚の誘導(ハッキング)」のシナリオだった。
フューチャーとパストは、激しい戦闘の中で、心の中で同時に秒数をカウントしていた。
(3……4……次だッ!!)
――5発目。ドンッ!!!!!!
5発目が官邸の真上の夜空で炸裂した瞬間、世界が完全に反転した。
放たれたのは、風情ある火花などではなかった。太陽がそのまま地上に墜落してきたかのような、網膜を直撃する、純白の暴力的「閃光」。永守が特別に調合させた、超高濃度マグネシウムを充填した特製の戦術閃光弾だった。
「ギ、ギャアアアアッ!? 目が、前が見えんッ!!」
花火を凝視し、目を慣らそうとしていた怪人と汚染兵士たちは、その強烈な閃光を無防備に正面から浴び、悲鳴を上げて悶絶した。
対照的に、あらかじめ作戦を知って固く目を伏せていたフューチャーとパストは、タイミングを違えず同時に目を開いた。
「パスト、今だよ!」
「ええ、一気に決めましょう!」
視界を奪われ、隙を見せた怪人の懐へ、二人は一歩も引かない完璧なコンビネーションで踏み込んだ。
「「プリキュア・クロノス・レボリューション!!」」
光の歯車から放たれた圧倒的な浄化の激流が、叫びを上げる強化怪人を包み込み、その体内のネガティブエネルギーを残らず消滅させた。
3.隅田川の指揮官
敵を完全に浄化した後も、帝都の夜空には、ドンドンと何事もなかったかのように大輪の花火が上がり続けていた。
周囲の一般市民に「今のはただの少し派手な大玉花火ですよ」と思わせるためのカモフラージュである。
少し離れた隅田川の川辺。
そこは、無数の火薬樽と、困惑しながらも必死に導火線に火をつけ続ける花火師たちでごった返していた。
「おい、本当にこんなに連発していいのかよ!?」
「いいから上げろ! 命令だ!」
その喧騒の真ん中で、永守鉄志が、まるで軍配を振るうように冷徹に、しかしどこか楽しげに指示を出していた。
「よし、光量・音響ともに計算通りだ。花火師諸君、手を休めるな。残りの弾もすべて、帝都の夜空に叩き込め! 予算の心配は要らん、盛大にやってくれ!」
眼鏡の奥の目を輝かせ、夜空を見上げる永守。
それは単なる隠蔽工作の枠を超えていた。
激戦を終えたプリキュアや、闇から解放されて疲れ果てた兵士たちへの、彼なりの贈り物のつもりなのかもしれなかった。
「諸君、もっと高く、もっと鮮やかに上げろ!」
4.ラムネの泡と金色の夜空
戦いが終わり、静まり返った首相官邸の庭園。
あかりと千代は変身を解き、いつもの女学校の制服姿に戻って、まだ遠くの空で小さく上がっている終わりの花火を見上げていた。夜風がふわりと吹き抜け、戦いで火照った二人の髪を優しく揺らす。 プシュー、と小気味いい音がして、涼しげなガラスの音が鳴った。
「ふいー、ギリギリだったね! でも、きれいだねー、はい、千代ちゃんも!」
あかりは官邸の冷蔵庫からちゃっかり持ち出してきたラムネの瓶を傾け、ビー玉をカランと鳴らしながら、満面の笑顔を千代に向けた。
「私、千代ちゃんと一緒に花火見られて、すっごく嬉しい!」
千代はハンカチで額の汗を拭い、あかりの屈託のない笑顔を見ながら、小さく、けれど呆れたようなため息をついた。
「……まったく。あかりの持ってきた歴史の本では、これは二月で、雪が降っていたはずでしょう。それが、こんな蒸し暑い八月に、まさか永守さんの指揮で特製弾の花火を見ることになるなんて……。本当に、思ったのとは随分違うことになりました」
「あはは! 歴史改変、チェンジヒストリー大成功ってコトじゃん?」
あかりがケラケラと笑う。
千代はその横顔を見つめ、それからふっと柔らかく、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「ええ。でも……あかりと並んで見上げる花火は、……そうですね、きれいです」
あかりが夕暮れの坂道で言った「一緒に見に行きたいな」という言葉。浴衣でもなければ神社でもなく、戦いの中で見た偽物の花火だったけれど、思ったシチュエーションとは随分違ったけれど――それでも、あかりの隣でこの光を見上げられたことが、千代はたまらなく嬉しかった。
ドン、と最後にひときわ大きな大輪の金色の花火が夜空いっぱいに広がり、並んで座る二人の笑顔を、どこまでも明るく照らし出していた。
【夜・岡田邸の広い庭】
夏の終わり、静まり返った岡谷邸の庭。 あかりは一人、縁側に腰掛け、2026年を生きているはずの家族を思い出して星空を見つめていた。
昼間のドタバタ女中生活では明るく振る舞っているが、夜になるとどうしても、孤独とホームシックが押し寄せてくる。そこに、岡谷首相との密談を終えた永守が静かに歩み寄ってくる。 いつも通りの隙のない軍服姿。
あかりはハッとして姿勢を正そうとするが、永守はそれを手で制し、あかりから少し離れた場所にどさりと腰掛けた。
永守が夜空を見上げたまま、低い声で語りかける
「……帰りたいか」
あかりは俯き、唇を噛んで答えない。
ここで「帰りたい」と言えば、未来を書き換える戦士としての覚悟が鈍ると思っているから。
永守はふっと自嘲気味に笑い、ポケットから煙草を取り出そうとして、あかりの顔を見て思いとどまり、手を引っ込めた。
「……俺もな、長野の不便な田舎の生まれでね。若い頃に軍人になってから、ずっと故郷を離れて戦いと数字の中にいる」
あかりが驚いて永守を見る。
「山に囲まれた場所でな。大きな湖があって、温泉が湧いていて、冬には凍った湖面がバリバリと音を立ててせり上がる、不思議な現象が起きるんだ。……知っているか? 諏訪湖というんだが」
その言葉を聞いた瞬間、あかりの瞳がパッと輝いた。
「知ってる! 知ってるよ、諏訪湖! 私、小学校のときに家族で旅行に行ったことあるもん! 温泉旅館に泊まって、間欠泉を見て……それに、あっちのリンゴ、すっごく美味しかったよね!」
身近な「未来の思い出」と結びつき、一瞬で笑顔になるあかり。
しかし、 「お父さんがね、リンゴ剥くの下手くそで、みんなで笑っちゃって……楽しかったなぁ……」 と言いかけたところで、あかりの声が震え、大粒の涙がポロポロと畳にこぼれ落ちる。
楽しかった現代の記憶が、そのまま今の寂しさに裏返ってしまった。泣きじゃくるあかりの小さな肩を、永守はただ静かに見つめる。 そして、不器用な手で、あかりの頭をそっと一度だけ、ぽん、と叩いた。
永守は今まで見せたことないどこまでも静かで、温かい声であかりに話しかける。
「こんな、人の心を数字でしか見んような俺でさえ、時々あの冷たい湖が恋しくなる。……14歳のお前が、100年も遠い未来から一人で来させられて、寂しくないはずがないな。……よく耐えている」
いつもは「未来人」として接してきた永守が、初めてあかりを「一人の寂しい少女」として肯定し、その心に寄り添ってくれた。あかりはゴシゴシと涙を拭い、真っ直ぐに永守の目を見つめる。
「……永守さん。私、絶対に負けないよ。永守さんたちが命がけで守ろうとしてるこの世界を、私も一緒に守る。そして、みんなが笑って生きていける、きっといい未来にして……胸を張って、自分の家に帰るんだ!」
永守は一瞬目を見張り、それから嬉しそうに、けれど少し切なげに口元を綻ばせた。
「……そうか。お前がそう言ってくれるなら、俺たち大人も、情けない歴史を作るわけにはいかんな」
永守は立ち上がり、軍帽を深くかぶり直すと、背中で手を振って闇の中に去っていく。 その後ろ姿を見送りながら、あかりは胸元の懐中時計をきゅっと握りしめる。
そこには、もう迷いのない、戦士としての「本当の覚醒」の光が宿っていた――。