絶望の花咲く東京で   作:ベイベ後藤

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18話 叫喚の報せ、岐路の選択

 

 七海を先頭に、カズヤたちは宮益坂の暗がりの中を慎重に下り始めていた。

一団はCOMPの画面で常に周囲の索敵情報を共有し、伏黒がその影からいつでも式神を呼び出せるよう指を組む。一級呪術師である七海が伴うことで、張り詰めた空気のなかにも、どこか確かな統率が生まれていた。しかし、その静かな進軍は、夜の渋谷を引き裂くあまりにも場違いな「絶叫」によって破られることになる。

それは虎杖悠仁による叫びであった。あまりの爆音にミドリが「ひゃっ!?」と肩をすくめる。

 

 宮益坂のビル街に反響し、地響きのように近づいてくる足音。カズヤが即座にCOMPの生体反応を確認するが、悪魔のそれではない。恐るべき身体能力でアスファルトを蹴り、坂の上から猛スピードで駆け下りてくるのは――

 

「虎杖くん……?」

 

 七海が怪訝そうに眉をひそめた瞬間、息を荒くした虎杖悠仁が、ビルの角を曲がって彼らの目の前に滑り込んできた。

 

「ハッ、ハッ……! よかった、追いついた……!」

 

「虎杖……お前、どうしたんだよ。そんなに大声出して呪霊を呼び寄せる気か?」

 

 伏黒が呆れたように一歩前に出るが、虎杖の顔は完全に血の気が引いており、その瞳は恐怖と焦燥にギラギラと狂おしく光っていた。

 

「そんなこと言ってる場合じゃねえんだよ! これ、これを見てくれ!」

 

 虎杖が差し出した手のひらには、奇妙な形をした機械のパーツ――耳飾りのような小さな『ミニメカ丸』が握られていた。カズヤが「なんだそれ、なんかの部品か……?」と目を細めた瞬間、その機械から、ノイズ混じりの硬質な声が響き渡った。

 

『――状況を説明する。驚かずに聞いてくれ。いや、驚いてもいい、事実だ』

 

 その声は、カズヤたち悪魔使いにとっても、七海たち呪術師にとっても、世界が反転するほどの絶望を告げた。

 

『いいか――五条悟が、『獄門疆』に封印された』

 

「……っ!?」

 

 七海の足が、ピタリと止まった。

出会ってから常に冷静沈着で、どんな怪異を前にしても眉一つ動かさなかった男の身体が、一瞬だけ明確に硬直したのを、カズヤは見逃さなかった。

 

「な、何言ってんのよ、そのラジオ……五条って、あの最強の呪術師なんでしょ!? 封印って……嘘、でしょ……?」

 

 ユズが引きつった声を出す。アツロウも、手元のノートPCに表示された渋谷駅のマップを凝視した。地下5Fの因果律の歪みが、先ほどから限界突破の数値を叩き出しているのは、その「最強の封印」の余波だったのだ。

 

「嘘じゃねえ! メカ丸は死んじまったけど、これは本物のメカ丸が残してくれたんだ!」

 

 虎杖が悲痛に叫ぶ。ミニメカ丸の声が冷徹に続いた。

 

『現在、原因は不明だが獄門疆は動かせないらしく移動不可らしい。

五条悟を失えば、呪術界だけでなく、この国の、いや世界のバランスが完全に崩壊する。直ちに奪還作戦に移行せねばならない』

 

 沈黙が、その場を支配した。

最悪の事態。東京封鎖という異常事態の裏で、世界を繋ぎ止めていた最大の楔が、完全に引き抜かれたのだ。

 

「五条先生が、封印……。そんなことが、本当に……」

 

 伏黒が呆然と呟き、その端正な顔を驚愕に歪めた。彼にとって五条悟とは幼少期から知る存在であり「最強」の代名詞、天災そのものであった。それが、他者の手によって縛られ、封じられた。その事実の重さは、呪術師の根底を揺るがすものであった。

 

「……五条悟という男の喪失。それは、この国の呪術的な治安維持能力が事実上、完全に消失することを意味します」

 

 最初に沈黙を破ったのは、やはり七海だった。彼の声は平坦だったが、眼鏡の奥の鋭い双眸には、焦燥が灯っていた。

 

「呪術界だけでなく、この国の非術師全員が文字通り『詰む』事態です。ですが、動揺している時間は一秒もありません。事実であるなら、即座に対応を組み替える必要があります」

 

 七海は腕時計を一度だけ見て、その場にいる全員に視線を走らせた。

 

「猪野くん、伏黒くん、そして虎杖くん。君たち三人は、現在『術師が入れない帳』が降ろされている地上エリアに向かいなさい。その『帳』を解除することが、奪還作戦の絶対条件です。この外周の『帳』を破らなければ我々も身動きが取れません」

 

「七海さんはどうするんですか!?」

 

 猪野が身を乗り出して問いかける。

 

「私は一刻も早く伊地知さんと合流し、高専上層部、ならびに外部への現状報告と連携を確保します。この事態、我々だけで抱え込めるレベルを遥かに超えています。各員の役割分担を明確にし、情報網を一本化しなければ全員が各個撃破されるでしょう」

 

 理路整然とした「大人」の判断。猪野、伏黒、虎杖の三人は、その冷静な説得力に小さく息を呑み、力強く頷いた。

 

「よし、任せてください七海さん! 俺ら三人で、絶対に『帳』の結界をぶっ壊してきます!」

 

 猪野が気合を入れるように拳を叩きつけ、伏黒も「……行くぞ、虎杖」と促す。

三人が踵を返し、夜の宮益坂から別ルートへと駆け出していこうとしたその時、七海は振り返り、残されたカズヤたちを見つめた。

 

「カズヤくん……君たちにも、選んでもらわねばなりません」

 

 七海の言葉に、アツロウとユズ、そしてミドリが息を呑む。

 

「君たちの持つ『マッピングシステム』は、この混沌とした渋谷において、我が国が保有するどの偵察システムよりも迅速かつ正確に『生体反応』と『空間の歪み』を捉えている。現在、情報伝達手段が遮断されたこの地において、そのシステムは戦局を左右する絶対的な鍵(キー)です」

 

「俺たちを……あんた達の作戦に同行させる、ってことか?」

 

 アツロウがノートPCを抱え直しながら尋ねる。七海は小さく頷いた。

 

「合理的な判断を言えば、そうです。君たちの索敵能力があれば、伊地知さんへのルート探索、さらには今後の部隊展開において劇的な優位を得られる。ですが……これは先ほど言ったように、命の保証が全くない死地への同行です。一般人である君たちを強制する権利は、私にはありません」

 

「な、七海さん……」

 

 ユズが不安そうにカズヤの袖を引いた。

先ほど行動を開始した高専の呪術師若手三人のように真っ向から戦闘へ突入するわけではない。しかし、七海の同行要請は、カズヤたちが「渋谷事変の部外者」ではなく、この世界の崩壊を防ぐための当事者として歩むことを意味していた。

 

 カズヤは、自らのCOMPの画面をじっと見つめる。

画面の中で蠢く、不吉な光点たち。自分たちが青山霊園で留まっていれば、いずれあのバグのような崩壊が東京全土を飲み込み、逃げ場を失って死ぬことになる。であれば、ここで立ち止まる選択肢など、最初から無かったのだ。

カズヤは七海の目をまっすぐに見据え、静かに、だが確固たる意志を込めて頷いた。

 

「……よし。決まりですね。今はあなた方を頼りにさせてもらいますよ」

 

「おう! 任せて下さいよ。チャラ男のハッキングコードごと、俺が完璧にルートをナビゲートしてやる!」

 

 アツロウが不敵に笑い、キーボードを叩く。ミドリもまた、不安そうなユズの手をぎゅっと握りしめて微笑んだ。

 

「ユズお姉ちゃん、大丈夫だよ。ミドリもみんなも一緒だもん!」

 

「……もう、本当にみんな無茶ばっかりなんだから。本当に、危なくなったら真っ先に逃げるからね!」

 

 ユズは涙目をこすりながらも、しっかりと自分のCOMPを構え直した。

 

「ありがとうございます。……では、同行を。これより我々は伊地知さんが待機している地点へと急行します。アツロウくん、ルートの案内を」

 

「了解! マッピングデータを七海さんの携帯端末に一部転送します。障害物の少ない安全ルートを逆算中……よし、こっちだ!」

 

 こうして、岐路は分かたれた。

虎杖、伏黒、猪野の若手三人は『帳』を破壊するための戦地へと赴き、カズヤたちのチームは、一級呪術師・七海建人という頼れる先導者と共に、渋谷のより深い混沌へと足を踏み入れていく。

 

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