――同時刻、渋谷セルリアンタワー周辺。
虎杖悠仁は伏黒恵と別行動をとり、ビル風を切り裂いて地上へと飛び降りた。
アスファルトを爆裂させるような勢いで、彼は単身、五条悟が封印されたという最深部――渋谷駅へと向かって全速力で駆け出す。
「待ってろよ……!」
呪力を足裏に集中させ、人間の限界を超えた速度で渋谷のメインストリートを疾走する虎杖。だが、駅に近づくにつれ、周囲の空気の「異常さ」は加速度的に増していった。
路地裏から湧き出る大量の呪霊。それだけではない。明らかに呪霊とは異なる、神話や伝承から抜け出してきたかのような異形の怪物――悪魔たちが、逃げ惑う人々を襲い、街を蹂躙していた。
「クソッ、なんなんだよコイツらは! 呪霊じゃねえのも混ざってやがる!」
虎杖は向かってくる下級悪魔の顔面に、呪力を込めた拳を叩き込んで粉砕する。だが、敵の数があまりにも多すぎた。駅前の交差点が近づくにつれ、文字通り黒山のような異形の群れが路地を埋め尽くし、虎杖の行く手を阻む。
その時だった。
駅前交差点の向こう側から、地鳴りのような爆音と、肉が弾け飛ぶ悍ましい音が響き渡る。
「オラオラオラァ! どけよ雑魚どもがッ! 俺たちの道を塞いでんじゃねえ!」
地獄の底から響くような猛々しい怒号。
直後、虎杖の目の前を塞いでいた呪霊と悪魔の群れが、内側から爆散するようにして四散した。飛び散る紫色の血液と肉片の向こうから姿を現したのは、鉄パイプを肩に担ぎ、凶悪な笑みを浮かべた男――カイドーだった。
彼の背後には、神話の戦士や巨大な魔獣といった、見る者を圧倒する強力な「仲魔」たちが並び立ち、ダイモンズの戦闘員たちが一糸乱れぬ連携で悪魔召喚アプリを操っている。
「すごいマッピングの密度だ……でも、カズヤ、これなら最短ルートで駅の構内へ入れるぞ!」
アツロウが液晶画面をタップしながら叫ぶ。
彼の隣では、カズヤがCOMPの画面を鋭い眼差しで見つめ、的確に悪魔たちへ指示を飛ばしていた。カズヤの召喚した悪魔が放つ電撃と炎が、駅前に群がっていた呪霊を一網打尽に焼き尽くしていく。
「悪い奴らは、マジカルドリーが全員お仕置きしちゃうんだから!」
ミドリもまた、独自の戦闘スタイルで悪魔を駆使し、ダイモンズの進撃をサポートしていた。
カズヤたちの戦術眼と索敵能力、そして圧倒的な個の戦闘力を加えた「渋谷ダイモンズ」は、もはやただの集団ではない。渋谷の混沌を正面から蹂躙し、力ずくで道を切り開く最強の「軍隊」へと変貌を遂げていた。
「……?お前、呪術師か?」
返り血を浴びた鉄パイプを握り直したカイドーが、前方から走ってきた虎杖悠仁の姿に気づき、ピクリと眉を動かした。
「え……!?お前ら、青山霊園にいた一般人……だよな?」
凄まじい戦闘を行う者たちの中に、自分と同世代の少年少女――カズヤ、アツロウ、ミドリがいるのを見て、虎杖は思わず足を止め、驚愕に目を見開いた。
呪霊と悪魔が渦巻く戦場の中心、宮益坂下と道玄坂が交わる駅前交差点の混沌の中で呪いの王である両面宿儺の器と、東京封鎖を生き抜く悪魔使いの一団が、邂逅を果たした瞬間であった。
「あの時とは状況が変わっちまったんだよ」
アツロウが少し苦笑いを浮かべながら、COMPを片手に一歩前に出た。その画面には、渋谷駅周辺の複雑な高低差と、地下に密集する無数の悪魔・呪霊の生体反応が赤く明滅している。
「悪いけど、今の俺たちはただ守られるだけの一般人じゃないんだ」
虎杖はカズヤたちの手にある奇妙な携帯端末や、彼らが従える異形の怪物――そして彼らの背後で鉄パイプを担いで凶悪に笑う、見覚えのない男の威圧感に気圧されつつも、逼迫した状況を思い出し、大声を張り上げた。
「よくわかんねぇけど、お前らは早く逃げろ!
渋谷駅の地下に、五条先生が……一番強い人が封印されちまったんだ! 今すぐ助けに行かねえと、東京だけじゃなくて、全部めちゃくちゃになっちまう!」
「なっ……封印された!?五条悟って人か?」
アツロウが目を見開く。先ほど別れた七海から聞いていた現代最強の呪術師が封印されたという事実は、カズヤたちの脳裏にも最悪のシナリオを想起させる。もし、最強の呪術師という最大の抑止力が消え去れば、この渋谷の歪みは完全に制御不能になる。それは、カズヤたちが東京封鎖を生き残るための生存戦略が根底から崩壊することを意味していた。
「渋谷の歪みを止めなきゃいけないのは、俺たちも同じだ」
カズヤが静かに、しかし有無を言わせぬ力強い声で言葉を紡いだ。その瞳には、過酷な封鎖を生き抜いてきた者だけが持つ、覚悟が宿っている。
「俺たちが生き残るためにも、その地下の異変をここで終わらせる。お前の目的と、俺たちの目的は一致しているはずだ、虎杖悠仁」
「……!俺の名前、覚えててくれたのか」
虎杖は一瞬だけ驚きに目を丸くしたが、すぐにその表情に力強い信頼の光を灯した。青山霊園で話しをした少年少女が、今、自分と同じ、いやそれ以上の覚悟を持ってこの地獄の最前線に立っている。その事実が、虎杖の胸を熱く焦がす。
「おいカズヤ、そこのガキと知り合いだったのか」
それまで黙って聞いていたカイドーが、フンと鼻を鳴らして鉄パイプをガツンとアスファルトに叩きつけた。
「まあ、誰が知り合いだろうが関係ねえ。その『現代最強』だか何だか知らねえ奴が封印されて、地下の化け物どもが調子に乗ってるってわけだろ。だったら、その最強の顔を拝みがてら、のさばってる奴らを一匹残らず叩き潰してやろうじゃねぇか!」
「うん! 悪い奴らは、マジカルドリーとみんなが力を合わせて全員イチコロにしちゃうんだから!」
ミドリが元気よくCOMPを掲げると、彼女の仲魔である妖精や神獣が愛らしく、しかし強力な魔力を帯びた光を周囲に放った。
「よし、話は決まりだな!」
虎杖は拳を硬く握り締め、呪力を掌に集中させた。その身体から立ち上る、濃密で力強い呪力の塊。
カズヤはそのエネルギーの質を鋭く見極め、COMPの悪魔召喚アプリの出力を最大へと引き上げた。
「アツロウ、最短の突入ルートは?」
「地下3階、副都心線のホームへ直結する階段だ! そこが一番呪力とマグネタイトの濃度が高い。おそらく、そこが敵の本陣だ!」
「いくぞ、虎杖」
「おう!俺たちの街を、これ以上めちゃくちゃにさせてたまるかよ!」
宿儺の器という規格外の呪術師、そして東京封鎖の死線を越えて精強な部隊へと進化した渋谷ダイモンズ。
本来交わるはずのなかった二つの力が今、完全に一つのうねりとなって重なり合う。
「オラァッ! 突撃だァ!!」
カイドーの号令とともに、仲魔の巨躯が渋谷駅のガラス扉を粉砕した。
飛び散る破片の嵐を突き抜け、虎杖の拳が、カズヤの放つ魔法が、カイドーの鉄パイプが、行く手を阻む呪霊と悪魔の群れを一瞬で消滅させていく。
彼らは一切の躊躇なく、呪いと混沌が蠢く渋谷駅地下の深淵へと、怒濤の勢いで雪崩れ込んでいった。
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