絶望の花咲く東京で   作:ベイベ後藤

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22話 満ちる呪い、蠢く怪異

 

 階段を駆け下りる足音が、重く湿った空気を打ち震わせる。

地下3階、副都心線ホーム。そこに広がっていたのは、言葉を絶する地獄絵図だった。

ホーム一面に転がる、歪に歪められた人間の肉塊――いや、かつて人間だった「何か」

骨が肉を突き破り、顔面が粘土のように押し潰され、絶叫をあげる口だけが複数生やされた無数の変異体たちが、うめき声を上げながら蠢いている。

 

「ひどいよ……こんなの、人間をなんだと思ってるの……!」

 

 ミドリが息を呑み、COMPを握る手を激しく震わせる。

アツロウもまた、息を詰めてCOMPの画面を凝視していた。表示された生体反応は、人命としての数値と異形の者としての数値が複雑に混ざり合い、エラー音を鳴らし続けている。

 

「人間の『魂』そのものを弄り回して形を変えてやがるのか……胸糞悪い真似をしやがる」

 

 カイドーが苛立ちを隠さずに吐き捨て、鉄パイプを強く握り直した。

その惨劇の中心、プラットフォームの先端に、一人の男が腰掛けていた。

顔面にツギハギの傷痕を持ち、長い髪を揺らす青年――人間の負の感情から生まれた特級呪霊、真人だった。

 

「やあ、待ちくたびれたよ。虎杖悠仁」

 

 真人は軽薄な笑みを浮かべると、プラットフォームからひらりと飛び降りた。その足取りはまるでダンスでも踊るかのように軽やかで、足元に転がる改造人間を踏みつけることすら意に介していない。

 

「真人!!」

 

 虎杖の全身から、怒りに満ちた猛烈な呪力が吹き上がる。友人の順平を弄び、殺した男。

人間の命を、人間の尊厳を塵のように踏みにじる呪い。その宿敵が、目の前で薄笑いを浮かべている。

 

「ハハッ、良い顔だ!そうじゃなくっちゃね!」

 

 真人は嬉しそうに胸の前で手を叩くと、虎杖へと一歩踏み出した。その視線には、周囲にいるカズヤたち悪魔使いやその仲魔たちの姿など、ハエほどにも映っていないかのような露骨な無関心が漂っている。

 

「ねえ、知ってる?お前がどれだけ頑張っても、どれだけ人を救おうとしても、俺はお前の目の前で何度も何度も人間を殺す。

お前の『正義』や『意志』なんてものは、俺たちが人間を殺す理由の前には何の価値もないんだよ」

 

「……黙れ」

 

「お前と俺は同じなんだよ、虎杖悠仁。

お前が呪いを祓うように、俺も理由もなく人間を殺す。ただそれだけのことさ!」

 

「黙れ……黙れッ!!」

 

 虎杖の眼光が血走る。真人の言葉は、針のように虎杖の心の柔らかい部分を正確に貫いていた。

己の存在が引き起こした悲劇、助けられなかった人々。その罪悪感を抉り出し、精神を挫こうとする真人の悪意が、地下ホームの空気をドロリと重く濁らせていく。

 

「ふふ、そんなに怒るなよ。俺はね、お前のそういう顔が見たくて生きてるようなもんなんだ。

魂を何度も殺して……お前という『人間』を内側からボロボロに崩して殺す。それが俺の最高の娯楽なんだからさ!」

 

「……おい、ツギハギ野郎」

 

 真人の言葉を遮るように、冷ややかな声が落ちた。

カイドーが一歩前へ出る。その瞳には過酷な東京封鎖を生き抜き、数々の脅威と対峙して屠って来た冷酷な雰囲気が宿っている。

 

「お前の自分勝手な理屈に付き合っている暇はねぇ。俺たちは、お前を倒して渋谷の歪みを終わらせる」

 

「ん?ああ……君たちね」

 

 真人は初めて周囲の人間たちに視線を向けたが、その瞳に宿るのは心底退屈そうな色だった。

 

「変な機械で悪魔?だか何だかを呼び出してるみたいだけど、正直どうでもいいんだよね。

俺が興味あるのは虎杖悠仁だけなんだ。君たちみたいな『雑音』に邪魔されたくないな」

 

 真人がパチンと指を鳴らした。すると、ホームの影や天井の闇から、数十体――いや百体を超える改造人間たちが一斉に這い出し、奇声を上げながら雪崩を打って湧き出して来る。

 

『ア……アアア……ッ!』

『タスケテ……コロシテ……ッ!』

 

「さあ、お友達と遊んでなよ!俺と虎杖悠仁の『殺し合い』の邪魔はさせないからさ!」

 

 真人は獰猛に唇を吊り上げると、改造人間の群れをカズヤたちへとなだれ込ませ、自らは弾丸のような速度で虎杖へと肉薄した。

 

「虎杖悠仁ィ!!俺を楽しませてくれよ!!」

 

 改造人間たちの肉の津波が一団を分断し、その隙間を縫って虎杖と真人の攻撃が衝突する。

魂を削り合う死闘の火蓋が、ついに切って落とされた。

 

「ちっ……!数だけは無駄にいやがる!」

 

 カイドーが苛立ちを露わにしながら、鉄パイプを豪快に一閃させた。唸りを上げて放たれた『暴れまくり』の一撃が、雪崩れ込んでくる改造人間たちの群れを十数体まとめて吹き飛ばす。肉塊が壁に激突し、派手な破砕音を響かせた。

 

「みんな、囲まれないように陣形を保って! アツロウ、範囲攻撃で一気に掃討するぞ!」

 

「おうよ! まとめて片付けてやる。行けっ、ペリ『マハジオンガ』!!」

 

 カズヤの冷静な指示に応え、アツロウがCOMPを操作する。仲魔が引き起こす広範囲に展開された激しい雷鳴がホームを焼き尽くし、群がる改造人間たちを瞬時に炭化させていった。

 

「ミドリは後方支援!仲魔と一緒に間合いを詰める奴らを薙ぎ払え!」

 

「任せて! マジカルドリーの全力、見せてあげるんだから!『マハザンマ』ッ!!」

 

 ミドリの仲魔である神獣ハクタクから放たれた真空の刃が、迫る怪異の群れを容赦なく切り刻む。

 

 カズヤもまた仲魔を従え、『マハブフーラ』で迫る敵の足を凍りつかせると、COMPにセットされたスキル『薙ぎ払い』で氷漬けの肉塊を一気に粉砕していった。

 

 悪魔使いたちの洗練された連携と広範囲攻撃の前に、真人が放った改造人間の群れは文字通り「殲滅」されていく。

 しかし――その圧倒的な殲滅劇の傍らで、虎杖悠仁は絶体絶命の窮地に立たされていた。

 

「ハハッ! どうした虎杖悠仁!動きが固いぞ!!」

 

 真人の両腕が鞭のようにしなり、硬度を増した刃となって虎杖を襲う。

虎杖は間一髪でそれを捌くが、肉体の損傷よりも、真人によって削られていく精神の疲弊が色濃く現れていた。

 

「ぐっ……あ……ッ!」

 

 鋭い一撃を受け、ホームのアスファルトを滑るように後退する虎杖。

様々な死の場面、そして目の前で弄ばれる人間たちの無惨な姿。それらが重く重く虎杖の心に覆いかぶさり、その動きからキレを奪っていた。

 

「ダメだなあ、お前は。そんなんじゃ殺し甲斐がない。魂を何度も殺してやるんだからなぁ?」

 

 真人が愉悦に満ちた笑みを浮かべ、殺意の凝縮された手を虎杖の顔面へと伸ばす。

もはや回避が間に合わない――死の予感が虎杖の脳裏をよぎった、その瞬間。

 

『パパンッ!!』

 

 地下ホームに、あまりにも不釣り合いで清らかな「手を叩く音」が響き渡った。

 

「――!?!?」

 

 位置が、入れ替わる。

虎杖の眼前で手を伸ばしていたはずの真人の姿が消え、代わりにそこに立っていたのは、改造人間の残骸だった。

真人の振り下ろした手が自らの手下を砕く。

 

「なっ……!? なんだ今の術式は――」

 

 真人が驚愕に目を剥いた瞬間、その背後の階段から、地鳴りのような踏み込みとともに巨大な存在感が躍り出た。

 

「語るに落ちたな、呪霊め!!」

 

 爆音とともに放たれた超ド級の飛び蹴りが、真人の顔面に完璧なクリーンヒットを叩き込む。

真人の身体が弾丸のように吹き飛び、ホームの壁を深々と砕いて埋まった。

 

「……ッ!?東堂……!?」

 

 虎杖が目を見開く。

そこに立っていたのは、男気溢れる不敵な笑みを浮かべた東堂葵と、その背後で荒い息を吐く呪術高専京都校の新田新だった。

二人は地下5階を経て、この混乱の渦中へと上がってきたのだ。

 

「遅くなったな、ブラザー。……立ち上がれ、虎杖悠仁。俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ!」

 

 東堂が力強く拳を突き出す。

カズヤ達の圧倒的な火力によって改造人間の群れは鎮圧へと向かい、そこへ最高のバディ・東堂葵が虎杖悠仁と合流を果たした。

絶望に染まりかけていた地下3階副都心線ホームの戦況が今、完全に覆ろうとしている。

 

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