絶望の花咲く東京で   作:ベイベ後藤

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32話 事件の影に潜む者

 

 

「――おい! お前ら、起きてるかー?」

 

 クラブクアトロに繋がる入り口の重いシャッターが、ひしゃげた金属音を立てて強引に押し上げられた。

四階エントランスに乱入してきたのは、黒いレザージャケットを羽織った渋谷ダイモンズのリーダー、カイドーだった。肩を怒らせ、険しい表情でロビーへ歩み寄ってくる。

彼は別れてから外の荒れ狂う渋谷を巡回してダイモンズの本拠地に戻っていたはずだが、ただ合流しにきたとは思えないほどの緊迫感を纏っていた。

 

「カイドー! 無事だったか」

 

 5階のライブホールから降りて来た虎杖悠仁が声をかけるが、カイドーはそれに応えることもなく、後ろを歩いてるカズヤとアツロウの元へ一直線に詰め寄った。その瞳には、こちらに向かう道のりで見て来たのだろう街の惨状と、それ以上に彼を突き動かしている「個人的な苛立ち」が煮えたぎっている。

 

「無事もクソもあるかよ。外はマジでヤバいことになってきてるぞ。

自衛隊が物資を投下しているんだが、あちこちで水や食料の奪い合いだ。

餓えた連中が我先に暴れて、抑えが効かなくなってやがる。悪魔まで持ち出しやがって」

 

 カイドーは、ふっと一息を吐きながらポケットからタバコを取り出そうとして、箱が空であることに気づいた。忌々しそうに空箱を床へ放り投げ、彼は拳でテーブルを叩く。

 

「だがな……物資の取り合いよりも、もっと悪い報告が入ってきたんだ」

 

 カイドーのただならぬ気配に、フロアの空気が引き締まる。東堂がニヤリと口角を上げ、言葉を待つ姿勢を見せる。

 

「ダイモンズの連中からだ。さっき原宿から代々木方面の縄張りで、『マリ姉』を見たって報告があったんだがな……」

 

アツロウが即座に反応する。

「マリ先生のことか?」

 

「そうだ」

カイドーの声は低く、焦燥で震えていた。

 

「あのバカ……こんな大混乱の封鎖内を、一人でフラフラ歩き回ってやがるらしい。何かを探してな……。目撃した連中によると、まるで何かに憑りつかれたみたいだったって話だ」

 

「えっ!? 一人で?なんでそんな危険なことを……」

 

 ミドリが悲鳴に近い声を上げる。だが、アツロウは唇を噛みしめ、深く俯いた。

彼にとって望月麻里は、単なる知人ではない。かつて彼が家庭教師として世話になり、その穏やかな人柄に救われた、かけがえのない恩人だ。

 

「……あの人らしいよ。昔から、一度こうと決めたらテコでも動かない人だったから」

 

 アツロウは顔を上げ、虎杖や釘崎たちに向けて静かに語り始めた。

 

「マリ先生は、小学校の養護教諭をしているんだ。とても穏やかで、誰からも信頼される優しい人だ……」

 

 アツロウは、そこまで言って隣に立つカイドーを一瞥した。

カイドーは相変わらず腕を組み、不機嫌そうに入り口近くのチケットカウンターを睨んでいる。

 

「マリ姉はアニキの恋人だったんだよ……」

 

 カイドーは少しずつ話しを始めた。

呪術師たちは静かに耳を傾けている。この東京封鎖で起きていることは、単なる悪魔と呪いの応酬だけではない。

一人一人の人間が抱える、拭いきれない過去の記憶が、この不条理な戦いと交錯しているのだ。

 

カイドーが続ける。

 

「実は、この封鎖が始まる前から東京で世間を騒がせていた『連続吸血事件』ってのがあったんだ」

 

「連続吸血事件……?」

釘崎が眉をひそめる。

 

「ああ。人が、文字通り血を全部抜かれて死ぬっていう、気味の悪い事件だ。

当時は警察もお手上げで未解決事件のままだったんだが……知っての通り、悪魔が出て来ただろ?それで犯人が悪魔なんじゃないかって疑ってる。うちのアニキは、その事件の犠牲者の一人だったんだ」

 

「そうか……」

虎杖が表情を曇らせる。

「マリさんは、恋人を殺した犯人をずっと探してたってわけか……」

 

「俺は……」

カイドーのその声は、押し殺した咆哮のようだった。

「アニキが死んでから、チームを受け継いで自分とこのメンバーも使いながら調べてみたんだけどよ結局何も分からなかった。

警察もまともに取り合わねえ、未解決の闇。だが、この街が封鎖されて悪魔だの何だのが溢れ出しやがった。……それでマリ姉も気づいたんだろうアニキを殺した『犯人』が人間じゃねえってな」

 

 カイドーは絞り出すように言ったが、その瞳の奥には、望月麻里をこれ以上危険に晒したくないという、不器用な庇護欲が燃えていた。

 

「血を抜いて殺す……ですか」

 

 話しを聞いて七海は、ネクタイに手をやりながら深い思索に沈んでいた。

 

「これまでに私たちが戦ってきた呪霊とは、また毛色が違いますね。単純な殺害ではなく、吸血という執拗なプロセスを伴う。これは単なる捕食行為でしょうか、それとも、もっと……悪魔的な『儀式』に近いものでしょうか」

 

「呪術師の目から見ても、不自然な事件なんですか?」

カズヤが七海に問いかけた。

 

七海は静かに頷く。

「呪霊による殺害であれば、呪力の残留や、それに伴う残穢がもっと派手に残ります。しかし、吸血鬼という存在がもし本当に悪魔の一種なのであれば、あるいは吸血に特化した特殊な術式を持つ何かなのであれば……私たちの知らない『別の摂理』で動いている可能性があります」

 

「人間離れした殺害状況……」

虎杖が自分の拳を見つめる。

「呪霊じゃなさそうってことは、やっぱり悪魔か、血に関係した呪詛師って可能性もあるのか?……分かんねぇ!でも絶対にそんなん許せねぇよ」

 

 アツロウがCOMPの画面を操作し、吸血事件の当時の現場写真に近いデータを探し出した。それは、一見すると不審死にしか見えない、静かな現場写真だった。

 

「これが当時の現場だ。争った形跡もない。ただ、被害者の体はまるで最初から血液なんて入っていなかったかのように、干からびて死んでいる。

犯人の姿を見た者は誰もいない。ただ……現場近くには、奇妙な『霧』のような痕跡が残されていたという証言がいくつかあるんだ」

 

「霧か……」

 

 カズヤがその言葉を噛みしめる。 昨日対峙した魔王ベルゼブブも、異質な闇の気配を放っていた。この街に満ちる悪意は、ベルゼブブのような圧倒的な力だけではない。

自分たちが気づかずに日常を過ごしていただけで、この世界には「異質な何か」が、東京封鎖以前から潜んでいたということなのだ。

 

「何か心当たりがあるのですか?」

 

「この封鎖が始まった後、ここからは少し離れているんだが、原宿の方にある中央図書館で事件について調べていた時ある古い伝承の本を見つけたんだ。

死を運ぶもの、血を啜るもの、墓から這い出るもの……そういった類の話の中に、それらしき記述があった気がしてな」

 

 カイドーの言葉に、場の空気が少しだけ重くなった。 もし、この街に潜む犯人が単なる人間離れした殺人鬼ではなく、古の悪魔であるなら――。 そして、その犯人を護身する力も持たない一人の女性が「復讐」のために追い回しているのだとしたら。

 

「……止めないと殺されるぞ」

 

 虎杖がポツリと呟いた言葉が、状況の深刻さを表していた。

 

「今回の敵は、俺のアニキを殺しやがった正体不明の化け物だ。……危ねえことになるぞ」

 

 カイドーの忠告は、彼なりの精一杯の気遣いだった。 だが、虎杖悠仁という人間は、そんな忠告を聞いて足を止めるような男ではない。

 

「だからこそ、行かなきゃだろ」

 

 虎杖はカイドーの視線を真っ向から受け止める。

 

「カイドー、お前の兄貴の無念も、マリさんの探し求めてる答えも、全部ひっくるめて俺たちで解決するんだよ。

呪霊だろうが、悪魔だろうが、正体不明のバケモンだろうが……関係ねぇ。目の前で誰かが危ない目に遭ってるなら、俺は足を止めるわけにはいかねぇんだ」

 

「……へっ、言うじゃねえか、虎杖」

 

 カイドーは、ニヤリと不敵に笑った。

先ほどまでの焦燥は消え、代わりに共に戦う仲間としての頼もしさがその表情に宿っている。

 

「上等だ。……マリ姉を見たっていうダイモンズの縄張りへのルートは俺が案内する。

もしもの時は真っ先に俺が突っ込む。文句は言わせねえぞ」

 

「ああ、頼んだぜ!」

 

 クラブクアトロのフロアに、出撃に向けた熱い連帯感が生まれていた。

呪術師たちの「命を救う」という信念と、悪魔使い達の「仲間と生き残る」という絆、そしてカイドーの「仇への復讐」という執念。 それらが一つに重なり合い、封鎖五日目の澱んだ空気を切り裂くための陣形が、今まさに組まれようとしている。

 

「そうですね。人員の編成を決めましょう」

七海が冷静に切り出す。

 

「時間は限られています。効率的に、かつ全員が生存できる可能性を最大化する陣容で動きます」

七海の言葉に、全員が引き締まった表情で頷いていた。

 

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