絶望の花咲く東京で   作:ベイベ後藤

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42話 discussion meeting

 

 

 雑木林を包み込んでいた禍々しい冷気と重苦しい死臭は、吸血鬼クドラクの消滅と共に嘘のように霧散していた。

地面に残されたのは、苛烈な激闘を物語る倒木と抉れた土嚢、そして白日のもとに曝された『クルースニク』による光の杭の跡だけだった。

 

 カイドーは息を吐き出しながら空を見上げている。その表情には忌むべき怨敵を破った達成感と、どこかぽっかりと穴が空いたような静かな虚無感が同居していた。

マリは、胸元に抱えた亡き恋人の遺品を握り締め、静かに想いを馳せる。

彼女の瞳からは、恋人を奪われた悲壮感が消え、一人の人間としての穏やかな強さが戻っていた。

 

「クドラクの反応は完全に消えている。これでもう、人々の血を吸い尽くしていた惨劇は起こらない」

 

 カズヤの言葉に、隣に立つ虎杖悠仁が拳を強く握り込み、ニッと歯を見せて笑った。

 

「あのクドラクって奴、呪霊ともまた違うタフさがあったけど……二人の執念と連携がバチッと決まったな!」

 

「マリ姉一人だったらどうなってたことか……フォローしてくれて助かったぜ」

 

 カイドーは、そう言いつつもどこか照れくさそうに視線を外す。

釘崎野薔薇は血の付いた金槌を戻すと、フッと不敵な笑みを浮かべた。

 

「当然でしょ。そのためにここまで来たんだもの。みんな無事で良かったわ。

それにしても光の杭の輝きは見事だったわ。胸のすくような一撃だったんじゃない、マリさん?」

 

「ええ……ありがとう、みんな。

あなた達の助けがなければ、私は憎しみにだけ囚われ、アイツに敗北していたかもしれないわ。本当に……ありがとう」

 

 マリが、もう一度深く頭を下げる。

その輪の中心で、カズヤとアツロウは顔を見合わせ、安堵の息を漏らした。

 

 渋谷事変の激動の中、別行動をしているユズやリツキの無事を祈りつつも目の前の巨悪を打ち払った事実は大きい。

昨夜遅くにカイドーの手引きで逃げ込んだ『クラブクアトロ』で七海たちと話し合い、二手に分かれて原宿・代々木方面へと飛び出したあの一幕が、まるで遥か昔の事のように感じられた。

 

「よし……立ち話もなんだ。いつまでもこの場に留まっていても仕方がない。一度、ケツァルコアトル像の所まで戻ろう」

 

カズヤの提案に虎杖がいち早く反応を示す。

 

「あっカラスで見てるだろうけど冥さんに報告しないとな。

ここから近い丘の広場って所に俺達の仲間がいるんだ。

カズヤとアツロウは会ったことあるよな?青山霊園でさ」

 

「あぁ覚えてるよ。落ち着いた雰囲気の女性だったね。あの時はゆっくり話しをしてるような状況じゃなかったけど虎杖の仲間なら心強い」

 

 一行は、足元に散らばる木屑を踏み越え薄暗い雑木林を抜けて、冥冥と憂憂が待機している『丘の広場』へと移動を開始した。

 

 

 丘の広場は、市民の憩いの場として整備された平時ならピクニックをしたくなるような場所だった。だが今や、周囲のビル群から上る煙や、遠くで響く不気味な悪魔の咆哮を一望する、戦場の監視塔のような様相を呈している。

 

 広場の中央、木製ベンチの傍らに立ち、優雅に巨大な斧に身を預けている一人の女性がいる。

白髪を三つ編みにした一級呪術師――冥冥である。そしてその足元には、彼女の弟である憂憂が、整然とした佇まいで警戒を続けていた。

 

 代々木公園で再会して以来、冥冥が直接顔を合わせていたのは虎杖と釘崎の二人だけであり、カズヤやアツロウ、マリにカイドーといった悪魔召喚アプリ保持者たちとは、ほとんど初めてましての状態だ。

 

「おや……帰ってきたね。全員無事に自分の足で歩いて戻ってくるとは。

優秀な投資先は、期待を裏切らないものだ」

 

 冥冥は薄く微笑みを浮かべ、艶やかな声で一行を迎えた。

憂憂も姉の前に一歩踏み出し、声を掛ける。

 

「姉様の貴重な時間を割く相応の情報を持ち帰っていただけたのでしょうね?」

 

「バッチリだぜ、憂憂! 吸血鬼クドラクは完全に倒した!

これで代々木公園に潜んでいた悪魔が惨劇を起こすことは無くなったんだ!」

 

 虎杖が元気よく応えると、冥冥は細い眉をわずかに持ち上げた。

 

「ほう……あの強い力を持つ『悪魔』を首尾よく仕留めたかい。それは重畳だね。

ここに避難して来た民間人の被害が減るということは、私達が動くためのコストも下がる。実に素晴らしい成果だ」

 

 冥冥の徹底した損得勘定に、アツロウは苦笑いを浮かべつつも身を引き締めた。

冥冥は持っていた斧の柄を持ち直し、虎杖たちに向き直る。

 

「ところで……私達が代々木公園で再会してから、まだ聞いていなかったね。

昨夜の混乱後、君たちはどうやって夜を明かし、ここにはいない他のメンバーはどうしてるんだい?

カラスたちの視界で大まかな配置は追っているが、詳しい経緯までは掴みきれていない」

 

 冥冥の問いかけに、虎杖が前に出てハッキリと語り始めた。

 

「ああ、冥さん! 夜中に突然ベルゼブブが現れて大混乱になった後、俺たちはカイドーに案内されて『クラブクアトロ』ってライブハウスに避難して夜を明かしたんだ。それで、朝に作戦会議をやってさ」

 

「作戦会議かい?」

 

「今日のラプラスメール……えっとカズヤのCOMPに送られてきた予告?の中にあった『暴動』の阻止と、危険な『魔王ベリアル』の情報収集、それに周囲の治安維持と他エリアとの連絡窓口とするために、あのクラブクアトロを拠点にしてナナミン、東堂、新田、ミドリちゃんの4人が残ってくれてるんだ!」

 

 虎杖の説明を聞いていたアツロウも、言葉を補う。

 

「俺たちの方――カズヤ、俺、虎杖、釘崎、カイドーの5人は、マリ先生が単身で吸血事件の犯人を追っているらしいって渋谷ダイモンズのメンバーから聞いてマリ先生の捜索と保護のために飛び出してきたんです」

 

 虎杖とアツロウの説明を聞き、冥冥は納得したように細い顎に手を当て、フッと満足げに目を細めた。

 

「なるほどね……七海くんらしい実直で計算された配置だ。前線での捜索に機動力と突破力のある君達を当て、拠点防衛と情報収集、そして治安維持という『要』を自分たちで固める。

東堂くんの戦闘力、新田くんの術式による負傷者の悪化阻止、そしてミドリちゃんと呼ばれる悪魔使いがいれば、そのライブハウスは安心できると言えるね」

 

「そうなんだよ! ナナミン達がクラブクアトロをしっかり守ってくれてるから、俺達も安心してここまでマリさんを探しに来られたんだ!」

 

 虎杖が笑顔で胸を張る。

ミドリが「みんなの足を引っ張らないように」と意気込み、回復魔法で後方支援を約束してくれた姿を思い出し、アツロウも深く頷いた。

 

「ああ。ミドリちゃんも七海さん達と一緒に、クラブクアトロでしっかり情報収集やサポートを頑張ってくれてるはずだ」

 

「ふむ……だが」

冥冥の瞳が一瞬、鋭い光を帯びる。

 

「拠点が盤石であることと、事態が好転していることは同義ではないよ。

私が烏(カラス)を通して得た情報でも、クラブクアトロ周辺や他のエリアでも悪魔や呪霊の出現頻度は増す一方だ。

特に、そのラプラスメールというのが予告した『暴動』……物資を巡って過激化した悪魔使いや呪詛師どもが不穏な動きを見せ始めている」

 

 カズヤは静かに頷き、思考を巡らせた。

自分たちがクドラクという巨悪を討ち取ったとはいえ、東京封鎖全体の盤面は今もなお暗雲に包まれている。

クラブクアトロを中心に活動する七海班、そして後方に下がっているはずのユズとリツキ。

それぞれのグループが、この巨大な『籠の中』で役割を果たそうと必死の戦いを続けているのだ。

 

「状況の整理と安否の確認はこのくらいにしときましょうか」

 

 冥冥は斧の柄をカツンと地面に打ち鳴らし、丘の広場に集まった全員を見渡した。

 

「さあ、ここから本当の『ディスカッション』を始めましょう。

私達が次に投じるべき手札と、この封鎖された東京の歪みについて……互いの持ち寄った情報を突き合わせるとしようじゃないか」

 

 風が丘の広場を吹き抜ける。

クドラク討伐の余韻は完全に消え去り、広場には張り詰めた緊張感が漂ってきていた。

 




当初の予定ではクドラク戦後に視点を変えるつもりでしたが頭の中を整理する為、代々木公園にいるキャラクター達で作戦会議してる描写を書いていきます。
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