「まずは私から……東京封鎖の『表向きの顔』についてだね」
冥冥は前髪を指先で優雅にかき上げながら、遠くに聳える自衛隊のバリケードを見やった。
「私が今回、この東京封鎖内に足を踏み入れたのは、呪術総監部からの依頼……即ち昨日の『渋谷事変』に対する対処、呪霊および呪詛師の排除が目的だ。
政府および自衛隊が主張する『大規模化学兵器によるテロ』や『未知の感染症対策』という封鎖の理由は、非術師のパニックを抑えるための建前に過ぎない。
ここまでは君たちも察している通りさ」
「ああ、知ってるよ。政府は悪魔や呪霊の存在を隠蔽したまま、この山手線内側をまるごと隔離して閉じ込めちまってる」
アツロウが眉をひそめて吐き捨てるように言った。しかし、冥冥の細い瞳は静かに光を増す。
「だが問題は、自衛隊の動きだよ。
私の烏(カラス)たちが上空から観察しているが、彼らは単に悪魔の流出を防いでいるだけじゃない。
封鎖線の内側へ向けての救出命令は一切降りず、むしろ『内側の人間を一人たりとも生かして外に出さない』という、苛烈なまでの拒絶反応を示している。……まるで、この封鎖領域そのものを『巨大な処理槽』として扱っているかのようだ」
「処理槽だと?……」
カイドーが不機嫌そうに舌打ちをして煙草の煙を吐き出した。
「けっ、最初から助ける気なんてねえってわけだ。
自衛隊の野郎どもが壁の向こうから銃口を向けてくる理由はそこかよ」
「……実は、冥冥さん」
ここで、カズヤが静かに一歩前へ出た。
その手に握られたCOMPが、かすかな電子音を奏でている。
「政府や自衛隊が封鎖を解除しない……いや、『解除できない』本当の理由について、僕達は気になる情報を得ているんです。
ショウジさんというジャーナリストをやってる女性や遊び人風の男……後者は茶化したり、ふざけた態度で接して来ますが僕達の悪魔召喚アプリをアップデートしてマッピングシステムを追加したりと東京封鎖の真相について詳しく知っているはずです」
「……ほう? ジャーナリストの方はともかく、その男は怪しいねぇ」
冥冥が興味深そうに片眉を持ち上げた。
虎杖と釘崎も、カズヤとアツロウの言葉に耳を傾ける。
「この東京封鎖の裏には、政府や自衛隊の後ろで糸を引いている神の使い……『天使』と呼ばれる存在が関わっているらしいんです」
「……天使、かい?」
冥冥の表情が僅かに動く。
烏の視界を通じて異様な気配を纏う存在を自衛隊に混じって感じ取ってはいたものの、それが「神の使い」として明確に意志を持って介入しているという言葉には、驚きを隠せない。
「ええ。封鎖を維持しているのは、神の意志――『悪魔を呼び出すCOMPを持つ人間もろとも、この封鎖領域を浄化させる』という神罰の猶予期間として、自衛隊を利用し監視させているようなんです。
それを、『神の試練』と呼ぶ者もいるようで。」
「ハッ、笑わせるわね」
釘崎が不快そうに腕を組み、金槌の柄を指で叩く。
「神だか天使だか知らないけど、悪魔が出たからって巻き込まれた一般人まで丸ごと焼き払おうってわけ? 呪霊よりタチが悪いじゃない」
「……神の正義とは、いつの時代も人間から見れば理不尽で苛烈なものさ」
冥冥はクスリと笑ったが、その瞳には一切の笑みは無かった。
「自衛隊という国家権力を盾にし、神聖な試練と称して人命を天秤にかける……。
総監部のジジイ共も腐っているが、その上を行く傲慢さだね。
なるほど、だからこそ自衛隊は内側からの声には一切応じず、ただ『時が来るの』を待っているわけだ」
「そして……その『時』を示しているんじゃないかって考えざるを得ないのが、ラプラスの魔が俺達に見せる余命システムなんです」
アツロウが自身のCOMP画面を冥冥をはじめとするその場全員に見せるように掲げた。
画面には、丘の広場にいる全員の頭上に浮かぶ数字と同じ、不気味なデジタル数値が表示されている。
「見ろよ……今まではリーダーのカズヤにしか直接は見えていなかったんだけどチャラ男のアップデートが入ってからはオレやユズ、ミドリちゃんも確認できるようになっているんだ」
虎杖が、自分の頭の上を手で撫でるような仕草をしながら、周囲の面々を見回す。
「俺や釘崎、カイドーにマリさん、それに冥さんや憂憂まで、みんな数字は『2』だ。……だけど、カズヤとアツロウだけが違う」
全員の視線が、カズヤとアツロウに集まる。
そこに表示されている鮮烈な赤い数字は――『1』。
「一応この封鎖が始まってからの実績を言うと余命はラプラスの予測結果でしかないから、自分自身の行動により増減する。実際に俺達は余命を書き換えてきた。それを加味してこれから話す事を考えてみてくれ。
オレとカズヤが『1』で、みんなは『2』……。代々木公園や他の避難所にいる民間人を見渡しても、3以上の数字を持ってる人間なんてどこにもいない。……これがどういう意味か分かるか?」
アツロウが絞り出すような声で言葉を続ける。
「今日は封鎖『5日目』だ。オレとカズヤの『1』は『明日(6日目)に死ぬ』ことを意味している。そしてみんなの『2』は『明後日(7日目)に死ぬ』……つまり、この東京封鎖にいるおそらく全員の寿命は、最長でも『7日目』で途絶えるってことなんだよ!」
丘の広場に重い沈黙が流れた。
提示された予想「封鎖内にいる全員が7日目に死亡する」ということは、残された生命のタイムリミットが、あと僅かに迫っていることを突きつけていた。
「7日目……天地創造の最終日、あるいは安息日かい」
冥冥が薄く笑みを浮かべつつ、自身の三つ編みに触れた。
「なかなか詩的なカウントダウンだね。つまり、神による『浄化』によって東京封鎖7日目に、山手線の内側は死の街と化す。
私たちがどれほど足掻こうと、残された時間はあと2日というわけだ」
「冗談じゃねえぞ!」
カイドーが拳を固く握り締め、地面を強く蹴りつける。
「7日目で全滅だぁ? そんな都合のいい破滅に付き合ってられるか! 封鎖線をぶち破ってでも外に出てやらぁ!」
「落ち着けよ、カイドー」
カズヤが静かな、しかし確固たる声でカイドーを制した。
「封鎖線を抜けるだけじゃダメなんだよ。
天使をバックに自衛隊が外を固めている以上、ただ逃げ出そうとすれば全門から自衛隊と天使の攻撃を受ける。
自衛隊は悪魔使いにとっては問題じゃないかもしれないけど、おそらく天使は物凄い物量が配置されているはずさ。
僕達が生き残るために破るべきなのは、この『封鎖の仕組み』そのものだ」
「封鎖の仕組み……?」
虎杖が首を傾げると、カズヤはCOMPの画面に表示されたラプラスメールのテキストを指し示す。
「今日のラプラスメールには、明日の予告としてベルイアル(ベリアル)の出現が記されている。
昨夜渋谷に現れたベルゼブブ、そして明日のベルイアル(ベリアル)。
彼らはただ暴れているわけじゃない。この東京封鎖を巻き込んで『ベルの王位争い』を行っているんだ」
「『ベル』の王位争い……? ベルゼブブにベルイアル……全部『ベル』がついてるわね」
釘崎が指摘したことにカズヤは頷き返す。
「かつてベルの名を冠した悪魔たちは、一つの大きな存在で崇められていたのだが、現在の「神」との戦いに敗れ魔界へと追放された。
世界を統べた神によって威光を奪われた結果いくつかに分離してしまったのだろう。
それが「バアル」なんだと思う。そしてバアルを起源とする悪魔達が、他のベル神を倒しベルの力を集めようとしているってわけ。
そして……僕には、ベルデルを倒したことで『ベルの資格』が宿ってしまっているんだ」
「待てよ、カズヤ」
虎杖が真剣な眼差しでカズヤの肩を掴む。
「話しが難しくて全部理解できたわけじゃねぇけどもしかしてお前……宿儺の器になった俺と同じような状態なのか?」
カズヤの瞳に深い思考の影が落ちる。
「……こっちも呪術のことはよく分かっていないけど虎杖の中に何か「力」があるんだとしたら僕達は似ているのかもしれないな。
話しを戻すがベルの王位争いについてのヒントを時々こちらに持って来る遊び人風の男がナオヤの名前を出していたんだよ。どういう繋がりなのか分からないがどうも知り合いらしい……
ナオヤは僕の従兄弟で、東京封鎖の直前に悪魔召喚アプリを渡してきた後、フラッと姿を消してまだ会えてないが……絶対にこの状況について知ってるはずだから話を聞かなきゃいけない!」
「そのナオヤって奴が東京封鎖の仕掛け人ってことか!?」
虎杖が驚きに目を見開くが、カズヤはかぶりを振った。
「仕掛け人かどうかは分からない。でも、ナオヤは東京封鎖の裏にある『ルール』を誰よりも熟知している気がするんだ。
ナオヤの目的を突き止め、彼の意図を解き明かすこと……それが、7日目に予想される破局を回避し、封鎖から抜け出す鍵になるはず」
「フフ……面白くなってきたじゃないか」
それまで静かに耳を傾けていた冥冥が、心底楽しそうな笑い声を漏らした。
「余命システムから推測された7日目に訪れるだろう神の使いである『天使』を背景にした日本政府による封鎖内の浄化、魔王の座を巡る『ベルの王位争い』、そして事情を知っているらしいカズヤくんの従兄弟『ナオヤ』……。
絡み合った糸が結びついて一本の線に見えてきたよ」
冥冥は大きな斧を軽々と肩に担ぎ直し、カズヤを真っ直ぐに見つめる。
「カズヤくん。君は東京封鎖に巻き込まれた一般人だが、とても大きな可能性を持っているよ。
このイカれた世界で、降りかかる火の粉を払いのけベルの王座を奪うのか、そして神の試練を打ち砕くのか……本来交わる事の無い呪術の世界に生きる私の投資先としては最高にスリリングで価値がある」
「冥冥さん……」
「安心しな。封鎖内の全滅を迎えないように、サポートさせてもらうよ。
さて、明日の『ベルイアル』顕現にナオヤという男の足取り……次の一手をどう打つか、具体的に詰めるとしようか」
過ごしやすい陽光に包まれた代々木公園内にある丘の広場。
穏やかな風が吹き抜ける中、集まった一同は東京の未来を掴み取るための深遠なディスカッションへと踏み込んでいくのだった。