絶望の花咲く東京で   作:ベイベ後藤

47 / 48
47話 法を問う男、日車寛見の回想

 

 

「私は弁護士だ。――いや、『呪術』という法外な力を与えられてしまった、ただの世迷い人、か」

 

 静まり返った池袋サンシャインシティ旧スガモプリズン跡地の隅で、日車寛見は黒いスーツの袖を正しながら、自嘲気味に呟く。

 

 彼の胸元で鈍く光る弁護士バッジは、この崩壊した東京において、もはや何の法的効力も持たない。

法律とは、国家という土台と、その秩序を信頼する人々の合意があって初めて機能する虚構に過ぎない。

東京封鎖が布告され、自衛隊が街を封じ、悪魔どもが跋扈し始めたその日から、彼が長年身を捧げてきた「司法」という名のシステムは、音を立てて崩れ去った。

 

 法廷という名の秩序ある議論の場は消え去り、代わりに街に溢れたのは、暴力が全てを支配する剥き出しの弱肉強食と、力の誇示である。

無力な人間が踏み躙られ、悪徳が笑う光景を目の当たりにした時、日車の内側で何かが音を立てて弾けた。それは絶望であり同時に、この不条理な世界を貫く新しい「力」――呪力の覚醒であった。

 

 彼が手に入れた領域展開『誅伏賜死』、そしてその中に座す式神『ジャッジマン』それは奇しくも、彼が生涯をかけて向き合い続けた「裁判」の形を模していた。

領域が展開されれば、そこには擬似的な法廷が出現し、被告人と日車、そしてジャッジマンの三者によって刑事裁判が執り行われる。

ジャッジマンは対象者のあらゆる罪を把握し、一つの罪状を提示して証拠が日車に提出される。

被告側は「黙秘」「自白」「否認」を選択し、日車は法律家としての巧みな弁舌を用いて反論を行い法廷を主導する。そして最終的に下されるのは、有罪ならば呪力や術式の没収や処刑人の剣に斬られれば死に至る断罪といった、絶対的なペナルティだ。

その力の本質を理解した時、日車は皮肉な笑みを浮かべずにはいられなかった。

 

 ――人間社会の司法がいかに不完全で、証拠の隠滅や弁護の技術によって真実がねじ曲げられようとも、この呪術による法廷は絶対の真実と厳正なルールに基づいて「罪」を裁く。

彼が、かつて追い求めた理想とする裁判の具現化のようでありながら、それは同時に人間の感情や救済の余地を完全に排した、あまりにも冷徹で機械的な裁判のシステムでもある。

だからこそ、日車は知っていた。

「裁く」ということの重みを。そして、たった一人で、絶対的な権能をもって他者の生殺与奪を決定し続けることが、どれほど人間の精神を蝕み、魂をすり潰していくかを。

 

 法律とは、裁く側の全能性を誇示するための道具ではない。

何が犯罪行為なのかが曖昧にならないように、罰のルールを公平にするために必要なのだ。

それは先人達が積み上げてきた人間の智恵。

だが、今の池袋はどうだ。

それを完全に投げ捨て、神の如き威光を笠に着た「私刑」が、あたかも絶対正義であるかのように罷り通っている。

 

 

 東京封鎖という名のバリケードができて以来、街の変貌はあまりにも急激であり、そして残酷だった。

 

 警察官やパトカーの姿は見ることが少なくなり、司法の象徴である裁判所は、ただのコンクリートの箱と化した。

法という目に見えない鎖が外れた途端、人間という生き物は驚くほど容易く理性を脱ぎ捨て、獣の牙を剥き出しにする。

 

 悪魔召喚アプリを手に入れた者たちは、その強大な力を誇示して略奪を繰り返し、奪う者と奪われる者の二極化が瞬く間に街を覆い尽くしていく。

 

 日車は、その混沌とした都市の只中で弁護士としてではなく、一人の「目撃者」として世の崩壊を見つめ続けていた。

かつては法廷という秩序の空間で、原告と被告の発言を聞き、証拠を精査しながら現実のもどかしさと向き合ってきた彼にとって、今の東京はあまりにも秩序が欠如している。

だが、それ以上に日車の背筋を凍らせたのは、無法地帯と化した街の住人たちが示す「反応」だった。

 

 「法律なんて役立たずだ」

 「やられたらやり返せばいい」

 「悪党は生かしておくだけ社会の害悪だ、その場で殺せばいい」

 

 街のあちこちで、人々はそんな言葉を吐き捨てるようになっていた。

国家が守ってくれない、警察が助けてくれないという極限の恐怖と絶望の裏返しとして、人々は「手っ取り早い暴力」と「即座の報復」を熱烈に支持し始めたのだ。

不確かな情報や感情的な憎悪だけで特定の誰かを「悪」と決めつけ、リンチにかけて溜飲を下げる。

法の公平な手続きを踏むことの面倒臭さをかなぐり捨てて、力を持つ者が「お前は悪だ」と指摘すれば、それがそのまま正義として罷り通る空気が、都市全体を蝕んでいく。

 

 ――それは、法に絶望した男にとって最も見たくない「人間の醜悪な本性」の表出であった。

どれほど不完全で、どれほど手続きが迂遠で、時として歯痒い結果を生もうとも、法とは感情によるリンチの連鎖を防ぎ止めるための防壁であったはずだ。それを自らの手で破壊した先にあるのは、正義の実現などではない。

ただの弱肉強食の虐殺ショーであり、暴力の泥沼に沈む破滅の未来でしかない。

 

 とある噂が彼の耳に届いたのは、いつだったか。

 

「――池袋に、異様な少年がいる」

 

 曰く、サンシャインシティに陣取り、強大な悪魔を従えた一人の少年が、街の犯罪者や暴徒、害をなす悪魔や呪霊を片っ端から裁き、容赦なく業火で焼き尽くしているという。

 

曰く、そこには一切の犯罪が無くなり、恐怖による完璧なまでの秩序と平穏が保たれているのだとか。

 

 初め、日車は流れてきた噂を「またぞろ増長した悪魔使いが、悪魔の力に酔い痴れているだけだろう」と聞き流していた。

この封鎖された東京において、似たような身勝手極まる「正義の執行者」気取りは掃いて捨てるほど現れては消えていったからだ。

だが、調べてみると、その噂の奥にある「歪み」の性質が他の連中とは決定的に異なっていることに日車は気づいてしまう。

 

 そこにいたのは、ただ暴力を楽しむ外道ではない。

誰からも助けられず、踏み躙られた者たちの絶望を背負い、自らの精神をすり減らして魂の血を流しながら「自分が全ての悪を裁かねばならない」という途方もない重圧に耐え続けている――あまりにも危うく、純粋な、一人の「少年」の姿であった。

 

 

 真相を確かめるため、そして自身の目で「崩壊の果てにあるもの」を見届けるために日車寛見は単身、池袋の地を踏む。

 

 かつては無数の若者や買い物客で賑わい、商業の活気に満ちあふれていたサンシャインシティ周辺は、今や異様なまでの静寂と、凍りついたような重圧感に包まれていた。

街のあちこちに残る焦げ跡が痛々しい。だが、奇妙なことに暴動等の気配は一切無い。

人々は怯えたように俯きながらも、足早にそれぞれの道を通り過ぎていく。誰もが「ルール」に縛られているかのように――噂に聞くような絶対的な「裁き」に支配されているのだろうか。

 

 地下のコンコースへと続く階段を下り、サンシャインシティへと足を踏み入れた時、日車の肌を強烈な熱風と威圧感が撫でる。

天井から降り注ぐ光は淀み、広大な通路の端では、空気を歪ませるほどの巨大な気配が揺らめいていた。

威圧的な巨躯、筋骨隆々たる赤き肉体、そして見る者の行いを暴き出す『浄玻璃の鏡』を携えた異形の神――魔神ヤマ。

その背後に立ち、狂信的な光を瞳に宿して「処刑」を宣告している一人の少年がいた。

 

 ちょうど日車が死角からその光景を覗き込んだ時、一つの「裁き」が下されようとしている。

 

「ま、待ってくれ! 俺達はただ物資を探してただけだ! 殺すなんて冗談だろ!?」

 

 ボロボロになった服を着た男が、恐怖に顔を引きつらせながら地べたを這いずり回っていて、その傍らには持っていたナイフと、略奪したと思われる食料の包みが転がっている。

男は池袋のルールを破り、一般市民から物資を力尽くで奪い取ろうとした暴徒のようだった。

 

「物資を奪い、逆らう者を傷つけようとした。言い訳の余地など無い」

 

 少年の声には、微塵の揺らぎも無い。自分の行いが正しいと信じているのだろう。自分がこの街の「法」であり「秩序」なのだと。

 

『愚かな人間よ。我が浄玻璃の鏡は濁りなき真実を映し出す。我が炎に焼かれ、灰燼に帰すのが相応しい』

 

 魔神ヤマが重低音の咆哮を響かせ、巨大な掌から灼熱の業火が渦巻き始める。

その光景を、日車寛見は物陰から一歩も動かず、ただ静かに見据えていた。手出しをするつもりはない。口を挟むつもりもない。

崩壊した東京で人々がどのような選択をし、どのような破滅を迎えているのかを検証する「目撃者」として彼は、ただその冷酷な処刑の一部始終を目に焼き付けていた。

 

「ひっ……助けてくれ、頼む、殺さないで――っ!」

 

「お前は、これまで同じような命乞いをした相手をどうしてきたんだ?」

 

 命乞いをする暴徒の叫びは、ヤマの放った業火に掻き消される。

轟音と共に噴き出した紅蓮の炎が男を飲み込み、一瞬の悲鳴の後、跡形もなく灰へと変えていく。

周囲に広がるのは、焦げ臭い異臭と、圧倒的な死の静寂だった。

 

 見物していた周囲の人々は、恐怖に顔を引きつらせながらも、誰一人として声を上げない。ただ震えながら頭を垂れ、その絶対的な暴力による「秩序」に服従を示している。

 ――裁かれた。それも、ほんの数分間の簡単な確認だけで。

 

 日車は冷ややかに目を細める。

確かに、目の前の暴徒は罪を犯した。証拠もあり、言い逃れのできない状況であった。だが、そこに 「量刑についての議論」はあったか? 「誤判や情状酌量の余地」を精査する手続きは存在したか?

 ――否。そこにあったのは、ただ「力を持つ者の主観的な善悪の断定」と、神の全能性を借りた即時処刑という名の暴力の肯定に過ぎない。

 

「……危ういな」

 

 日車は低く呟く。

それは池袋で起きている暴力の連鎖を「正義」と信じ、身を焦がしている少年の背中に向けてのものだった。

処刑が終わり、周囲の人間たちが蜘蛛の子を散らすように去っていく中、その場に残るケイスケは、微かに肩を震わせている。

彼の表情を直接見ることはできなかったが、その背中からは「正しい」ことをしながらも、圧倒的な重圧を感じている自分に耐えているようだった。

 

 誰も助けてくれない。誰も守ってくれない。悪がのさばる街。

だから自分が「法」になり、悪を裁かなければならない――そんな孤独な使命感。

 

 日車はポケットに手を入れたまま、ふっと小さく息を吐き出す。かつて自分が絶望した「不完全な司法」と今、少年が振るっている「完璧な神の裁き」

どちらがより残酷かと言えば、おそらく後者なのだ。

人間の司法は不完全だからこそ、弁護士、検察官、裁判官という存在が手続きというワンクッションで感情的な暴発を防いできた。だが、この少年が従えるヤマの鏡には、情状酌量の余地も、過ちを悔い改める猶予も存在しない。あるのは「白か黒か」の絶対的な判決と死、あるのみだ。

 

 このまま放置すれば、あの少年は何れ自身の心と言うべきか魂と言うべきか……壊れてしまうだろう。あんな子供が狂気の独裁者へと変貌していいのだろうか。

 ――見過ごすわけにはいかない。

それは自身が弁護士だからというわけではない。

 

 日車はネクタイを軽く締め直すと、革靴の音を響かせながら、誰もいなくなった薄暗い通路へと歩みを進める。

 




日車は死滅回遊で東京結界の池袋にいたし、ヤマも真Ⅰでの出番は池袋だったのでケイスケの拠点を池袋に設定しました。
クロスオーバーの醍醐味
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。