ポケモン現代入り   作:ささみ

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閑話 【108 その5】

 

 

 

 

 

 規制線を広げても、それだけでは終わらなかった。

 

 ビルから人を遠ざけ、新しく現場へ入る人員も絞った。それでも声が聞こえたという地点は少しずつ外へ伸び、人間だけでなく街中にいた野生ポケモンまで倒れ続けた。

 

 このまま規制区域だけを広げていても、どこかで追いつかなくなる。

 

 だから、ミカルゲへ直接対処する方針は既に決まっていた。

 

 かなめいしを壊した時に何が起きるか分からない以上、破壊はしない。人間が近づくのも危険で、グラエナや野生ポケモンの被害を見る限り、ポケモンを出して戦わせることも避けたい。

 

 そこで最初に試すことになったのが、捕獲だった。

 

 どれほど異常な個体であっても、確認されているのはミカルゲというポケモンだ。ならばモンスターボールで捕獲できる可能性はある。

 

 問題は、誰がボールを投げに行くかだった。

 

『7階、通過します』

 

 その答えとして、今は1台の無人走行車が人の消えたビルを上っていた。

 

 警察が危険物の確認や、人が入りづらい場所での作業に使う機材で、低い車体を履帯で走らせ、上部には長い多関節アームが載っている。

 

 今回は駆除会社の協力で、そのアームにモンスターボールを投げるための簡単な機構を追加していた。

 

 先端にはボールを保持する受け皿があり、アームを振った途中で固定を解除する。仕組みそのものは、人間が腕を振ってボールを放す動作を機械で再現しているだけだ。

 

 事前に何度も試し、数メートル先の狙った範囲へ投げられることも確認してある。

 

 車体後部には予備のモンスターボールも積んでいた。最初の1球を外した場合や、一度収まっても捕獲できなかった場合、そのまま次を試すためだった。

 

 誰も1球で終わるとは考えていなかった。

 

「8階に入る前に一旦止めてください」

 

『了解』

 

 現場本部は、前の規制位置からさらに後方へ移されている。

 

 警察、消防、札幌市、駆除会社、建物の管理会社から必要な人員だけが残り、対象ビル周辺へ直接人間を置くことはやめていた。

 

 ポケモンも出していない。警察のガーディやゴースも、駆除会社が連れてきたポケモンも全てボールの中にいる。

 

 周辺の住民や店舗の避難も進み、ビルの近くはほとんど無人になっていた。

 

 信号だけが誰も渡らない横断歩道のために色を変え、閉まった店舗の照明が空の店内を照らしている。街路樹や電線からも野生ポケモンの姿は大きく減っていた。

 

 それでも声だけは未だに残っていた。

 

「こっち」

 

 誰もいない横断歩道の向こうから女の声がする。

 

 少しして、どこかの屋上から鳥ポケモンの鳴き声が聞こえた。

 

 さらに別の建物から、

 

「坂本さん」

 

 大西の声まで届く。

 

 現場本部にいた坂本は、もうそちらを見もしなかった。

 

「さすがに慣れてきたな」

 

「慣れたくないですけどね……」

 

 宮田が答えたところで、無人走行車から送られてくる映像が切り替わった。

 

『8階、入ります』

 

 現場本部にいた者たちの視線が、モニターへ集まった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 8階へ出た瞬間、画面の大半が黒紫色に染まった。

 

「……近いな」

 

 駆除会社の男が思わず呟く。

 

 固定された監視カメラで見ていた時とは印象がまるで違った。

 

 無人走行車のカメラは床から1メートルにも満たない高さにある。そこから見るミカルゲは、1匹のポケモンというより、8階そのものを黒紫色の何かが満たしているようだった。

 

 霊体は天井を越えて壁の向こうまで広がり、その中を緑色の顔が浮かんでは沈んでいる。少し高い位置には赤い目も見えた。

 

『距離、約9メートル』

 

「そこで一度止めてください」

 

『停止』

 

 履帯の音が消えると、8階は急に静かになった。

 

 そこに人間はいない。

 

 ポケモンもいない。

 

 巨大なミカルゲと、その前に置かれた機械が1台あるだけだった。

 

 しばらく何も起こらない。

 

「ねえ」

 

 子供の声を、無人走行車のマイクが拾った。

 

「……またか」

 

 声がしたのは機体の正面ではなかった。右手にある、既に内装を剥がされた部屋の奥だった。

 

「ねえ」

 

 次は左側。

 

 さらに少し遅れて、今度は後ろから乾いた笑い声がする。

 

「ケケケケケ……」

 

 操縦者が周囲のカメラを切り替えて確認するが、当然そこには誰もいない。壁の向こうまで広がったミカルゲの黒紫色の身体だけが、ゆっくりと揺れていた。

 

『前進しますか?』

 

「お願いします。ゆっくり」

 

 無人走行車が再び動き出す。

 

 履帯が瓦礫を踏みながら1メートルほど進むと、

 

「ねえ」

 

 さっきより近くから声がした。

 

 さらに進めば、今度は機体のすぐ横から、

 

「ケケケケ……」

 

 笑い声が聞こえる。

 

 機体が進むたびに、声の位置だけが変わってついてきていた。

 

「……本当に何なんだよ、こいつ」

 

「今さらだろ」

 

 宮田の呟きに、坂本はモニターを見たまま返した。

 

『距離5メートルです』

 

「そこで止めて。投擲準備に入ります」

 

 機体上部のアームが起き上がり、関節を伸ばして先端の受け皿を前へ向ける。そこには最初のモンスターボールが1個、固定されていた。

 

 駆除会社の男が操縦担当へ確認する。

 

「外したらその場で次を使ってください。一度入って出てきた場合は、すぐ次を投げずに機体を下げる。攻撃された場合も退避を優先。こちらからポケモンは出しません」

 

『了解』

 

 アームがゆっくり後ろへ引かれる。

 

 その時、それまで場所を変えながら聞こえていた声が途切れた。

 

 現場本部でも誰も喋らない。

 

 8階も静かだった。

 

 黒紫色の身体だけが、変わらずゆっくり揺れている。

 

 数秒して、

 

「ケケ」

 

 短い笑い声がした。

 

『投擲準備、完了』

 

「やってください」

 

 アームが振られ、途中で保持具が開いた。

 

 モンスターボールは、人間が数メートル先へ投げたのと大きく変わらない速度でミカルゲへ向かう。

 

 避けようと思えば避けられたように見えた。

 

 だが、ミカルゲは動かなかった。

 

 ボールが黒紫色の身体へ当たる。

 

 赤い目が消え、緑色の顔が次々と光へ変わった。8階いっぱいに広がっていた巨大な姿も一気に引き込まれ、何もいなくなった床へモンスターボールだけが落ちる。

 

 1度だけ揺れた。

 

 そして止まった。

 

『……捕獲、成功です。成功表示も確認しました』

 

「まだ機体は動かさないで。そのまま少し見ます」

 

『了解』

 

 十数秒待った。

 

 ボールは床に転がったまま、何の変化も見せない。

 

 宮田がモニターを見つめた。

 

「……終わり?」

 

「捕まったな」

 

「いや、1発で? あれが?」

 

 人間もポケモンも次々と倒した。

 

 札幌市街の一角を封鎖させ、規制範囲の外へまで異常を広げていた。オヤブン個体として見ても明らかに異常な大きさだったミカルゲが、逃げも暴れもせず、最初のモンスターボールに収まった。

 

 坂本が小さく息を吐く。

 

「……捕まえたって感じしねえな。向こうが入っただけみたいだ」

 

 誰も笑わなかった。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 ミカルゲが消えてから、街の様子も変わっていた。

 

 最初に気づいたのは音だった。

 

 誰もいない通りから聞こえていた人の声がなくなっている。姿のない野生ポケモンの鳴き声も消えた。

 

 代わりに聞こえるのは、遠くを走る車や風に揺れる看板、信号機の電子音だった。普段なら気にも留めない音ばかりなのに、それまで街を埋めていた声が消えたせいで妙にはっきり聞こえる。

 

「各地点、まだ声が聞こえている場所があれば報告してください」

 

 警察官が無線を取る。

 

『北側、聞こえません』

 

『東側もなし』

 

『南側、こちらもありません』

 

 各地点から返答が続いている途中、救急側から別の連絡が割り込んだ。

 

『救急から本部。大西さん、意識戻りました。まだぼんやりしてますけど、会話できます』

 

 坂本がすぐに振り返る。

 

「大西、起きたのか?」

 

『はい。坂本さんの名前も出してます』

 

「……そうか」

 

 坂本が短く息を吐いた。

 

 その後も別の搬送先から意識を取り戻した人がいると報告が入り、グラエナにも反応が戻った。回収されていたムックルやポッポ、コラッタの中にも、自力で身体を起こし始めた個体が出ている。

 

 ただし全員ではなかった。

 

『こちら、まだ反応が戻らない人が2名います。呼吸と脈は安定しています』

 

『野生ポケモンの方も、何匹かはまだ眠ったままです』

 

「全員すぐ戻るわけじゃないんですね」

 

「一晩あれだったんだ。すぐどうこう言えるもんでもないだろ」

 

 宮田の言葉に坂本が返す。

 

 それでも新しく倒れる者はいなくなり、声も増えていない。少なくとも、広がり続けていた異常は捕獲を境に止まっていた。

 

「規制は維持します。建物の確認も後です。先に捕獲した個体を回収しましょう」

 

 警察官がモニターへ目を向ける。

 

 8階の床には、小さなモンスターボールが1個だけ転がっていた。

 

 

 

     ◇

 

 

 

 捕獲に使った無人走行車を、そのまま回収にも使う。

 

 多関節アームを下ろして床のボールを掴み、車体上部の収納部へ収める。何の異常も起こらないまま作業を終えると、無人走行車は来た道を引き返した。

 

『回収完了。戻ります』

 

「了解」

 

 8階から階段を下り、やがて1階から外へ出た機体は、規制線の内側にある道路の中央で停止した。

 

 ここまで異常が出ていないとはいえ、すぐ人間が取りに行く理由はない。

 

 そこで、あらかじめ用意していた収容ケースを別の遠隔作業機で車体の横まで運び、モンスターボールを人の手に触れさせないまま中へ移すことになった。

 

 ケース自体は特別なものではない。衝撃でボールが開いたり転がったりしないよう内部で固定できる、運搬用の頑丈な箱だった。

 

 ボールを収めて蓋を閉じ、固定具を掛ける。

 

「捕獲状態もボール自体も異常ありません。移送先については、通常の保管場所へ入れず、人とポケモンをできるだけ近づけない場所を別に確保するそうです」

 

「そりゃそうだろうな。捕まえたはいいけど、とんでもねえの抱えたな」

 

「……まあ、外にいるよりはマシじゃないですか」

 

 宮田がそう答えた時だった。

 

「ねえ」

 

 小さな声がした。

 

 会話が途切れる。

 

 その場にいた全員の視線が、道路の中央に置かれた収容ケースへ向いた。

 

「ねえ」

 

 もう一度。

 

 子供の声は、間違いなくケースの中から聞こえていた。

 

 警察官がすぐに周囲を制する。

 

「誰も近づかないでください。ケースも開けない」

 

 担当者が離れた場所から捕獲状態を確認する。

 

 表示に異常はない。

 

 ボールも開いていなかった。

 

 それなのに、

 

「ケケケケケ……」

 

 今度は、あの笑い声が聞こえた。

 

 昨夜から時折、人間たちの声へ混ざっていたものと同じ声だった。

 

 警察官が無線を取る。

 

「本部。捕獲個体について追加報告。捕獲状態は維持されていますが、収容後もボールから声が聞こえています」

 

『……捕獲は解除されてない?』

 

「されてません。ボールも開いていません」

 

 その返答の直後、

 

「坂本さん」

 

 ケースの中から大西の声がした。

 

 坂本の表情が変わる。

 

 本人はもうここにはいない。

 

 遠く離れた病院で、さっき意識を取り戻したばかりだった。

 

 少し間を置いて、

 

「ケケケケケ……」

 

 ミカルゲがまた笑う。

 

 収容ケースも、モンスターボールも動かなかった。

 

 札幌の一角を覆っていた異常は止まり、捕獲そのものも成功している。

 

 それでも、捕まったからといって、ミカルゲの力まで外へ届かなくなったわけではなかった。

今後の展開として伝説ポケモンのサイズどうしよっかなって思ってるんですよね〜

  • 図鑑通りのサイズ
  • 図鑑よりかなりデカくしてもいい
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