ポケモン現代入り   作:ささみ

15 / 102
第9話

 

 

 

 

 関東から戻って、一週間余りが経った。

 

「ポッポ、そっちは駄目。窓開いてるから」

 

 カーテンレールへ飛び移ろうとしていたポッポが途中で羽ばたきを止め、こちらを一度見たあと素直に方向を変えてベッドの上へ降りた。

 

「そうそう。今はそこにいてくれ」

 

 返事をするように小さく鳴く。

 

 最初に捕まえた頃と比べれば、随分と話を聞いてくれるようになった。ポッポだけではない。床に敷いたシートの上ではキャタピーとビードルがそれぞれ食事をしており、少し離れたところではニドラン♀が耳を動かしながら野菜を齧っている。

 

 コラッタだけはさっきから自分の皿より、隣に置かれたヒトカゲ用の肉が気になるらしい。

 

「それヒトカゲのだから食うなよ」

 

 肉へ伸ばしかけていた顔がぴたりと止まった。

 

 一瞬だけこちらを見ると、何もしていませんけど、とでも言いたげに自分の皿へ戻っていく。

 

「絶対分かってるだろ、お前」

 

 当然返事はない。ただ大きな前歯で餌を齧り始めた。

 

 自作ボールで捕まえた個体には、所有者を認証するような機能も、命令を強制する仕組みもない。それでも毎日餌を用意して、身体の様子を見て、何かするたびに話しかけていれば、こちらが危害を加える相手ではないことくらいは理解する。

 

 ポケモンが人間と共に生活することに適した生き物だということも、人間の言葉をかなり高い水準で理解できることも知っていた。けれど、知識として知っているのと、実際に十匹近いポケモンと一週間以上暮らしてみるのでは印象がかなり違う。

 

 単純な「待て」や「来い」だけではなく、何をしてほしいのか、何をしてはいけないのかまで説明すれば、ある程度はこちらの意図を汲んで動いてくれる。もちろん理解したうえで無視することもあるが、その辺りまで含めれば犬猫よりもむしろ扱いやすいかもしれない。

 

 問題は、意思疎通とはまったく別のところにあった。

 

「……これで三日分か」

 

 スマートフォンの電卓に表示された数字を見て、小さく息を吐く。

 

 思っていたより食費の負担がでかい。

 

 野菜や果物、穀物だけならそこまででもない。問題は肉と魚だった。十匹全員が大量に必要とするわけではないし、それぞれの食性や必要な栄養も分かっているので、適当に高いものを買っているわけでもない。それでも頭数が増えれば必要量は単純に増える。

 

 しかも、今の手持ちはまだ未進化個体が多い。

 

 ヒトカゲも、ニドラン♀も、ポッポも、キャタピーも、ビードルも今はまだ小さいが、この中には進化によって体格が大きく変わる種類が何匹もいる。最終進化まで育てるつもりなのだから、当然いつまでも今と同じ食費で済むわけがない。

 

「無職になる人間の飼育数じゃねぇな……」

 

 退職の話自体はもう進めている。

 

 そもそも関東へ向かう前から、今の仕事を続けたままでは無理だろうとは考えていた。一か月ごとにポケモンの出現地域が増えていく以上、そのたびに食品工場の仕事を休みながら全国を回るわけにもいかない。

 

 住む場所も同じだった。

 

 一人で暮らすだけなら何の問題もなかったワンルームも、十匹近いポケモンを抱えれば一気に狭くなる。全員を同時に出してやることすら難しく、ましてヒトカゲに技の練習をさせるなど論外だった。ゴースも今は出す時間をある程度決めているし、これからさらに手持ちを増やすつもりなら、この部屋で暮らし続ける選択肢は最初からない。

 

 だから十勝の実家へ戻る。

 

 実家なら納屋もあるし、土地にも余裕がある。農地として使っていない場所も残っているので、関東から送っておいたぼんぐりやきのみ、薬草、それ以外の栽培可能な種や苗を育てる場所にも困らない。

 

 ただし、既存の畑へそのまま植えるつもりはない。

 

 ポケモン世界の植物についての知識はあっても、それを現代日本の農地へ持ち込んだ時、この世界の作物や土壌、微生物へどんな影響を与えるのかまでは分からない。農地として使っていない敷地を少し開墾して、最初はそこで隔離する形で育てた方がいいだろう。

 

 上手く育てられれば、ポケモンたちの食費も多少は軽くなる。

 

 野菜についても、実家へ戻れば今よりかなり楽になるはずだ。農家なので、味には何の問題もないのに形や大きさの都合で出荷できない規格外品は普通に出る。それを回してもらえばいい。

 

 それでも肉や魚だけはどうにもならない。

 

「……金もなんか考えないとな」

 

 思わず呟くと、パソコンのモニターからポリゴンが顔を覗かせた。

 

「お前に稼いでもらうか?」

 

 短い電子音が返ってくる。

 

「冗談」

 

 言ってから、本当にできそうなのが少し怖くなった。

 

 電子空間に関する能力だけなら人間より遥かに上なのだから、やり方次第では何かできるのかもしれない。ただ、それについて考えるのは実家へ戻って落ち着いてからでいい。

 

 今は引っ越しが先だった。

 

 部屋の隅には畳んだ段ボールが積まれ、棚の中も少しずつ空き始めている。大型の交換装置については自力で運べるような物ではないので、引っ越し業者へ任せる予定だ。

 

 残る問題は両親だが、ポケモンを十匹近く連れて帰ることについてはまだ何も話していない。

 

「まあ……帰ってからでいいか」

 

 電話越しに説明するより、実物を見せた方が早い。

 

 テレビを見ていればポケモンという呼び方くらいは知っているだろうし、今さら「関東で騒がれている生き物を連れて帰った」と言われても、まったく意味が分からないということはないはずだ。

 

 十匹いると知った時にどんな顔をするかまでは分からないが。

 

 そんなことを考えていると、机の上に置いていたスマートフォンから通知音が鳴った。

 

 ニュースアプリだった。

 

 ここ最近、ポケモン関連の記事や速報は珍しくない。

 

 関東では出現した直後から、コラッタによる食料被害やポッポの営巣、虫ポケモンによる刺傷、畑や街路樹の食害などが繰り返し報じられている。人間が近づいて怪我をしたという話も最初からあったので、見出しに「ポケモン」の文字が入っているくらいなら、いちいち気にすることもなくなっていた。

 

「……ん?」

 

 ただ、今回の見出しは少し違った。

 

『未知生物との接触による負傷者が増加 ネットで流通する「捕獲用ボール」との関連も』

 

 通知を開くと、すぐにニュース映像が流れ始めた。

 

『関東各地で確認されている、通称「ポケモン」に関連した負傷者が、この数日で増加していることが分かりました』

 

 映像が切り替わり、腕に包帯を巻いた男や救急車、立入禁止のテープが張られた公園が映し出される。

 

 被害者自体は以前からいた。

 

 毒を持つ種類もいれば、人間より遥かに力の強い種類もいる。野生動物として考えれば、接触事故が起きること自体は何もおかしくない。

 

 今回問題になっているのは、その数だった。

 

『関係機関によりますと、これまでの負傷事例は不用意に近づいた際や、撮影を目的として接触した際に起きたものが多くを占めていました。一方、ここ数日は生物を捕獲しようとして負傷する事例が相次いでいるということです』

 

 画面に映った物を見て、思わず声が漏れた。

 

「あー……」

 

 赤と白の正式なモンスターボールではない。

 

 ぼんぐり特有の色合いを残した簡素な球体。

 

 自作モンスターボールだった。

 

『現在、フリーマーケットアプリやオークションサイト、SNS上では、これらの生物を捕獲できるとされる道具が多数出品されています』

 

 続いていくつもの出品画面が映る。

 

『ポケモン捕獲確認済み』

 

『実働品』

 

『数量限定』

 

『モンスターボール』

 

 名前までそのままだった。

 

「もう売ってんのかよ」

 

 レシピを公開した以上、誰かが作ることは分かっていた。実際、加工機械を使って複数作ったという報告も既に見ている。

 

 作れる人間がいるなら、売る人間が出ることも別に不思議ではない。

 

 ただ、問題はそれを買った側だった。

 

『警察は、正体や性能の分からない器具を用いて未知生物を捕獲しようとしないよう注意を呼びかけています。また、山林や私有地へ無断で立ち入る事例も確認されており――』

 

 ニュースを一度止め、そのままSNSを開いて検索をかける。

 

 少し探しただけで、それらしい投稿はいくらでも出てきた。

 

『例のボール届いたからポケモン捕まえに行く』

 

『三回投げたけど入らんかった』

 

『逃げるから追いかけてたら噛まれたんだが』

 

『○○公園に紫のネズミいるぞ』

 

『捕まえたい奴急げ』

 

『ボール投げたら急にキレた。危険生物すぎる』

 

「……」

 

 一つの動画を開く。

 

 映っているのはコラッタだった。

 

 撮影者が少し離れた場所から自作ボールを投げる。一度目は外れ、驚いたコラッタが逃げると、笑い声を上げながら追いかけていた。

 

 二度目も外れる。

 

 三度目は背中へぶつかった。

 

 そこでコラッタが足を止めて振り返り、大きな前歯を剥き出しにする。

 

 それでも撮影者は笑いながら、もう一度ボールを構えた。

 

「いや、そりゃ怒るだろ」

 

 直後、映像が大きく揺れた。

 

 悲鳴と走る足音が聞こえ、そのまま動画が終わる。

 

 コメント欄には、危険だという意見もあれば面白がるものもあり、「次は弱らせてからやれ」「どこでボールを買った」といった書き込みまで並んでいた。

 

 他の投稿も似たようなものだった。

 

 自作ボールの作り方と、これを使えばポケモンを捕まえられるという部分だけが切り取られて広がっている。

 

 ばりばりだまのような逃走用の道具も教えたし、不用意に近づくことを勧めた覚えもない。それでも、最初から最後まで全部読んでから動く人間ばかりではないらしい。

 

「思ったより早かったな……」

 

 スマートフォンを机へ置く。

 

 ポケモンが急に凶暴になったわけではない。

 

 今までは遠くから写真を撮るだけだった人間まで、捕獲できる道具を手にしたことで積極的に近づき始めた。接触する人数そのものが増えれば、当然反撃される人間も増える。

 

 ベッドの上では、ポッポがいつも通り羽繕いをしていた。キャタピーは食事を終えて身体を丸め、ニドラン♀はこちらを見ながら耳を動かしている。

 

 この部屋の中では、この一週間でポケモンとの生活が少しずつ日常になり始めていた。

 

 その一方で、関東では別の意味で人間とポケモンの距離が急速に縮まりつつあるらしい。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。