ポケモン現代入り   作:ささみ

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第10話

 

 

 

 昨日見つけたニュースの記事は、朝になってもまだ上位に残っていた。

 

 ポケモン関連の負傷者増加、自作モンスターボールの流通。それを使って捕獲しようと山や公園へ入り、反撃されて怪我をする人間。

 

 寝る前にも少し確認したが、一晩経ったところで状況が大きく変わるはずもなく、SNSには新しい捕獲報告と失敗報告が増えていた。

 

「……面倒になってきたな」

 

 朝食を食べながらスマートフォンを眺めていると、机の上にいたポリゴンがこちらへ顔を向けた。

 

「いや、お前じゃない」

 

 短く電子音が返ってくる。何を言われたのかは分からないが、とりあえず抗議された気がした。

 

 問題なのはネットの方だ。

 

 自作モンスターボールの作り方を公開した時点で、こうなる可能性がなかったとは言わない。作れる人間が増えれば、そのうち売る奴も出るし、売られているならポケモンについて何も知らない人間でも買える。

 

 そこまでは当たり前の流れなのだが、実際に始まってみると思っていた以上に早かった。

 

 俺が最初に掲示板へ書き込んだ頃は、ポッポの名前を一つ教えるだけでもそれなりに騒がれていた。それが今では、名前も生態も知らないポケモンを見つけて、先にボールを投げてから「こいつ何?」と聞いている人間までいる。

 

 順番がおかしい。

 

 捕まえたいと思うこと自体は別にいい。俺だって捕まえているし、これからも増やすつもりだ。

 

 ただ、相手が何なのかくらいは知ってから近づいた方がいいだろう。少なくとも、何も知らずに群れへ突っ込んだり、巣まで追い回したりする奴は多少減る。

 

「……一匹ずつ答えるのも面倒だしな」

 

 今後も、これは何というポケモンなのか、何を食べるのか、進化するのか、危険なのか、どんな技を使うのかと聞かれるのは目に見えている。

 

 新しいポケモンが見つかるたびに同じことを繰り返すくらいなら、最初から全部まとめて置いておけばいい。

 

「ポリゴン。図鑑作るぞ、人に見せる用の」

 

 呼びかけると、モニターの前にいた身体がこちらへ向き、電子音が一度鳴った。

 

 スマートフォンに入っている全国図鑑アプリを開き、地方ごとに分かれた一覧からカントー図鑑を選ぶ。

 

 最初に表示されたのはフシギダネ。No.001。

 

 そこから下へ見ていけば、ミュウまでの百五十一種類が並んでいる。

 

 全国図鑑の方には、この先の地方にいるポケモンや特殊な姿なんかも纏められているが、今それを全部出す必要はない。現在関東に現れているのは、あくまでカントー地方に属するポケモンたちだ。

 

 その百五十一種類についても、今の関東ですべて確認されているわけではない。

 

 そもそも、出現場所は完全なランダムではなかった。

 

 元のカントー地方で何番道路に何がいたのか、どの山や洞窟、水辺に何が生息していたのか。それを現実の関東地方の地形や位置関係に重ねると、大体の分布が見えてくる。

 

 ゲームの地図と現実の地図を完全に一致させられるわけではないが、方角や地形、街同士の位置関係を合わせれば、どの辺りに何が出る可能性が高いかくらいは絞れる。

 

「これも載せとくか」

 

 ポケモンの説明だけではなく、おおよその生息地域も入れておく。

 

 もちろんポッポやコラッタみたいな元々広範囲に出現する種類は別だ。ああいう連中は今の関東でもかなり広く分布しているし、道路一本に沿ってきっちり生活圏が区切られているわけでもない。

 

 それでも、山岳、森林、洞窟、河川、海岸といった環境まで合わせれば十分参考にはなる。

 

「問題はどこまで書くかだな……」

 

 ゲームの図鑑説明をそのまま並べても、この世界の人間にはあまり役に立たない。

 

 必要なのは名前や分類、タイプ、大きさ、生息する場所、食べるものや普段の習性。進化するなら進化先もあった方がいいし、その種を説明する上で特に目立つ特徴や、注意した方がいい能力や技も載せておきたい。

 

 野生で見つけた時に何へ気を付けるべきかも必要だろう。

 

 一方で、知能や人間への態度を全種類に共通する項目として書く気はなかった。

 

 同じポケモンでも性格は違う。

 

 警戒心の強い個体もいれば、自分から人間へ近づいてくる個体もいる。種全体をひと括りにして「人懐っこい」だの「攻撃的」だの書けば、それを信じて近づく奴が絶対に出てくる。

 

 ただ、種そのものの特徴になっているなら話は別だ。

 

 異常なほど知能が高いとか、人間では比較にならないほど力が強いとか、身体そのものに特殊な性質があるとか。そういうものまで個体差で済ませる必要はない。

 

「危険度とかは……いらないな」

 

 AだのBだので分ければ分かりやすいとは思うが、正確ではない。同じ種類でも強さには差があるし、未進化だから安全とも限らない。

 

 危険度が低いと書いてあるから近づいた、なんてことになれば余計に面倒だ。

 

 代わりに、図鑑の最初へ注意書きを入れておく。

 

『危険性について特記されていないポケモンが安全という意味ではありません。野生個体には可能な限り不用意に接近しないでください』

 

「こんなもんか」

 

 ポリゴンが電子音を鳴らし、画面の端に作成中の文書を表示する。

 

 試しにポッポから作ってみる。

 

 分類やタイプ、大きさ、生息環境や食性。群れを作ることがある点や進化先、それから嘴や爪だけではなく風を利用した技も使うこと。

 

 分布については広域。

 

 巣や雛がいる場所では警戒が強くなる可能性があることも付け足した。

 

「……これ百五十一匹やるのか」

 

 始める前から少し嫌になった。

 

 一匹ずつ質問されるのが面倒だからまとめようと思ったのに、まとめる作業そのものが普通に面倒だった。

 

 とはいえ、一度作ってしまえば後が楽になる。

 

 文章も全部自分で打つ必要はない。俺が内容を伝えれば、ポリゴンが同じ形式へ整理してくれる。分布についても、俺が覚えているカントー地方の地図と出現場所を元にして、現実の関東地方の地図と照らし合わせればいい。

 

「次、コラッタ。食性は雑食。人間の生活圏にも普通に入り込む。こいつも分布はかなり広い。歯は伸び続けるから硬い物を齧る習性がある。あと――」

 

 そこからしばらく、俺が喋ってポリゴンがまとめる作業が続いた。

 

 キャタピー、トランセル、バタフリー。

 

 ビードル、コクーン、スピアー。

 

 今の関東で既に何度も確認されている種類は、実際に起きている被害も考えながら注意点を少し多めにしていく。

 

 特にスピアーは、巣へ近づかないことを目立つように書いておいた。あいつらを一匹見つけたからといって、周囲に一匹しかいないとは限らない。

 

 追いかけた先が群れの縄張りだった、なんてことになれば洒落にならない。

 

 逆に、今のところ一般人がまず遭遇しそうにない種類については、基本的な情報だけでも十分だろう。

 

 気付けば昼をとっくに過ぎていた。

 

「一回休憩するか。お前らの飯もあるし」

 

 椅子から立ち上がる。

 

 床ではヒトカゲが横になり、その近くでニドラン♀が丸くなっている。ポッポはベッドの上で眠り、キャタピーもいつの間にか動かなくなっていた。

 

 冷蔵庫から食材を取り出しながら、ふと思う。

 

 一般向けはこれでいい。

 

 ただ、今後のことを考えるなら、それだけで終わらせるのも面倒だった。

 

 このまま怪我人が増えれば、当然行政も動く。警察や消防が対応に駆り出され、何も分からないまま事故でも起こせば、今度は危険生物として一律に規制しろという話も出てくるだろう。

 

 最悪、捕獲そのものを禁止するとか、飼育を厳しく制限するとか言い出してもおかしくない。

 

「それは普通に困るんだよな……」

 

 俺は別に、日本中の知らない誰かを助けたいわけではない。

 

 目の前で困っている人間ならともかく、遠くで起きている事故の一つ一つまで気にしていたらきりがない。

 

 けれど、日本社会そのものがポケモンのせいで滅茶苦茶になるのは話が別だった。

 

 電気も水道も物流も普通に動いていてほしいし、店にも病院にも警察にもちゃんと仕事をしてもらいたい。俺だってその社会の中で生きている。

 

 それに、この世界でポケモンと暮らす人間が増えるなら、いずれ絶対に必要になるものがある。

 

 ポケモンを診られる医療施設。

 

 怪我や状態異常を治療して、預けたり相談したりできる場所。

 

 ゲームで言うところのポケモンセンターみたいな役割だ。

 

 今の動物病院へヒトカゲを連れていったところで、まともに診察できるとは思えない。ゴースなんて連れて行った日には、そもそもどこを診ればいいのかから始まる。

 

 そういう仕組みを作るのは俺の仕事ではない。

 

 でも、行政側がポケモンについて何も分からないまま右往左往していれば、出来るものも出来ない。

 

「……先に情報投げとくか」

 

 困ってから俺のところへ話が飛んでくるより、その方がいい。

 

 今のうちに知っていることを渡して、向こうで勝手に調べて、勝手に対策を作ってもらう。将来ポケモン向けの病院なり施設なりが出来れば俺にも便利だし、無茶な規制をされる可能性も下がる。

 

 社会がポケモンに慣れるまでの時間を少し短くできるなら、それに越したことはない。

 

「ポリゴン。政府用も作るぞ」

 

 昼食を済ませてから、一般公開用とは別に新しいファイルを作った。

 

「こっちは……図鑑って量じゃないな」

 

 まずはポケモンという生物そのものについて。

 

 タイプ、技、特性、進化、捕獲、モンスターボール。ひんしと死亡は別物であることや、ポケモンが人間の言葉をかなり高い水準で理解できることも書いていく。

 

 技を使ったり、適度に戦ったりすることが成長だけではなく心身の状態にも関係することも必要だろう。

 

 各種の情報は、一般公開用よりさらに細かくする。

 

 生息環境や食性はもちろん、群れを作るか、縄張りを持つか、活動する時間、繁殖、移動能力、周囲の環境へ与える影響。

 

 分布についても、原作のカントー地方における出現場所と、現実の関東地方を照らし合わせた予測範囲を付けておく。実際の目撃情報と合わせれば、向こうでもかなり絞り込めるはずだ。

 

 毒や麻痺、睡眠、火炎、電撃みたいな分かりやすい危険だけではなく、精神へ作用するものや、普通の物理的な対処ではどうにもならない種類についても書いておく。

 

 当然、対処法もいる。

 

 見つけても近づかない方がいいもの。

 

 周囲から人を離した方がいいもの。

 

 巣を刺激してはいけないもの。

 

 警察官が普段の装備だけで無理に対応しない方がいいもの。

 

 逆に、下手に追い払わず離れてしまえば、それだけで済む種類もいる。

 

「あと……使える方もか」

 

 ポケモンは危険なだけの生き物じゃない。

 

 警察、消防、医療、災害救助。

 

 仕事によっては、ポケモンの能力がそのまま役に立つ分野がいくらでもある。

 

 どの組織ならどんなポケモンと相性がいいか。どんな能力が使えるのか。捕まえたからといって命令を聞くわけではなく、まず信頼関係を作る必要があること。

 

 その辺りもまとめておくことにした。

 

 具体的にどのポケモンをどう運用するかまで、俺が決める必要はない。候補と理由だけ渡して、そこから先は向こうで考えればいい。

 

「……こっちは普通に仕事だな」

 

 一般向けの図鑑より明らかに量が多い。

 

 しかも、カントー分だけを書いて終わりにはできなかった。

 

 今の関東に現れているのは最初の百五十一種類に過ぎず、一か月が経てば次が来る。

 

 ジョウト。

 

 その後も、さらに続く。

 

 カントーだけ教えておいて、次にまた何も知らない状態から騒がれるのも面倒だ。

 

「毎回先に送っとけばいいか」

 

 どうせ俺には、次に何が出るのか分かっている。

 

 政府向け資料の最後に、今後についての項目を追加する。

 

『現在発生している現象は、関東地方で確認されている種のみで終了しない可能性が極めて高い』

 

 続けて、次に現れるポケモンについても書いていく。

 

『次段階では、便宜上「ジョウト地方」と呼称する地域に由来する生物群の出現が予想される。出現地域、該当種、生態、危険性、対処法については時期が近づき次第、改めて同様の資料を送付する』

 

 出現すると考えられる地域についても、現時点で分かっている範囲を書いておく。

 

 近畿、東海、四国。

 

 まだ一般へ公開するつもりはないが、行政には準備する時間があった方がいい。

 

 突然現れてから警察や消防が慌てるより、先に資料だけ渡しておけば、少なくとも俺が後から何度も説明する必要はなくなる。

 

「原因とか聞かれても困るんだけどな」

 

 アルセウスについてまで書く必要はない。

 

 説明したところで信じるかどうかは分からないし、そもそも俺だってあいつが何を考えているのか全部知っているわけではない。

 

 向こうが必要なのは原因より、これから何が起きるかと、どう対処すればいいかだろう。

 

 夕方近くになって、ひとまず政府向けの資料が形になった。完成というより、現段階で渡せる分をまとめたと言った方が近い。

 

 必要になれば後から追加すればいい。

 

「ポリゴン。これ、必要そうなところに送れるか? 俺の情報は出さないように」

 

 モニターの中でポリゴンがこちらを向く。

 

「政府関係。警察とか消防とか、その辺でちゃんと読まれそうなところ。別に無理して中に入ったりしなくていいからな。普通に送れる場所からでいい」

 

 電子音が返ってきた。

 

 省庁や警察、消防、防災関係には公開されている情報提供窓口もある。いくつかへ同じ資料を送っておけば、どこかでは確認されるだろう。

 

 送信元やファイルに残る情報については、俺が触るよりポリゴンに任せた方が確実だ。

 

「頼む」

 

 数秒後、画面の隅に処理終了の表示が出た。

 

「……早いな」

 

 これで向こうが何もしなかったなら、それはもう俺の知ったことじゃない。

 

 少なくとも必要な情報は渡した。

 

 後は勝手にやってもらえばいい。

 

 残っていた一般公開用の図鑑を最後まで確認し終えた頃には、外はすっかり暗くなっていた。

 

 一日でやる量ではなかった気がする。

 

「もういい。出すか」

 

 細かい誤字や表記はポリゴンにも確認してもらった。完璧を目指して何日も抱えるより、今必要としている人間へ早く渡した方がいい。

 

 掲示板を開き「ポケモン有識者」の名前で書き込み欄を開く。

 

『毎回聞かれるの面倒だから、関東で出るポケモンを一通りまとめた』

 

 その下へ作った資料へのリンクを貼る。

 

『今確認されてない奴も入ってる。カントー図鑑151種類。生息地域は今分かってる範囲と、元の分布からの予測も入れてる』

 

「……まあいいか」

 

 投稿。

 

 少し待つと、早速通知が増え始めた。

 

 百五十一種類全部に、まだ確認されていない進化先や生息地域の予測まで入れている。これまでみたいに「妙に詳しい奴」で済むかは怪しいが、その辺は後で考えればいい。

 

「質問来たら図鑑見ろで済むな」

 

 ポリゴンが短く鳴いた。

 

 政府にも情報は投げた。

 

 一般向けの図鑑も出した。

 

 これで何か起きるたびに、俺が一から説明する必要は少し減るだろう。

 

 少なくとも、それくらいには役立ってもらわないと困る。

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