ポケモン現代入り 作:ささみ
札幌を離れ、十勝の実家へ向かっている。
関東にポケモンが現れてから、もう三週間目。次の変化まであと10日もない。
その間に関東へ行き、ポケモンを捕まえ、札幌へ戻って仕事を辞め、住んでいた部屋まで引き払った。
「……まだ一ヶ月経ってないんだよな」
改めて考えると、とんでもなく慌ただしい。
大きな荷物は引っ越し業者へ任せてある。交換装置なんかは当然そちら側で、今持っているのは当面必要な物を詰めた鞄と、ポケモンたちの入ったボールくらいだ。
正式なモンスターボールが6個、自作が4個。
合計10匹。
関東へ向かう前はポリゴンしかいなかったことを考えると、増えたものである。
そりゃワンルームも狭くなるわ。
窓の外へ目を向ける。
北海道には、まだポケモンはいない。
畑の上を飛んでいるのは普通の鳥で、草むらにキャタピーやビードルがいるわけでもない。畑からディグダが顔を出すことも、電柱の横にコイルが浮かんでいることもなかった。
少し前なら何とも思わなかった光景なのに、関東から戻った後だと妙に静かに見える。
向こうでは、もうポケモンを一匹見かけた程度では大騒ぎにもならなくなり始めている。
たった三週間でそれだ。
「慣れるもんだよなぁ……」
人間もそうだし、ポケモン側もそうなのだろう。
もっとも、この北海道にポケモンが現れるのはまだ先だ。
次はジョウト。
その次も、その次もある。
今は何もいないこの景色にも、いずれシンオウのポケモンたちが混ざることになる。
「……先長ぇなぁ」
今から全部考えても仕方がない。
スマートフォンへ目を落とすと、ニュース欄には相変わらずポケモン関連の記事が並んでいた。
自作モンスターボールによる捕獲、野生個体との接触事故。昨日公開した図鑑PDFまで、既に記事になっている。
少し迷って、そのまま画面を閉じた。
一般向けには図鑑を出した。
公的機関には、もっと詳しい情報も送った。
これ以上まで俺が面倒を見る必要はない。
少なくとも今日は、関東で誰が何を捕まえようとして失敗したかより、もっと身近な問題がある。
「親になんて言うかな……」
実家へ戻ることも、仕事を辞めたことも伝えてある。関東へ行っていたことも一応は話していた。
ただし、ポケモンを10匹連れて帰るとは一言も言っていない。
俺が掲示板の「ポケモン有識者」であることも、図鑑に載せた情報を最初から知っていることも話す気はない。アルセウスや交換装置についても同じだ。
説明したところで、話がややこしくなる。
関東でポケモンを捕まえた。
それを連れて帰ってきた。
家族に伝える分には、それで十分だろう。
「まあ、実物見せた方が早いか」
どう切り出すか考えていたが、結局そこに落ち着いた。
◆
「ただいま」
「おかえり、思ったより早かったね。もっと遅くなるかと思ってた」
玄関を開けると、母親が奥から顔を出した。
札幌の部屋に慣れていたせいか、実家の玄関が妙に広く感じる。
「荷物ほとんど業者に任せてるからね。今日は手持ちだけ」
「そう。とりあえず上がんなさい。お父さん、悠真帰ってきたよ」
「聞こえてるよ」
居間の方から父親も出てくる。
久しぶりというほど離れていたわけでもないので、特に感動的な再会にはならない。
顔を見るなり、父親は少し呆れたようにこちらを見た。
「で、本当に仕事辞めてきたのか。戻ってくるって言っても、次決めてからだと思ってたんだけどな」
「そこはまあ、しばらく何とかなるから。次の仕事探すにしても、今すぐじゃなくていいかなって」
「その『何とかなる』が一番信用ならんのだわ。こっち戻るのは構わんけど、面倒だけは増やすなよ」
「分かってるって。別にずっと寝て暮らすつもりじゃないから」
「ならいいけどな」
小言は言われたが、本気で反対されている感じでもない。
元々、戻ってくること自体には何も言われなかった。
問題はむしろ、これから説明する方である。
荷物が届く時間や、前に使っていた部屋をそのまま使うことなんかを話していると、母親がふと思い出したようにこちらを見る。
「そういえば、あんたが先に送ってきた変なのあるでしょう。木の実とか、石みたいなのとか」
「ああ、あれね。その話もしないと駄目だった」
「しないと駄目って何よ。こっちは何かも分からないから、届いた箱そのまま置いてあるんだけど」
「それでいいよ。下手に触らなきゃ別に危なくないから」
「……下手に触ったら危ないの?」
「物によっては」
母親の顔が露骨に険しくなった。
「先に言いなさいよ、そういうことは」
「だから触らず置いといてくれて助かった」
「褒めて誤魔化さないの」
先延ばしにした俺が悪い。
少し考えてから、ちょうどいいのでそのまま本題へ入ることにした。
「まあ、それも含めて説明するわ。最近ニュースでずっとやってるだろ、ポケモン」
「関東に急に出てきたっていう、あれでしょう? 毎日のようにやってるじゃない」
「そう、それ」
テレビでも散々流れている。
ポケモンという言葉そのものが通じるだけ、最初から説明するより遥かに楽だ。
「俺、関東行ってた時に何匹か捕まえてきたんだよ」
言った途端、二人の視線が止まった。
先に反応したのは父親だった。
「捕まえたって……あのテレビでやってる生き物をか?」
「そう。モンスターボールってあるだろ。あれ使って」
「ボールの話はニュースでも見たけど、お前あれ買ったのか?」
「そこはちょっと違うんだけど、まあ今はいいや。説明すると長くなる」
そのうち必要なら話せばいい。
今全部説明し始めたら、それだけで日が暮れる。
母親は既に別の部分が気になったらしく、俺の鞄へ視線を落としていた。
「何匹捕まえたの? 一匹とか二匹なら、まあ連れてきたっていうのも分かるけど」
「10匹いる」
一瞬、静かになる。
「……ちょっと待って。今、何匹って言った?」
「10匹。関東行ってる間に捕まえた」
「捕まえたじゃないわよ。あんた一人暮らしの部屋で10匹も飼ってたの?」
「だから実家に戻ってきた理由の一つがそれなんだって。流石にあの部屋じゃ狭すぎる」
「そりゃ10匹もいたら狭いでしょうよ。何でそんなになるまで捕まえるの」
「そりゃ欲しかったからだけど」
「小学生みたいな理由で10匹増やさないでよ」
「大人でも欲しいものは欲しいだろ」
「開き直るな」
自分でもまともな反論ではないと思う。
でも、欲しかったものは仕方がない。
ポケモンが本当にいる世界になったのに、目の前にいるポケモンを捕まえず我慢するという選択肢は最初からあまりなかった。
父親が会話を聞きながら鞄を見る。
「で、その10匹ってのは今どこにいるんだ? まさか引っ越し業者の荷物に入れてないだろうな」
「そんなことするわけないだろ。ちゃんと全部ここにいるよ」
鞄を軽く叩く。
二人の視線が揃って下へ向いた。
「その鞄に10匹入ってるの?」
「正確にはこの中のボール。ほら、テレビでも見たことあるだろ」
モンスターボールを一つ取り出す。
母親が少し身を乗り出して眺めた。
「ああ、本当にあの丸いやつだ。テレビで見ても不思議だったけど、こんな小さい物に生き物が入ってるのね」
「俺も最初はそう思ったよ。実物見た方が早いから、一匹出すわ」
「ちょっと待って。危ないやつじゃないでしょうね?」
「最初からそんなの出さないって。こいつなら大丈夫」
流石に最初からゴースを出すほど意地は悪くない。
ビードルも毒針がある。
ヒトカゲは尻尾が燃えている。
そう考えると、最初に出すならポッポが一番無難だった。
ボールを構える。
「ただ、一応先に言っとく。ポケモンはかなり頭いいからな。こっちが普通に話してることも大体分かってる。そこは犬とか猫と同じ感覚で考えない方がいい」
「そんなに分かるの? テレビじゃそこまで言ってなかった気がするけど」
「個体差はあるけど、少なくとも俺が捕まえた奴らは話の内容をかなり理解してるよ。返事が日本語じゃないだけで」
「鳥みたいなのに?」
「見た目は鳥だけどな」
ボタンを押す。
光が床へ伸び、その中から小さな身体が現れた。
「ポォ」
出てきたポッポは、すぐには動かなかった。
知らない部屋。
知らない人間が二人。
首を左右へ動かして様子を窺ってから、見慣れた俺の方へ歩いてくる。
「ここが実家。しばらくここで暮らすから、変なところ勝手に飛んでくなよ」
「ポォッ」
こちらを見上げながら返事をする。
そのやり取りを見ていた母親が、少し目を丸くした。
「……本当に今の分かってるの?」
「だから言っただろ」
「いや、聞くのと実際見るのは違うでしょうよ。ちゃんと返事してるじゃない」
初めて見る側ならそうなるか。
俺にとってはもう普通になっていたが、三週間前までこんな生き物は存在すらしていなかった。
父親の方は、驚きより興味の方が勝ち始めたらしい。
しゃがみ込んでポッポを見る。
「これがポッポってやつか。ニュースで何度も見たけど、実際見ると結構小さいんだな」
「個体差もあるし、こいつはまだ進化前だからね」
「触っても平気なのか?」
「いきなり掴んだりしなきゃ大丈夫だと思う。嫌なら自分で離れるから」
父親が様子を見ながら手を伸ばす。
ポッポはその指先へ一度目を向けたものの、逃げることはなかった。
胸元を軽く撫でられる。
「おお……柔らかいな」
声が少し緩んだ。
まだ一匹目なんだが。
「気に入られたんじゃない?」
「まだ触っただけだろ。そんなすぐ分かるか」
そう言いながら手は離していない。
多分、こっちは放っておけば勝手に仲良くなるだろう。
母親はそんな二人を眺めた後、こちらへ顔を向けた。
「これが10匹いるのよね?」
「そうだけど」
「……残りも、こういう大人しい子?」
頭の中で残りを思い浮かべる。
コラッタ。
キャタピー。
ニドラン♀。
その辺まではいい。
毒針のあるビードル。
尻尾が燃えているヒトカゲ。
壁を抜けるゴース。
そもそも生物なのか説明しづらいポリゴン。
「いや、全然違う」
少し考えてから答えると、母親が嫌そうに眉を寄せた。
「何でそこで考え込んだのよ」
「説明しづらいのが何匹かいるからなぁ」
「もう嫌な予感しかしないんだけど」
まあ、実際に見せるしかない。
ポッポ一匹でこれなら、残りを全部紹介し終わる頃にはどうなっているのやら。
足元では、そんなことなど知らないポッポが父親に撫でられたまま気持ち良さそうに目を細めている。