ポケモン現代入り 作:ささみ
実家へ戻ってから数日。
奥の納屋は、どうにかポケモンたちが過ごせる程度には片付いた。
古い棚や使わない道具を端へ寄せ、床を掃除して、餌や水を置ける場所を作る。大した設備ではないが、札幌のワンルームと比べれば、それだけでも十分すぎるほど広い。
ポッポは早々に梁の一つを自分の場所に決めたらしく、気付けば大体そこにいる。
父さんもそれを覚えたらしく、納屋へ来るたびに上を見ては声をかけていた。
仲良くなるのが早い。
母さんの方も、規格外になった野菜を使えそうなものと駄目なものに分けて置いてくれるようになった。
予想以上に順応している。
そんな中、今まで後回しになっていたことが一つあった。
「そろそろ、ちゃんと育てるか」
家の裏手にある空き地で、集まったポケモンたちを見る。
関東にいた間は捕まえることと素材集めが優先だったし、札幌へ戻ってからは10匹の世話と引っ越し準備で手一杯だった。
戦う機会自体は何度かあったものの、育成という意味ではほとんど何もしていない。
トレーナー同士のバトルなんてまだ先でいい。
それ以前に、こいつらが何をどの程度できるのか、俺自身がちゃんと把握しておきたかった。
「今日は技の確認と練習な。無理に強く撃たなくていいから」
返事代わりに何匹かが鳴く。
訓練場所に選んだのは、農地から離れた使っていない一角だった。道路からも見えにくく、多少走り回ったところで作物を踏む心配もない。
とはいえ何でも自由に使わせるわけにはいかない。
ヒトカゲには火を飛ばす方向を限定。
毒を使う技は当面控える。
ポッポも上空へ高く飛ばせない。
何もない荒野ならともかく、ここは普通の農家である。
「まずポッポ。あそこまで飛んで戻ってきて。高く上がりすぎんなよ」
「ポォ!」
指差した杭へ向かって飛び出す。
真っ直ぐ飛んで、杭の上で一度止まり、そのまま折り返してくる。
「もう一回。今度は途中で右」
飛び出したポッポへ、途中で右手を振る。
一瞬遅れて進路が変わった。
「お、ちゃんと見えてるな」
戻ってきたポッポが、そのまま肩へ降りる。
「いや、休憩には早いぞ」
「ポォ?」
「不思議そうな顔しても駄目」
知識としてポッポがどんな技を覚えるのかは知っている。
でも、実際どの距離まで指示が通るのか、飛んでいる最中にどの程度こちらを見ているのかなんてものはゲームには出てこない。
当然と言えば当然だった。
「次、ヒトカゲ。ひのこ。あの的な」
「カゲ!」
少し離れた場所に置いた土入りの金属容器を指す。
ヒトカゲが息を吸い、小さな火の粉を吐いた。
火は狙った場所より少し右へ逸れ、容器の縁へ当たる。
「今のもう一回。威力はそのままで、左に少し修正」
「カゲッ」
二発目。
今度は土の中央へ火の粉が散った。
「そう、それでいい」
強く撃つだけなら簡単なのかもしれない。
でも、今必要なのは威力より制御だ。
農場で火を使う以上、狙ったところへ飛ばせない方がよほど困る。
ヒトカゲ自身も当たったのが分かったらしく、嬉しそうにこちらを振り返る。褒めてやると尻尾の炎まで少し大きく揺れた。
ゲームでは同じ「ひのこ」でも、現実では撃つ角度も距離も、本人の調子も毎回違う。
こういう部分を覚えるところから始める必要がありそうだった。
「これ、毎日やらせるのか?」
いつの間にか見物に来ていた父さんが、少し離れたところから声をかけてきた。
「毎日同じことはやらないよ。身体動かすのも必要だし、技も使わせた方がいいから」
「犬の散歩みたいなもんか?」
「もっと運動部寄りかな。種類によっては戦ったり技使ったりするのが普通だから、何もしないでずっと飼ってりゃいいって生き物でもないんだよ」
「思ったより手間かかるんだな。10匹全部やるんだろ?」
「そこはまあ、順番にやるしかないかな」
「自分で増やしたんだから頑張れよ」
笑いながら言われる。
そこを突かれると何も言えない。
今日は全員に同じだけ時間を使うつもりもなかった。まずは出来ることを確認して、次からそれぞれに合わせた内容を考えればいい。
ポッポとヒトカゲの後は、キャタピーとビードル。
少し離れた場所へ板を立て、その中央と左右に簡単な印を書いてある。
「キャタピー、真ん中狙っていとをはく」
「キャタ!」
身体を少し反らせた直後、白い糸が勢いよく飛ぶ。
狙った中央より上。
板には当たったものの、思った以上にずれていた。
「惜しい。次もう少し下」
キャタピーがもう一度構える。
今度は先ほどより低い位置へ飛び、中央の印へかなり近づいた。
こちらの言葉を理解した上で、自分なりに角度を修正しているらしい。
続いてビードル。
「ビードルも同じ。真ん中狙ってみて」
「ビィ!」
飛び出した糸は、今度は少し右へ逸れた。
もう一度。
さらにもう一度。
最初は板へ当てるだけだったものが、繰り返すうちに少しずつ印へ集まり始める。
「こういうのも練習いるんだな……」
技を覚えている。
だからといって、どんな状況でも完璧に使えるわけではないらしい。
考えてみれば当たり前だ。
人間だってボールを投げられるからといって、最初から狙った場所へ正確に当てられるわけじゃない。
ゲームでは「いとをはく」を選べば命中するか外れるかだけだったが、現実にはその間にいくらでも差がある。
どこを狙ったのか。
どの程度の速さで飛ばすのか。
相手が動けば、それを追えるのか。
そういうもの全部ひっくるめて、使える技なのだろう。
「ビードル、まだいけるか?」
「ビィ!」
疲れた様子もなく、身体を起こして返事をする。
キャタピーより少しレベルが高い分、体力にも余裕があるのかもしれない。
「じゃあ次は左の印。さっきよりちょっと遠いけど、狙ってみて」
板の位置を少し動かす。
ビードルはそちらへ身体を向け、狙いをつけるように少し動きを止めた。
その瞬間だった。
「ん?」
黄色い身体を、淡い光が包んだ。
最初は陽の光でも反射したのかと思ったが、すぐに違うと分かる。
ビードルの輪郭そのものが光の中へ溶け始めていた。
本人も何かが起きていることには気付いたらしく、さっきまで構えていた身体を止めている。
「ビィ……?」
「おお……」
来た。
知識として何度も見てきたもの。
でも、実物を見るのは当然これが初めてだった。
「進化だ」
「これが進化なのか?」
父さんもさっきまでいた場所から近寄ってくる。
俺自身も思わず一歩前へ出ていた。
「そのままで大丈夫。ビードル、動かなくていいぞ」
声をかけながら見守る。
光の中で、小さかった身体の形がゆっくりと変わっていく。
細長かった胴体が縮むように纏まり、その代わりに全体が大きく、太くなっていく。何秒もかからない変化なのに、その一瞬だけ妙に長く感じた。
やがて眩しさが薄れ、光が消える。
そこには、さっきまでのビードルとはまるで違う姿が残っていた。
「……コクーン」
黄色い殻に全身を包んだ、蛹のような姿。
さっきまで地面を這い、糸を飛ばしていた面影はほとんどない。
ただ、こちらへ向いている目だけは変わらなかった。
「これで進化したのか?」
「した。ビードルの次がコクーン」
「随分変わるんだな。さっきまで普通に動いてたのに」
「ここからもう一回進化するけどね」
「まだ変わるのか」
父さんがコクーンと俺を交互に見る。
無理もない。
ビードルからこれだけ変わった直後に、さらに先があると言われても実感しづらいだろう。
俺はコクーンの前へしゃがみ込む。
図鑑で見慣れた姿そのものだ。
それでも、画面で見るのと目の前にいるのとではまるで違う。
「大丈夫か?」
「コォ……」
僅かに身体を揺らし、小さく鳴く。
ちゃんと返事が返ってきたことに少し安心する。
進化そのものに問題がないことは知っている。それでも、数秒前までビードルだった個体が突然ここまで姿を変えれば、知識だけで何も感じないというわけにはいかなかった。
キャタピーも近寄ってきて、コクーンの周りをうろうろしている。
自分と似た虫ポケモンが突然姿を変えたのが気になるらしい。
こいつも条件が整えば、いずれトランセルになる。
その時も、きっと今と同じように知っている光景を初めて見ることになるのだろう。
「悠真、こいつ動かないけど大丈夫なのか?」
父さんも少し心配になったらしい。
コクーンは先ほどからほとんど同じ姿勢のまま、目だけをこちらへ向けている。
「大丈夫。コクーンは元々ほとんど動かないんだよ。中で次の身体作ってる時期だから」
「飯はどうするんだ?」
「今まで蓄えた栄養を使う。だから基本はこのままでいい」
「本当に蛹なんだな」
「そこはかなり虫っぽいよな」
もっとも、中で作られているのは普通の蜂とは比較にならないものだが。
次はスピアー。
人間よりも大きな身体で空を飛び、両腕に巨大な針を持つ。
今抱き上げようとしている黄色い蛹から、あれが出てくる。
知っていても不思議な話だった。
両手を回して持ち上げてみると、殻は見た目以上にしっかりしていた。ビードルの柔らかい身体とは感触からして違う。
「思ったより硬いな」
「コォ」
「しばらく納屋に場所作るか。梁の下だとスピアーになった時に飛びやすそうだし」
腕の中のコクーンへ話しかける。
「次に進化しても、いきなり納屋の中飛び回るなよ。まず俺呼んでくれ」
「それ、今から言って分かるのか?」
「言ってる意味は多分分かってるよ。進化した後に覚えてるかは……まあ、その時だな」
「適当だなぁ」
「俺だって育てるの初めてなんだから仕方ないだろ」
知識ならある。
コクーンが何を覚えるのかも、どんな性質なのかも、その先でスピアーになることも分かっている。
でも、実際に育ててみれば、分からないことはいくらでも出てきた。
ポッポが飛びながらどこまでこちらを見られるのか。
ヒトカゲが自分で火力をどこまで調整できるのか。
キャタピーやビードルが狙った場所へ技を当てるにはどれだけ練習が必要なのか。
進化した直後の本人が、どんな様子になるのか。
ゲームの知識には、その辺が丸ごと抜けている。
当たり前だ。
画面の中では数値とコマンドで済んでいたものが、今は一匹一匹自分で考えて動いている。
「……まだまだだな」
腕の中のコクーンを見る。
捕まえるだけなら、もう10匹いる。
次の地方が現れれば、欲しいポケモンはさらに増える。
だからこそ、その前に。
ただ知っているだけじゃなく、今いるこいつらがどういう奴なのかくらいは、ちゃんと自分で分かるようになっておきたかった。