ポケモン現代入り   作:ささみ

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カントー出現
第1話


 

 

 土曜日の朝。

 

 カーテンの隙間から入り込んだ日差しが顔に当たり、ゆっくりと目を覚ました。枕元を手探りしてスマートフォンを掴み、眩しさに目を細めながら画面を点ける。

 

 午前九時を少し回ったところだった。

 

「……九時か」

 

 今日は休みだ。

 

 アラームに叩き起こされることもなければ、慌てて着替えて工場へ向かう必要もない。昨日まで延々と流れてくる弁当に唐揚げを乗せ続けていたのだから、もう少しくらい寝ていても罰は当たらないだろう。

 

 そう思ってスマホを枕元へ戻し、もう一度目を閉じようと寝返りを打った。

 

 そこで、視線が止まった。

 

「……なんだあれ」

 

 昨日まで何もなかった部屋の隅に、知らない機械が置かれていた。

 

 一度目を閉じる。

 

 開く。

 

 まだある。

 

「…………」

 

 今度は目をこすってから確認した。

 

 当然のように消えない。

 

「夢じゃないよな……?」

 

 ベッドから身体を起こし、改めてそれを見る。

 

 ワンルームには明らかに不釣り合いな大型の装置だった。金属と樹脂を組み合わせたような外装は、家電と呼ぶには大仰で、かといって工場設備にしては妙に丸みを帯びている。表面では青や緑の小さなランプが規則正しく明滅し、静かな部屋の中には低い作動音まで響いていた。

 

 寝ている間に誰かが運び込んだ、と考えるには少々無理がある。

 

「これ玄関通ったか……?」

 

 少なくとも一人や二人でこっそり運び込める大きさではない。

 

 恐る恐る近づき、外装へ手を触れる。冷たい感触が指先へ返ってきた。試しに少し押してみると、床へ固定されているわけではないらしい。ただし、動かそうと思って簡単に動くような重量でもなかった。

 

 移動させるなら台車と複数人。遠くへ運ぶならトラックか、素直に引っ越し業者へ頼むような代物だ。

 

「……寝ぼけてんのかな。いや、さすがにこれは寝ぼけ方が豪快すぎるだろ」

 

 念のため頬をつねってみる。

 

「痛っ」

 

 しっかり痛い。

 

 そして、目の前の機械を見た瞬間から、一つ妙なことがあった。

 

 俺はこれを知っている。

 

「ポケモン交換装置……」

 

 見たことはない。

 

 少なくとも、現実の俺の部屋にこんなものが置かれていた記憶なんて当然ない。

 

 なのに名称だけではなく、何に使うものなのかまで頭へ浮かんでくる。

 

 通信交換。ボックス間の転送。遠隔地との交換。そして特定のポケモンを進化させる際にも使用される装置。

 

「いやいや、ちょっと待て」

 

 自分で口にしてから、ようやく異常さが追いついてきた。

 

 ポケモン交換装置。

 

 現実の自宅。

 

 朝九時。

 

「どんな休日だよ……」

 

 寝直す気は完全に消えた。

 

 ひとまず謎の大型機械から離れ、いつものPCデスクへ向かう。スリープ状態だったモニターを起動すると、今度はデスクトップ中央に見覚えのない画面が開いていた。

 

 番号の振られた複数の枠と、その背景に表示された草原や海岸らしき景色。

 

「……ボックスじゃん」

 

 ポケモン預かりシステム。

 

 これも一目で分かった。

 

 試しにマウスを動かす。初めて触るはずの画面なのに、操作方法を調べる必要がない。どこを押せば預けられるのか、どうやって手持ちと入れ替えるのか、最初から知っていたことのように理解できる。

 

「何これ。怖いんだけど」

 

 怖いと言いながらも、気になって触る手は止まらなかった。

 

 嫌な予感――というより、ここまで来ればもう確信に近いものを抱きながら、今度はスマートフォンを見る。

 

「あー……あるよなぁ」

 

 ホーム画面には昨日までなかったアイコンが二つ増えていた。

 

 全国図鑑。

 

 ボックス。

 

 全国図鑑を開くと、膨大な数の空欄が並んでいる。検索、絞り込み、個体情報の確認といった機能も用意されていて、こちらも説明を読むまでもなく使い方が分かった。

 

 ボックスアプリはPC側の預かりシステムと連動しているらしく、今のところ中身は空になっている。

 

「勝手にアプリ入れるだけなら、まだ超高度なハッキングで無理やり納得できなくもないけど……」

 

 試しに全国図鑑のアイコンを長押しする。

 

 削除の項目が出ない。

 

 アプリ情報を開いても、普通のソフトウェアとは違う簡素な表示しか出てこなかった。

 

「ハッキングにしちゃ手が込んでるというか、趣味が良すぎるというか……」

 

 勝手にインストールされたというより、端末そのものへ新しい機能を直接くっつけられたような感覚に近い。

 

 スマートフォンを机へ置いたところで、モニターの横に白いものが置かれていることに気づいた。

 

「まだあんの?」

 

 朝から次々と増えていく異物に、驚くより先に少し呆れてしまう。

 

 金色の装飾が施された、妙に神々しい雰囲気の端末だった。

 

 いや、端末と呼んでいいのか少し迷う。

 

 上下左右へ伸びた装飾のせいで明らかに持ちづらい。ポケットへ入れようとすれば確実に引っかかるし、机へ置いたところで安定するようにも見えない。

 

 ただし、何なのかだけは一目で分かった。

 

「アルセウスフォン……」

 

 しばらく眺める。

 

「……クソダサいな」

 

 正直な感想だった。

 

 何を考えてこの形にしたのだろうか。神々しさを優先した結果、携帯端末としての使いやすさを全部捨てている。

 

「スマホって携帯するもんなんだけどな……」

 

 指を伸ばした瞬間、端末から突然大きな着信音が鳴った。

 

「うおっ!?」

 

 静かだった部屋に響いた音に肩が跳ねる。

 

「びっくりした……音量設定どうなってんだよ」

 

 少し迷ってから、突き出した装飾を避けるようにアルセウスフォンを掴む。

 

 どう持っても微妙に持ちにくい。

 

「やっぱクソダサいな、これ」

 

 通話ボタンへ触れた。

 

「……もしもし?」

 

『やあ。目覚めたようだな、新城悠真』

 

「誰ですか」

 

 知らない相手から突然フルネームで呼ばれれば、まず出るのはそれだった。

 

『私はアルセウス。単刀直入に言おう。君を元の世界から、別の並行世界へと移動させてもらった』

 

「は?」

 

 返ってきた答えが、想像していた方向からあまりにも遠かった。

 

「……アルセウス?」

 

『そうだ』

 

「ポケモンの?」

 

『その認識で構わない』

 

「…………」

 

 朝一番に聞かされる話としては、規模が大きすぎた。

 

 アルセウス。

 

 元の世界。

 

 別の並行世界。

 

 普通なら電話を切って二度寝するところだが、今の俺の部屋には巨大な交換装置が鎮座している。PCにはポケモンボックスが追加され、スマホには全国図鑑まで生えていた。

 

 極めつけが、今手に持っているクソダサいアルセウスフォンである。

 

「……マジで?」

 

『この世界には、君の知るポケットモンスターという創作作品が存在しない。ゲームも、アニメも、漫画もない世界だ』

 

「ああ……ポケモンないんだ」

 

 言われてみれば、この状況ならそちらの方が驚きは少ない。

 

 むしろアルセウスが普通に電話してきている時点で、何を言われても一度受け止めるくらいしかできなかった。

 

『そして私は、現代地球とポケモン世界の融合を開始した。ポケモンや関連する要素は、一か月ごとに地方単位で段階的にこの世界へ現れることになる。まずはカントー地方のモデルである関東周辺からだ』

 

「…………」

 

 数秒、意味を飲み込む。

 

「なるほど」

 

『理解が早いな』

 

「いや、理解したっていうか……大パニック必至のやつだなって」

 

 関東へ突然ポケモンが現れる。

 

 可愛いだけの生き物ではない。火を吐くものもいれば毒を持つものもいるし、下手をすれば普通の野生動物より遥かに危険な種類だって大量にいる。

 

「で? 世界を救えとか、全種類のポケモンを捕まえろとか、そういう使命があるわけ?」

 

『ない』

 

「ないんだ」

 

『君に課す使命や達成目標は一切ない。私が君を選び、この世界を融合させたのは、単に目新しいものを見たいという好奇心と、ちょっとした暇潰しだ』

 

「…………」

 

 思わずアルセウスフォンを耳から少し離して見た。

 

 もちろん画面を見たところでアルセウスの顔が出ているわけでもない。

 

「……お前、本当に邪神だな」

 

 世界を二つ混ぜる理由が暇潰し。

 

 人間側の都合など、最初から考慮されていないらしい。

 

『そう言われるのは心外だな』

 

「どの辺が?」

 

『少なくとも君には、楽しめるよう色々と用意してある』

 

「俺にだけアフターサービス手厚くしても邪神判定は消えないと思うけど」

 

 さすがに呆れはした。

 

 だからといって、今すぐ元へ戻せと怒鳴る気にもならなかった。

 

 少なくとも身体に異常はない。住んでいる部屋もそのままで、仕事や生活そのものが消し飛んでいる様子もない。

 

 それに、本物のポケモンが現れる。

 

 その部分だけを考えるなら、怒りより先に興味が湧いた。

 

 昨日までと同じように工場へ行って、延々と唐揚げを弁当に乗せ、帰って飯を食って寝る。その繰り返しより、遥かに面白そうではある。

 

『君には、ポケモンに関する完全な知識を与えておいた。ポケモンの生態、特性、技、進化条件から、アイテムの製法に至るまで、必要な情報は自然に頭へ浮かぶはずだ』

 

「……ああ、それでか」

 

 交換装置を一目見て用途が分かった理由。

 

 触ったこともないボックスを普通に操作できた理由。

 

 全部それらしい。

 

 試しに頭の中で適当なポケモンを思い浮かべる。

 

 タイプ、特性、生態、技、進化条件。

 

 知りたいと思った情報が、記憶を探すような感覚で自然に出てくる。

 

「これ便利どころじゃないな……」

 

『君の部屋には、ポリゴンといくつかの初期装備も用意しておいた。これからの生活を存分に楽しんでくれ。それでは』

 

「え、ちょっと待――」

 

 言い終わる前に通話が切れた。

 

「……言いたいことだけ言って切りやがった」

 

 次の瞬間、手にしていたアルセウスフォンが淡い光へ変わった。

 

「は?」

 

 指の間から細かな粒子のような光がこぼれ落ち、数秒もしないうちに端末そのものが跡形もなく消えていく。

 

 反射的に机や床を見るが、何も残っていない。

 

「電話まで使い捨てかよ……」

 

 しばらく消えた場所を眺めていたが、戻ってくる気配はなかった。

 

「まあいいか」

 

 考えても仕方がない。

 

 それより、初期装備を用意したと言っていた。

 

 部屋を見回すと、PCデスクの脇に見覚えのない黒いバッグが置かれていた。旅行用のボストンバッグより一回り大きいくらいで、交換装置ほど露骨な存在感はない。

 

「これか?」

 

 持ち手を掴んで持ち上げる。

 

「お、軽い」

 

 見た目ほどではない。

 

 床へ置いてファスナーを開くと、内部は用途別に細かく仕切られていた。

 

 片側には、小型化されたモンスターボールが六個。

 

「本物だ……」

 

 一つを手に取る。

 

 そのボールだけ中央のボタンが赤く点灯していた。

 

「ああ、これにポリゴン入ってるのか」

 

 そう考えた瞬間、それが正しいと分かる。

 

 残りの五個は空のモンスターボールだった。

 

 別の仕切りには、キズぐすり、どくけし、まひなおし、むしよけスプレー。それぞれ五個ずつ。

 

「初期アイテムって感じだなぁ」

 

 さらに奥の専用ケースを開けて、今度こそ少し言葉を失った。

 

 キーストーン。

 

 Zリング。

 

 ダイマックスバンド。

 

 テラスタルオーブ。

 

 地方ごとに存在した特殊な仕組みに対応する道具が、一通り揃っている。

 

「どんだけ過保護なんだよ……準備が過剰すぎるだろ」

 

 もちろん、持っているからといって今すぐ全部使えるわけではない。

 

 メガシンカには対応するメガストーンが必要だし、Zワザやダイマックス、テラスタルだって、それぞれ条件がある。

 

 それでも、貰えるものを捨てる理由はない。

 

「まあ、ありがたく貰っとくか。邪神からのお詫びセットってことで」

 

 そして、一番気になるものがまだ残っていた。

 

 赤く光っているモンスターボールを手に取り、机から少し離れる。

 

 狭いワンルームだが、中央なら一匹くらい出しても問題ない。

 

 ゲームでは何度も見てきた動作だった。

 

 それでも、本当にやるとなると少し緊張する。

 

「……よし」

 

 中央のボタンへ親指をかける。

 

「出てこい、ポリゴン」

 

 ボールが開き、白い光が部屋の中へ飛び出した。

 

「おお……!」

 

 光が一度大きく広がり、次第に角張った輪郭を形作っていく。

 

 ピンクと青の身体。

 

 丸い目。

 

 人工物としか思えない姿をしたポケモンが、俺の部屋の中央へふわりと浮かび上がった。

 

『ポリ』

 

 短い電子音が鳴る。

 

 機械の起動音にも、生き物の鳴き声にも聞こえる、不思議な音だった。

 

「……マジかぁ」

 

 思わず笑ってしまった。

 

 ポリゴンがこちらを見上げ、僅かに身体を傾ける。

 

 ゲームやアニメの画面越しでしか見たことのなかったポケモンが、今は手を伸ばせば触れられる距離にいる。

 

 交換装置よりも、アルセウスとの電話よりも、その事実が一番現実味を持って胸に入ってきた。

 

「触っていい?」

 

『ポリ?』

 

「いや、聞いても分かんないか」

 

 しゃがみ込み、ゆっくり手を近づける。

 

 警戒する様子はなかった。むしろポリゴンの方から少し顔を寄せてきたので、そのまま頭に触れる。

 

「硬っ」

 

 見た目どおり硬い。

 

 ただ、金属そのものとも違う。生物を触っているのか機械に触れているのか、実際に触った方が余計に分からなくなる妙な感触だった。

 

「すげぇな、お前。本当にポリゴンなんだな」

 

『ポリ』

 

「いやー……これはテンション上がるわ」

 

 スマートフォンでボックスアプリを開く。

 

 そこには、ポリゴンの名前と姿が俺の最初のポケモンとして登録されていた。横にはレベル五と表示され、全国図鑑側にも同じ個体が追加されている。

 

「よろしくな、ポリゴン。お前が相棒ってわけか」

 

『ポリ!』

 

 返事をするように身体が上下する。

 

「そういや、お前って電子空間入れるんだよな?」

 

 試しにPCのモニターを指差した。

 

「これ、入れる?」

 

『ポリ』

 

 こちらの意図を理解したらしい。

 

 ポリゴンの輪郭が一瞬だけ崩れ、そのまま細い光の線になってモニターへ吸い込まれた。

 

「うおっ」

 

 数秒後。

 

 画面の隅から、ポリゴンがひょこりと顔を出した。

 

「……何それ、めっちゃ便利」

 

『ポリ』

 

 カーソルを動かしてみると、それを追いかけるように画面の中を移動する。開いているウィンドウの間を軽々と行き来する様子は、実際に目の前で見るとかなり不思議だった。

 

「そこ普通に住めそうだな、お前」

 

『ポリポリ』

 

「いや、出てきてくれていいよ。初日からパソコンの中に引きこもられたら俺が寂しい」

 

 画面から戻ってきたポリゴンを横に浮かせたまま、改めて椅子へ座る。

 

「さて……」

 

 次に確認するべきことは決まっていた。

 

「世界がどうなってるか、ちょっと見てみるか」

 

 ブラウザを開き、検索窓へ入力する。

 

『ポケットモンスター』

 

 検索。

 

「……本当にない」

 

 表示されたのは、単語を分解しただけの無関係な検索結果ばかりだった。

 

 見慣れたゲームの公式サイトもない。

 

 アニメの情報もない。

 

 続けて検索する。

 

『ポケモン』

 

 やはり何もない。

 

『ピカチュウ』

 

 黄色い電気ネズミの影も形も出てこなかった。

 

「徹底してんなぁ……」

 

 歴代ゲームも、アニメも、漫画も、モンスターボールも、ピカチュウも。

 

 この世界には最初からポケットモンスターという作品自体が存在していない。

 

 では、他の部分はどうなのか。

 

 勤めている派遣会社のサイトを開く。

 

「ある」

 

 勤務先の食品工場も普通に存在していた。

 

 銀行口座も、通販サイトの登録情報もそのまま。知っている人間のSNSアカウントも消えていない。

 

「本当にポケモンだけない世界なんだな」

 

 妙な話だった。

 

 昨日まで自分が暮らしていた世界とほとんど同じなのに、ポケモンという巨大なコンテンツだけが綺麗に抜け落ちている。

 

 普通なら元の世界へ帰れるのかと不安になるところなのかもしれない。

 

 でも、今のところ生活に困るような変化はない。

 

 家もある。

 

 仕事もある。

 

 知っている人間もいる。

 

 それに――これからは本物のポケモンがいる。

 

「……まあ」

 

 横を見ると、ポリゴンがこちらのモニターを覗き込んでいた。

 

「ゲームがない代わりに本物が出てくるなら、元の世界より絶対面白いじゃん」

 

『ポリ?』

 

「いや、お前からしたら何言ってんだって話だろうけど」

 

 自然と口元が緩んだ。

 

 そのまま普段使っているSNSを開く。

 

 朝食の写真。

 

 これから仕事へ向かう人間の愚痴。

 

 ペットの動画。

 

 昨日放送された番組の感想。

 

 一見した限りでは、いつもと何も変わらない朝だった。

 

「まだ誰も気づいてないのかな」

 

 アルセウスは既に融合を始めたと言っていた。

 

 最初は関東周辺。

 

 だから札幌にいる俺の身の回りで何も起きていないこと自体は不思議ではない。

 

 適当にタイムラインを流していると、一枚の写真が目に留まった。

 

『なんか変な鳩がいるんだけど』

 

「ん?」

 

 指が止まる。

 

 公園らしき場所で撮影された、小さな鳥の写真だった。

 

 投稿者の所在地は関東。

 

 茶色い身体に黒い模様。一般的な鳩より丸みがあり、短い嘴の周囲は淡い色をしている。

 

 写真を拡大する。

 

「…………」

 

 見間違えるはずがない。

 

「ポッポじゃん」

 

 思わず身体を前へ乗り出した。

 

「うわ、本当にいる」

 

『ポリ』

 

「いや待って、これマジでポッポだよな? 知ってるけど確認したくなるわ」

 

 関連する投稿を辿る。

 

『公園に丸っこい鳥いた。人に全然ビビらない』

 

『飛び立った時、すげー砂埃舞って目に入った最悪』

 

『ポッポーじゃなくて違う鳴き声だった。新種?』

 

 別の場所で撮影された動画も見つかった。

 

 鳥が地面をつつき、撮影者を一度振り返る。そして次の瞬間には大きく翼を広げ、乾いた土を巻き上げながら飛び立っていった。

 

 撮影者が慌てて顔を背け、映像が大きく揺れる。

 

「……これ、どう見てもポッポだな」

 

 加工映像には見えない。

 

 足元の影も、羽毛の動きも自然だった。何より画面の中のポッポには、実際の生き物としてそこに存在している感じがある。

 

「アルセウス、本当にやりやがったな……!」

 

 さっきまでの「面白そう」が、急に実感を伴った。

 

 さらに検索する。

 

 ポッポほど鮮明ではないが、妙な生き物についての投稿がいくつか出始めていた。

 

『駅前のゴミ箱漁ってた紫色のネズミ、知ってる人いる? 歯がデカくて怖かった』

 

 暗い路地を走り抜ける、小さな紫色の影。

 

 画質は悪いが、大きな前歯と長い尻尾が一瞬だけ映っている。

 

「コラッタ」

 

 別の投稿。

 

『庭の木に変な芋虫ついてる。触角みたいなの赤いんだけど、これ毒ある?』

 

 葉の上で身体を丸めている緑色の幼虫。

 

「キャタピーだな」

 

 知っているものが、次々と現実の写真になって流れてくる。

 

 それだけで妙に嬉しくなった。

 

 関東では既に、それなりの数のポケモンが出始めているらしい。特にポッポは人目につきやすい公園や道路脇へ姿を見せ、昼間でも普通に飛び回っているせいか情報が集まり始めていた。

 

「これ、もうちょっとまとまってないかな」

 

 普段から暇潰しに覗いている匿名掲示板を開く。

 

 トップページを見た瞬間、それらしいスレッドが目に入った。

 

【有識者求む】なんか知らん生き物いる【可愛い】

 

「早いな、おい」

 

 どうやらSNSで拡散され始めたポッポの写真を見た誰かが、もうスレッドを立てたらしい。

 

 開く前から勢いよくレス数が増えている。

 

 ただの鳩だという奴。

 

 新種だという奴。

 

 フェイク画像だと疑う奴。

 

 撮影場所を探そうとしている奴。

 

 捕まえて飼おうとしている奴までいる。

 

「……まあ、そうなるよな」

 

 少し嫌な予感もした。

 

 俺には何が写っているのか分かる。

 

 何をしてくるのかも分かる。

 

 危険な種類が混じった時、知らずに近づけばどうなるのかも。

 

 だからといって、世界を背負うつもりなんてない。

 

 ただ、知っているのに目の前で馬鹿が死にそうになっていたら、さすがに一言くらい言ってもいいだろう。

 

「さて」

 

 ポリゴンが肩越しに画面を覗き込む。

 

「ちょっと見てみるか」

 

 そう言って、俺はスレッドを開いた。

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