ポケモン現代入り 作:ささみ
ビードルがコクーンへ進化してからも、朝夕の運動と技の練習は続けている。
とはいえ、毎日何時間も鍛えているわけではない。まだ身体の小さいポケモンも多いし、今の目的は強くすることより、自分の身体や技をきちんと扱えるようにすることだ。
ポッポは飛びながら出した指示への反応が早くなり、ヒトカゲのひのこも最初より狙った場所へ飛ぶようになった。キャタピーもいとをはくの精度が少しずつ上がっている。
コクーンだけは納屋の一角でほとんど動かない。
「コォ……」
「お前は今それが仕事だからな」
朝の餌やりついでに様子を見ると、小さく返事だけが返ってきた。
進化してから数日しか経っていない。知識通りなら、そのうちスピアーになる。
その時までは下手に何かさせる必要もないだろう。
そんな生活にも慣れてきた頃。
「悠真、今日暇ならちょっと手伝え」
朝飯を食べ終えたところで、父さんに声をかけられた。
「いいよ。何やんの?」
「畑の方。見回りついでに、ちょっとやることあるから」
仕事を辞めて実家へ戻ってきた以上、農作業を何も手伝わずポケモンだけ弄っているつもりもない。
着替えて外へ出ると、納屋の前にいたポッポがすぐこちらへ飛んできた。
頭の上に降りる。
「またそこ?」
「ポォ」
最近すっかり定位置になりつつある。
肩でもいいと思うのだが、本人が気に入っているなら仕方がない。
その後ろからコラッタとニドラン♀までついてくる。
「お前らも来るの?」
「ラッタ!」
「ニドッ」
「別に遊びに行くわけじゃないぞ」
言ったところで戻る様子はない。
父さんも止める気はないらしく、頭の上のポッポを見て笑っただけだった。
「連れてけばいいだろ。変なところ行かないんだろ?」
「恐らくは」
「そこは言い切れよ」
「こいつらにも意思あるんだから、絶対は無理だって」
もっとも、勝手に道路側へ行かないことは何度も伝えてある。
実際、ここ数日で敷地の境目もかなり覚えてきた。ポッポも外へ出せば飛び回るものの、言いつけを破って遠くへ行ったことはない。
畑へ向かって歩いている途中で、頭の上が軽くなる。
ポッポが飛び立った。
高くは上がらず、こちらの少し先を旋回している。
「ポッポ、道路の方には行くなよ」
「ポォー!」
鳴き声だけ返ってくる。
父さんがその姿をしばらく眺めてから、何か思いついたように口を開いた。
「鳥とか追い払えないのか、あいつ」
「普通の鳥?」
「そう。畑に来るやつ」
「あー……」
考えたことはなかった。
ポッポ自体が鳥ポケモンなので、完全にそっち側として見ていた。
「できると思う。ただ、襲わせるのはなしな」
「追い払ってくれりゃ十分だ。作物食いに来たのまで全部どうこうする気はない」
「じゃあ試してみるか」
ちょうど畑の少し先に何羽か鳥が降りていた。
ポッポを呼ぶと、すぐこちらへ戻ってくる。
「あそこに鳥いるだろ。近づいて追い払ってみて。攻撃はしなくていいから」
「ポォ!」
指差した先を確認すると、ポッポが一気に飛び出した。
羽ばたきながら低空を進み、そのまま鳥の群れへ接近する。
向こうも見慣れない鳥が勢いよく近づいてくれば落ち着いてはいられないらしい。一斉に飛び立ち、そのまま畑から離れていった。
ポッポは追いかけすぎることなく途中で旋回し、こちらへ戻ってくる。
「おお、ちゃんとやるじゃないか」
父さんが素直に感心していた。
褒められたのが分かったのか、ポッポも少し得意そうに胸を張っている。
「これなら畑の周り飛んでもらうだけでも違うかもな」
「やらせるなら敷地の範囲ちゃんと覚えさせてからね。あと道路側から見えるところはまだ駄目」
「分かってるよ。北海道じゃまだこいつ一羽いるだけで騒ぎになるんだろ?」
「少なくとも近所ではなるだろうね」
関東なら、今やポッポの目撃情報など珍しくもない。
北海道では違う。
シンオウに対応する時期が来るまでは、こちらで自然に見かけることのないポケモンだ。
悠々と上空を飛ばせるのは、まだ先になる。
畑へ着いてからは、普通に父さんの手伝いを始めた。
資材を移動させ、邪魔になっているものを片付ける。
ポケモンたちは最初のうち周囲をうろうろしているだけだった。
まあ、当然だ。
ポケモンだからといって、農作業を見ただけで何をすればいいか理解するわけではない。
「コラッタ、それ齧るなよ」
「ラッ?」
置いてあった資材へ鼻先を近づけたところで釘を刺す。
こちらを振り返った後、不満そうに離れていった。
「お前、関東じゃ農家から嫌われ始めてるらしいぞ」
「ラッタ?」
「分かってなさそうだな」
今のところ、本人に罪はない。
ニュースでは野生のコラッタが貯蔵していた食料を荒らしただの、畑へ入り込んだだのという話が出ている。
発達した前歯がある以上、被害も普通のネズミより大きい。
そんなコラッタが今は俺の足元をついて回っている。
同じ種類でも、置かれている状況が違えば随分変わるものだ。
「悠真、それ持ってくれ」
「はいよ」
父さんから渡された物を受け取ろうとしたところで、足元にいたニドラン♀がこちらを見上げた。
「ニド?」
「持ちたいの?」
「ニドッ」
何となくそんな気がしただけだが、反応を見る限り合っていたらしい。
軽い物を一つ地面へ置いてみる。
「じゃあ、これ母さんのところまで持ってってくれる?」
「ニドッ!」
口に咥え、そのまま歩いていく。
大した距離ではない。
少し離れたところで作業していた母さんの足元まで行くと、ニドラン♀が持っていた物を置いた。
「あら、持ってきてくれたの?」
「ニド」
「ありがとね。じゃあ、これは悠真のところに持ってってくれる?」
「ニドッ!」
今度は別の軽い物を渡され、こちらへ戻ってくる。
完全にお使いを楽しんでいる。
「……普通に使ってるな」
「だって言えば分かるんでしょう? だったら手伝ってもらえばいいじゃない」
「いや、まあ、そうなんだけど」
数日前まで実物を見るのも初めてだったとは思えない。
ニドラン♀の方も、仕事を頼まれること自体が嫌ではないらしい。
戻ってくるたびに次は何をするのかとこちらを見上げている。
「じゃあ、それ向こうに持ってって」
「ニド!」
しばらく任せておくことにした。
キャタピーが役に立ったのは、その少し後だった。
父さんが畑の端に張っていたものを確認していると、一部が外れている場所があった。
「ここまた外れてるな……」
「留め具ないの?」
「取りに戻ればあるけどな」
その言葉で、近くを這っていたキャタピーを見る。
向こうも視線に気づいたらしい。
「キャタ?」
「ちょっと試してみるか」
外れた部分を指差す。
「キャタピー、こことここ、糸でくっつけられる?」
板へ向かっていとをはく練習をしていた時とは違い、今度は狙う場所が二つある。
キャタピーは少し首を傾けた後、外れた部分へ近づいた。
一度こちらを見る。
「そう。そこの隙間を塞ぐ感じ」
「キャタ」
白い糸が伸びる。
一方へ付着し、身体を動かしながら反対側へ。
何度か往復すると、外れていた部分が糸で固定された。
「おお」
思った以上にちゃんとしている。
指で軽く引っ張ってみても、すぐに剥がれる様子はない。
「これ、結構丈夫だな」
父さんも横から触って確かめている。
「完全な修理にはならないと思うけど、仮止めなら使えそう」
「十分だろ。いちいち道具取りに戻らなくて済む」
「キャタピー、上手いじゃん」
「キャタ!」
褒めると、赤い触角を揺らしながら嬉しそうに鳴いた。
数日前まで板へ糸を当てる練習をしていたものが、こんなところで役に立った。
戦わせるためだけに技を練習させているわけではないが、実際こうして使えるのを見ると面白い。
技は技だ。
何に使うかは、別に戦闘である必要はない。
「もう少し細かく狙えるようになったら色々できそうだな」
「キャタ!」
「やる気あるなぁ」
その後も、出来そうなことだけ少しずつ頼んでみた。
ポッポは畑の周辺を飛び、鳥が降りてくれば近づいて追い払う。
ニドラン♀は軽い物を運ぶ。
コラッタも最初は暇そうにしていたが、落とした物を拾って持ってくる仕事を覚えると、それなりに楽しそうに走り回るようになった。
一方、全員が農作業に向いているわけではない。
「カゲ!」
「お前はそこで火吐くなよ」
「カゲェ……」
ヒトカゲは不満そうだった。
何かやりたいらしいが、畑の中で炎を使われるのは困る。
「火使わなくても出来ることあるから。ほら、これ持ってきて」
「カゲ!」
小さな空容器を渡すと、機嫌を直して走っていった。
単純で助かる。
コンパンは母さんの近くを歩きながら、時々葉の裏や草の間へ顔を近づけていた。
「何かいる?」
「コン」
覗いてみると、小さな虫がいる。
大きな目で細かいものを見つけるのは得意なのだろう。
「虫探すの上手いね、この子」
「野生だと小さい虫とか食べるからね。見つけるのも得意だよ」
「じゃあ葉っぱ見る時ついてきてもらおうかしら」
「コン?」
「ほら、こっちおいで」
母さんに呼ばれ、コンパンが素直についていく。
もう俺を介していない。
数日前までは、ポケモンが言葉を理解すること自体に驚いていたはずなのだが。
もっとも、全部を自由にさせるわけにもいかなかった。
パラスは畑へ入れず、今日は畦の外で待たせている。
背中に生えているキノコから胞子を出すポケモンだ。
ポケモン世界の植物や環境の中なら何が起きるか分かっていても、この畑の作物へ胞子が付着した時にどう影響するかまでは分からない。
「お前は悪くないんだけどな」
「パラ……」
「そんな悲しそうな顔するなって」
後で別のことを考えよう。
ゴースについては、そもそも農作業を手伝う気があるのかすら怪しかった。
気付けば姿が消え、しばらくすると俺の影から顔だけ出している。
「ゴース」
「ゴォ?」
「暇ならせめて勝手にどっか行くなよ」
「ゴー」
返事だけはいい。
ポリゴンも今日は家に置いてきているし、コクーンは納屋で進化待ち。
結局、できることは種類によってかなり違った。
当たり前の話ではある。
ポケモンという一括りで考える方がおかしい。
鳥のように飛ぶ奴もいれば、虫のように糸を吐く奴もいる。火を扱う奴もいれば、身体そのものがガス状の奴までいる。
同じ仕事をさせるより、それぞれ出来ることを探す方がよほど早い。
昼を過ぎる頃には、父さんも完全にその扱いへ慣れていた。
「ポッポ、そっちはもういいぞ。今度こっち側見てくれ」
「ポォ!」
「道路の方は行くなよー」
俺が何も言わなくても普通に指示を出している。
しかもポッポの方も理解して飛んでいく。
「父さん、もう普通に使ってんじゃん」
「ちゃんと言えばやってくれるんだから頼んだ方がいいだろ」
「数日前まで触るの恐る恐るだったのに」
「それとこれは別だ」
そう言いながら、戻ってきたポッポへ何か食わせようとしている。
「何持ってんの?」
「ちょっとだけだ」
「だから餌付けしすぎんなって」
「働いたんだからこれくらいいいだろ」
「ポォ!」
「お前も便乗すんな」
完全に味方を得た顔をしていた。
その横では、母さんがニドラン♀へ「あっちのは触らないでね」と普通に話しかけている。
ニドラン♀も一度鳴いてから、その場所を避けて歩いていった。
妙な光景だ。
関東では今も、野生のポケモンによる被害が毎日のように報道されている。
畑を荒らすコラッタ。
地面へ潜って農地を傷めるディグダ。
木々や作物を食べる虫ポケモン。
人間側からすれば、突然現れた厄介な野生動物でしかない個体も多い。
その同じコラッタが、ここでは落とした道具を拾って父さんのところまで運んでいる。
「ラッタ!」
「お、ありがとな。そこ置いといてくれ」
「ラッ!」
特別なことをしたわけではない。
捕まえて、餌をやって、一緒に過ごして。
出来ることを少しずつ教えただけだが、それだけで随分違う。
夕方になり、今日の作業を終えて家へ戻る頃には、ポケモンたちもそれなりに疲れていた。
納屋の前に置いた水を飲み、規格外品の中から食べられるものを分けてもらう。
ヒトカゲは貰った野菜を眺めた後、露骨に俺を見る。
「肉は晩飯の時な」
「カゲ」
「分かりやすいな、お前」
キャタピーは葉物へ齧りつき、ニドラン♀もその隣で食べ始める。
コラッタには別に用意した餌を渡した。
一日働いた後だからか、いつもより食いつきがいい。
「思ったより働くもんだな、ポケモンって」
父さんがポッポの背中を撫でながら言う。
「何でも出来るわけじゃないけどね。種類ごとに向き不向きあるし」
「十分だろ。ポッポだけでも鳥追ってくれるなら助かる」
「まだ覚え始めたばっかだから、任せきりにはしないでよ」
「分かってるって」
多分分かっている。
その割にはポッポを見る顔が、既にうちの戦力として数えている顔だった。
母さんも似たようなものである。
「コンパンも結構虫見つけてたよ。明日も畑行くなら連れてきて」
「本人が行きたがったらね」
「コン?」
名前を呼ばれたのが分かったのか、少し離れたところからコンパンがこちらを見る。
「明日も手伝ってくれる?」
「コン!」
「決まりだって」
「俺より話早いな」
まあ、嫌がっていないならいい。
札幌にいた頃は、10匹もどうやって飼うかばかり考えていた。
実家へ戻ってからは、その考え方自体が少し変わっている。
広い場所で暮らせ、技を練習できる。
農作業だって、出来る範囲なら手伝える。
ただ飼うだけではなく、生活の中へ少しずつ入り始めていた。
こういうのが本来の、人間とポケモンの暮らし方なのかもしれない。
「……いいな、こういうの」
小さく呟きながら、スマートフォンを取り出す。
時刻を確認するついでに通知を消していくと、その中に配信サイトから流れてきた投稿が一つ混じっていた。
『野生のギャラドス発見! 自作モンスターボールで捕まえるまで帰れません!』
「……うわぁ」
思わず声が出た。
添付された画像には、水辺から頭を出した青い巨体が小さく映っている。
ギャラドス。
見間違えるはずがない。
投稿の下には既に大量の反応がついていた。
やめろというもの。
場所を聞くもの。
絶対捕まえろと煽るもの。
図鑑の注意事項を貼っている奴までいる。
「ちゃんと止めてる奴いるなら、まあいいか」
俺だって既に書くものは書いた。
ギャラドスがどんなポケモンなのかも、刺激した場合にどうなるかも公開した図鑑へ入れてある。
それを読んだ上で何をするかまでは、流石に面倒を見きれない。
通知を閉じる。
「悠真、飯だってよ」
「今行く」
父さんに呼ばれ、スマートフォンをポケットへ戻す。
明日も朝からポケモンたちの世話がある。
俺には俺で、やることがある。
その時はまだ、さっき見た配信予告のことなど、夕飯を食べる頃にはほとんど頭から抜けていた。