ポケモン現代入り 作:ささみ
朝から、テレビは昨日の配信の話ばかりだった。
『――昨日午後、河川敷で野生のポケモンを撮影していた男性が死亡しているのが発見されました。男性は直前まで動画配信を行っており――』
納屋へ持っていく餌を分けながら、テレビへ目を向ける。
画面には見覚えのある河川敷が映っていた。
当然、例の配信映像も残っている。
地上波でそのまま流せる内容ではないらしく、ギャラドスへバットを振り下ろす場面と、その後に吹き飛ばされる直前までで映像は切られていた。
『警察によりますと、男性は現場で死亡が確認されました。周辺の状況や配信映像などから、撮影されていた大型のポケモンによる攻撃を受けた可能性が高いとみられています』
「やっぱり駄目だったか」
昨日の最後を見れば、期待できる状況ではなかった。
ギャラドスの口元に光が集まった時点で配信者は逃げ始めていたが、あの距離では間に合わない。
技の名前まで世間には公開していない。
ただ、何が起きたのかは映像を見れば十分だった。
「これ、昨日あんたが見てた配信でしょう?」
母さんがテレビを見ながら聞いてくる。
「最初の予告だけね。配信全部見たのは後から」
「バットで殴ったって言ってるけど、本当にそんなことしたの?」
「してた、最初は向こうが離れていったのに追いかけて、捕まらなかったから最後はバットまで使ってね」
「……それは怒るでしょうよ」
母さんが呆れたように言う。
テーブルの下ではニドラン♀が朝飯を食べていた。
テレビの中では大きく「ポケモンによる死亡事故」の文字が出ているのに、そのすぐ近くでは別のポケモンが葉物を齧っている。
数週間前なら奇妙な光景だったのだろうが、今では特に違和感もない。
「でも、人が死ぬほどのことができるのね」
「種類によっては普通にできるよ。ギャラドスなら特に」
「この子たちも?」
「できる奴はいるし、進化したらもっと危なくなる奴もいる。ただ、だからって突然人間襲うって意味じゃないから」
ニドラン♀が自分の話をされているのに気づいたのか、顔を上げる。
少なくとも今、母さんの足元で朝飯を食っているこいつが、何の理由もなく母さんへ飛びかかる心配をしてはいない。
そういう意味では犬や猫と変わらない。
ただ、怒らせたり扱いを間違えたりした時に返ってくるものが、種類によっては比較にならないだけだ。
『今回の事件を受け、SNS上では野生のポケモンへの接近や捕獲行為を規制すべきだという声も上がっています。一方、男性が撮影していたポケモンに対して繰り返し捕獲を試み、金属バットで攻撃していたことから――』
映像が切り替わる。
今度は配信から抜き出された、ギャラドスが川の奥へ離れていく場面だった。
そこを配信者が追いかけていく。
昨日の配信を見ていなくても、経緯はこれでかなり分かる。
「これじゃあ、どっちが襲いに行ってるか分からんな」
父さんが言った。
「実際、最初は向こうが逃げてるからね」
「それでも死ぬとは思わなかったんだろうな」
「舐めてたんだろうねぇ」
オニスズメを捕まえた。
カラカラとも殴り合えた。
それまで人間の身体で何とかなっていたから、その延長でギャラドスまで何とかなると思ったのだろう。
途中からは完全に意地になっていたが。
「まあ……これで一人目ってことでもないと思うけど」
「一人目じゃない?」
父さんがこちらを見る。
「表に出たのがこれってだけで、もう三週間くらい経ってるから」
関東にポケモンが現れてから、これまでにも事故はいくらでも起きている。
毒を受けた人間。
群れに追いかけられた人間。
家屋や車を壊された例。
怪我人だけなら、既に珍しくもなくなりつつある。
それなのに、この三週間で誰一人として死んでいないと考える方が不自然だった。
「山とか川とか、人が少ないところにも出てるだろ。そこで一人で遭遇して、そのまま帰ってこなかったら何があったか分からないし」
「ああ……行方不明になるか」
「それに死体が見つかっても、ポケモンにやられたって分からない場合もあると思う。落下とか溺死とか、事故に見えることもあるだろうし」
全部推測だ。
実際に何人死んでいるのかなんて知らない。
ゼロの可能性だって、理屈の上ではなくはない。
ただ、俺はそうは思っていなかった。
野生のスピアーに追われて崖から落ちれば、死因だけ見れば転落死だ。
水辺でポケモンに驚かされて流されれば溺死になる。
毒を持つポケモンだっているし、人間より遥かに力の強い種類もいる。
本人が誰にも何も伝えられないまま死ねば、後からポケモンとの関係を証明するのは簡単ではない。
「今回が違うのは、最初から最後まで配信されてたことだよ」
ギャラドスが映っている。
捕獲を仕掛けたところも映っている。
逃げるギャラドスを追ったところも、バットで殴ったところも、最後に攻撃されたところまで残っている。
原因について揉める余地がほとんどない。
その映像を、何千人も同時に見ていた。
「今までも死んでたかもしれないけど、今回は誰にも誤魔化せないってことか」
「そういうこと」
父さんの言葉に頷く。
テレビでは専門家らしい人間が、野生動物との距離を取るべきだとか、自作モンスターボールの流通状況を調べる必要があるとか話している。
昨日までにも似たような話は出ていた。
それでも今日の扱いは明らかに違う。
一人の人間がポケモンに攻撃され、死ぬまでが映像として残った。
数字で「負傷者何人」と出るのとは、受け取る側の感覚がまるで違う。
スマートフォンを開けば、案の定どこを見ても同じ話だった。
『ポケモンの捕獲を免許制にするべき』
『人を一撃で殺せる生物が普通にいる時点で危険すぎる』
『配信見たけどギャラドス何回も逃げてるぞ』
『野生動物追い回してバットで殴ればそりゃ反撃されるだろ』
『本人が悪いのと、あんな攻撃ができる生物が野放しなのは別問題』
『自作モンスターボール売ってる奴も責任あるんじゃないの』
『図鑑に注意事項まで書いてあったのに何のための情報だよ』
まあ、こうなる。
最後の意見については俺も同感だった。
「だから書いたんだけどな……」
ギャラドスに近づく時の注意も載せた。
危険な個体や種類へ不用意に近づかないことも、捕獲に失敗した相手を執拗に追わない方がいいことも書いてある。
それでも読む気がない人間まではどうしようもない。
まして、ギャラドスへ金属バットを持って殴りかかる奴まで想定して文章を作り始めたら、注意事項がいくらあっても足りない。
ただ、一人が勝手にやって死んだから終わり、とはいかないのが面倒だった。
『政府は本日、手製の捕獲器具を用いた野生ポケモンの捕獲について、実態把握を急ぐとともに、危険性の高い野生個体への不用意な接近を控えるよう改めて呼びかけました』
やっぱり来た。
『また、一部地域で販売されている手製のモンスターボールについても、安全性や販売実態の確認を進める方針です』
「規制されんの?」
母さんが聞いてくる。
「まだ分からない。何かしらルールはできると思うけど」
むしろ、何も作られない方がおかしい。
今は捕獲できる道具だけが先に広がって、それをどう扱うかという社会側の仕組みが全く追いついていない。
事故が増えれば、そのうち必ず手が入る。
問題は程度だった。
危険な行為だけ止めるのか。
捕獲する人間に一定の知識を求めるのか。
それとも面倒だからと、捕獲そのものを強く制限するのか。
俺としては最後だけは避けてもらいたい。
そのために一般向けの図鑑まで作ったし、もっと細かい情報は公的機関にも送ってある。
事故を完全になくせるとは思っていない。
人間が車を使えば交通事故は起きるし、山へ入れば遭難する人間もいる。
ポケモンが現実にいる以上、何をしても事故は起きる。
だから必要なのは、危険だから全部なくすことではなく、どう付き合えば事故が減るのかを覚えることだと思っている。
「ポォ!」
外から鳴き声が聞こえた。
窓を見ると、ポッポが低い位置を飛んで納屋の方へ向かっている。
その少し後ろでは父さんが朝の作業用の服に着替えていた。
「そろそろ行くか。今日もあいつ連れてくぞ」
「道路側飛ばさないでよ」
「分かってるって」
昨日までと変わらない。
母さんの足元にはニドラン♀がいて、納屋にはコクーンがいる。キャタピーたちも起きている頃だろう。
テレビの中では、ポケモンが人を殺したことが大事件として報じられている。
その一方で、ここではポケモンが普通に人間と一緒に暮らし、畑仕事まで手伝っている。
どちらも間違いではない。
危険なポケモンはいる。
扱いを間違えれば、人間が死ぬこともある。
多分、それ自体は昨日突然始まったことですらない。
ただ昨日までは、それが見えないところで起きていた可能性がある。
行方不明。
事故。
原因不明。
そんな名前になって埋もれていたものがあったとしても、不思議ではない。
今回初めて変わったのは、人が死んだことではない。
ポケモンが人を殺せるという事実を、誰もが自分の目で見てしまったことだ。
多分、今日を境に世間のポケモンを見る目は、少し変わる。