ポケモン現代入り 作:ささみ
ギャラドスの配信事故から三日。
あれだけ騒がれていた事件も、テレビで朝から晩まで同じ映像が流れるほどではなくなってきた。
もちろん話題そのものが消えたわけではない。
むしろ、事件が起きた直後よりも今の方が、影響は色々なところへ広がっている。
「……露骨に減ったなぁ」
朝飯を食べながらスマートフォンを眺める。
少し前までSNSを開けば、
『自作ボール買えた! 今週末捕獲行く!』
『○○の辺りでポケモン見た人いる?』
『今日三匹目ゲット!』
そんな投稿が嫌というほど流れてきていた。
今はかなり少ない。
代わりに増えたのは、
『このポケモンって近づいても大丈夫?』
『飼うなら何食べさせればいいんだ』
『進化したらどのくらい大きくなる?』
『図鑑見たけど、これ家で飼える種類じゃなくない?』
といったものだった。
投稿に対する反応も以前とは違う。
『とりあえず捕まえろ』より先に、『図鑑確認しろ』『知らない奴に近づくな』と忠告が流行っている。
俺が公開したカントー図鑑も、事故を境に一気に広まったらしい。
「死人が出てから読むのもどうなんだよ」
思わず口に出る。
読むだけマシではあるが。
「何が?」
向かいで朝飯を食べていた父さんが聞いてくる。
「この前出したポケモンの図鑑。事故の後になって急に見る奴増えたみたい」
「そりゃあんなの見たら調べるだろ」
「その前に調べてほしかったんだけどね」
「人間なんてそんなもんだろ。自分に関係あると思わないうちは調べんよ」
「まあ、そうなんだけどさ」
納得はできる。
納得したくはないけど。
それに、捕獲へ行く人間が減ったからといって問題がなくなったわけでもない。
今度は別の話が増えていた。
『捕まえたポケモン、家で飼えなくなったんだけど誰か引き取れませんか』
『親にバレて追い出された。どうしたらいい?』
『餌代こんなかかると思ってなかった』
『部屋の中で技使われて壁壊れた』
『進化したらデカくなりすぎた。もう無理』
「……そりゃそうなるよな」
捕まえることしか考えていなかった人間が、それなりにいたらしい。
ポケモンはモンスターボールへ入れておけば場所を取らない。
だから一見すると飼いやすそうに思える。
でも、ずっとボールへ入れっぱなしでいいわけではない。
餌もいる。
運動もいる。
種類によっては技を使わせる必要もある。
身体が大きくなる奴だっているし、進化前と進化後で必要な環境が大きく変わることもある。
捕獲した瞬間に全部終わるゲームとは違う。
「今更気づいたのかよ……」
画面を流していると、さらに嫌な投稿まで出てくる。
『飼えないから近所の公園で逃がした』
添えられた写真には、ボールから出されたポケモンが小さく写っていた。
その種類が本来その周辺に出るかどうかまでは、住所が書かれていないので分からない。
ただ、返信欄を見る限り捕まえた場所とはかなり離れているらしい。
『何で捕まえたところに戻さないんだよ』
『遠いから無理』
『公園なら餌くらいあるだろ』
「いや、それは逃がしたんじゃなくて捨てただけだろうが」
思わず眉を寄せる。
野生へ返すこと自体を全部悪いとは思わない。
どうしても飼えない事情ができることだってある。
元いた場所へ連れていき、そこで離すならまだ分かる。
だが自宅の近所で適当に出して終わりでは話が違う。
そのポケモンにとっては知らない土地だ。
餌場も分からなければ、周囲にどんな野生動物がいるかも知らない。
何より――
「こいつら、人に捨てられたことくらい分かるからな」
テーブルの横ではヒトカゲが朝飯を食べ終え、空になった皿をこちらへ押していた。
「まだ欲しいの?」
「カゲッ」
「食いすぎると昼飯減らすぞ」
「カゲ……」
露骨に困った顔をする。
これだけ話が通じる。
捕まえた人間と一緒に暮らし始めて、その相手に知らない場所へ置いていかれれば、何が起きたのか理解する個体もいるだろう。
その後も人間へ好意的でいろという方が無理な話かもしれない。
「最近テレビでもやってたね。公園に置いていく人がいるって」
母さんが食器を片付けながら言った。
「もう何件か確認されてるみたい。飼えなくなったって」
「生き物なんだから、捕まえる前に考えればいいのにねぇ」
「本当にそれ」
母さんの足元では、ニドラン♀が食べ終わったらしく水を飲んでいる。
うちにも10匹いる以上、人のことを笑える数ではない。
ただ、そのために俺は札幌の部屋を引き払い、実家まで戻ってきた。
餌を確保して。
納屋を片付けて。
運動できる場所も確保した。
まだ十分とは言えないが、少なくとも捕まえた後のことまで考えているつもりではある。
「うちも結構な数いるけど、大丈夫なの?」
「だから今色々やってるんだって。今のところ場所も餌も足りてるし」
「これ以上増やしたら?」
「その時また考える」
「増やすのは確定なんだね」
「そりゃ増えるでしょ」
まだカントーしか出ていない。
これから先を考えれば、10匹で終わる方が無理がある。
母さんは呆れたような顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
父さんに至っては、既にポッポを連れて外へ出ている。
最近は俺より父さんと畑にいる時間の方が長い気すらする。
スマートフォンへ視線を戻す。
放棄の問題は、流石に行政側も気づいていた。
自治体によって対応はバラバラだが、捕獲したポケモンを飼育できなくなった場合に、勝手に放さず相談するよう呼びかけ始めている。
一部では一時的に預かる場所まで用意しているらしい。
もっとも、当然ながら余裕はない。
『収容可能数には限りがあります』
『危険性の高い個体については事前に警察へ連絡してください』
『職員のみでの対応が困難な場合があります』
そりゃそうだ。
昨日まで存在していなかった生き物を預かる施設なんて、最初からあるわけがない。
犬猫用の設備へ何でも突っ込むわけにもいかない。
ゴースみたいなのを普通の檻へ入れたところで、そのまま壁を抜けて終わる。
「大変そうだなぁ……」
他人事ではある。
少なくとも今の俺が出ていって手伝うような話ではない。
ただ、公開されている行政の注意資料を何となく開いて、少し目を止めた。
『捕獲は、対象となるポケモンが人間へ服従したことを意味するものではありません』
「お」
その下へスクロールする。
『種類や個体によって必要な食事、運動量、飼育環境は大きく異なります』
『進化に伴い体格や性質が大きく変化する場合があります』
『人間の言語を高い水準で理解する個体が確認されています。捕獲後も意思を持つ生物として適切に接してください』
「ちゃんと使ってるじゃん」
文章そのものは違う。
でも、内容には見覚えがあった。
一般向けの図鑑には簡略化した情報しか載せていない。
これは以前、ポリゴンを使って公的機関へ送った詳しい資料の方だ。
ようやく表へ出せる部分から整理し始めたのだろう。
「何?」
「前に送った情報が使われてる」
「どこに送ったの?」
「まあ、色々」
母さんが怪訝そうな顔をする。
余計なところまで話すつもりはないので、そのまま画面へ視線を戻した。
捕獲自体を全面的に禁止するような流れには、今のところなっていない。
危険な種類への接近を控えること。
捕獲する前に飼育環境を確認すること。
捕まえた個体を安易に放棄しないこと。
まずはその辺かららしい。
「まあ、こんなもんか」
何もないよりずっといい。
制度なんて一ヶ月も経たないうちに完成するものではない。
今は事故が起きるたびに必要なものを足している段階なのだろう。
スマートフォンを閉じようとして、ニュース一覧の下の方に小さな記事が見えた。
『県道で落石相次ぐ 一部区間で通行規制』
ギャラドス事件に比べれば、目立つような記事ではない。
何となく開く。
関東北部の山間部。
ここ数日、落石や路面の亀裂が続いており、一部の林道と県道が通行止めになっているらしい。
最初に浮かんだのは地震だったが、記事の中には大きな地震は観測されていないと書かれている。
「ん?」
さらに読む。
『周辺住民からは、夜間に山中から大きな音が聞こえたとの証言も寄せられています』
別の記事も出てきた。
『山肌を移動する巨大な生物を目撃した』
『岩のような長いものが斜面を動いていた』
『角のある灰色の大型生物を見た』
「……何種類かいる?」
一つ目だけならイワークが真っ先に浮かぶ。
岩のような長い身体。
山中。
斜面を移動する巨大な生物。
かなりそれっぽい。
だが、角のある灰色となると別だ。
サイドン。
あるいは別の岩や地面タイプ。
目撃証言だけでは何とも言えない。
そもそも同じ場所の話なのかも分からなかった。
記事に載っている写真は、遠くの山を撮ったものばかりだ。
拡大しても岩肌と木々しか見えない。
「ポケモンかなぁ」
場所的にはいてもおかしくない。
というより、これまで大きな問題になっていなかっただけで、山の中には既にかなりの数が入り込んでいるはずだ。
人の生活圏で目につきやすい小型種ばかり話題になるが、人間が普段入らない場所にもポケモンは出現している。
そして大型になるほど、そちらにいる可能性は高い。
「まあ、向こうにも情報は渡してあるしな」
俺が現地へ行って確かめる理由はない。
記事を閉じる。
外から父さんの声が聞こえた。
「悠真ー! 暇ならちょっと来てくれ!」
「今行く!」
スマートフォンをポケットへ突っ込んで立ち上がる。
外へ出ると、畑の端で父さんがこちらへ手を振っていた。
その頭上を、ポッポが低く旋回している。
今日もこっちは平和だった。
◇
その日の夕方。
作業を終えて家へ戻り、汚れた服を着替えている時だった。
居間のテレビから、聞き慣れた速報音が鳴った。
『速報です。午後四時過ぎ、○○県北部の山間部を通る県道で、大規模な斜面崩落が発生しました』
「……ん?」
手を止める。
画面には上空から撮影された山間部が映っていた。
山の一部が大きく崩れ、茶色い土砂が道路を完全に塞いでいる。
『崩落には複数の車両が巻き込まれた可能性があり、警察と消防が確認を急いでいます。また、周辺では数日前から落石や地盤の異常が相次いでおり――』
朝見た記事と同じ場所だった。
「悠真、これ」
母さんも気づいたらしい。
「朝見てたところだ」
『なお、崩落の直前、現場付近で大型のポケモンとみられる複数の生物を目撃したとの情報もあり、現在確認が進められています』
映像が切り替わる。
遠くから撮られた、画質の悪い動画。
揺れる山肌。
木々の間から、何か巨大なものが僅かに見えた。
岩の塊のような身体が動く。
そのさらに奥でも、別の何かが斜面を揺らしていた。
「……あー」
今朝よりは、随分分かりやすい。
少なくとも、ただの落石ではなさそうだった。
ギャラドスの件がようやく少し落ち着き始めたと思ったところで、今度は山か。
「次から次へと出てくるなぁ……」
テレビの向こうでは、既に救助隊が現場へ向かい始めていた。