ポケモン現代入り 作:ささみ
なんか日間二位になってて驚き
感想くれると嬉しいなぁ、全部一応読んでるんで(承認欲求)
夕方に入った山間部の崩落速報は、それから一時間もしないうちに扱いが変わった。
最初は県道の一部で起きた大規模な斜面崩落という話だった。それが続報のたびに範囲を広げ、テレビ画面に映る現場も、俺が最初に想像していたものとは全く違う姿になっていた。
『現在、崩落が確認されているのは山腹のおよそ七百メートルにわたる範囲です。県道だけでなく複数の林道が寸断され、周辺の二つの集落が孤立しているとの情報が入っています』
ヘリから撮影された映像が画面いっぱいに映る。山の側面は丸ごと削り取られたように消え、木々も道路も区別がつかない。茶色い土砂と灰色の岩が谷を埋め、その中に折れた電柱や屋根の一部らしきものが混ざっていた。
「これ、朝見てた落石の所なんでしょ?」
母さんがテレビを見たまま聞いてきた。
「うん。同じ辺り」
「落石どころじゃないじゃない」
「俺もここまでとは思ってなかった」
ポッポを連れて外へ出ていた父さんも、いつの間にか作業を切り上げて戻ってきていた。今は居間の窓際に座り、帽子を脱いだままテレビを見ている。その横ではポッポが窓枠に止まり、同じ方向へ首を傾げていた。
『また、崩落した土砂の一部が河川をせき止めており、上流側では急速に水位が上昇しています。国と自治体は、形成された土砂ダムが決壊する可能性もあるとして、下流地域の住民に避難を呼びかけています』
「下の町まで避難か」
父さんが眉を寄せる。
「決壊したら、今崩れた場所だけの話じゃ済まないからね」
俺もスマートフォンで現地の地図を開いた。谷沿いには集落がいくつもあり、その先にはもっと大きな住宅地もある。
土砂ダムがどれだけの水を溜めているのかは分からないが、ニュースで避難指示まで出している以上、楽観できる状態ではないのだろう。
テレビの映像が再び上空からの中継へ切り替わる。
『現場周辺では現在も断続的な地鳴りが確認されており、二次災害の危険があることから、消防や警察による地上からの捜索は一部地域で中断されています』
映像の奥で山肌から土煙が上がり、数秒遅れて撮影しているヘリのカメラが大きく揺れた。
「まだ崩れてるの?」
「……いや、あれ多分違う」
思わず身を乗り出す。
崩れた斜面の一部が不自然に盛り上がり、岩盤そのものが動いているように見えた。だが、土砂を押し退けて現れたのは、灰色の岩がいくつも連なった巨大な身体だった。
「イワークだ」
「え?」
「あれ。岩みたいな長いやつ」
母さんも父さんもテレビへ顔を向ける。
土煙の中から頭を持ち上げたイワークは、周囲を見回した後、崩れた斜面を横切るように身体を動かした。その巨体が岩肌を擦るたび、大量の石が斜面を転がり落ちていく。
「……でかいな」
「大体八メートルくらいある種類だから」
「八メートルが山ん中を動くのか?」
「そういうポケモン」
父さんが何とも言えない顔をした。俺もゲームの図鑑で数字として知っていた時と、現実の山の中を這っている姿を見るのとでは印象がまるで違う。
しかも、映っているのは一匹ではなかった。
『いま、別の個体が確認できます!』
中継の声と同時にカメラが動く。一匹目から数百メートルほど離れた斜面でも地面が割れ、別のイワークが姿を現した。さらにその奥にも、土砂の間を進む長い岩の身体が見えている。
「群れか」
そう呟いた直後、画面の右側から何頭もの灰色の塊が走り込んできた。
木々を押し倒しながら斜面を駆けている。鼻先には太い角が伸び、短い脚で地面を蹴りながら、ほとんど速度を落とさず一直線に進んでいた。
「サイホーンまでいるのかよ」
先頭の一頭が、そのまま斜面を横切っていたイワークへ突っ込んだ。
ヘリからの映像では衝突音までは拾えない。それでも、イワークの巨体が横へ弾かれ、そのまま岩壁へ叩きつけられる様子だけで、どれほどの衝撃だったのかは十分に分かった。
ぶつかった岩壁の一部が砕け、破片が斜面を転がっていく。
「うわっ……」
母さんが小さく声を上げる。
イワークもそのままでは終わらなかった。身体を捻って立て直すと、頭を低くして向かってきた別のサイホーンへ正面からぶつかり、今度はそちらを斜面へ弾き飛ばした。
その後ろからさらに二頭のサイホーンが続き、別方向からもう一匹のイワークが割って入る。斜面の一角で始まった衝突は、互いに押し合ううちに少しずつ場所を変え始めていた。
『現場上空からの映像です。複数の大型生物が互いに衝突している様子が確認できます。現在の崩落との関連について、専門家が映像の分析を進めています』
「関連も何も、ほぼこいつらじゃん」
サイホーンが突進し、それを避けたイワークが地面へ潜る。少し離れた場所の地面が弾け、下から飛び出したイワークが別のサイホーンを跳ね上げた。
その衝撃で斜面に大きな亀裂が走った。木々の間を縫って数十メートル先まで伸びた亀裂を境に地面が沈み始め、直後には木々ごと斜面の一部が谷へ滑り落ちていく。
大量の土砂が流れ、巻き上がった土煙で一時的に画面が茶色く染まった。ヘリも危険を察したらしく、映像が急速に現場から離れていく。
『新たな崩落です! いま現場西側で、新たな斜面崩落が発生しました!』
「喧嘩してるだけで山が崩れるのか……」
父さんが呆然と呟いた。
「多分、あいつらからすれば普通の縄張り争いなんだろうね」
「普通?」
「人間に喧嘩売ってるわけじゃないって意味。サイホーンがイワークの縄張りに入ったのか、その逆なのかは分からないけど」
そもそも、こいつら自身が数週間前までここにはいなかった。本来なら別々の場所で暮らしていた群れが、突然同じ山域へ現れた可能性だってある。
餌場や寝床、移動経路、縄張りのどれがぶつかったのかまでは分からない。ただ、双方が退かなければ争いになること自体は、野生動物としてそこまで不自然な話でもなかった。
問題は、こいつらの場合、その縄張り争いだけで地形まで変わってしまうことだ。
「じゃあ止めた方がいいんじゃないの?」
母さんが言う。
「誰が?」
「……自衛隊とか?」
「下手に攻撃して散らす方が危ないと思うよ。イワークが別の斜面へ潜ったり、サイホーンの群れが人里の方へ逃げたりしたら、被害がどこまで広がるか分からないし」
今は少なくとも、山の中で二つの群れがぶつかっている。どちらかを適当に追い払えば解決するほど単純ではない。
『政府は先ほど、現地へ派遣する自衛隊の部隊を増強すると発表しました。ただし、大型生物の排除を目的としたものではなく、孤立地域への物資輸送、住民の避難、捜索救助および河川の監視を優先するとしています』
「あ、そこは分かってるみたい」
「この前送ったやつ?」
「それだけじゃないと思うけどね」
行政側だって、ここ数週間で嫌でも学習している。ポケモンは種類によって何をしてくるか分からず、不用意な攻撃で状況が悪化する可能性もある。
しかも今回の相手は、大型のいわ・じめんタイプだ。倒せるか以前に、無理に刺激する理由がない。今やるべきなのは山の中のポケモンを討伐することではなく、人間を安全な場所へ移すことだ。
少しして、中継は救助活動へ移った。
山中の集落からはヘリによる住民の搬送が始まっている。道路が完全に消えた地域には消防や警察、自衛隊が入っているものの、崩落範囲が広いうえに二次崩落の危険もあり、救助は思うように進んでいないらしい。
『こちらでは、崩落した住宅付近から複数の生存者が確認されています。しかし、大型の岩塊が進入路を塞いでおり、救助活動は難航しています』
映し出された場所には、大量の土砂と瓦礫が積み重なっていた。元は道路だったらしい場所も巨大な岩に塞がれ、その先には半分ほど土砂に埋まった建物が見える。
人の手で取り除けるものから作業しているようだが、どうにもならない岩も多い。重機を入れようにも、そこへ続いていた道路そのものが崩れている。
「ヘリで重機は運べんのか?」
「種類によるけど、あそこに下ろせる場所もほとんどなさそうだしね」
父さんの疑問に答えながら中継を見ていると、カメラが救助現場から少し離れた岩場へ向いた。
そこには何匹もの人型のポケモンがいた。
小柄なものが何匹か、その中に一回り大きな個体が混ざり、さらに後方には四本の腕を持つ大柄な一体までいる。
「ワンリキーとゴーリキー……カイリキーまでいるな」
「また別のポケモン?」
「全部同じ進化系統。小さいのがワンリキー、その次がゴーリキーで、四本腕がカイリキー」
進化段階ごとに分かれているわけではないらしく、一つの群れとして行動しているようだった。
最初は岩場から救助活動を眺めているだけだったが、しばらくすると数匹のワンリキーが斜面を下り始めた。それにゴーリキーが続き、最後にはカイリキーまで群れを追うように動き出す。
『現在、救助現場へ複数の人型生物が接近しています。現場では警戒しつつ、その行動を確認しています』
何をするつもりなのかと思って見ていると、ワンリキーの一匹が地面に転がっていた瓦礫を拾い上げた。
人間へ向かう様子はない。
そのまま瓦礫を抱えて移動し、救助作業の邪魔にならない場所へ置く。
「……手伝ってる?」
母さんが画面を見ながら呟いた。
「みたいだね」
別のワンリキーも動き出した。
やがてゴーリキーも、人間では簡単に動かせない大きさの岩を持ち上げて運び始める。
人間たちが何をしているのかを見て、その目的まで理解したのかもしれない。少なくとも、偶然同じ方向へ岩を運んでいるようには見えなかった。
そして、生存者がいる場所への進路を塞いでいた最大の岩塊へ、カイリキーが近づいていく。
「カイリキーって、どれくらい力あるんだ?」
「かなり強いよ。人間と比べるような相手じゃない」
カイリキーは四本の腕を岩へ掛けると、人間ではどうにもならなかった巨大な岩塊を持ち上げた。
画面がその姿を大きく映す。
「……すごいな」
父さんが思わず漏らした。
岩が取り除かれたことで、それまで塞がれていた場所へ救助隊が入っていく。しばらくして、中継には複数の生存者が確認されたという情報が入った。
『現在、現場では複数の人型生物が救助活動に加わっているように見えます。小型の個体だけでなく、より大型の個体も瓦礫の撤去を行っており、救助隊はその行動を警戒しながら作業を続けています』
その後もワンリキーたちは小さな瓦礫を運び、ゴーリキーはより大きな岩を片付けていった。カイリキーも群れの中で最も大きな障害物を取り除いている。
誰かに捕まえられているわけでも、訓練されているわけでもない。
野生のポケモンが、自分たちの判断で人間の救助に加わっていた。
「人間が何やってるか分かってるんだな」
「多分ね。ポケモンって思ってる以上にこっちを見てるから」
つい先ほどまで、同じ山域ではイワークとサイホーンの群れがぶつかり合い、その縄張り争いだけで山を崩していた。その一方では、別の群れが人間の行動を理解し、瓦礫を取り除いている。
危険なポケモンと安全なポケモン、という単純な話ではない。
人間を狙っていなくても、その生態だけで災害になる種類がいる。逆に、人間に飼われていない野生の個体でも、自分から人を助けることがある。
テレビの中継も、いつの間にか山を崩すイワークとサイホーンだけではなく、救助活動に加わった人型ポケモンの映像を繰り返すようになっていた。
「これ、かなり話題になりそうだな」
「そりゃなるだろ。あんなもん見せられたらな」
父さんの言葉に頷く。
ギャラドスの一件では、ポケモンが人間を殺せることを誰もが見た。
そして今度は、人間を助けるポケモンの姿が同じように映像へ残った。
どちらもポケモンの一面でしかない。
画面の向こうでは救助活動が続き、そのさらに奥では今も土煙が上がっている。イワークとサイホーンの抗争もまだ終わっておらず、土砂ダムの水位も上がり続けている。
今回の災害は、まだ途中だった。