ポケモン現代入り 作:ささみ
山が崩れてから、もう何時間経ったのか分からなくなっていた。
道路は途中から完全に消えている。舗装されていたはずの場所には土砂と倒木が折り重なり、崩れた斜面から転がってきた岩がそこかしこに突き刺さっていた。
消防、警察、自衛隊。それぞれの人員が入ってはいるが、できることは限られている。
重機を入れようにも道がない。ヘリで運べる機材にも限界があり、何より少し離れた山中では、今も大型の生物同士が争っていた。
時折、地面の奥から低い振動が伝わってくる。そのたびに作業を止め、斜面を確認する。
救助を急ぎたい。だが二次崩落に巻き込まれれば、助ける側まで救助を必要とすることになる。
「こっち、返事あります!」
瓦礫の向こうから声が飛んだ。
半壊した住宅の一角だった。建物そのものは潰れているが、内部に空間が残っているらしい。呼びかけに対して、かすかに返事がある。
問題は、その手前だった。
家屋へ続く場所を巨大な岩が塞いでいる。周囲の瓦礫なら人の手でも少しずつ退かせられるし、倒木も切断できる。しかし、その岩だけは押してもほとんど動かなかった。
「別方向から入れないか」
「裏側は斜面ごと落ちています。回り込むならかなり時間がかかります」
重機さえあれば話は違う。しかし、その重機をここまで運ぶための道路がない。
ヘリで吊れる小型機械を待つ案も出ているが、その間にも中の人間の状態は悪くなる。
何とかできないかと周囲を見回した時、少し離れた岩場に何かがいることへ気づいた。
最初は人に見えた。
青灰色の肌をした小柄な人型が何匹も並んでいる。その中には人間の大人ほどある個体も混ざり、さらに奥には四本の腕を持つ大柄な一体が立っていた。
誰かが息を呑む。
「ポケモンか」
「近づいてきてますか?」
「いや、今のところは見てるだけだ」
視線が自然とそちらへ集まる。
つい先ほどまで、山の向こうでは岩の身体を持つ巨大な生物と、角の生えた四足の群れがぶつかり合っていた。その結果が、今目の前にある惨状だ。
だからといって、目の前の生物まで同じように危険だとは限らない。
分からないなら刺激しない。この数週間で、それだけは嫌というほど共有されるようになっていた。
「こっちから近づくな。作業続けるぞ」
声がかかり、全員が再び瓦礫へ向き直る。
小さな石を運び、倒木を切る。隙間から声をかけ、中にいる人間の位置を確かめる。
人型のポケモンたちは、まだ岩場にいた。何を考えているのかは分からないが、こちらの動きを追うように顔だけが何度も動いている。
やがて、小柄な一匹が岩場から下りてきた。
「一匹来ます」
作業の手が少し止まる。
「手を出すな。様子見ろ」
小柄な個体はゆっくりと近づいてきた。
真っ直ぐ人間へ向かっているわけではない。瓦礫の間を歩きながら、こちらと地面を交互に見ている。
数メートル手前で一度止まり、しばらくすると近くに落ちていた石へ手を伸ばした。
人間の頭より少し大きい。先ほどまで二人がかりで運んでいた程度のものだ。
それを両腕で抱え上げると、こちらが瓦礫を集めていた場所まで運び、そのまま下ろした。
「……今の、真似したのか?」
答えを出すより先に、二匹目が岩場から下りてきた。
今度は少し離れた場所の瓦礫を拾う。一匹目もまた別の石へ向かい、同じように運び始めた。
偶然ではなかった。
「手伝ってる……のか?」
今度は一回り大きな個体が一匹、群れから離れた。
小柄な個体より明らかに筋肉質で、身体も大きい。そいつは人間が数人で動かそうとして諦めた岩の前まで来ると、両腕を掛けた。
岩が持ち上がる。
そのまま数メートル運び、脇へ置いた。
先ほどまで塞がれていた場所が、あっさりと空く。
そこでようやく、全員が理解し始めた。
このポケモンたちは、こちらが何をしているのかを見ている。ただ岩を持ち上げているのではなく、瓦礫を退かし、道を作ろうとしている。
「待って。あっちは触らせるな」
別の隊員が声を上げた。
崩れかけた柱の近くへ、小柄な一匹が向かっている。見た目だけなら邪魔な瓦礫にしか見えないが、今動かせば残った屋根が落ちる可能性がある。
隊員が前へ出て両手を広げる。
「そこは駄目だ。触るな」
言葉が通じるかは分からない。
それでもポケモンは止まり、柱と人間を交互に見た。
もう一度柱へ手を伸ばそうとしたため、隊員が首を横に振り、少し離れた岩を指差す。
「こっちだ。こっちならいい」
すぐには動かなかったが、何度か示すうちに柱から離れ、指された岩へ向かった。
それを抱えて運び始める。
「……分かってるぞ」
「言葉が?」
「分からん。でも、少なくともこっちが止めようとしてるのは見てる」
そこから作業の進み方が変わった。
小柄な個体たちは細かい瓦礫を運び、大柄なものは人間だけでは扱いづらい岩や倒木を動かした。人間側も、何をしてほしいのかを声や身振りで示すようになる。
最初から全部が通じたわけではない。指した方向を間違えたり、別の岩を持っていったりもした。それでも何度か繰り返せば、こちらが何を求めているのかを少しずつ理解していった。
その様子を、四本腕の大きな個体は少し離れた場所から見ていた。
群れの中でも明らかに一番大きい。他の個体が人間に混じって動き始めても、しばらくはその場を離れなかった。
やがて、小柄な個体たちが完全に救助作業へ混ざった頃になって、ようやくこちらへ歩き出した。
目指した先は、生存者のいる家屋を塞いでいた巨岩だった。
その場にいた人間たちが自然に道を空ける。
四本腕のポケモンは岩の前まで来ると、一度その大きさを確かめるように見上げ、四本すべての腕を伸ばした。
岩の下へ二本、側面へ二本。身体を深く落とすと、地面へ食い込んでいた土が崩れ、巨岩がゆっくりと浮き上がる。
その場にいた誰もが、数秒ほど動けなかった。
人間ではどうにもならず、機械が必要だと思っていた岩だった。それを目の前の生物は、自分の腕だけで持ち上げている。
「通れる!」
声が上がり、止まっていた作業が再び動き出す。
空いた場所から救助隊員が入り、内部にいた二人が確認された。一人は高齢の男性、もう一人は女性で、どちらも負傷していたが意識はある。
救助の準備が進む間も、四本腕のポケモンは岩を支えたまま動かなかった。こちらが何をしているのかを見ながら、二人が安全な場所まで運び出されるのを待っている。
最後の一人が離れたところで、ようやく岩を別の場所へ移した。
誰かが大きく息を吐く。
「完全に分かってるだろ、これ」
否定する者はいなかった。
少なくとも、ただ人間の動きを真似しているだけではない。何のために岩を動かしているのか、いつまで支えていればいいのかまで、自分で判断しているように見えた。
その後も群れは離れなかった。
別の倒壊家屋で作業が始まると、小柄な個体がそちらへ向かい、大柄な個体も後を追う。四本腕の個体も少し遅れて歩き出し、再び瓦礫の撤去へ加わった。
しばらく作業を続けた頃、足元からそれまでより強い振動が伝わってきた。
一度では終わらず、細かな揺れが何度も続く。
山側を警戒していた者たちが一斉に斜面へ目を向けると、木々の向こうで土煙が大きく立ち上がった。
また崩れた。
低い轟音が山肌を伝い、土砂と一緒に大小の岩が斜面を跳ねながら落ちてくる。救助現場までは距離があるものの、これまでの崩落より勢いが強い。
作業が中断され、人間たちは山から離れる方向へ退避を始める。
ポケモンたちもすぐに異変へ気づいていた。小柄な個体は人間と一緒に離れ、大柄な個体も周囲を確認しながら群れを追う。
その途中、斜面を落ちていた巨大な岩の一つが地面に叩きつけられ、大きく跳ねた。
転がるのではなく、一度地面から浮くほどの勢いで弾かれ、そのまま救助現場の方角へ飛んでくる。
進路の先には、まだ退避し切れていない人間がいた。
間に合わない。
そう思った時、四本腕のポケモンが前へ出た。
飛んでくる岩へ身体を向け、四本のうち二本の腕を前へ構える。
拳が鈍い銀色の光を帯びた。
直後、腕の動きが見えなくなった。
連続した衝撃が響き、巨大な岩の表面へ一気に亀裂が走る。何度も叩き込まれた拳によって岩は空中で崩れ、こちらへ届く頃には無数の小さな破片へ変わっていた。
それでも勢いの残った石が周囲へ降り注ぐ。
四本腕のポケモンは前に立ったまま、飛んでくる破片まで腕で弾き落としていった。
「……何だ今の」
だが驚いている暇はなかった。
崩落はまだ続いている。
別方向からも複数の岩が跳ねてきた。
今度は大柄な二匹が動く。
一匹が飛来した岩へ拳を叩き込み、大きな亀裂を入れる。二撃目で完全に割れると、もう一匹も別の岩へ向かい、同じように砕いた。
全てを止められるわけではない。
だが、人間たちが安全な位置まで退く間、群れの中でも力の強い個体が前へ出て、こちらへ届きそうな岩から順に打ち砕いていく。
小柄な個体たちは無理に同じことをせず、人間と一緒に退避していた。何匹かはまだ瓦礫の近くに残っていた人間の方へ走り、離れるよう急かすような仕草まで見せている。
さらに大きな岩が一つ、低い軌道で飛んできた。
四本腕のポケモンが再び前へ出る。
銀色の光を帯びた拳が連続して岩へ叩き込まれ、巨大な塊が途中から砕け散った。
最後の人間が退避を終えると、その個体もようやく後ろへ下がる。
崩落そのものはしばらく続いたが、幸い土砂が救助現場を直接飲み込むことはなかった。
土煙が薄れ始めるまで、人間もポケモンもその場で待つ。
安全確認が終わり、作業へ戻れると判断された頃には、全員の視線が何度も四本腕の個体へ向いていた。
岩を持ち上げた時とは違う。
今の動きは、単純な筋力だけでは説明できない。
光った拳と、人間には見えないほどの速さで叩き込まれた連打。それによって飛来した巨岩そのものを砕いていた。
それでも当の本人は特に気にする様子もなく、群れの仲間が救助現場へ戻り始めると、その後を追うように歩き出した。
人間たちも再び作業へ戻る。
そこから先は、もう最初のような戸惑いは薄れていた。
小柄な個体が石を運び、大柄な個体が倒木や岩を退かす。四本腕の個体は人間ではどうにもならない障害物を処理し、時折山側へ目を向けながら周囲を警戒している。
誰かが命令したわけではない。
餌を与えたわけでも、捕まえたわけでもない。
名前すら、まだ現場のほとんどの人間は知らなかった。
それでも彼らは離れなかった。
「次、こっち頼めるか」
一人の隊員が大柄な個体へ声をかけ、少し離れた岩を指差した。
ポケモンは指された先を見てから岩へ向かい、そのまま両腕を掛ける。
もう、その光景を見て立ち止まる者はいなかった。
人間が瓦礫を退かし、その隣でポケモンも瓦礫を退かす。必要なら人間が止め、別の場所を示せば、ポケモンもそれを見て動きを変える。
そして山が再び牙を剥けば、その力で人間には防げないものまで止める。
山の奥では、まだ低い地鳴りが続いていた。
崩落した道路も、孤立した集落も、せき止められた川もそのままで、災害は何一つ終わっていない。
それでも、少なくともこの現場だけは数時間前とは違っていた。
救助する側が、人間だけではなくなっていた。