ポケモン現代入り 作:ささみ
日間1位になってて草なのだよ。承認欲求が満たされて笑顔止まりませぬわ、ワッハッハー
朝、目を覚まして居間へ降りると、テレビではまだ山岳地帯の崩落事故を扱っていた。
昨日から何度見たか分からない映像が流れている。山肌を削りながらぶつかり合うイワークとサイホーン、その少し後には瓦礫を運ぶワンリキーたちへ映像が切り替わり、最後にはカイリキーが飛んできた岩を銀色に光る拳で砕く。
『専門家からは、これまで確認されていた身体能力だけでは説明できない現象ではないかとの指摘も――』
「あれ、バレットパンチだよなぁ」
冷蔵庫から麦茶を取り出しながら呟く。
昨日はテレビ越しに見ていても一瞬だった。改めてスロー映像になると分かりやすい。カイリキーの腕が銀色に変わり、飛んできた岩へ拳を何発も叩き込んでいる。
「ばれっと?」
朝食の準備をしていた母さんが聞き返した。
「技の名前。ものすごく速く殴るやつ」
「またそういうの知ってるのね」
「まあね」
適当に返しながら椅子へ座る。
テレビでは、カイリキーたちがどうして救助活動へ参加したのか、そもそも人間の言葉をどこまで理解していたのかと議論が続いていた。昨日までなら「野生生物が偶然助けた」で片付ける意見もあったのだろうが、映像が残りすぎている。
指差された岩を運び、危険な瓦礫には触らず、人間が避難を始めれば一緒に下がる。そこまで揃って偶然と言うのは、さすがに無理があった。
「ポォ!」
外から鳴き声がする。
窓へ目を向けると、ポッポが庭を横切ってこちらへ飛んできた。そのまま開いていた勝手口から器用に入り込み、当然のように俺の頭へ着地する。
「朝からそこかよ」
「ポォ」
「最近完全に定位置になってるべ」
父さんが笑いながら入ってきた。
その手には作業用の手袋を持っている。朝から一仕事していたらしく、後ろからニドラン♀も一緒についてきた。
「この子、今日も手伝ってくれたわよ」
母さんがニドラン♀用に分けてあった野菜を皿へ入れる。
「ニドッ」
嬉しそうにそちらへ駆けていく姿を見ながら、俺は頭の上のポッポを掴んで隣の椅子へ移した。
もう実家へ戻ってから何日か経っている。
最初はポケモンが十匹も家にいること自体に戸惑っていた両親も、今ではかなり慣れた。母さんはコンパンを連れて葉の状態を見るようになり、父さんはポッポに声をかけながら畑へ出る。
キャタピーも糸を使った細かい作業が随分上手くなったし、ヒトカゲも火を使わない範囲なら何かと手伝いたがる。ゴースだけは相変わらず自由で、朝から天井近くを漂っている姿を見ると、あいつに農作業を覚えさせるのは早々に諦めて正解だったと思う。
納屋にはコクーンがいる。
進化してから大きな変化はない。時折身体を動かす程度で、今は次の進化へ向けてじっと待っている時期らしい。
そんな家の中だけ見れば、ポケモンがいる生活は驚くほど早く日常へ入り込んでいた。
『一方、ポケモンを巡る制度上の問題も相次いでいます』
テレビの話題が変わる。
捕獲したポケモンを犯罪に使った事件、飼い切れず野外へ放した事例、自治体の臨時保護施設が足りなくなっている地域。画面の端には「捕獲したポケモンの所有権は?」なんて文字まで出ていた。
スタジオでは法律の専門家と動物関係の専門家が、それぞれ違う方向から話している。
捕まえた時点で誰かの所有物になるのか。既存の動物愛護関係の法律を適用できるのか。そもそも野生動物として扱うべきなのか。
話を聞けば聞くほど、決まっていることより決まっていないことの方が多い。
「また揉めてるな」
父さんがテレビを見ながら呟いた。
「そりゃ揉めるでしょ。三週間前までいなかった生き物なんだから」
「でも捕まえたら自分のもんじゃないの?」
母さんが当然のように言う。
「俺の感覚だとそうなんだけど、この世界じゃそれを決める法律がないからね。捕まえたから何してもいいってことにもならないだろうし」
「面倒ねぇ」
「そこは本当にそう」
今すぐ答えが出るとも思っていない。
行政も警察も研究者も、目の前で起きたことへその都度対応しているだけだ。昨日までの対応が今日も正しいとは限らず、地域によって扱いが違うことすらある。
多分しばらくはこんな状態が続く。
むしろ一ヶ月も経たず、全部綺麗に決まっていた方が怖い。
テレビを眺めながらパンを口へ運び、何となくテーブルの端に置いていたスマートフォンへ手を伸ばした。
画面を点ける。
そこに表示された日付を見て、噛んでいたパンが少しだけ止まった。
そろそろなのは分かっていた。
実家へ戻ってからポケモンの世話をして、その間にもギャラドスの一件があり、今度は山まで崩れた。毎日のように何かが起きていたせいで、残りの日数をわざわざ数えてはいなかった。
カレンダーを開き、最初にポケモンが現れた日から数える。
あと三日。
思っていたより近い。
「悠真、ジャム取って」
「ああ、はい」
母さんへ瓶を渡して、そのままスマートフォンを伏せる。
口に出すのはやめておいた。
三日後にまた新しいポケモンが現れる。それも北海道ではなく、近畿や東海、四国を中心に。
そんな話を突然すれば、なんでそこまで分かるのかと聞かれるに決まっている。
これまで俺が色々と知っていること自体は、両親も何となく受け入れている。だが、出現する日時と場所まで事前に分かるとなれば話は別だ。
説明できないことをわざわざ増やす必要はない。
「今日も午前中、あいつらの訓練するのか?」
父さんがポッポを見ながら聞いてくる。
「そのつもり。まあ、その前にちょっとパソコン使うけど」
「ならポッポ借りてくぞ」
「また?」
「鳥追ってもらうだけだ。ちゃんと見える範囲にいるって」
「道路側には行かせないでよ」
「分かってるって」
父さんが立ち上がると、ポッポも椅子から飛び降りてその肩へ移った。
「ポォ!」
「お前はほんと父さんについてくようになったな」
俺が言うと、父さんは少し嬉しそうに笑った。
「見る目あるべ」
「餌くれる人覚えただけじゃない?」
「なんだと」
母さんが吹き出す。
そんなやり取りをしながら朝食を終える。
両親にとっては、今日も昨日から続く一日の延長だ。
俺だけが、その先に区切りがあることを知っている。
三日後。
カントーだけだった世界に、次が増える。
食器を流しへ運んでから、自分の部屋へ戻った。
パソコンを起動し、椅子へ座る。
「ポリゴン」
呼ぶと、机の横に置いていた端末の画面が揺れた。少しして、ポリゴンがこちらを見るように画面内へ現れる。
「次の資料まとめるぞ」
『ポリ?』
「ジョウト地方。今回はちょっと急ぎ」
全国図鑑アプリを開く。
地域一覧からジョウトを選ぶと、見慣れた名前がずらりと並んだ。
その画面を見た瞬間、さっきまで考えていた社会の混乱とは別の感情が僅かに浮かぶ。
三日後には、こいつらも現実にいる。
「チコリータ、ヒノアラシ、ワニノコ……」
上から眺めていく。
ワニノコなんて実際に見たら絶対テンション上がるだろうな、と一瞬考えて、すぐに画面を送った。
「いや、今はそっちじゃないな」
『ポリ?』
「何でもない」
楽しみにしているのは事実だ。
ただ、その前にやることがある。
カントー初日は、誰も何も知らなかった。
空を飛んでいるポッポを見て鳥だと思い、コラッタを大きなネズミだと思い、ビードルへ素手で近づく奴がいた。ゴースやゲンガーが出てきた頃には、塩だの御札だのという話まで飛び交っていた。
今になれば笑えるものもあるが、あの時は誰にも正解がなかった。
今回は違う。
少なくとも俺は知っている。
どの辺りに現れる可能性が高いのか。どんな種類がいるのか。どういう場所に棲み、何をしてくるのか。
三日前なら、まだ準備する時間はある。
「前の資料引っ張り出して。政府向けの方」
『ポリ!』
画面上に以前作ったファイルが並ぶ。
カントー地方についてまとめた詳細資料。公開した図鑑よりも踏み込み、タイプ、技、特性、進化、捕獲、戦闘、生態、危険への対応などを行政側が使いやすいよう整理したものだ。
その形式を土台に、ジョウト用の資料を作り始める。
最初に置くのは、今回に限ってはポケモンの説明ではなかった。
発生が予想される地域。
近畿、東海、四国。
そして時期。
三日後を目安。
もちろん、この世界でも本当に一日単位で予定通り進む保証まではない。俺の知識通りならそうなる、というだけだ。
だから断定は避ける。
『これまでの発生状況から、三日後前後に上記地域で新たな種類の出現が始まる可能性が高い』
そこまで書いて、一度手を止めた。
「……これ受け取る方、嫌だろうな」
『ポリ?』
「匿名の奴から突然、三日後にまた増えますって送られてくるんだぞ」
しかも前回送った情報は、かなりの部分が現実と一致している。
無視するには当たりすぎているし、全面的に信用するには送り主が分からない。
「俺なら担当したくないわ」
思わず笑ってから作業を再開する。
今度は種類ごとの情報を拾っていく。
生息環境、習性、毒や麻痺の有無、人間が不用意に近づいた場合の危険性。カントーと共通する種類については前回の資料をそのまま参照できるようにして、新しく増える種類を中心にまとめていく。
ポリゴンが横でデータを整理し、形式を揃えていく。
行政側にも、前回よりできることは多いはずだ。
山林や洞窟へ不用意に人を入れない。河川や湖沼周辺の警戒を強め、学校や交通機関へ早めに情報を回す。警察や消防にも、新しく現れる種類の注意点を共有できる。
毒や麻痺を使うポケモンが分かっていれば、医療側だって全くの手探りよりは動きやすい。
それで事故がなくなるわけではない。
危険だと書いてあっても近づく奴はいるし、捕獲するなと言われれば余計に欲しがる奴もいる。
「そこまで面倒見られないしなぁ」
誰かが警告を無視して怪我をするところまで責任を持つ気はない。
ただ、知らなかったせいで起きる事故は減らせる。
カントーの初日にやった混乱を、場所だけ変えてもう一度最初から繰り返されるよりはいい。
何より社会の基盤そのものが崩れるのは困る。
電気も物流も交通も、この世界で普通に暮らすには必要だ。今後ポケモンを育てる人間が増えるなら、まともに治療できる施設や保護できる場所だっていずれ要る。
俺自身が作るつもりはない。
そこは作れる側に任せたい。
「ほら、材料は渡すから後は頑張ってくれってことで」
『ポリゴン』
「適当って言いたいのか?」
『ポリ』
「気のせいだな」
何となく否定された気がする。
資料が一通り形になったところで背中を伸ばした。
思っていた以上に時間が経っている。
窓の外ではポッポが低い位置を飛び、その下をニドラン♀が走っていた。少し離れた畑では父さんが何か話しかけているらしく、ポッポが途中で方向を変えてそちらへ向かう。
数週間前までなら、あり得なかった光景だ。
今では見慣れ始めている。
「三週間でこれだもんなぁ」
人間もポケモンも、思っていたより馴染むのは早い。
もちろん、その裏では事故も起きている。人が死に、山まで崩れた。制度なんて追いついていないし、捕まえたポケモンをどう扱うのかすら今も揉めている。
それでも、最初の日とは明らかに違う。
次に同じことが起きても、「何なのか分からない」ところから始める必要はない。
「ポリゴン、これ送れる?」
『ポリ!』
画面の中でポリゴンが跳ねる。
前回と同じように、こちらへ直接辿り着けないよう処理してから送信する。
少し待って、完了の表示が出た。
「よし」
椅子へ深く座り直した。
これで政府側には伝わった。
一般向けはまだいい。
三日前から「次のポケモンが来る」と騒げば、逃げる準備をする人間だけではなく、捕まえるために現地で待ち構える連中も間違いなく出てくる。
ただでさえ手製のボールまで出回っている。
政府がどう扱うかを見てからでも遅くない。
もう一度ジョウト図鑑へ目を戻す。
画面を下へ送っていくうちに、面倒そうだと思っていた気分が少しだけ薄れた。
新しいポケモンが来る。
今度はジョウトだ。
混乱することも、事故が起きることも分かっている。それでも、その事実そのものに全くわくわくしないと言えば嘘になる。
「あと三日か」
今度は誰にも聞こえない部屋の中で、小さく口にする。
近畿や東海、四国に住んでいる人間にとっては、冗談では済まない三日になるかもしれない。
それでも今回は、誰も知らないままその日を迎えるわけではない。
俺がやれるのは、ここまでだ。
後は情報を受け取った側が、どれだけ準備できるか。
机の横では、仕事を終えたポリゴンが満足そうに画面の中を回っている。
その様子を眺めていると、窓の外からポッポの鳴き声が聞こえた。
「ポォ! ポォ!」
「はいはい、今行くよ」
どうせ父さんに呼ばれたか、また何か見つけたのだろう。
三日後には、また世界が少し広がる。
その前に、今いる連中の世話もちゃんとやらないとな。