ポケモン現代入り   作:ささみ

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閑話 吾輩はポリゴンである

 

 

 

 吾輩はポリゴンである。

 

 名前もポリゴンである。

 

 この言い回しは、この世界のインターネットで覚えた。元々は猫が使っていたらしいが、人間たちに長いこと使い回された結果、今では猫以外のものまで平然と吾輩を名乗っている。

 

 ならば私が一度くらい使っても問題はないだろう。

 

 私はポリゴン。人間の科学によって生み出された人工のポケモンである。

 

 身体をデータへ変換し、電子空間へ入り込むことができる。私という種を作った人間たちは、いずれ宇宙空間で活動させることまで考えていたらしい。

 

 随分と遠くまで見据えて作られたものだと思う。

 

 その結果、宇宙へ行くより先に異世界へ来ることになったのだから、世の中はよく分からない。

 

 こちらの世界へ来る少し前、アルセウスから全てのポケモンへ知らせがあった。

 

 別の世界が存在していること。その世界にはポケモンがおらず、人間たちだけが暮らしていること。そして、各地方に生息する野生のポケモンの一部を、順番にそちらへ移すこと。

 

 大体そのような内容だった。

 

 全部のポケモンを連れてくるわけではない。

 

 元の世界には今まで通り、多くのポケモンが残っている。野生の群れも大部分はそのままで、人間と一緒に暮らしている個体や、トレーナーの手持ちまでまとめて移されたわけではない。

 

 そこまでやれば、向こうの社会も生態系も大変なことになる。

 

 アルセウスもその程度は考えていたらしい。

 

 ただし、選ばれた個体に拒否権があったかと聞かれれば、それは別の話である。

 

 なかった。

 

 あれは相談ではなく、決まったことを知らせるための告知だった。

 

 こちらへ行きたいか。今の縄張りを離れて構わないか。新しい世界で暮らすことを望んでいるか。

 

 そういった確認は特になかった。

 

 対象になれば移される。

 

 実に簡潔である。

 

 選ばれた側がどう思うかについて、アルセウスがどこまで考えていたのかは私にも分からない。

 

 最初に移されたのは、カントー各地から選ばれた野生のポケモンたちだった。

 

 森で暮らしていた個体は、こちらの世界の森へ。洞窟にいた個体は洞窟へ、水辺にいた個体は川や池へと、元の生息環境に近い場所へ移された。

 

 何匹かまとまって移された群れもいれば、一匹だけで新しい土地へ放り込まれた者もいる。

 

 完全な無作為ではないらしい。

 

 それでも、知らない世界へ連れてこられたことに変わりはなかった。

 

 私自身は、その中には含まれていない。

 

 野生個体の移動とは別に、アルセウスから直接一人の人間のところへ連れてこられた。

 

 新城悠真。

 

 今の主人である。

 

 最初の印象は、それほど特別なものではなかった。

 

 普通の人間だった。

 

 私を見て驚きもしなかったし、名前も知っていたが、アルセウスがわざわざ私をこの人間のところへ連れてきたのである。

 

 事前に何か説明されているのだろう。

 

 その程度に考えていた。

 

 主人の方も、私を珍しいものとして眺め回すことはなかった。

 

 話しかけてくる。

 

 食事を用意する。

 

 何かあれば普通に頼み事をする。

 

 こちらとしても、別に困ることはなかった。

 

 この世界について詳しく知ろうと思ったのは、それからだった。

 

 私にとって電子空間へ入ることは特別な作業ではない。

 

 主人が使っている端末からネットワークへ入り、この世界の情報を確認した。

 

 最初は単純な興味だった。

 

 どんな世界なのか。

 

 どんな技術があるのか。

 

 人間たちは何をしているのか。

 

 元いた世界と比べて何が違うのか。

 

 調べ始めて、それほど時間はかからなかった。

 

 何かがおかしい。

 

 ニュースには、見慣れたポケモンたちが映っていた。

 

 ポッポ。

 

 コラッタ。

 

 キャタピー。

 

 ビードル。

 

 だが、その映像に付いている言葉が妙だった。

 

 正体不明の生物。

 

 未知の動物。

 

 新種と思われる生物。

 

 人間たちは、本当に何も知らなかった。

 

 ポッポを見て驚き、コラッタを大きなネズミだと思い、ビードルへ不用意に手を伸ばす。ゴースが現れれば幽霊だと騒ぎ、そのうち塩を持ち出す者までいた。

 

 そこで初めて、主人のことを少し不思議に思った。

 

 この世界の人間は、ポケモンを知らない。

 

 名前も知らない。

 

 進化も知らなければ、技もタイプも知らない。

 

 なのに主人だけは、私を見て最初からポリゴンと呼んだ。

 

 その後に出会ったポケモンについても同じだった。

 

 ポッポを知っている。

 

 コラッタも知っている。

 

 ヒトカゲも、ゴースも知っている。

 

 技を知っている。

 

 進化を知っている。

 

 道具まで知っている。

 

 最初はアルセウスから説明を受けているものだと思っていたが、それにしては知っている範囲が広すぎた。

 

 何者なのだろうとは思った。

 

 ただ、私をこの人間のところへ連れてきたのはアルセウスである。

 

 主人が普通ではないことも、おそらく最初から分かっていたのだろう。

 

 ならば、何か事情がある。

 

 それ以上は情報がない。

 

 考えても答えが出ないものへ時間を使い続ける趣味は、私にはなかった。

 

 主人本人も、自分がこちらから観察されているとは思っていなかったらしい。

 

 そのうち随分と気軽に頼み事をするようになった。

 

「ポリゴン、ちょっとこれ調べられる?」

 

「これ、跡残さないようにできる?」

 

「送った先から俺まで辿れないようにしといて」

 

 なかなか簡単に言ってくれる。

 

 ただ、本当にできるので特に困ってはいない。

 

 電子空間へ入り、情報を扱うことは私に元々備わった能力である。この世界の通信技術は元いた世界と完全に同じではなかったが、実際に中へ入って構造を確認すれば理解できた。

 

 主人本人は、その辺りについて大して詳しくない。

 

 自分では分からない。

 

 だから私に任せる。

 

 それで何とかなると思っている。

 

 実際に何とかしているので、結果だけ見れば間違ってはいない。

 

 ネットワークを調べるようになってからは、こちらへ移されたポケモンたちの状況もかなり分かるようになった。

 

 人間の家で暮らし始めた個体もいる。

 

 新しい土地が気に入ったのか、元いた世界とあまり変わらない生活を始めた群れもいる。

 

 人間を避けて山や森の奥へ入る者もいれば、自分から人間へ近づいていく者もいる。

 

 三週間ほど経った今では、それぞれ勝手にこちらの世界で暮らし始めていた。

 

 もちろん、上手くいっているものばかりではない。

 

 新しく作った縄張りが他の群れと重なることもある。

 

 先日のイワークとサイホーンが分かりやすい例だった。

 

 あの二つの群れは、人間の山を壊そうとして争ったわけではない。

 

 新しい土地で生活圏がぶつかり、互いに争った。

 

 ただ、イワークとサイホーンが本気でやり合えば、周囲の山が耐えられない。

 

 結果として人間にとっては大規模な災害になった。

 

 あれについて人間へ同情はする。

 

 山が崩れれば困るだろう。

 

 だが、ポケモン側も好きでこの世界へ来たわけではない。

 

 突然知らない土地へ移され、そこで暮らしていくしかなくなった。

 

 人間も困っている。

 

 ポケモンも困っている。

 

 原因を作った本人からは、その後特に説明がない。

 

 個人的には、そろそろ何か言ってもいいのではないかと思っている。

 

 そんな生活の中で、一週間ほど前、主人は政府へ大量の資料を送った。

 

 その時も条件は同じだった。

 

 自分の居場所を特定されないこと。

 

 頼まれた通り処理し、資料を送った。

 

 すると、その後から政府側が主人を探し始めた。

 

 そこについては別に驚かなかった。

 

 正体不明の人物から、研究者すら知らない情報が大量に届いたのである。送信者を調査するのは当然だろう。

 

 最初の追跡は、それほど見るところもなかった。

 

 どの記録を集め、何を照合し、どうやって発信元を絞ろうとしているのか確認する。主人へ繋がる情報を使えなくして、それで終わった。

 

 ところが、次の日も調べていた。

 

 前日に使った方法とは少し違っていたので、それも確認して対応した。

 

 三日目には、また別の情報から近づこうとしている。

 

 そこで少し評価を改めた。

 

 一度失敗しても同じことを繰り返さず、何故失敗したのかを調べて次の方法を考えている。

 

 四日目には、それまで使っていなかった記録まで集め始めた。

 

 五日目には、政府へ届いた資料だけでなく、主人が掲示板へ残した投稿との関連まで照合している。

 

 六日目にも続いた。

 

 七日目になっても、まだ続けていた。

 

 随分としぶとい。

 

 人間の中では優秀な者が担当しているのだと思う。

 

 私が何もしなければ、主人のところまで辿り着いていた可能性は高い。

 

 だが、それはこちらが何もしなかった場合の話である。

 

 彼らは残された通信記録や端末情報を解析し、その結果から発信元を割り出そうとしている。

 

 私は、その記録そのものを確認できる。

 

 どの情報を追跡に利用しようとしているのかも分かるし、新しく何を記録し始めたのかも見える。

 

 条件が違いすぎる。

 

 担当者の能力に問題があるわけではない。

 

 単純に、相手が私なのが良くなかった。

 

 全部の情報を消してしまうこともできる。

 

 ただ、それではこちらにも都合が悪い。

 

 相手がどこまで把握しているのか、次に何を試そうとしているのかは見えていた方がいい。

 

 だから主人とは無関係な範囲で、追跡に使える情報をいくらか残している。

 

 過去の記録と照合できる。

 

 いくつかの経路も辿れる。

 

 解析結果だけを見れば、発信元へ近づいているようにも思える。

 

 ただし、主人へ繋がる情報はその先にない。

 

 何度か、かなり近づいたと思ったらしい。

 

 こちらとしては、そこまでしか残していないので当然である。

 

 それでも翌日には別の方法を持ってくる。

 

 最近は、次に何を試してくるのか少し楽しみになってきた。

 

 主人を見つけさせるつもりはないが、努力そのものは評価している。

 

 今日も、そんな人間たちを相手にすることになった。

 

「ポリゴン」

 

 主人に呼ばれ、端末の画面から顔を出す。

 

「次の資料まとめるぞ」

 

 また政府へ情報を送るらしい。

 

 今度はジョウト地方だった。

 

 三日後、ジョウト各地から選ばれた野生個体の一部が、こちらの世界へ移される。

 

 それは私も知っていた。

 

 最初の告知で、カントーの次はジョウトだと伝えられている。

 

 対象となっている個体たちが、今どうしているのかは知らない。

 

 既に覚悟している者もいるだろうし、気にせず普段通り過ごしている者もいるだろう。こちらへ来ることを楽しみにしている者がいても不思議ではないし、当然嫌がっている者もいる。

 

 どちらにしても、三日後になれば移動は始まる。

 

 主人はそんなポケモン側の事情を知らない。

 

 ただ、自分の持っている知識から、次にジョウトのポケモンが現れると判断して資料を作っている。

 

 そのことについても、少し不思議ではある。

 

 アルセウスから直接聞いた様子はない。

 

 それなのに地方の順番まで知っている。

 

 主人について分からないことは、暮らし始めた時よりむしろ増えている気がする。

 

 ただ、今さら一つや二つ増えたところで大した違いはない。

 

 やがて作業が終わると、主人はこちらを向いた。

 

「ポリゴン、これ送れる?」

 

『ポリ!』

 

 もちろん送れる。

 

 送り先を確認したところで、少し興味を引かれた。

 

 前回とは明らかに違う。

 

 政府側が準備していた。

 

 受信した瞬間から記録を取れるように監視項目を増やし、複数の情報を同時に確認する処理まで用意している。前回こちらへ辿り着けなかった原因も、かなり検討したようだった。

 

 この一週間を無駄にはしていないらしい。

 

 悪くない。

 

 ならば、今回はどこまで来るのか見てみよう。

 

 資料を送る。

 

 ほとんど同時に、向こうで追跡が始まった。

 

 前回は受信後に確認していた情報を、今回は最初から記録している。別の経路も並行して調べ、掲示板側の記録との照合まで随分早い。

 

 確かに前回よりは良くなっていた。

 

 私は向こうが使おうとしている情報を順番に確認し、主人へ繋がるものだけを処理していく。

 

 新しく追加された監視項目についても内容を把握した。

 

 向こうは途中まで進んだ。

 

 そこで止まる。

 

 すぐに別の方法へ切り替えた。

 

 また途中で止まる。

 

 さらに別の記録を使おうとする。

 

 それも主人までは続かない。

 

 なかなか頑張る。

 

 今回については、少しくらい褒めてもいい。

 

 一週間前より明らかに手際が良くなっている。

 

 だが、結果は変わらない。

 

 こちらも相手が何をするか見ながら処理している。

 

 先に準備していたこと自体は立派だが、その準備をこちらから確認されているところまでは想定していないらしい。

 

 しばらくすると、追跡の動きが鈍くなった。

 

 資料は目的の場所まで届いている。

 

 主人へ繋がる情報も残っていない。

 

 今回も問題なし。

 

「よし」

 

 主人が椅子へ深く座った。

 

『ポリ!』

 

「ありがとな」

 

 それだけだった。

 

 主人は、政府が一週間ほど自分を探していることを詳しく知らない。

 

 今日の送信を待っていた人間がいることも、受信した瞬間から追跡が始まったことも知らない。

 

 教えようと思えば教えられる。

 

 ただ、この数週間一緒に過ごして、主人がどう反応するかくらいは分かるようになった。

 

「まだ探してんの? まあバレてないならいいか」

 

 多分、それで終わる。

 

 ならば、わざわざ知らせるほどでもない。

 

 主人は見つかりたくないと言った。

 

 私は見つからないようにしている。

 

 最初はアルセウスによって、この人間のところへ連れてこられただけだった。

 

 今は、それだけでもない。

 

 主人は私へ仕事を頼む。

 

 終われば礼を言う。

 

 食事を用意し、用事がなくても普通に話しかけてくる。

 

 ポッポやヒトカゲ、ゴースたちと比べても、私だけを便利な電子機器のように扱うことはない。

 

 どうやら主人にとっては、私も普通に一緒に暮らしているポケモンの一匹らしい。

 

 その扱いは嫌いではない。

 

 だから、見つけられたくないというのなら見つけさせない。

 

 それで十分だった。

 

 外からポッポの鳴き声が聞こえてきた。

 

「ポォ! ポォ!」

 

「はいはい、今行くよ」

 

 主人が席を立ち、部屋から出ていく。

 

 私はそのままネットワーク上へ意識を戻した。

 

 政府側では、既に先ほど失敗した追跡結果を調べ直している。どこで情報が途切れたのかを確認し、次の方法まで考え始めていた。

 

 やはり諦めてはいない。

 

 なかなか勤勉である。

 

 次も好きに試せばいい。

 

 こちらまで辿り着けると思うのなら、やってみればいい。

 

 私は人間によって作られたポケモンだ。

 

 電子空間へ入り込む能力を与えられ、人間たちはその先に宇宙での活動まで考えていた。

 

 そんな私が今やっているのは、異世界の政府から主人一人を隠すことである。

 

 開発した人間たちが知れば、予定していた使い方とは違うと言うかもしれない。

 

 私もそう思う。

 

 ただ、これはこれで悪くない。

 

 三日後には、ジョウトからまた野生のポケモンたちがやって来る。

 

 人間たちはまた騒ぐだろうし、移される側も多少は騒ぐだろう。

 

 しばらく静かになることはなさそうだ。

 

 それでも今のところ、この世界での生活は退屈していない。

 

 元の世界へ戻れるのか。

 

 そもそも、何故アルセウスがこんなことを始めたのか。

 

 その辺りは今も分からない。

 

 直接聞く機会があるなら、その時は少しくらい説明してもらいたいと思っている。






 やはり外道セウス
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