ポケモン現代入り 作:ささみ
ジョウト篇 開幕じゃい
第18話
昨日から、テレビをつければ似たような注意喚起ばかり流れていた。
『近畿・東海・四国周辺では、新たな種類のポケモンが出現する可能性があるとして、関係自治体が警戒を強めています。山林や河川、洞窟などへの不要不急の立ち入りを避け、これまで確認されていない生物を発見した場合は――』
「今日もこれか」
父さんが味噌汁を飲みながらテレビを眺めている。
「昨日からずっとね。まあ、あれだけ関東で色々あったんだから、今度は先に言っといた方がいいんじゃない?」
「それはそうなんだがな。出るかもしれんって言われても、どのくらい警戒すればいいのか分からんぞ」
「本当に出たら笑えないでしょ」
母さんがそう返しながら、足元にいたニドラン♀へ小さく切った野菜を渡した。
「ニド」
「はいはい、一個だけね。朝ご飯食べたばっかりなんだから」
すっかり馴染んだものである。父さんの肩にはポッポが止まっていて、最初の頃は俺の頭ばかり狙っていたはずなのに、最近では朝になると父さんのところへ行くことも増えていた。
「それやるから懐かれるんじゃないの?」
「別に何もやってないぞ」
「その手に持ってる麦は?」
「これは別だ」
「何が?」
「ポォ!」
ポッポだけは随分楽しそうだった。
俺はスマホで時刻を確認する。午前七時四十二分。
予定通りなら、今日だ。
政府へ資料を送ったのは三日前。一般向けに注意喚起が始まったのは昨日からだった。それまでは自治体や警察、消防なんかが裏で準備していたらしく、表向きには「新たな種類のポケモンが出現する可能性がある」としか発表されていない。
それでいい。
何月何日に新しいポケモンが出る、とまで言えば、手製ボールを抱えて待ち構える人間がどれだけ出るか分かったものではない。
昨日ネットを見た限りでは、それでも『滋賀の山で待機中』『新種捕まえるわ』『ボール十二個用意した』なんて書いている人間が普通にいた。警告したところで行く奴は行くらしい。
「北海道は関係ないんだろ?」
父さんが聞いてくる。
「少なくとも警告出てるのは向こうだけだね。こっちは今のところ何も言われてないし」
「なら畑はいつも通りか」
「そりゃそうでしょ。向こうで何か出るかもしれないからって農作業止めるわけにもいかないし」
「それもそうだな」
ここで余計なことを言う必要はない。
俺がポケモンに詳しいこと自体は、関東へ行っていたことと、ネットで情報を集めていたことで一応説明できる。
だが、それはあくまで今まで出てきた連中についての話だ。
まだ誰も知らないはずのポケモンを知っているなんて、普通に考えればおかしい。
母さんがテレビの音量を少し上げた。
『――また、捕獲を目的として警戒区域へ立ち入る行為は大変危険です。手製の捕獲器具を所持している場合でも、未確認のポケモンへ不用意に接近しないよう――』
「ちゃんと捕まえに行くなって言われてるな」
「そりゃ死人出たからねぇ」
あの配信以降、捕獲に対する空気はかなり変わった。それでもやる奴はやる。
俺だって、危険だからポケモンを捕まえること自体を諦める気はない。
せっかく本物のポケモンがいるんだ。
いずれ各地を回って、色々捕まえたい。
今いる連中だってもっと鍛えたいし、強くなったポケモン同士でちゃんと戦わせてみたい。
ただ、それは今ここで口にすることでもない。
俺がパンを食べ終える頃、テレビ画面の下に速報が出た。
『三重県内で未確認のポケモンとみられる生物の目撃情報』
「あ」
「出たのか?」
父さんが箸を止める。
速報はすぐに更新され、『愛知県でも複数の目撃情報』『徳島県山間部で小型生物の群れを確認』『滋賀県内の森林でこれまで未確認だったポケモンを撮影』と、短い間隔で増えていった。
間もなく番組そのものが切り替わる。
『各地から新たなポケモンの目撃情報が相次いでいます。政府は事前に注意を呼びかけていた地域と一致しているとして――』
「本当に来たな」
父さんが呟いた。
「来たねぇ」
俺はスマホを開く。
SNSには既に動画が上がり始めていた。道路脇の草むらから顔を出すオタチ。電線の上で首を回しているホーホー。牧草地らしき場所を歩くメリープ。用水路の縁から顔を出したウパー。川辺を走り回るマリル。
もちろん、口には出さない。
分かっていたことなのに、実際に見るとやっぱり違う。
「おお……」
「何その顔」
母さんに言われて、スマホから顔を上げた。
「いや、知らないのが一気に出てきたから面白くて」
「関東にいたのとは違うの?」
「見たことないのばっかりだね」
嘘ではない。
この世界では一度も見ていない。
画面を流していると、川の浅瀬で大きな口を開け、撮影者へ向かって元気よく鳴いている青いワニのようなポケモンが映った。
ワニノコ。
思わず画面を止める。
「それ気になるの?」
「見た目結構好きかも」
「連れて帰ってこないでよ?」
「なんで俺がもう捕まえに行く前提なの」
「その顔してるからよ」
否定しづらかった。
いつかは行く。
ジョウトだけじゃない。
これから新しいポケモンが現れるなら、その土地へ自分で行って、実際に見て、捕まえて、育てたい。
それができる世界になったのに、北海道で映像だけ眺め続けるなんて勿体なさすぎる。
ただ、今すぐというわけではない。
今いる連中もまだ育て始めたばかりだ。
◇
「これ、何だ?」
遊歩道脇の木を見上げ、男が足を止めた。枝から妙に大きな松ぼっくりのようなものがぶら下がっている。掌よりずっと大きく、色も形も普通のものとは違っていた。
「ポケモンじゃね?」
隣にいた友人がスマートフォンを向ける。
「撮っとけよ。これまだ誰も上げてないんじゃね?」
「近づくなって言ってただろ」
「触らなきゃいいだろ」
男は落ちていた枝を拾った。
「おい」
「ちょっと動かすだけ」
枝の先で軽く突く。一度、二度。木の枝が揺れ、それまで動かなかったものが僅かに震えた。
「お、起きた?」
次の瞬間、それが枝から落ちた。
「え」
地面へ着くより先に、爆発した。
◇
「これフグじゃないぞ!」
「分かっとるわ! こんなフグいるか!」
漁船の甲板で、網の中に入った丸い生物が跳ねていた。全身から細い針が伸びていて、普通の魚とは明らかに違う。
漁師の一人が長い棒を使い、網を持ち上げようとする。
「待て、それ以上近づくな!」
港を出る前に渡された注意資料を思い出した男が声を上げた。名前までは覚えていない。ただ、海に出る新しいポケモンの中には毒を持つものがいると書かれていた。
「網切るぞ!」
「高ぇんだぞこれ!」
「刺されるよりマシだ!」
言い争っている間にも、生物は水を吸い込むように身体を膨らませていく。
「下がれ!」
その声とほぼ同時に、何本もの針が飛んだ。全員が身を伏せたが、一人だけ間に合わなかった。
「いっ……!」
「刺さった!?」
腕に一本、細い針が突き立っている。抜こうとした男の手を、別の漁師が慌てて止めた。
「触るな! そのままにしろ!」
「痺れてきた……」
「港戻るぞ! 救急にも連絡しろ!」
網の中では、丸く膨らんだ生物がまだ身体を震わせていた。
◇
「鹿?」
助手席の女が窓の外を見た。
山沿いの県道、そのガードレールの向こう側に、大きな角を持つ生物が立っている。
「違うだろ。またポケモンじゃない?」
運転していた男もつられて横目を向いた。複雑に曲がった角。その形が妙に目に残る。
「なんか綺麗――」
「……あれ?」
視界が揺れた。
道路が横へ傾いたように見える。距離感まで急におかしくなり、前を走っていた車が一瞬遠ざかったように感じた。
「ちょっと、前!」
「分かってる、なんか……」
ハンドルを切る。
タイヤが路肩へ乗り上げ、車体が大きく跳ねた。すぐ横のガードレールへ擦るようにぶつかり、ようやく止まる。
エアバッグが開いた。
「いった……何、今の」
「分からん。目がおかしくなった」
二人とも大きな怪我はなさそうだった。
窓の外では、角を持ったポケモンがこちらを一度見た後、何事もなかったように山の中へ歩いていった。
◇
「うわ、何だこいつ!」
民家の裏手で、少年が声を上げた。
ゴミ置き場の近くに、黒い犬のような生物が二匹いる。細い身体に白い骨のような模様があり、こちらを見て低く唸っていた。
「犬?」
「違うって、ポケモンだろ!」
友人が一歩下がる。
片方の生物が鼻先を上げた。その直後、家の中から別の犬が激しく吠え始める。
「やば、怒ってない?」
「戻ろうぜ」
少年たちが後ろへ下がった時、家の犬が開いていた勝手口から飛び出してきた。
「待て!」
犬が黒い二匹へ向かって吠えながら駆けていく。黒い生物たちも一斉に身構えた。
「おい、戻れ!」
犬が飛びかかる。
直後、片方の口元に炎が灯った。
◇
「お母さん、これ可愛い!」
山間部の道の駅で、幼い女の子が駐車場の端を指さしていた。
小さな熊のような生物が、木陰からこちらを見ている。
「近づいちゃ駄目よ。ニュースで言ってたでしょ」
「でもちっちゃいよ?」
女の子が持っていた菓子袋を見て、生物が鼻を動かした。
「ほら、欲しいって」
「駄目。あげません」
母親が娘の手を引く。
小さな熊はしばらくその場に立っていたが、二人が離れていくと、今度は駐車場に停めてあった車の方へ歩いていった。開け放たれた窓から、助手席に置かれた紙袋の匂いが流れている。
数分後、車の持ち主が戻ってきた時には、小さな熊が助手席へ頭を突っ込み、買ったばかりの菓子パンを袋ごと引っ張り出しているところだった。
「ちょっと! 何してんの!」
大声に驚いたのか、生物はパンを咥えたまま逃げ出した。
「こら、待て!」
「追うなって!」
同行していた男が慌てて腕を掴む。
「昨日から散々近づくなって言われてるだろ」
「パン取られたんだぞ!」
「だからって追いかけるなよ。何してくるか分からんだろ」
その言葉で、車の持ち主も足を止める。
少し離れた林の奥で、大きな枝が折れる音がした。
◇
ジョウトのポケモンが出現してから数時間。
人間たちが把握していたのは、そのほんの一部だった。
山の奥では、新しい縄張りを探す群れが移動している。川や湖にも見慣れない影が増え、森林では先に流入していたカントーのポケモンと、新しく現れたポケモンが同じ餌場へ集まり始めていた。
人間が引いた地域の境界を、ポケモンたちは知らない。
関東から西へ飛んできたポッポが、今朝現れたホーホーと同じ林へ入る。先に棲みついていたコラッタの前へ、オタチが姿を見せる。
そこには元々、日本の野生動物も暮らしている。
まだ大きな変化として観測されてはいなかったが、それぞれが同じ土地で餌を取り、縄張りを作り、捕食し、捕食される以上、何も起こらないはずもなかった。
◇
夕方になってようやく、その日の事故や目撃情報がまとまり始めた。
『本日午前から近畿・東海・四国を中心に、新たな種類のポケモンが相次いで確認されています。政府は事前に準備していた資料と照合し、複数種について暫定的な名称や特徴を公表しました』
夕食を食べながらテレビを見る。
朝とは違い、一日分の情報がある程度整理されている。
『岐阜県では木に付着していたポケモンに接近した二名が爆発に巻き込まれ、軽傷。このポケモンは「クヌギダマ」と呼称されています。また愛媛県沖では、「ハリーセン」とされるポケモンの毒針により一名が搬送されました』
「もう名前まで分かったのか」
父さんが感心したように言う。
「昨日から準備してたみたいだし、その辺もある程度調べてたんじゃない?」
俺は当たり障りのない返事をする。
『ほかにも、角を見ることで感覚に異常が生じる可能性がある「オドシシ」と関連した交通事故、「デルビル」と呼ばれるポケモンとの接触による火傷事故などが報告されています。いずれも現時点で死亡者は確認されていません』
「今回は関東の時より随分早いわね」
母さんがテレビを見る。
「最初の経験があるからじゃない? 前はポケモンって名前すらなかったし」
「それでも事故は起きるんだな」
「普通の動物だって知ってても事故起きるでしょ」
全部防げるなんて最初から思っていない。
むしろ初日から死者が出ていないだけでも、カントーの時とはかなり違う。
ニュースでは事故だけでなく、比較的平和な映像も流れていた。芝生の上を走るマリル。道路脇で何匹も立ち上がって車を眺めるオタチ。牧場の柵の向こうから羊を眺めるメリープ。民家の屋根で眠るホーホー。
朝に見たワニノコも改めて映った。
『こちらは「ワニノコ」と呼ばれるポケモンで――』
そこで初めて、両親の前でも名前を知れる。
「ワニノコだって」
「そのまんまね」
「分かりやすくていいんじゃない?」
「やっぱりそれ気に入ってるでしょ」
「まあ、見た目はね」
本当は見た目だけじゃない。
いつか捕まえたい候補の一匹だ。
映像が次々と切り替わっていく中、俺は少しだけ気になる場面を見つけた。
『こちらは本日午後、三重県内の山間部で撮影された映像です』
車載カメラだった。
細い山道の端を、何かが横切る。
一瞬しか映らない。
青い、大きな四足の何か。
「……ん?」
箸を止める。
映像がスローで再生された。それでも輪郭は崩れていて、はっきりとは見えない。
『撮影者によれば、鹿よりも大型で、非常に速い速度で道路を横断したということです。現在までに種類は特定されていません』
「速いな」
父さんが呟く。
「だね」
それだけ返す。
見間違いかもしれない。
だが、俺にはかなり見覚えがあった。
スイクン、それにしか見えなかった。
もちろん声には出さない。
あの映像だけで断定もできないが、本当にスイクンなら、ライコウやエンテイもどこかへ来ているのだろうか。
自然と口元が緩みそうになるのを抑える。
「なんか楽しそうね」
「新しいのが一気に増えたからね。見てる分には面白いよ」
嘘ではない。
ただ、本当は見ているだけで終わるつもりもなかった。
今すぐではないにしても、そのうち実際に行く。
新しく現れたポケモンを探して、捕まえて、育てる。
今いる連中も鍛えて、もっと強くする。
せっかく本物のポケモンがいる世界になったんだ。
それをやらない理由がない。
テレビの向こうでは、今日初めて見たポケモンに人々が驚き、距離を取り、あるいは不用意に近づいて騒ぎを起こしている。
カントーの時とは違う。
今回は行政も警察も消防も準備していて、一般人にも前日から警告が出ていた。名前や性質も、確認されたものから次々に公開され始めている。
それでも、一日目だけでこれだけ起きた。
まだ見つかっていないポケモンは山ほどいる。
山の奥、川の底、洞窟、人の入らない森。
先に来たカントーのポケモンや、元からこの国にいた動物たちとの関係もこれから変わっていくだろう。
そして俺自身も、ずっと北海道から眺めているつもりはない。
スマホには、今日一日では到底確認しきれないほどの動画が溜まり始めていた。
しばらく退屈することはなさそうだった。
あ、あとついでに第1話から少しずつ調整入ります。展開は変えないので読まなくても大丈夫ですが、テンポ感とか少し変える予定です