ポケモン現代入り 作:ささみ
町工場から荷物が届いたのは、試作を頼んでから一週間と少し経った頃だった。
匿名配送を挟んでいるから差出人の情報は最低限しか見えない。ただ、中身については確認するまでもなかった。箱を抱えて居間へ向かいながら発送通知の日付をもう一度見て、思わず首を傾げる。
「……やっぱ早くない?」
『ポリ?』
「いや、一週間だよ。俺、一ヶ月か二ヶ月くらいは普通にかかると思ってたんだけど」
設計図そのものに不足はない。寸法も素材も内部構造も、俺が知っている範囲の情報は全部渡した。それでも、見たこともない素材を相手に加工条件を探し、治具を用意し、現代の設備で実物へ落とし込む作業は別問題だと思っていた。
「設計図があるから作れるってんなら、世の中の工場全部苦労しないでしょ。一週間で発送まで来ると思わないって」
『ポリポリ』
「設計図渡した俺が引いてんだから、あの工場かなりおかしいよ……寝る間も惜しんでやったのか?」
ポリゴンが何度か身体を揺らす。それが同意なのかどうかはともかく、俺としては完全に褒め言葉だった。
箱を開けると、大量の緩衝材に包まれたケースが一つ入っていた。蓋を開けば、そこには赤と白の球体が三個、綺麗に並んでいる。
「おお……」
知っている。あまりにも知っている。
それでも、この世界で実物を見るのは話が違った。
自分で作った簡易ボールと比べれば、仕上がりは一目瞭然だった。表面は滑らかで、三個とも形状がほとんど揃っている。手に取って中央のボタンを押すと、小さかった球体が一瞬で手のひらほどの大きさへ変わった。
「うわぁ……ちゃんとモンスターボールじゃん」
『ポリ!』
もう一度押せば小さくなる。開閉も正常で、何度繰り返しても引っかからない。そうなるように作られた設計なのだから当然ではあるのだが、地球の町工場が一週間で本当に形にしてきたと思うと、笑うしかなかった。
「何したんだよ、あの人たち……」
「さっきから何騒いでるの?」
台所から母さんが顔を出したので、通常サイズまで戻して見せる。
「頼んでたボール届いた」
「ああ、それ。前に作ってたのと違うの?」
「全然違う。見てて」
ボタンを押して小型化させると、母さんが目を丸くした。
「今、小さくなった?」
「なるんだよ」
「なんで?」
「そこは俺も詳しい原理までは分かんない」
「作り方知ってるのに?」
「作り方を知ってるのと、ぼんぐりがなんでこんなイカれた性質してるのか知ってるのは別だから」
「ふぅん……」
母さんは少し興味深そうに眺めてから、特に追及することもなく台所へ戻っていった。最近はポケモン関連で多少変なことが起きても、この程度なら驚くだけで流すようになっている。
俺は三個のボールと、今まで使っていた自作ボールを持って外へ出た。呼んだのはコラッタ、コンパン、パラスの三匹だ。
「ラッタ!」
「コンパン?」
「パラ?」
「ちょっと引っ越しするよ。今のボールからこっちに変えるだけだから」
新しいモンスターボールを見せると、三匹とも首を傾げる。
「別に捨てるとかじゃないって。むしろ家のグレードアップだよ」
最初はコラッタ。
自作ボールから出した状態で、空になった古いボールを脇へ置く。
正式なモンスターボールなら、一度捕獲したポケモンを別の人間が勝手に捕まえ直すことはできない。所有者認証を含め、そういう行為を防ぐための保護機能が入っている。
俺が作ったものには、それが丸ごと存在しない。
捕獲して、中へ収めて、外へ出す。それだけだ。
「だから自作ボールに入ってるお前らは、正式なシステム上だと捕獲済みとして保護されてないんだよな」
「ラッタ?」
「悪口じゃないよ。むしろこれからちゃんとするって話」
試作品を通常サイズへ戻し、軽く投げる。コラッタは抵抗する様子もなく赤い光へ変わり、そのままボールの中へ吸い込まれた。
地面へ落ちたボールが揺れる。一回、二回、三回。やがて中央のランプが消えた。
「……よし」
すぐにスマホを取り出して図鑑アプリを確認する。
少し遅れて表示が更新され、コラッタの個体情報が出てきた。
「通った!」
『ポリ!』
「ちゃんと正式な捕獲扱いになってる!」
すぐに外へ出すと、コラッタは何事もなかったように元気よく鳴いた。
「どう? 新居」
「ラッタ!」
「分からんけど元気ならいいか」
コンパンも同じように捕獲する。こちらも問題なし。三個目のボールを持ち上げると、最後に残ったパラスがこちらを見上げた。
「頼むから三個目だけ壊れるみたいなオチはやめてよ。一週間頑張った工場の人たちに報告しづらいから」
「パラ?」
「お前に言ってもしょうがないな」
投げたボールがパラスを取り込み、こちらも三回揺れて停止した。図鑑との連携も正常で、所有者情報も入っている。
三個すべて成功。
捕獲、内部保持、小型化、開閉、所有者認証、図鑑連携。こちらで確認できるものは全部通った。
「……本当にできてるよ」
手の中のボールを眺めながら、感心を通り越して少し呆れる。
「一週間かぁ……」
『ポリ』
「やっぱあの工場おかしいって」
もちろん最高の意味で。
しばらく三匹の様子を見た後、家へ戻った。
居間では父さんが新聞を読み、その肩には当然のようにポッポが乗っている。最近はあまりにも自然すぎて、最初から父さんのポケモンだったようにすら見えてきた。
「父さん」
「ん?」
「ポッポ、もう正式に父さんに譲るわ」
新聞から顔が上がる。
「急だな」
「急じゃないでしょ。最近、俺といるより父さんの肩にいる時間の方が長いじゃん」
「ポォ!」
「ほら本人も何か言ってる」
「今ので賛成って分かるのか?」
「雰囲気だけど?」
「適当だな」
スマホから譲渡手続きを開き、父さん側の承認も済ませる。これで所有者情報も正式に移った。
「ポォ!」
「お前、何も変わってねえな」
ポッポは相変わらず父さんの肩で機嫌よく鳴いている。自分から譲ったのに、少しだけ寂しくなった。
「……なんか寂しいな」
「お前から言い出したんだろ」
「それとこれとは別なんだよ」
「面倒くせぇな」
「ポォ」
「君までそっち側に行かないで?」
父さんが笑う。
ニドラン♀についても、ジョウトへは連れていかない。ボールはまだ自作のままだが、管理自体は父さんに任せることにした。
「ニドランも頼むね」
「俺か?」
「管理は父さん。まあ実際一番一緒にいるの母さんだけど」
ちょうど台所からニドラン♀が顔を出し、その後ろから母さんの声が飛んできた。
「その子は置いてくんでしょうね?」
「そのつもりだから」
「ならいいわ」
「ニド!」
呼ばれたと思ったのか、ニドラン♀はそのまま母さんのところへ戻っていった。
父さんがそれを見送る。
「……俺が管理する意味あるか?」
「各種手続きとか何かあった時は父さん担当ってことで」
「本人は母さんにべったりだけどな」
「父さん管理、母さん推し」
「何だその分類」
今後正式なボールが増えたら、ニドラン♀もそちらへ移せばいい。
ポッポとニドラン♀がここへ残るなら、俺も安心して遠出できる。
その後、自室へ戻って町工場へ試験結果を送った。三個とも正常に機能したこと、想定より遥かに早く完成したことへの礼。それとモンスターボールの継続製造について相談したいことも伝える。
費用を渋るつもりはない。
ポリゴンが動かしている資金には既に余裕があるし、ここは金を使うところだ。試作費でも治具でも設備でも、必要なら相談して負担すればいい。
「安く作ってもらうより、長く作ってもらう方が大事だからね」
『ポリ』
「ここで値切って『もう嫌です』って言われたら泣く自信あるよ」
さらに、スーパーボールとハイパーボールの設計資料もまとめて送った。
ジョウトへ行けば、今までこちらにほとんど存在しなかった別種のぼんぐりも入手できる可能性がある。そちらについても、今後さらに違う形式のボールをお願いするかもしれないという話だけ先に伝えておく。
「……これ送ったらまた寝なくなるんじゃないかな」
『ポリ』
「急ぎじゃないって書いたし、大丈夫でしょ。たぶん」
少しだけ不安だった。
◆
「有識者から返事来たぞ!」
工場内へ声が響いた瞬間、近くにいた数人が一斉に振り向いた。
「どうだった!?」
「三つとも成功! 捕獲も小型化も所有者認証も全部通ったって!」
「っしゃあ!」
「ほら見ろ、俺の加工で合ってたろ!」
「何であんた一人の手柄になってんだよ!」
「最後の仕上げやったの俺だぞ!」
「その前に二個潰したのもあんただろうが!」
「失敗は成功した時点で経験になるんだよ!」
「便利な言葉で帳消しにすんな!」
一週間散々振り回された設計図が、ようやく本来の役目を果たした。
自分たちの設備で作ったものが、本当にポケモンを捕獲した。しかも三個全部。
いつの間にか集まっていた人間の顔には、揃って笑みが浮かんでいる。
「まだ続きあるぞ」
連絡を読んでいた男が画面を下へ送った。
「正直、最初の試作品までは一ヶ月から二ヶ月くらい見てたって」
「ハッ! 随分舐められてたじゃねえか」
「どう読んだらそうなるんすか。完全に褒められてるでしょうが」
「一週間でやった俺らも、冷静に考えるとだいぶおかしくない?」
その場に微妙な沈黙が流れた。
「……まあな」
「家帰ってまでぼんぐり削ってたジジイいるし」
「おい、今誰のこと言った?」
「夜中まで図面描き直して三十枚持ってきた奴もいましたよね」
「お前もホームセンターでヤスリ買ってただろ!」
「全員頭おかしいから安心しろ」
工場長の一言で、なぜか全員納得した。
「それから、モンスターボールは今後も継続して作ってほしいそうだ。試作費、材料費、加工費、治具なんかも含めて必要な費用は向こうで負担するってよ」
そこで工場長の表情が変わった。
ここまでは面白半分が大きかった。しかし継続発注となれば正式な仕事として設備や工程を考えられる。
「継続か……だったら専用治具、もうちょいまともなの作っても元取れるな」
「加工順も変えたいですね。三個作るだけなら誤魔化せたところ、数増やすなら面倒ですよ」
「設備側も見直すか。毎回あのやり方じゃ人間が先にくたばっちまう」
「もう一週間で二人くらい死にかけてましたけどね」
「生きてんだからいいだろ」
「良くねえよ!」
話している間にも、画面にはさらに続きがあった。
「……新しい設計図が二つ付いてる」
「何だ?」
「スーパーボールと、ハイパーボール」
一瞬だけ静かになった。
ベテランが真っ先に椅子を寄せる。
「開けろ」
「ちょっと待ってくださいよ。まだモンスターボール終わったばっかですよ?」
「終わったから次あんだろ」
「一日寝ただけで完全回復してんじゃねえよ、このジジイ!」
「若ぇ奴が情けねえんだよ」
「こっちは帰ってからも図面見てたんですよ!」
「俺も端材削ってたわ!」
「だから二人とも寝ろって言ってんだよ!」
言いながら、設計担当は既にファイルを開いていた。
結局、誰も止める気はない。
「おい、こっち構造違うぞ」
「本当だ。単純に同じ機構強くしただけじゃないな」
「待て、その断面拡大しろ」
「だから押すなって! もう集まってくんな!」
「無理だろ。新しい図面だぞ」
「何でちょっと誇らしげなんだよ!」
さらに、ジョウトへ行けば複数種類のぼんぐりを持ち込む可能性があり、それらを使った別のボールも今後頼むかもしれない、と書かれている。
「……別のぼんぐり?」
「複数あるらしいですよ」
「性質も違うのか?」
「それは届かないと分かりませんね」
ベテランが黙った。
口元だけが上がった。
「その顔やめてください」
「何がだよ」
「楽しみで仕方ないって顔してます」
「当たり前だろ。今のだけでもあんだけ訳分かんねえのに、種類違うんだぞ?」
「また家に持って帰る気だ」
「持って帰る前提で話すな」
「否定してくださいよ!」
モンスターボールの継続製造については引き受ける方向ですぐ話がまとまった。
問題は数量と工程、それに今後必要になる設備だった。
そして、その話し合いを始めるはずだったのに、十分後には全員がスーパーボールの設計図を囲んでいた。
◆
町工場へ連絡を送った後、次は政府向けの資料を用意した。
「ポリゴン、こっちもお願い」
『ポリ?』
「モンスターボール、スーパーボール、ハイパーボール。三つとも政府に送っとこう」
捕獲手段が手作りの簡易ボールしかない現状を長引かせる意味はない。警察でも保護施設でも研究機関でも、必要なところが正式なボールを作れるようになれば事故は減る。
社会の側がいつまでもポケモンをどう扱えばいいか分からず右往左往している方が、こっちとしても面倒だ。
「必要な素材と製造条件まで全部送っていいよ。あとは向こうで頑張ってもらおう」
『ポリ』
ポリゴンが少し間を置いて、こちらを見る。
「……町工場のこと?」
『ポリ』
「それは言わなくていい」
『ポリ?』
「いや、設計図は渡すんだから別に独占してないでしょ。製造先くらい自分たちで探してくださいってことで」
『ポリポリ』
「今あの工場を政府に教えたら絶対そっちの依頼で埋まるじゃん。俺の分作ってもらえなくなるじゃん」
自分で言ってから少し考える。
「仕方ないネ」
『ポリ……』
「その目やめて。俺だって自分用のボール欲しいんだよ」
政府がもっと大きな企業なり研究機関なりを使って独自に作ればいい。
設計情報そのものは渡しているのだから、十分だろう。
ポリゴン経由で三種類の資料を送ってもらい、ようやく自分の予定へ意識を戻した。
ジョウトの出現から一週間以上。
ネット上には初日とは比べものにならない量の情報が集まっている。目撃地点、危険区域、交通規制、捕獲報告。それらを照らし合わせれば、どの辺りへ行けば何が見つかりやすいのかも少しずつ見えてきた。
現地へ行く理由は増えた。
新しいポケモンを見たい。捕まえたい。戦いたい。
ついでに、新しいぼんぐりも欲しい。
最後だけ妙に仕事っぽいが、俺にとってはどれも楽しみなことに変わりない。
「……もう待たなくていいな」
『ポリ』
「明日と明後日で準備して、三日後にしよう」
交通手段を確認し、最初に入る地域と宿を決めて予約する。一度の遠征で近畿、東海、四国を全部回る気はない。まずは一箇所を拠点にして、そこから動けばいい。
予約が終わった頃、父さんが後ろから画面を覗き込んできた。
「何してんだ?」
「ジョウト行く予定取ってる」
「結局行くのか」
「そりゃ行くよ。このために準備してたんだから」
「何日くらい?」
「まだ決めてない」
「旅行行く奴が一番言っちゃ駄目な返事だぞ」
「ポケモン次第」
「もっと駄目になったな」
「ポォ」
父さんの肩からポッポまで口を挟んでくる。
「君は留守番ね」
「ポォ?」
「もう父さんのポケモンでしょうが」
「ポォー!?」
「何その今初めて聞いたみたいな反応!」
父さんが笑い、台所から母さんまで笑っている。
少しだけ惜しい気持ちはあった。
それでも、父さんの肩から動かないポッポと、母さんの足元へ行けばすぐに落ち着くニドラン♀を見れば、ここに残す判断で間違っていないと思える。
捕まえたからといって、全部のポケモンをずっと俺が抱えている必要もない。本人たちが一番居心地のいい場所にいるなら、それでいい。
「さて……」
スマホに表示された予約日を見る。
三日後。
新しくポケモンが現れた土地へ、今度は自分で行く。
動画や掲示板越しではない。
自分のポケモンを連れて、新しいポケモンを探し、戦って、捕まえる。
考えているだけで口元が緩んでくる。
「三日後、ジョウト行こう」
『ポリ!』
久しぶりに、旅行前の子供みたいな気分になっていた。