ポケモン現代入り 作:ささみ
藪の奥で草が揺れた。反射的に足を止め、腰のモンスターボールへ手を伸ばす。隣を浮いていたポリゴンも、音のした方へ身体を向けた。
「……来たな」
しばらく待つ。もう一度、草が揺れた。
そこから顔を出したのは、茶色い小動物だった。
「キュ?」
「オタチか」
一匹だけではない。最初の一匹に続いて二匹、さらに少し離れたところからもう一匹が姿を見せる。全部で四匹。街の近くで車から見かけた個体よりも、こちらへの警戒が明らかに強い。
すぐ逃げ出す様子もない。
「いきなりデカいのじゃなくてよかった」
『ポリ』
「今回は戦うよ。ちょうどいいし」
四匹のうち、前へ出てきた一匹が身体を起こした。こちらをじっと見ながら、尻尾を地面へつけるようにして立っている。縄張りに入ったのか、それとも単純に仲間を守ろうとしているのか。どちらにせよ向こうもやる気らしい。
「じゃあトランセル、頼む」
ボールを投げる。白い光が広がり、緑色の身体が地面へ現れた。
「トラァ」
トランセルがオタチを見る。オタチも一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、逃げずに前傾姿勢へ変わった。
「さて……」
普段の訓練なら、ある程度こちらの想定通りに進む。でも今回は野生だ。何をしてくるか分からないし、ゲームみたいに相手が技を選ぶまで待ってくれるわけでもない。
「トランセル、まずいとをはく!」
「トラッ!」
白い糸が飛ぶ。狙いはオタチの身体だった。
しかし直撃する直前、オタチが横へ飛んだ。
「速っ」
糸が草へ張り付く。避けたオタチはそのまま地面を蹴り、一気にトランセルへ迫ってきた。
「追わなくていい! 来るの待って、たいあたりで――いや、先にかたくなる!」
思っていたより早い。指示を変えた瞬間には、もうオタチが目の前まで来ていた。
「トラッ!」
身体の表面が硬くなり、その直後にオタチの爪がぶつかる。乾いた音とともにトランセルの身体が後ろへ転がった。
「大丈夫か!?」
「トラァ!」
すぐに返事があった。効いてはいるが、まだ問題なく戦える。
「……ゲームと全然違うな、やっぱ」
知識としてオタチがどれくらい素早いポケモンなのかは知っている。トランセルが速く動けないことも知っている。でも、それを実際の距離と時間に置き換える感覚がまだない。
何メートル離れていれば指示を変える余裕があるのか。技を撃ってから次の行動へ移るまで何秒かかるのか。相手が走り出してから接触するまで、こちらが何文字喋れるのか。
「……長い指示出してる暇ないな」
『ポリ』
「分かってたつもりだったんだけどね」
オタチがもう一度身を低くした。今度は待つ。距離を見る。
「トランセル、いとをはく。地面!」
「トラ!」
狙いを変えた。オタチ本人ではなく、その進路へ糸を撒く。
直後、オタチが走り出した。当然避けようとするが、直接狙われるより広い範囲へ糸が張られている。前脚が引っかかった。
「今、たいあたり!」
「トラァ!」
トランセルが身体を跳ねさせる。動きの鈍ったオタチの脇腹へぶつかり、そのまま二匹が地面を転がった。
「キュッ!」
「離れて!」
今度は指示が間に合った。トランセルが身体を跳ねさせて距離を取る。オタチもすぐ起き上がったものの、脚にはまだ糸が絡んでいた。
「よし……もう一回いける。正面じゃなくて横からたいあたり!」
トランセルが動く。正確には、器用に走るというより地面を跳ねながら位置を変えていく。
オタチがこちらを向こうとする。
「そのまま!」
ぶつかった。今度はかなり綺麗に入った。
オタチが草の上へ倒れ、何度か立ち上がろうとしてから動きを止める。
「……よし!」
思わず拳を握った。
「トランセル、ナイス!」
「トラァ!」
トランセルもどこか嬉しそうに身体を揺らした。訓練では何度も戦わせている。それでも、初めて出会った野生ポケモンを相手に、こっちが指示を出して勝ったとなると感覚が違った。
ただ勝っただけじゃない。最初の指示は遅かった。相手の速度を読み違えたし、一度出した指示を途中で変えたせいでトランセルにも余計な負担をかけた。
「これ、俺も練習必要だな」
『ポリ』
「ポケモンだけ鍛えりゃいいって話じゃないわ」
トランセルの身体を確認する。目立った怪我はなく、最初に受けた攻撃も大したものではなさそうだった。
「もう一戦くらいいけそう?」
「トラ!」
「元気だなぁ」
残ったオタチたちは少し距離を取っていた。倒れた仲間を気にしているようだが、こちらへ襲いかかってくる気配はない。その中に一匹、こちらを見たまま逃げようとしない個体がいる。
「……捕まえるなら、あの子かな」
正式な空ボールはない。腰とは別に、リュックへ固定してある自作ボールを取り出した。
「デカいんだよな、これ」
正式なモンスターボールなら小型化して持ち運べる。自作品にはそれがないので、どうしても荷物になる。それでも捕獲できるだけありがたい。
「トランセル、もう一回お願い。今度は倒さなくていいから、動きを止めるの優先で」
「トラァ」
狙ったオタチへ向き直る。今度は俺も少しだけ余裕があった。
「いとをはく、進路を塞いで!」
トランセルが糸を広げる。オタチが横へ逃げる。
「左へ追加!」
続けて糸が飛ぶ。完全に捕まえる必要はない。逃げ道を限定する。
オタチが反対へ向きを変えたところで、
「たいあたり!」
トランセルがぶつかる。倒れたオタチがすぐ立とうとする。
「そこまで!」
トランセルを止め、自作ボールを構えた。
「いけっ!」
投げる。ボールがオタチへ当たり、その身体が光へ包まれて吸い込まれた。
地面へ落ちたボールが揺れる。一回、二回、三回。
「……」
開いた。
「キュッ!」
「あっ」
オタチが飛び出した。
「やっぱ一発じゃ無理か!」
『ポリ』
「笑ってないで手伝って!」
『ポリ!?』
逃げ出そうとしたオタチの前へポリゴンが回り込む。驚いたオタチが足を止めた。
「トランセル、いとをはく!」
今度は直撃した。身体へ糸が絡み、動きが鈍る。
「悪いけど、もう一回!」
ボールを拾い、再び投げる。光がオタチを包み、ボールが地面へ落ちた。
一回、二回、三回。
今度は開かない。
「……捕まった?」
『ポリ!』
「よっしゃ!」
小さくガッツポーズをする。ジョウトへ来て最初の捕獲。オタチ。
「いいねぇ。ちゃんと遠征してる感じする」
「トラァ!」
「トランセルもお疲れ。今回かなりよかったよ」
ボールを拾い上げる。正式ボールではないので図鑑への自動登録はない。所有者認証も、ボックスへの転送もない。ただの捕獲容器だ。
「これを何個も腰からぶら下げるのは嫌だな……」
リュックへ戻す。
「早く追加の正式ボール欲しい」
『ポリ』
「工場の人たち頑張って」
本人たちが聞いたら「もう頑張ってる」と怒られそうだ。
それからしばらく、山をさらに進んだ。見つけたポケモンすべてと戦うわけではない。それでも安全に戦えそうな相手を見つければ、なるべく一戦挟むようにした。
そのたびに手持ちを変える。ヒトカゲには遠距離からひのこを撃たせるだけでなく、相手が距離を詰めた時にどう動くかを意識させる。コラッタには素早さを活かして相手の側面へ回るよう指示し、スピアーには上から見える範囲を利用して、こちらから死角になる場所を補ってもらった。
そして俺自身も指示を出す。
「ヒトカゲ、右へ! そこからひのこ!」
「コラッタ、追いすぎ! 一回戻って!」
「スピアー、上から回り込んで逃げ道塞いで!」
やってみると忙しい。一匹だけでも相手と味方の両方を見なければならない。二匹出せば、さらに増える。
ゲームなら数秒考えてから技を選べる。現実では、その数秒で相手が動く。それどころか指示している途中にも状況が変わる。
「……トレーナーって大変だな」
『ポリ』
「でも面白い」
それは間違いなかった。自分の指示でポケモンが動く。上手く噛み合えば綺麗に攻撃が入り、読み違えれば崩れる。ポケモン自身がこちらの意図を理解して、言われていない部分まで補ってくれることもある。
全部命令するのは遅い。全部任せるなら、俺がいる意味が薄い。その間を探していくのが、たぶんトレーナーなんだろう。
「次来たら、もうちょい短く指示してみるか」
『ポリ』
「俺もレベル上げしないとな」
そんなことを話しながら進んでいると、見覚えのある形の木が目に入った。
「……あれ?」
足が勝手に速くなる。近づいて枝を見ると、丸い実がいくつもついていた。
「おお、あった!」
『ポリ?』
「ぼんぐり。しかも前に持って帰ったのと違うやつ」
枝についていたのは緑色のぼんぐりだった。
「みどぼんぐりだな」
全部は採らない。熟して状態のいいものをいくつか選び、採取用の袋へ入れる。町工場へ渡す加工用と、十勝で育てるための分は後で分ければいい。
「これでまた一種類増えた」
町工場へ別種類のぼんぐりを渡した時に、あの人たちがどういう反応をするのかは少し気になる。たぶん喜ぶ。というか、変な測り方を始めそうな気がする。
「……まあ、好きに調べていいって言ってるし」
『ポリ』
「俺が煽ってるみたいに言わないでよ」
さらに一時間ほど進んだところで、今度はきのみを見つけた。
「あ、モモンのみ」
薄い桃色の実を一つ採る。
「これ欲しかったんだよね。毒に使える」
今までは状態異常になれば薬を使うしかなかった。もちろん薬を持ち歩くのは今後も変わらないが、きのみを栽培できれば選択肢が増える。
何個か採取し、一つだけ手の中で転がす。
「食えるんだよな、普通に」
『ポリ』
「……食ってみるか」
表面を軽く拭いて齧る。少し甘い。
「うん。普通に美味い」
『ポリ』
「何その顔」
『ポリ』
「君、そもそも食事しないでしょ」
残りは袋へ。少し離れた場所ではクラボのみも見つかった。
「今日は当たりだな」
目的の一つだったオボン以外のきのみも、初日から二種類確保できた。さすがに全部が簡単に見つかるとは思っていないが、出だしとしては悪くない。
時間を確認すると、昼をかなり過ぎていた。
「そろそろ休憩しようか」
少し開けた場所を探し、荷物を下ろす。手持ちも順番に出して休ませ、水と餌を用意してから自分も簡単な昼食を取った。
「そうだ。オタチも出してみるか」
自作ボールを取り出す。開放すると、白い光から先ほど捕まえたオタチが現れた。
「キュッ!?」
すぐに周囲を見回し、俺から距離を取る。
「まあ、そうなるよね」
捕まえた瞬間から懐くなんてことはない。
「無理に近寄らないから安心して。とりあえず飯置いとくよ」
少し離れた場所へ餌と水を置く。俺が下がると、オタチはこちらを何度も確認しながら近づき、恐る恐る匂いを嗅いだ。
しばらくして食べ始める。
「よしよし」
『ポリ』
「触ろうとしてないよ」
そういうのは後でいい。まずはこちらが危険ではないと分かってもらうところからだ。
休憩を終える頃には、オタチも多少落ち着いたらしい。自分から近づいてくるほどではないが、最初ほど露骨に距離を取らなくなっていた。
「まあ、ゆっくりいこう」
「キュ」
返事なのかは分からない。それでも少し嬉しかった。
午後の探索を再開する。トランセルもまだ元気だったので、引き続き戦闘へ出していく。
相手の動きが速ければ、直接身体へいとをはくのではなく進路へ撒かせる。攻撃を避けきれないなら、無理に避けさせずかたくなるで受ける。動きが止まったところへたいあたり。
午前中よりも指示が短くなった。
「前、糸!」
「トラ!」
「そのまま受けて!」
「トラァ!」
「今たいあたり!」
全部を言葉にしなくても、トランセルの方も何を求められているか分かり始めている。
何度目かの戦闘だった。野生のポケモンを追い払い、トランセルがこちらへ戻ってくる。
「お疲れ。かなり慣れてきた――」
そこで身体が光った。
「……お?」
見間違えるはずがない。
「来た!」
『ポリ!』
思わずトランセルへ駆け寄りかけて、途中で止まる。邪魔をするわけにはいかない。
緑色の身体を白い光が包み、輪郭が変わっていく。小さかった身体が広がり、殻だけだった姿から大きな羽が伸びる。
光が弾けた。
「フリィー!」
大きな白い羽を羽ばたかせ、バタフリーが空へ舞い上がった。
「おお……!」
頭上を一周し、それから俺の前へ降りてくる。
「バタフリー!」
「フリィ!」
「進化したなぁ!」
知っている。トランセルがバタフリーへ進化することくらい、ずっと前から知っている。ゲームでも何度見たか分からない。
それでも、目の前で実際に姿が変わる瞬間はまるで別物だった。
「やっぱ進化すげぇな……」
バタフリーが嬉しそうに羽ばたく。
「しかも飛べるようになったのデカいね。今までとは戦い方全然変わるぞ」
「フリィ!」
「俺もまた指示覚え直しか」
地上を跳ねるトランセルと、自由に空を飛べるバタフリーでは立ち回りがまるで違う。
面白そうだ。
図鑑アプリを開き、バタフリーの情報を確認する。
「ねんりきも使えるようになったし、かぜおこしもある。もうたいあたり中心で戦う必要もないな」
『ポリ』
「それに、このまま育ててねむりごな覚えられるところまでいけば、捕獲がだいぶ楽になる」
野生相手を眠らせてからボールを投げられるのは大きい。下手に攻撃を重ねて弱らせすぎる心配も減る。
「バタフリーは捕獲補助もできるように育てよう。ねむりごな覚えたらかなり頼ると思う」
「フリィ!」
「もちろんそれだけじゃなくて、普通に戦えるようにもするけどね」
バタフリーが高く飛ぶ。
「その前に、まず飛びながら戦う練習だな。俺もだけど」
せっかくなので、そのまま周囲を見てもらうことにした。
「ちょっと上から見てきて。人がいたらすぐ戻ってきていいから」
「フリィ!」
木々の上まで上昇し、その姿が小さくなった。
「便利になったなぁ」
『ポリ』
「スピアーとはまた飛び方違うだろうし、役割分けできそうだね」
しばらく待つ。
やがてバタフリーが戻ってきた。ただ、まっすぐ俺のところへ降りてこない。
「フリィ、フリィ!」
「ん?」
山の奥へ身体を向ける。こちらを見て、また奥を見る。
「何かいた?」
「フリィ!」
時間を確認する。まだ夕方には少し早い。夜まで探索するつもりなのだから、戻る理由もなかった。
「……まだ行けるな」
『ポリ』
「よし。見に行こうか」
進化したばかりのバタフリーを連れ、さらに山の奥へ歩き出した。