ポケモン現代入り   作:ささみ

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 UA10万突破しました、あざっす


第23話

 

 

 

 バタフリーの後を追って二十分ほど歩くと、木々の密度が少し薄くなった。

 

「この辺?」

 

「フリィ!」

 

 バタフリーが速度を落とし、その少し先を示すように旋回する。斜面には背の低い草が広がり、その上を赤い身体のポケモンが何匹も風に揺られていた。

 

「ああ、ハネッコか」

 

 大きな葉を回すように動かし、風が吹くたびに身体ごとふわりと浮き上がっている。何匹かはこちらに気づいていたが、すぐ逃げる様子はなかった。

 

「これ見つけたの?」

 

「フリィ!」

 

「ありがと。ついでにちょっと付き合ってもらおうか」

 

 頭を撫でてから、一匹だけ群れから離れているハネッコを見る。捕獲するつもりはないが、進化したばかりのバタフリーがどんな動きをするのかは試しておきたかった。

 

「バタフリー、いけそう?」

 

「フリィ!」

 

「じゃあ頼む」

 

 前へ飛び出したバタフリーに、ハネッコもこちらを向く。トランセルだった頃とは違う。飛べるようになっただけではなく、使える攻撃そのものが一気に増えている。

 

「まず少し上取って。ねんりき!」

 

「フリィ!」

 

 バタフリーの目が淡く光った。直後、浮かび上がろうとしていたハネッコの身体が不自然に止まり、そのまま横へ押し流される。

 

「おお……」

 

 思わず声が漏れた。たいあたりとは全然違う。自分の身体を相手へぶつける必要がなく、距離を取ったまま攻撃できるだけでなく、相手の身体そのものへ力を加えられる。

 

 ハネッコが空中で姿勢を立て直した。

 

「もう一回ねんりき――いや、避ける!」

 

 何かを飛ばしてきた。バタフリーが自分で高度を落とし、攻撃を外す。

 

「ナイス。そのまま横取って、かぜおこし!」

 

 大きな羽が強く打たれ、巻き起こった風が草をまとめて倒す。浮いていたハネッコも真正面から吹き飛ばされ、数メートル先へ転がった。

 

「ポォッ!?」

 

 すぐ立ち上がったものの、こちらを一度見たハネッコは仲間の方へ逃げていく。

 

「追わなくていいよ」

 

「フリィ!」

 

 戻ってきたバタフリーを見上げる。

 

「いや、強くなったなぁ」

 

 トランセルの時は、いとをはくで動きを落とし、かたくなるで攻撃を受け、どうやってたいあたりを当てるかを考える必要があった。今は空から距離を取り、ねんりきで攻撃できる。相手が接近してくれば、かぜおこしで押し返すこともできた。

 

「戦い方、ほぼ別物じゃん」

 

『ポリ』

 

「俺も覚え直しだね、これ」

 

「フリィ!」

 

 本人はかなり楽しそうだった。

 

 午後の探索では、意識してバタフリーにも何度か戦闘を任せた。

 

「右へ回って、ねんりき!」

 

「フリィ!」

 

「近い! かぜおこしで離して!」

 

 指示を出すたび、こちらも少しずつ感覚を掴んでいく。ねんりきなら多少位置がずれても相手を捉えられるが、見えていなければ狙えない。かぜおこしは広く使える代わりに、周囲の草や枝まで巻き込む。

 

 ポケモンが進化すれば、トレーナー側も新しい使い方を考える必要があるらしい。

 

「いいなぁ、これ」

 

『ポリ』

 

「そりゃ楽しいよ。ポケモン増えるたびに俺の選択肢も増えてくんだから」

 

 日が傾くまでに、さらに何度か野生と戦った。ヒトカゲには遠距離だけに頼らず、相手との距離を維持する練習をさせる。スピアーには空中から相手の逃げ道を塞いでもらい、コラッタには素早さを活かした接近と離脱を繰り返させた。

 

 午前中に比べれば、俺自身の指示もかなり短くなっている。

 

「ヒトカゲ、右! ひのこ!」

 

「カゲ!」

 

「コラッタ、追いすぎ! 戻って!」

 

「ラッタ!」

 

「スピアー、上から左塞いで!」

 

「スピィ!」

 

 どこへ行くか、何を狙うか、どの技を使うか。そこまで伝えれば、細かい足運びや回避はポケモン自身が補ってくれる。

 

「朝よりはマシになったかな」

 

『ポリ』

 

「それでも全部俺が言おうとすると遅い。でも全部任せたら、トレーナーいる意味ないし」

 

 相手と味方を見ながら次の指示を考える。まだ上手いとは到底思えないが、少なくとも朝よりは楽に戦えるようになってきた。

 

 探索の方も順調だった。新しいぼんぐりをいくつか追加で確保し、見つけたきのみも採りすぎない程度に回収する。気がつけば、木々の隙間から差し込む光はかなり赤くなっていた。

 

「もうこんな時間か」

 

 今日だけで考えれば、もう十分すぎる成果だった。オタチを捕獲して、バタフリーへ進化し、ぼんぐりときのみを何種類か回収した。実戦もかなり積めている。

 

「普通なら帰る時間なんだけどな」

 

『ポリ』

 

「でも今日は帰らないでこのままやろう」

 

 むしろ楽しみにしていたのはここからだった。夜行性のポケモン。昼間には姿を見せない種類を探すために、わざわざ野営できる装備まで持ってきている。

 

「夜用に入れ替えようか」

 

 少し開けた場所で休憩し、ボックスアプリを開いた。今日はかなり戦ったコラッタを預け、代わりにコンパンを手持ちへ戻す。

 

 ポリゴン、バタフリー、スピアー、ヒトカゲ、ゴース、コンパン。

 

「これならかなり夜向きでしょ」

 

『ポリ』

 

「ゴースとコンパンいるし、飛べるの二匹。ライトも予備まである。戦力も昼間より増えてるし」

 

「ゴース」

 

「うわっ」

 

 真後ろから声がして振り向くと、ゴースが楽しそうに浮いていた。

 

「お前さ、夜になるとさらに生き生きするね」

 

「ゴース」

 

「俺を驚かす方向に生き生きしなくていいから」

 

 少し早めの食事を取り、ポケモンたちにも休んでもらう。やがて日が完全に沈んだところでヘッドライトを点灯した。

 

「……おお」

 

 昼間とは本当に別世界だった。光が届く範囲だけが白く浮かび、その先には何も見えない。昼間なら普通に見えていた木々の奥が、今は真っ黒な壁にしか見えなかった。

 

 代わりに音が増えている。

 

「ホー……ホー……」

 

「あ、いる」

 

 枝の上に丸い影があった。ライトを少しずらす。

 

「ホーホーだ」

 

 他にも草むらの奥で小さな目が光り、木と木の間には昼間にはなかった糸が張られている。

 

「イトマルもいるな。やっぱ夜来て正解だった」

 

『ポリ』

 

「いや、ちゃんと警戒はするって。でもこれ楽しいな」

 

 知っているはずの森が、時間だけでまるで違う場所になる。何度か足を止めて観察しながら進んでいると、一本の低い枝にホーホーが留まっていた。

 

「せっかくだし一戦やろうか。ゴース、頼む」

 

「ゴース!」

 

 ホーホーがこちらを向く。

 

「ノーマルタイプだから、したでなめるは効かない。最初はあやしいひかりで崩そう」

 

 ゴースが前へ滑り出し、ホーホーの周囲を回る。首を大きく動かしながらその姿を追うホーホーの前で、不規則な光が揺れた。

 

「今、あやしいひかり!」

 

 光を正面から見たホーホーの動きが乱れた。翼を広げて飛び立ったものの、思うように方向を定められず、木の枝へ片方の翼を掠める。

 

「ゴース、正面には出ないで。相手が来るまで待って!」

 

 ゴースが少し高度を下げる。

 

 ホーホーは一度枝へ留まり直すと、頭を振ってゴースへ向き直った。そのまま翼を広げ、鋭い嘴を突き出して飛び込んでくる。

 

「横へ避けて、しっぺがえし!」

 

 ゴースが寸前で身体を横へ流した。ホーホーが通り過ぎようとしたところへ追いつき、黒い気配をまとった身体を横からぶつける。

 

 攻撃を受けたホーホーは空中で大きく姿勢を崩したが、翼を広げてどうにか落下を免れた。

 

「距離取って! もう一回来るなら、同じように後から返す!」

 

 ホーホーは再びこちらへ向かおうとしたものの、混乱が残っているのか途中で進路が逸れた。近くの枝へ留まり、しばらくゴースを睨んでいたが、やがて戦うのを諦めたらしい。翼を広げ、木々の向こうへ飛び去っていった。

 

「追わなくていいよ」

 

「ゴース!」

 

「ナイス。相性が悪くても、使える技を選べば戦えなくはないな」

 

 昼間にかなり戦ったことも大きい。一対一で相手が見えているなら、暗くてもそれほど困らない。

 

「思ってたより余裕あるかも」

 

『ポリ』

 

「もちろん油断はしないって」

 

 そう言いながら、たぶん少し油断していた。手持ちは六匹いる。進化して戦力の上がったバタフリーもいるし、昼間の時点で俺自身も指示を出すことに慣れ始めていた。

 

 一匹や二匹強いポケモンが出てきても、数を使えばどうにかなる。そのくらいに考えながら、さらに奥へ進む。

 

 しばらくして、俺より先にコンパンが足を止めた。

 

「コン……」

 

「どうした?」

 

 赤い目が左右へ動く。ゴースも前へ進むのをやめ、周囲を見回した。

 

「何かいる?」

 

『ポリ』

 

 ポリゴンも警戒している。

 

 ライトを右へ向けても何もいない。左も木が並んでいるだけだった。

 

「コンパン、どっち?」

 

「コン……」

 

「分かんないか」

 

 何かがいることは感じているらしい。

 

「バタフリー、少し上から見て。ただし木の上まで抜けなくていい」

 

「フリィ」

 

「スピアーは右側。近くで動くものがいたら教えて」

 

「スピィ!」

 

 バタフリーが高度を上げる。その姿を追っていた時だった。

 

 横から何かが飛んできた。

 

「うおっ!?」

 

 腕とリュックが急に引かれ、身体が横へ傾く。

 

「何だ!?」

 

 ライトを向けると、白い糸が絡みついていた。

 

「糸……?」

 

『ポリ!』

 

 頭上から枝が軋む音がする。光を上へ向けると、赤い身体と長い脚を持つポケモンが木の幹へ張りつくようにしてこちらを見下ろしていた。

 

「……おお。アリアドスじゃん」

 

 やっと見つけた野生の進化系。昼間に相手をしていた未進化ポケモンとは、見た目からして違う。

 

「いいね」

 

『ポリ』

 

「いやいや、ちゃんと警戒してるって」

 

 ナイフで糸を切る。想像以上に丈夫だ。

 

「捕まえたいな」

 

 目的の一つは進化済みの強い個体を探すことだ。向こうから出てきてくれたなら都合がいい。

 

「ヒトカゲ、出て!」

 

「カゲ!」

 

「ゴースも一緒に!」

 

「ゴース!」

 

 一対二。最初から一匹で挑ませる理由はない。

 

「ヒトカゲ、ひのこ! 木には広げないで身体だけ狙って!」

 

「カゲ!」

 

 炎が飛ぶ。アリアドスは木の幹を横へ走り、あっさりと避けた。

 

「速いな。ゴース、左から回る! ヒトカゲはその場で次待って!」

 

 ゴースが木の裏へ回る。アリアドスから糸が飛んだ。

 

「ヒトカゲ、右!」

 

 紙一重で避ける。

 

「今、ひのこ!」

 

 火の粉が脚を掠める。

 

「いけるな」

 

 明らかに昼間の相手より強い。それでも二匹なら押せる。

 

「ゴース、後ろ取ったらしたでなめる! ヒトカゲは正面――」

 

 肩の横を何かが通った。

 

「……え?」

 

 白い糸。今戦っているアリアドスとは、まったく違う方向から飛んできた。

 

「ポリゴン、後ろ!」

 

『ポリ!』

 

 振り返った直後、今度は左から糸が飛ぶ。

 

「ヒトカゲ、下がって!」

 

 地面へ粘つく糸が張りついた。ライトを振ると一匹のイトマルがいて、その奥にも赤い目が見える。木の上にも何かがいる。

 

「……ちょっと待って」

 

 照らす。

 

 アリアドス。

 

 最初の個体とは別だ。

 

 さらに上を見ると、枝と枝の間にいくつもの糸が張られている。昼間に見たイトマルの巣とは規模が違った。

 

「……俺らが入ってきた側か」

 

『ポリ!』

 

「分かった! とりあえず固まろう!」

 

 上からイトマルが降りてきた。

 

「バタフリー、戻って! そのイトマルにねんりき!」

 

「フリィ!」

 

 空中でイトマルの身体が止まる。

 

「そのまま横へ飛ばして!」

 

 ねんりきに押され、イトマルが草むらへ落ちた。

 

「スピアーも戻れ!」

 

「スピィ!」

 

 右側から別のアリアドスが出てくる。

 

「ヒトカゲ、右前! ひのこ!」

 

 炎を見たアリアドスが下がる。

 

「追うなよ!」

 

 次の瞬間、頭上から糸が降った。

 

「バタフリー、かぜおこし!」

 

 大きく羽が動き、強い風が上へ吹き抜ける。降ってきた糸が横へ押し流され、枝にいたイトマルまで姿勢を崩した。

 

「よし! そのまま上の二匹にねんりき!」

 

「フリィ!」

 

 一匹を捉え、枝から引き剥がす。

 

 強い。

 

 やっぱりバタフリーへ進化したのは大きい。

 

 そう思った直後、別方向からコンパンが鳴いた。

 

「コンッ!」

 

「左!?」

 

 イトマルが飛び込んでくる。

 

「コンパン、ねんりき!」

 

「コン!」

 

 空中で止まり、そのまま地面へ落ちた。

 

「スピアー、右上のアリアドス! ミサイルばり!」

 

「スピィ!」

 

 光る針が飛ぶ。直撃はしなかったが、アリアドスを木の奥へ下がらせた。

 

「ゴース、正面の一匹へさいみんじゅつ!」

 

「ゴース!」

 

 アリアドスの動きが鈍る。

 

「ヒトカゲ、今!」

 

「カゲ!」

 

 ひのこが直撃した。

 

「よし!」

 

 一匹ずつなら戦える。数がいても、こっちも六匹いる。

 

 そう思った。

 

「フリィ!」

 

「え?」

 

 バタフリーの声に振り向いた瞬間、足を強く引かれた。

 

「うおっ!?」

 

 地面へ尻餅をつく。いつの間にか足首へ糸が絡んでいた。

 

「痛っ……!」

 

『ポリ!』

 

「俺はいい! 前見て!」

 

 草むらからイトマルが飛び出す。

 

「コンパン!」

 

「コン!」

 

「ねんりき!」

 

 イトマルが横へ吹き飛んだ。

 

「助かった!」

 

 ナイフで足の糸を切る。その間にも木の上、草むら、後ろ、右と、あちこちから音がする。どこまでが敵の音なのかすら分からない。

 

「スピアー、右――バタフリー上! ヒトカゲは正面、ゴース後ろ――」

 

 言っている途中で、さらに別の糸が飛んだ。

 

「カゲッ!」

 

「ヒトカゲ!」

 

 脚を取られ、アリアドスが木から飛び降りる。

 

「バタフリー、そいつ止めろ! ねんりき!」

 

「フリィ!」

 

 アリアドスが空中で弾かれ、ヒトカゲの横へ落ちた。

 

「ゴース、そいつにしたでなめる!」

 

「ゴース!」

 

 横から大きく伸びた舌がアリアドスを打ち、ヒトカゲから引き離す。

 

「ヒトカゲ、糸から抜けたら下がれ!」

 

 指示を出している間に、今度はスピアーの後ろで枝が揺れた。

 

「スピアー後ろ!」

 

 間に合った。スピアーが自分で高度を変え、飛んできた糸を避ける。

 

「……多すぎる!」

 

 完全に処理が追いついていない。一匹を見ている間に別の一匹が動き、そちらへ指示を出せばまた別の方向が見えなくなる。夜で視界が狭いせいで、昼間以上にひどい。

 

「まずいな、これ……」

 

 俺が全部の動きを細かく管理するのは無理だ。でも、好きに戦えで済ませるわけにもいかない。

 

 ライトを振って周囲を見る。敵が多いのは前と左右。後ろには、まだ来た道が残っている。

 

 ならやることは決まっている。

 

「全員、一回俺の周りまで戻って!」

 

 声を張る。バタフリーとスピアーが高度を下げ、ゴースとコンパンも近くへ寄る。

 

「追わなくていい! まず前を空ける!」

 

 正面のアリアドスを見る。

 

「バタフリー、正面! ねんりきで木から剥がして!」

 

「フリィ!」

 

 アリアドスの身体が浮く。

 

「右へ投げて!」

 

 強引に位置をずらす。

 

「ヒトカゲ、空いたところの糸だけ焼け! 地面狙って!」

 

「カゲ!」

 

 小さく炎が走り、退路を塞いでいた糸が切れる。

 

「スピアー、右上! あのアリアドスにミサイルばり!」

 

「スピィ!」

 

 すぐ次へ視線を移す。左からイトマルが飛び込んでくる。

 

「コンパン、左前! ねんりき!」

 

「コン!」

 

「止めたらそれ以上追わなくていい!」

 

 イトマルが地面へ転がる。

 

「ゴース、後ろ確認! 来た奴だけ止めて!」

 

「ゴース!」

 

 役割だけ投げて終わりにはしない。俺が次に崩したい場所を決め、誰を攻撃するか選び、技を指定して、危なくなった奴を戻す。その指示と指示の間に発生する細かい回避だけは、それぞれに任せる。

 

「バタフリー、右上に追加! かぜおこし!」

 

 風が木々の間を抜け、こちらへ向かっていた糸がまとめて煽られる。イトマルが枝へしがみついた。

 

「そこをスピアー、ミサイルばり!」

 

 追撃が入る。

 

「戻って! 深追いしない!」

 

 スピアーがすぐ戻る。

 

「ポリゴン、正面のアリアドスにあやしいひかり!」

 

『ポリ!』

 

 怪しい光が飛び、アリアドスの動きが乱れた。

 

「ゴース、さいみんじゅつ!」

 

「ゴース!」

 

 完全に止まる。

 

「今は倒さなくていい。道が開いた!」

 

 戦う目的が変わった。捕獲でも勝利でもない。ここから出ることが最優先だ。

 

「全員、戻るぞ! ヒトカゲは俺の前! バタフリーとスピアーは上から糸見て!」

 

 歩き始めると、右の草が揺れた。

 

「コンパン、右!」

 

 飛び出したイトマルをねんりきで止める。

 

「そのまま下ろして戻る!」

 

 後方でゴースが鳴いた。

 

「ゴース、さいみんじゅついける?」

 

「ゴース!」

 

「頼む!」

 

 追ってきたアリアドスの動きが止まる。

 

「よし、行く!」

 

 一匹倒して立ち止まるより、隙を作って距離を稼ぐ。

 

 数分ほど進むと、木々の間に張られた糸が明らかに減り始めた。

 

「まだ止まらない!」

 

『ポリ!』

 

 さらに進む。バタフリーが頭上を飛びながら何度か振り返り、やがてコンパンがこちらを見た。

 

「コン!」

 

「もう追ってない?」

 

「コン!」

 

「ゴースは?」

 

「ゴス」

 

「……よし」

 

 そこでようやく足を止めた。

 

「はぁ……」

 

 息を吐く。背中にかなり汗をかいていた。

 

「夜、舐めてたなぁ……」

 

『ポリ』

 

「いや、マジで」

 

 その場へ座る前に、まず全員を見る。ポリゴンは問題なし。スピアーも目立った傷はない。バタフリーは羽に少し糸が絡んでいたので、傷つけないよう慎重に取る。

 

「バタフリー、大丈夫?」

 

「フリィ!」

 

「助かったよ。ねんりきなかったら普通にもっとヤバかったわ」

 

 ヒトカゲの脚にも糸が残っていた。

 

「動かないでね」

 

「カゲ」

 

 切り取る。ゴースは元気そうだった。

 

「コンパンは?」

 

「コン……」

 

「ん?」

 

 近づいて確認すると、小さな傷の周囲が紫色になっていた。

 

「毒か」

 

 イトマルかアリアドスにやられたらしい。

 

「ちょっと待って。今日ちょうど拾った」

 

 リュックから採取袋を出し、モモンのみを一つ取り出す。

 

「まさか採ったその日に使うと思わなかったな」

 

「コン?」

 

「食べて。毒に効くから」

 

 コンパンがモモンのみを齧る。念のため傷も処置し、少し休ませる。

 

「これで大丈夫そうかな」

 

「コン」

 

「今日はもう無理させないからね」

 

 水を出し、俺自身も一口飲む。周囲は暗く、ライトの向こう側はさっきと何も変わらず見えない。

 

「こっちが『何かいるかな』って照らしてる間に、向こうはとっくに俺ら見つけてるんだよな」

 

『ポリ』

 

「最初のアリアドス見つけた時も、完全に一匹しか見てなかったし」

 

 強い進化系を見つけた。捕まえたい。一対二ならいける。そこまで考えたところで、周囲を見るのを止めてしまった。

 

「昼間はこっちが相手見つけて、戦うかどうか決められた。でも夜は向こうに先手取られることもあるのか」

 

 一匹見つけたから一匹しかいないとは限らない。群れや巣なら尚更だ。

 

「六匹いるから大丈夫ってのも油断だったな」

 

 実際には六匹全部を出した瞬間、俺の方が追いつかなくなった。ただ、途中から少しだけ分かったこともある。

 

「全部細かく言うのは無理。でも配置だけ決めて丸投げするのも違う」

 

『ポリ』

 

「誰を止めるか、どこを空けるか、どの技使うか。そこは俺が見て決めないと駄目だな」

 

 ポケモンは自分で考えられる。だから避けるたびに右だ左だと叫ぶ必要はない。それでも全体を見て、今どこを攻めるべきかを決める役目は俺にある。

 

「……難しいな、トレーナー」

 

「フリィ」

 

「でも面白い」

 

 これは変わらない。

 

 十分ほど休むと、コンパンの状態も落ち着いていた。時刻を見る。ここで戻ってもいいし、今日はもう十分な成果がある。しかも、さっき普通に危ない目に遭った。

 

「帰る?」

 

『ポリ?』

 

 ポリゴンがこちらを見る。

 

「……聞いただけ」

 

 自分でも分かっていた。まだ帰りたくない。

 

「危ないって分かったなら、今度は危ない前提で動けばいい」

 

『ポリ』

 

「ただ、さっきと同じことはしないよ」

 

 立ち上がる。

 

「ゴースは少し前。でも見えなくなるところまで行かない。コンパンは俺の近く。バタフリーとスピアーも木の上へ抜けない。何か一匹見つけても、すぐ戦わず周囲を先に確認」

 

「ゴース」

 

「コン!」

 

「フリィ!」

 

「スピィ!」

 

「あと深追い禁止。群れだったら避ける。ヤバいと思ったら即撤退」

 

 ライトを握り直す。

 

「今日は勝負しに来たんであって、死にに来たわけじゃないからね」

 

 再び歩き始める。さっきまでとは歩き方が変わった。

 

 鳴き声がしてもすぐ向かわない。まず周囲を見て、木の上と地面を確認し、糸がないか探す。

 

「……夜ってこういう感じなんだな」

 

 昼間の延長ではなかった。同じ山なのに、探索のやり方そのものを変える必要がある。

 

 しばらく進んだところで、前を進んでいたゴースが突然止まった。

 

「ゴース?」

 

 返事がない。暗闇の先をじっと見ている。

 

 コンパンも身体を固くした。

 

「コン……」

 

「また何かいる?」

 

 ライトを向ける。何も見えない。糸もない。

 

 ポリゴンを見る。

 

『ポリ……』

 

 今度はポリゴンまで妙に静かだった。

 

「……何?」

 

 その時、かなり遠くで何かが木々を押し退ける音がした。一つの枝が折れた程度ではない。もっと太いものが、まとめて踏み潰されたような音だった。

 

 少し遅れて、足元へ微かな振動が伝わってくる。

 

「…………」

 

 ライトを握り直す。

 

「今の、何だ?」

 

 誰も答えなかった。

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