ポケモン現代入り 作:ささみ
目を覚ますと、ワンリキーがスクワットをしていた。
「……朝から元気だねぇ」
ベッドの中から声をかけると、こちらを振り返ったワンリキーが片手を上げる。そのまま何事もなかったように腰を落とし、また立ち上がった。
何回目なのかは知らない。少なくとも俺が目を覚ます前から続けていたらしく、額には薄く汗が浮かんでいる。
枕元のスマートフォンを手に取ると、時刻は六時十二分だった。アラームが鳴るまであと三分ある。
「三分返してくれない?」
もちろんワンリキーにそんな理屈が通じるはずもなく、俺は諦めて身体を起こした。
あの日から、こんな生活が続いている。
登山中で出会った、青灰色の小さな人型。当時は名前すら知らなかったそいつが、今ではワンリキーというポケモンだということくらいは俺も知っている。
どうして俺に懐いたのかは、いまだによく分からない。
助けたつもりもない。
むしろ助けられたのは人間の方だった。
なのに気付けばついてきて、そのまま離れなくなった。
「朝飯にしようか」
「リキ」
スクワットをやめたワンリキーがすぐについてくる。
最初の頃は何を食べさせればいいのか分からなくて困ったものの、今では食べられる物と好みくらいは把握していた。専門的な知識なんて何もないが、毎日一緒にいれば嫌いな物くらい分かる。
俺の朝食を用意しながら、ワンリキーの分も皿へ盛る。
「食べすぎると足りなくなるからね。夕飯の分も残しておかないと」
ワンリキーは素直に頷いて食べ始めた。
本当に分かっているのかは知らない。
ただ、一度勝手に追加を食べて夕飯が少なくなってからは、同じことをしていないので、多分ある程度は理解している。
テレビをつけると、朝のニュースではまたポケモンの話をしていた。
山道で車を襲った大型のポケモン。漁船の網へ入り込んだ水中のポケモン。農地へ住み着いた群れ。映像が次々と切り替わっていく。
少し前までなら、全部映画かゲームの話にしか見えなかっただろう。
今は隣でワンリキーが朝飯を食べているので、嫌でも現実だと分かる。
「お前の仲間も色々だねぇ」
ワンリキーは食事を止めず、ちらりとこちらを見ただけだった。
「いや、お前に言っても仕方ないか」
俺だって人間のやったこと全部について聞かれても困る。
食事を終え、着替えて鞄を持つ。そこでワンリキーも立ち上がった。
「今日は仕事だから駄目だよ」
玄関まで当然のようについてくる。
「会社には連れていけないって。昨日も言ったでしょ」
「リキ」
「夕方には帰ってくるから」
靴を履き、ドアを開ける。
「それと冷蔵庫は勝手に開けないこと」
ワンリキーの動きが少し止まった。
「……今ちょっと間があったね?」
目を逸らされた。
「やっぱ開ける気だった?」
返事はない。
「仕方ないなぁ。帰りに何か買ってくるから、ちゃんと留守番してて」
頭を軽く撫でると、ようやくこちらを見る。
「じゃあ行ってきます」
「リキー」
ドアを閉めた。
少し前まで、一人暮らしの部屋を出る時に「行ってきます」なんて言ったことはなかった気がする。
駅まで歩き、電車へ乗って会社へ向かう。
俺の生活は、別に大きく変わったわけではない。
普通に出勤して、普通に仕事をして、普通に上司から仕事を振られる。
「これ、今日中にお願いできる?」
「ああ、はい。分かりました」
「悪いねぇ」
「いえいえ」
悪いと思うなら明日にしてくれないかな、とは思ったが口には出さない。
昼休みに同僚と飯を食い、午後もパソコンに向かう。ニュースでは世界が変わっただの、新しい生態系だのと大きな話をしているが、会社員の仕事がなくなるわけではなかった。
むしろ物流の遅れや道路の通行止めで、余計な確認事項が増えたくらいだ。
「最近、疲れてない?」
隣の席から言われて顔を上げる。
「そう?」
「前より眠そう」
「ああ……朝早く起こされるようになって」
「何、犬でも飼い始めた?」
「似たようなものかな」
ワンリキーを犬と呼んでいいのかは分からない。
「最近よく聞くポケモンってやつ」
「えっ、飼ってんの!?」
「飼ってるというか、勝手についてきたというか」
そこから質問攻めに遭いそうになったので、適当に答えて仕事へ戻った。
定時を少し過ぎたところで会社を出る。
帰り道、スーパーへ寄った。
「今日は何にしようかな……」
自分一人なら弁当でも買って終わりにするところだが、最近は多少まともに食材を見るようになった。
ワンリキーの食べる量が多い。
それでも、妙に嬉しそうに食べるので作り甲斐はある。
野菜と肉、それから朝に言った手前、ちょっとした果物も籠へ入れる。
会計を済ませ、両手に袋を持って家へ向かった。
住宅街まで戻ったところで、見慣れた姿が見えた。
「……何してるの?」
家の前にワンリキーが座っている。
こちらに気付いた瞬間、立ち上がって走ってきた。
「リキー!」
「ただいま。っていうか、外出ちゃ駄目でしょ」
怒ろうと思ったが、俺の前まで走って来たワンリキーは荷物へ目を向けると、両手の袋を当然のように受け取った。
「あ、ちょっと」
軽々と持つ。
「いや、一個くらい俺が持つよ」
差し出した手から、ワンリキーが袋を遠ざけた。
「……持ちたいの?」
頷く。
「そう。じゃあお願いしようかな」
俺より小さい身体で、俺よりずっと重そうな荷物を軽々と運んでいく。
家へ戻る途中、小学生くらいの男の子がこちらを見て立ち止まった。
「あ! ワンリキー!」
ワンリキーも足を止める。
「すげぇ! 捕まえたんですか?」
「いや、捕まえてないよ」
「え?」
「勝手についてきたんだ」
男の子が不思議そうな顔をする。
「ボールないんですか?」
「持ってないねぇ」
「逃げないの?」
言われて、隣を見る。
ワンリキーは二つの買い物袋を抱えたまま、俺を見上げていた。
「多分、逃げないんじゃないかな」
確証はない。
別に首輪があるわけでも、何かで縛っているわけでもない。
ワンリキーがどこかへ行きたければ、俺には止められない。
「こいつがいたい間は、一緒にいるだけだよ」
「へぇー……」
男の子はまだ名残惜しそうだったが、母親らしい女性に呼ばれて走っていった。
「人気者だね、お前」
ワンリキーはよく分かっていない顔をしていた。
帰宅して夕飯を作る。
食べ終わったあとはテレビをつけ、ソファへ腰を下ろした。ワンリキーも少し離れた床へ座る。
ちょうどニュースでは、郊外の道路へ現れた大型のポケモンについて報じていた。映像には象のような姿をしたポケモンが身体を丸め、そのまま道路脇のガードレールへ突っ込む様子が映っている。金属製の柵が派手にひしゃげ、一部は根元から外れて道路へ転がっていた。
『このポケモンは、インターネット上ではドンファンと呼ばれています。警察は大型のポケモンを発見した場合、車外へ出ず、安全な距離を確保したうえで――』
「……あんなのまでいるんだねぇ」
思っていたよりずっと簡単に壊れたガードレールを眺めながら呟く。
ワンリキーもテレビを見ていた。
「ポケモンって、本当に色々いるんだね」
当然、ワンリキーから説明が返ってくることはない。
「お前もいつか、すごく強くなったりするの?」
こちらを見る。
「いや、別に強くならなくてもいいんだけどさ」
俺はポケモン同士を戦わせたいわけではない。
珍しいポケモンを集めたいわけでもない。
強いポケモンが欲しいわけでもない。
ワンリキーがなんなのかよく知らないし、何という技を覚えているのかも、ほとんど知らない。
「怪我しないで元気なら、それでいいよ」
そう言うと、ワンリキーはしばらく俺を見てから、ソファの隣まで近づいてきた。
床へ腰を下ろす。
「どうしたの?」
返事の代わりに、そのまま背中をソファへ預けた。
「……まあ、いいけど」
テレビを見ながら、仕事のことを思い出す。思わず口から言葉が漏れ出た。
「今日さぁ、帰ろうと思ったところで仕事増やされて」
ワンリキーはこちらを見る。
「別に嫌な上司じゃないんだよ。悪い人じゃないんだけどね。でも今日じゃなくても良くない? って仕事を今日渡されるとさぁ」
当然、意味は分かっていないだろう。
それでもワンリキーは途中でどこかへ行くこともなく、じっと聞いている。
「まあ、明日も仕事なんだけど」
「リキ」
「そうだねぇ。行かなきゃ給料出ないからねぇ」
何が「そう」なのか、自分でも分からなかった。
それでも一人で部屋に帰っていた頃よりは、愚痴を言う相手がいるだけ少しマシだった。
しばらくして立ち上がる。
「そろそろ風呂入って寝ようか」
ワンリキーも立ち上がった。
「あ、そうだ。明日はちゃんと家の中で待っててね」
途端に目を逸らす。
「だから何でそこで目逸らすの」
思わず笑いながら、軽く頭を撫でる。
「もう仕方ないなぁ」
最近、この言葉を口にする回数が増えた。
多分、明日も同じように仕事へ行って、帰ってくればワンリキーが待っている。
それくらいでいい。
世界がどれだけ変わろうと、俺にできることなんて大してない。
目の前にいるこいつが腹を空かせていたら飯を用意して、怪我をしたら心配して、帰ってくればただいまと言う。
今のところは、それで十分だった。
ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?
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本編進めやがれ
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これでいい
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どうでもいいからはよ