ポケモン現代入り   作:ささみ

39 / 41
閑話 会社員のワンリキー

 

 

 

 

 

 目を覚ますと、ワンリキーがスクワットをしていた。

 

「……朝から元気だねぇ」

 

 ベッドの中から声をかけると、こちらを振り返ったワンリキーが片手を上げる。そのまま何事もなかったように腰を落とし、また立ち上がった。

 

 何回目なのかは知らない。少なくとも俺が目を覚ます前から続けていたらしく、額には薄く汗が浮かんでいる。

 

 枕元のスマートフォンを手に取ると、時刻は六時十二分だった。アラームが鳴るまであと三分ある。

 

「三分返してくれない?」

 

 もちろんワンリキーにそんな理屈が通じるはずもなく、俺は諦めて身体を起こした。

 

 あの日から、こんな生活が続いている。

 

 登山中で出会った、青灰色の小さな人型。当時は名前すら知らなかったそいつが、今ではワンリキーというポケモンだということくらいは俺も知っている。

 

 どうして俺に懐いたのかは、いまだによく分からない。

 

 助けたつもりもない。

 

 むしろ助けられたのは人間の方だった。

 

 なのに気付けばついてきて、そのまま離れなくなった。

 

「朝飯にしようか」

 

「リキ」

 

 スクワットをやめたワンリキーがすぐについてくる。

 

 最初の頃は何を食べさせればいいのか分からなくて困ったものの、今では食べられる物と好みくらいは把握していた。専門的な知識なんて何もないが、毎日一緒にいれば嫌いな物くらい分かる。

 

 俺の朝食を用意しながら、ワンリキーの分も皿へ盛る。

 

「食べすぎると足りなくなるからね。夕飯の分も残しておかないと」

 

 ワンリキーは素直に頷いて食べ始めた。

 

 本当に分かっているのかは知らない。

 

 ただ、一度勝手に追加を食べて夕飯が少なくなってからは、同じことをしていないので、多分ある程度は理解している。

 

 テレビをつけると、朝のニュースではまたポケモンの話をしていた。

 

 山道で車を襲った大型のポケモン。漁船の網へ入り込んだ水中のポケモン。農地へ住み着いた群れ。映像が次々と切り替わっていく。

 

 少し前までなら、全部映画かゲームの話にしか見えなかっただろう。

 

 今は隣でワンリキーが朝飯を食べているので、嫌でも現実だと分かる。

 

「お前の仲間も色々だねぇ」

 

 ワンリキーは食事を止めず、ちらりとこちらを見ただけだった。

 

「いや、お前に言っても仕方ないか」

 

 俺だって人間のやったこと全部について聞かれても困る。

 

 食事を終え、着替えて鞄を持つ。そこでワンリキーも立ち上がった。

 

「今日は仕事だから駄目だよ」

 

 玄関まで当然のようについてくる。

 

「会社には連れていけないって。昨日も言ったでしょ」

 

「リキ」

 

「夕方には帰ってくるから」

 

 靴を履き、ドアを開ける。

 

「それと冷蔵庫は勝手に開けないこと」

 

 ワンリキーの動きが少し止まった。

 

「……今ちょっと間があったね?」

 

 目を逸らされた。

 

「やっぱ開ける気だった?」

 

 返事はない。

 

「仕方ないなぁ。帰りに何か買ってくるから、ちゃんと留守番してて」

 

 頭を軽く撫でると、ようやくこちらを見る。

 

「じゃあ行ってきます」

 

「リキー」

 

 ドアを閉めた。

 

 少し前まで、一人暮らしの部屋を出る時に「行ってきます」なんて言ったことはなかった気がする。

 

 駅まで歩き、電車へ乗って会社へ向かう。

 

 俺の生活は、別に大きく変わったわけではない。

 

 普通に出勤して、普通に仕事をして、普通に上司から仕事を振られる。

 

「これ、今日中にお願いできる?」

 

「ああ、はい。分かりました」

 

「悪いねぇ」

 

「いえいえ」

 

 悪いと思うなら明日にしてくれないかな、とは思ったが口には出さない。

 

 昼休みに同僚と飯を食い、午後もパソコンに向かう。ニュースでは世界が変わっただの、新しい生態系だのと大きな話をしているが、会社員の仕事がなくなるわけではなかった。

 

 むしろ物流の遅れや道路の通行止めで、余計な確認事項が増えたくらいだ。

 

「最近、疲れてない?」

 

 隣の席から言われて顔を上げる。

 

「そう?」

 

「前より眠そう」

 

「ああ……朝早く起こされるようになって」

 

「何、犬でも飼い始めた?」

 

「似たようなものかな」

 

 ワンリキーを犬と呼んでいいのかは分からない。

 

「最近よく聞くポケモンってやつ」

 

「えっ、飼ってんの!?」

 

「飼ってるというか、勝手についてきたというか」

 

 そこから質問攻めに遭いそうになったので、適当に答えて仕事へ戻った。

 

 定時を少し過ぎたところで会社を出る。

 

 帰り道、スーパーへ寄った。

 

「今日は何にしようかな……」

 

 自分一人なら弁当でも買って終わりにするところだが、最近は多少まともに食材を見るようになった。

 

 ワンリキーの食べる量が多い。

 

 それでも、妙に嬉しそうに食べるので作り甲斐はある。

 

 野菜と肉、それから朝に言った手前、ちょっとした果物も籠へ入れる。

 

 会計を済ませ、両手に袋を持って家へ向かった。

 

 住宅街まで戻ったところで、見慣れた姿が見えた。

 

「……何してるの?」

 

 家の前にワンリキーが座っている。

 

 こちらに気付いた瞬間、立ち上がって走ってきた。

 

「リキー!」

 

「ただいま。っていうか、外出ちゃ駄目でしょ」

 

 怒ろうと思ったが、俺の前まで走って来たワンリキーは荷物へ目を向けると、両手の袋を当然のように受け取った。

 

「あ、ちょっと」

 

 軽々と持つ。

 

「いや、一個くらい俺が持つよ」

 

 差し出した手から、ワンリキーが袋を遠ざけた。

 

「……持ちたいの?」

 

 頷く。

 

「そう。じゃあお願いしようかな」

 

 俺より小さい身体で、俺よりずっと重そうな荷物を軽々と運んでいく。

 

 家へ戻る途中、小学生くらいの男の子がこちらを見て立ち止まった。

 

「あ! ワンリキー!」

 

 ワンリキーも足を止める。

 

「すげぇ! 捕まえたんですか?」

 

「いや、捕まえてないよ」

 

「え?」

 

「勝手についてきたんだ」

 

 男の子が不思議そうな顔をする。

 

「ボールないんですか?」

 

「持ってないねぇ」

 

「逃げないの?」

 

 言われて、隣を見る。

 

 ワンリキーは二つの買い物袋を抱えたまま、俺を見上げていた。

 

「多分、逃げないんじゃないかな」

 

 確証はない。

 

 別に首輪があるわけでも、何かで縛っているわけでもない。

 

 ワンリキーがどこかへ行きたければ、俺には止められない。

 

「こいつがいたい間は、一緒にいるだけだよ」

 

「へぇー……」

 

 男の子はまだ名残惜しそうだったが、母親らしい女性に呼ばれて走っていった。

 

「人気者だね、お前」

 

 ワンリキーはよく分かっていない顔をしていた。

 

 帰宅して夕飯を作る。

 

 食べ終わったあとはテレビをつけ、ソファへ腰を下ろした。ワンリキーも少し離れた床へ座る。

 

 ちょうどニュースでは、郊外の道路へ現れた大型のポケモンについて報じていた。映像には象のような姿をしたポケモンが身体を丸め、そのまま道路脇のガードレールへ突っ込む様子が映っている。金属製の柵が派手にひしゃげ、一部は根元から外れて道路へ転がっていた。

 

『このポケモンは、インターネット上ではドンファンと呼ばれています。警察は大型のポケモンを発見した場合、車外へ出ず、安全な距離を確保したうえで――』

 

「……あんなのまでいるんだねぇ」

 

 思っていたよりずっと簡単に壊れたガードレールを眺めながら呟く。

 

 ワンリキーもテレビを見ていた。

 

「ポケモンって、本当に色々いるんだね」

 

 当然、ワンリキーから説明が返ってくることはない。

 

「お前もいつか、すごく強くなったりするの?」

 

 こちらを見る。

 

「いや、別に強くならなくてもいいんだけどさ」

 

 俺はポケモン同士を戦わせたいわけではない。

 

 珍しいポケモンを集めたいわけでもない。

 

 強いポケモンが欲しいわけでもない。

 

 ワンリキーがなんなのかよく知らないし、何という技を覚えているのかも、ほとんど知らない。

 

「怪我しないで元気なら、それでいいよ」

 

 そう言うと、ワンリキーはしばらく俺を見てから、ソファの隣まで近づいてきた。

 

 床へ腰を下ろす。

 

「どうしたの?」

 

 返事の代わりに、そのまま背中をソファへ預けた。

 

「……まあ、いいけど」

 

 テレビを見ながら、仕事のことを思い出す。思わず口から言葉が漏れ出た。

 

「今日さぁ、帰ろうと思ったところで仕事増やされて」

 

 ワンリキーはこちらを見る。

 

「別に嫌な上司じゃないんだよ。悪い人じゃないんだけどね。でも今日じゃなくても良くない? って仕事を今日渡されるとさぁ」

 

 当然、意味は分かっていないだろう。

 

 それでもワンリキーは途中でどこかへ行くこともなく、じっと聞いている。

 

「まあ、明日も仕事なんだけど」

 

「リキ」

 

「そうだねぇ。行かなきゃ給料出ないからねぇ」

 

 何が「そう」なのか、自分でも分からなかった。

 

 それでも一人で部屋に帰っていた頃よりは、愚痴を言う相手がいるだけ少しマシだった。

 

 しばらくして立ち上がる。

 

「そろそろ風呂入って寝ようか」

 

 ワンリキーも立ち上がった。

 

「あ、そうだ。明日はちゃんと家の中で待っててね」

 

 途端に目を逸らす。

 

「だから何でそこで目逸らすの」

 

 思わず笑いながら、軽く頭を撫でる。

 

「もう仕方ないなぁ」

 

 最近、この言葉を口にする回数が増えた。

 

 多分、明日も同じように仕事へ行って、帰ってくればワンリキーが待っている。

 

 それくらいでいい。

 

 世界がどれだけ変わろうと、俺にできることなんて大してない。

 

 目の前にいるこいつが腹を空かせていたら飯を用意して、怪我をしたら心配して、帰ってくればただいまと言う。

 

 今のところは、それで十分だった。

ここまでかなり閑話多いけど、こんなんでいい?

  • 本編進めやがれ
  • これでいい
  • どうでもいいからはよ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。